色彩の中の夢
幼馴染の瀬良君は絵を描くことが幼いころから好きだった。
また、彼は一色型の色覚によって黒や灰や白しか感じることが出来ない。彼の眼は二色、明度の世界で色を見ている。
金木犀の舞う香りの色鮮やかな季節である。
たまには本屋にでも寄って帰ろうとすると、彼が珍しくパレットをもって絵を描いていた。空とパレットとキャンバスを見ながら手を動かしている。
「瀬良君」
「やあ、緒方さん」
彼と同じように見上げれば、頬を染めた紅葉の木の上、澄み渡った、秋に相応しい高く遠い空が広がっていた。手元のキャンバスには、桜色の空と、濃紺の紅葉の木が描かれている。
「たまには、と思って色を付けてみたんだ。」
色の区別がしずらく、濃い色はほとんどが黒く見える彼は滅多に色を使わない。専ら、デッサンをしている。
「瀬良君、赤と青、塗る色が逆かも」
「え?ああ、あかとあおって似てるんだよなあ」
きっとチューブの表記を見誤ったのだろう。
しかし、彼の絵はよく観察されていて、絵に詳しくない私でも、上手いのがよく分かる。
「色付けしなくても十分なのに」
と私が言うと、彼は目を伏せて笑った。
「産まれてから見えているものだから、違和感も不満もないけど、皆の言う赤や黄色や青が見えたらどうなんだろうって思うんだ。」
青かった空が少しずつ赤くなっていく。
彼には、モノクロの景色が広がっているのだろう。
けれど今、確かに同じ空を見ている。