第4話 忘れられない人
「思ったより普通の街だな」
夢の世界と言うからファンタジーな世界を少し想像していたのだが、そこはただの俺たちが普段住んでいる街と同じだった。
「当たり前か。全然知らない世界に飛ばされたらどこに誰がいるかもわかんねぇし。その中からいない誰かを探すなんて不可能だ」
どうやらゲームのルール説明の記憶は消されていないらしく、何をすればいいのかはすぐにわかった。
「ユリ、か」
血で刻まれた文字は、おそらく俺の記憶からいなくなった人の名前なのだろう。名前を見ても顔も声も、何も思い出すことができない。
「こいつのこと、朱理に聞いてみるか」
朱理は俺の『彼女』の名前だ。魔女の性格ならてっきり朱理の記憶を消すものだと思っていたが、そうではなかったらしい。
「ユリ、ってのは彼女より大切な人の名前なのか?名前だけなら女っぽいが」
悩んでいても仕方がないと、朱理の家に向かって歩き始める。幸い、ここから遠くは離れていない。少しだけ急ぎ足で向かった。
ーー朱理の家
「海成!?なんで!?」
「なんだよ、来ちゃいけなかったのか?」
「いや、全然!でも連絡もないのに海成が来るなんて珍しいから、びっくりしちゃった」
「近くまで来てたから寄ろうと思って。聞きたいこともあったし」
「聞きたいこと?」
「『ユリ』って名前のやつ、知らないか?」
その質問に、なぜか朱理の顔が曇る。たぶん俺じゃなきゃ気付かないレベルだったが、確かに朱理はわずかな動揺を見せた。なのに、朱理から返ってきた答えはこうだ。
「優里?んー、知らないと思うけど……。同じ学校の子?」
明らかに朱理は、何かを隠している。ただ単に魔女がユリについて第三者から情報が漏れるのを阻止しているだけなのかもしれないが。
「それよりココで話してるのも何だからさ、デートでもしない?」
「あぁ、それもいいな」
とはいえ、朱理がユリの情報を何かしら握っているのは確かだ。俺は朱理に促されるまま、デートという名の情報収集をすることにした。
「どこに向かってるんだ?」
「どこ行こうね?」
「決めてなかったのかよ」
「あはは、なんとなく歩いてた」
よくいくカフェや一番近いショッピングモールから遠ざかっていくので薄々そんな気はしていた。こういう気ままさは朱理らしいと思う。あいつなら最初に俺の意見を聞いて、俺が「行きたいとこなんてない」って答えると必死に場所を考え始めてーー。
「公園でも行こうか。お金かからないし」
「また金欠なのか?」
「……ちょっとね」
苦笑しながら答える朱理は可愛いと思う。でも、なんだか不意に違和感を感じた。俺は、こんな人が好きだったんだろうか。1人で話し続ける朱理に、テキトーに相槌を打ちながらそんな最低なことを考えた。
そんな風にして歩いていると、いつの間にか公園に着いたらしい。そこには先客が、小さな泣いている男の子が1人、佇んでいた。あぁ、面倒なことになったと思う。その反面、俺は呆れたような笑いを零した。彼女がこういうとき、どんな行動に出るのかを知っているからだ。
『どうしたの!?迷子?それともどこかで転んだ?痛いとこある?どうしよう海成!』
でも、俺の予想は外れた。『彼女』は男の子を一瞬だけ見て、またすぐに視線を前へ向ける。一般的な人の得意な、見て見ぬフリだ。彼女のそんな動作の間にも、誰かの声とその誰かと会話をする自分の声が聞こえてくる。
『なんでお前が慌ててんだよ。どうせ親が近くにいるんじゃないか?』
『ばか!本当に困ってるかもしれないじゃない!だから海成は冷たいって言われるんだよ』
『っ、ばかは優里だろ。首を突っ込みすぎて誘拐容疑で捕まっても知らないからな』
「優、里……」
小さな声が、無意識に自分の口からこぼれた。
モヤが晴れかけているのに、最後のピースが埋まらない。思い出の一部は蘇ってくるのに、肝心の自分との関係がまったく思い出せない。
「どうしたの?海成、今日ずっと上の空じゃん」
「あぁ、悪い」
「寝不足?」
「そうかもな。……ごめん朱理、疲れたからやっぱお前の家に行ってもいいか?」
そうだ。失われたのが記憶だけなら記録には残っているかもしれない。朱理の家なら『優里』の情報があるはずだ。
「全然いいけど、ほんとに大丈夫?風邪とかじゃない?」
「あぁ。昨日夜中まで本を読んでたせいだろう」
「よかった。じゃあ、行こうか」
心配だから、と差し出された手を握る。繋いだ手にやはり違和感を感じた。照れたように下を向く朱理に、少しの罪悪感を抱きながら。
公園から手を繋いで彼女の家へ。これ以上ないくらいの青春の1ページだが、俺の頭の中を占めるのは『優里』ばかりだった。