八話目 異世界に行こう!
「はぁ……、大変な目に合った……。」
大きくため息をつきながら、手首の内側を見る。
そこには対になった芋虫みたいな跡が残っている。
「クライス大丈夫かなー」
逃げてきた分際で囮の命なんて気にしてらんないが、とりあえずは風呂を離れなられた。冥福は祈っておく。祈ったらぶっ殺されそうだけど。
疲れは幾分か取れたけど、身体中にキスマークが付いてしまった。
貸してもらった服は長袖なので隠せはするが、後何日か残りそうではある。
……某無料メッセージ通話アプリでこの件を話したりすると、これが彼女のキスマークだったりしたら『イチャイチャすんなよー』で済むが、オカマとなると『既読』で終了である。
いじめかっこわるいより、ホモ気持ち悪い、が勝るので友情を疑うより俺が悪いのは九割方確定する。
よって、この件は誰にも秘密にしておき、墓まで持っていこう。
そう心に誓っていると、エスタが廊下の向こう側からやって来た。
バレてねぇかな……?
「あ、ハルヤ……!」
俺を見つけてさーっと走ってくる。
もしかしたら、迎えに来てくれたのか?
……と思いつつも、入浴時間がどれだけか解るわけないなと思い直した。
「……エスタじゃないか、偶然だな。どこ行ってたんだ?」
「行ってた、というより待ってた、の方が正しいですね。……ハルヤがお風呂に行った後は自分の部屋でエナにお説教してたんですが、先程終了して暇していたところ、次はトイレに行きたくなったのでその帰りが現在です。」
と、ニコニコしながらも内容が真面目な文章を一息に言い終える。
ハキハキしながら、今の文章を読めるって凄いな。これカンペも何もないんだぜ?
……やっぱり政治を担おうとする者としてはここまで滑舌が良くないとダメなのだろうか。
……俺には無理だな。
厚生労働省って何?ってなる。
うん、滑舌関係なかったわ。
というか、あのドラゴン『エナ』って名前なのか……あの荘厳な感じに対して大層可愛らしい名前を付けられている。
正直、ブルドックに『タマ』って名前つけるくらい合ってない。
「……でも、大変だろう?毎回やられてるってことはさ……。」
「まあ、もう大体の流れが出来てるんですけどね? 客人を招けばいつもエナがいたづらしてお風呂提供して……、それの繰り返しです。なんとかならないものでしょうか。……このままだと慣れてしまいそうで怖いです」
「……そうか」
エスタもエスタで辟易してるんだなぁ、と思いつつ。
その部屋に連れていかなきゃいいんじゃないか?
とも考えた。
「まず、連れていかないってことは考えなかったのか……?」
思いきって言ってみると、エスタは口をあんぐり開け、
「それは盲点でした!」
と驚愕した。
「思いの外気づいて無かったッ!?」
幾らなんでも天然過ぎるよ!
いや、そこで気づかない辺り多分慣れちゃってる……。
客をあそこに連れていくのも大分間違った行動だけどな。ある種の動物園みたいになってるもん。
「代々契約に必要な判子等は全部あそこに置いてあるものでして……。動かすこと事態、頭から抜けていました!」
頬をかきながら恥ずかしそうに苦笑いをする。
そして、俺の顔を見てショボーンとする。気を悪くしたのかと思ったのかもしれない。
うーん、まあ、しょうがないかもなぁ。……エスタだもんね。
そういう認識が生まれつつある。
「ま、まあ、次からは違う部屋でやろうぜ!」
「……そ、そうですね!」
話は固まった。……が、肝心のエナがいたづらをするという根本的な問題は依然として解決していない。
「毎回説教してるって言ってたけど、大丈夫なのか?」
「あ……いえ、わたしは……」
「嘗められてるんじゃないのか?」
他人の事にぎゃーぎゃー言うのもなんだが、俺は被害者なのでこの際言わせて貰おう、ドラゴンだからって甘やかしてばっかりいたら付け上がることしかしないのだ。人間みたいに知能も持っていれば尚更である。
「……まあ、それもありますね。」
自分でも思うところがあるのか、あはは…と小さく笑ってからゆっくり首を縦に振る。
動作がゆっくりということはやっぱり迷いがあったのだろうか。
「……でも、勝手に連れてきたのはわたしですし……、今更って話ですが………、彼らにとっては、わたしの行動が既に迷惑だったのかもしれません……。」
未だに葛藤を見せるエスタに俺は言ってやる。
「そんなことないさ。」
「………、」
捨てられたアイツラを拾ってやることに間違いなんてない。
それは、きっと正しい。
……ならばエスタが気に病むことはないのだ。
もっと自分を正しいと思っても良いと思う。
「……そんなことない、アイツが今までにお前に嫌だっていったかよ? いたづらにはアイツなりのそうしたい理由があるんだよ。……だから、伝えることや受け入れることを諦めようとしないでやってくれ。」
この言葉はエゴだ。
昔、全てを諦めずに受け入れ切れなかった俺の自己満足に過ぎない。
……だが、そうすることで状況が良くなるなら良くなってほしい。
「……わかりました。やってみます……!」
そうして、ニコッと笑って俺の手を両手で包む。不覚にもクラっと来そうだった。
そうして、ドラゴンのエナとのコミュニケーション作戦が実施される……、と思ったが今日はもう遅い。空が真っ黒に染まっていた。
「……あ、ちょっと今日はもう寝させてください。」
目で窓の方を指して、夜が遅いことを伝える。
すると、すっと手を離してからそっと身を翻す。
「そうですね……。……じゃあ寝室に案内します。」
……そうして、明日の出来事を考えながら先導してくれるエスタの背中を追った。
「でっけー!」
案内されたのは俺の寝室となる場所である。
「けど、落ち着かねぇ……、」
エスタの部屋ほどではないが天井が高くて広く、その広さが逆に落ち着かない感じがあった。
なんというか、ドラマや小説とかに出てくるセレブって大体こういう部屋に住んでて俺たちみたいな一般人の家に来ると『何これ豚小屋ァ?』みたいな発言するけど、こんなとこにずっと住んでたら認識おかしくなるのは当たり前か……。
この部屋で異世界での実家が収まってしまいそうな感まである。
「これが俺の部屋なのかぁー……」
ベッドに寝転びながら、そう呟く。そうなると、ここで暮らしても良いかな……なんて思ってしまう。
いや、しかしエスタは『もう一人この寝室を使う他人がいる』とも言ってたな……。
まぁ、クライスみたいに他国で侵略派の魔王軍を止める活動なんかをしてて何度も帰ってこれないらしいけどさ。
と、俺のベッドとは対称的に置かれたこの部屋の隅のベッドを眺める。それがその人のベッドらしい。
なんというか、色々ガタが来てそうなベッドだな…?
その横には小さな事務机が置いてあって、資料のようなものが立て掛けられている。
……ちょっと、気になるな……
チラリとドアを確認する。そろりそろりと近寄ってソコに耳をつける。
……音はしない。誰も来てはいないようだ。
お次は窓だ。その事務机から遠いところから順に閉めていく。カーテンも忘れずに。
……一、ニの三と全て閉め終わる。やってることはもう泥棒に近い。
「よし、準備オッケー!」
両手を擦り合わせ、机の一番上の引き出しに手をかける。
「御開帳ー……!」
すーっと引くと、そのままに引き出しは開いた。
鍵はかかっていないようだ。バカめ!
中にはきちんと整理された羊皮紙が何枚も重なっており、ペンとインクとを一セットにして置いてあった。
「真面目そうだな……、」
クライスみたい。後々にハリスさんに影響されてオカマになってしまわない限りは……だが。
ニューハーフとかになってそう(過剰表現)
いや……、しかしだ。一見こういう真面目な性格みたいな一面を出している奴は大体黒歴史の一つや二つ持ってるもんだ。
そして、机が二重底になってたり、意味深なノートが仕込まれてたりな!
そう思って二重底かどうかを確かめる。たしか、こうして―――
ガチャンと音がなり二重底が現れた。仕掛け扉のようなものを仕込んでいたらしい。中には一冊の本。幅五センチはあろうその本の名は……、
『モノリスの混沌と空虚のグリモア』
「―――あっちゃったよ……、黒歴史……、」
しかも、本当にダメな感じの黒歴史じゃん……、
こう簡単に見つかるものかと思っていたが、簡単に見つけてしまった。なんというかタイトルから厨ニ臭がプンプンする。
重圧な本当の魔法書のようなイメージだが、タイトルの下に『自由張』と薄く残っている。これ頑張って消そうと思ったけど無理だった感じだな……。アホか、俺はそんなこと経験済(以下略)
まぁ、これは捨てたいけど何かの偶然で見つかってしまうかもしれないことを考えて捨てられなかったパターンだな。
ペラリ……と表紙を捲る。
一ページ目はお世辞にも上手いとは言えない字で、
『この魔法しょを読む者へ、私は九代目の混沌と空虚で―――』
「―――痛い痛い痛い痛い痛いーッッ!」
のっけから良いストレート打ってくんなぁ、コイツ。
混沌と空虚て……ルビふられてないから読み方が解らん。
つーか、『書』くらいかけよッ!
……そのまま読み進めていくと、10ページくらい心得が続いていて、本編と書かれていたのはその後だった。
本編には目次があり、悪魔の召喚だの、黒魔術の使用方法だの、精霊との会話方法だの、訳のわからないことがズラズラと書かれていた。
「……?」
すると、目次に気になる項が一つあった。
『目次……異世界の者』
「……なんだこりゃ……?」
異世界の者って俺の事か……?