五話目 友達になろう!
「俺は、どこにいるんだ……?」
そんな呟きは何処かに消えた。
吐き気が絶え間なく続き、平衡感覚がめちゃめちゃになっている。
写し出される映像は眼球を虹色に塗られたように、様々な色が飛び交っている。
……ずっと見ていると頭がおかしくなりそうだった。
しかし、そのまま開けていないと何処かに引きずり込まれそうで、怖くて仕方がない。
―――不意に、ぶんと全身を投げ飛ばされるような感覚に襲われる。
景色は入れ替わる。目に写ったのは地面。
そこに俺はさながらルパンのようにダイブしているのだろう。……いや、俺にそんな器用さはなかった。
――――あるぇー?、どんどんー、地面がー、近くにー、、、、
そして、スローモーションに進む世界を眺めていたら既に数秒経ち……地面に激突する。
「……グハァッ……!!」
びたーんと体を打つ。
体は大の字に伸びていて、小学校の時水泳の授業の最初にやった浮かぶためだけのポーズとよく似ている。
あれを校舎の窓から眺めたことがあるのだが、二十五メートルプールに何十人もいる生徒がところ狭しと大の字で浮かぶ光景は異様だった。
二言で言い表すならば、二度と見たくない。
ということならば、俺の今の姿も見ていて気持ちの良いものでも無いだろう。
……だが、足の力が抜けて立てない。生まれたての小鹿か、俺は?
「…………いたたた、」
ホント無様だ。
俺の他にそういった衝撃音が伝わってこないということは他の二人はそんな無様な目にはあっていないということだ。
さっきまでテレポート楽しみだったけど、今はそんなものないです……。
二人の方は見れず、周りを見回すと、まず一番最初に目に飛び込んできたのは大きな屋敷。
洋館というやつなのだろうが、……それをツタやシダが覆っていて不気味さを露にしている。
お化けがいますよ、とか、誰かが自殺したんですよ、とか言われたらしっくり来すぎて簡単に信じれる。
……ホラー小説のモデルにでもなりそうだった。
「ぐ、ぐぅ……」
ここで先程の酔いの盛りが止まることになる。
……実はあの変な空間でちょっと吐いてしまったのだが、二人は気づいてないようである。
……もう、何も言うまい。……いや、言えない。
チラと伺うと、クライスは何事も無かったかのように俺からそう遠くない位置に突っ立っている。
エスタも少しだけ顔色を悪くしながら膝に手をつき、なんとか耐えていた。
……俺はまだ、立ち上がれそうにない。
さっきからお腹がギュルギュルと中でベイブレードが回ってんのかってくらい絶叫をあげている。
「……どうやら、吐きはしなかったようだな。」
とクライスが話しかけてくる。
俺は地味に残る喉の奥に込み上げるものを押し込むように、……言ってやったよ。
「…おう、当たり前だろ。」
ってな……。
……嘘ですけど。
……一滴二滴、吐きましたけど!
……ホントは一滴二滴で済んでませんけど!!
「ふむ……、やはりあの御仁の息子と言ったところだ。」
クライスは俺の動揺に気づかず、納得したように頷く。
いや、一介の農家のおっさんなんですよ……?
納得されたら困るよ。
とは、言いづらかった。
というか、あんたはたった一回の邂逅で何を言っとるんだ、とそんな気持ちだ。
酒入ったらただのおっさんだよ親父は。酒入んなくても、同じだけど。
親父の扱いが妙に酷くなった所でいつの間にか息を整えたエスタがクライスに言う。
「『……替え玉?』」
その言葉の意味は分からないがクライスがそれに反応する。
『替え玉』て……、意味わからん。
「では、そろそろ中に入ろうか。……エスタ様が『……立ち話もなんでしょう?』と仰っている。」
クライスの翻訳を受けて俺は慌てて起き上がり彼らの後をついていく。
魔属語新事実、『……替え玉?』って『……立ち話もなんでしょう?』意味なんだ。
……わあ、何それ、俺も『替え玉』使いたい!
一気に酔いが取れた。
すごい効果(小並感)
……魔属の屋敷、というものは全部が全部こうなんだろうか?
不気味なシャンデリア、どこまでも続いてそうな廊下、気味の悪い彫刻を施したドアノブ。
外は外で奇妙な感じだったが、中に入ってその奇妙さは格段にアップした。それにともない俺のメンタルもあっぷあっぷしている。
他は、少し前にエスタ党の党員が廊下にはちらほらいるとは聞いていたので何の問題もないのだ……、
そう……、
『見ろ、あれが人間だぞ?』
『うわぁ、初めて見たけど、触角も尻尾も角も羽もないわ!』
ここまでは良かった……
『―――うお、なんだアイツ……?』
『……お、おい、見ろよ。アイツ●●●、たってるぜ?』
『今まで見たことない僕らを見て興奮してるんじゃないか?(苦笑)』
『……ヤダーキモーイ!!童貞が許される…(以下略)www』
『ワロスwww』
『……やらないか……』
……とか、言われてても俺は気にしないのだ。……うん、泣きそう。
一番最後は心折れそうだったし……、何処で仕入れてきたのか全くの謎であった。
……が、それ以外は特に何もない。
不気味な装飾は分かっていた事だからな。
……逆に、だ。問題があるのは。
「な、なぁ、クライス……?」
「なんだ、ハルヤ?……最後のやつは気にするなと言ったろう?」
「何言ってんだお前……」
そういうことでなく……。
「あれだよ。」
「ん?」
指差す先には廊下にかけられた絵画。
廊下を歩いていると何枚か見つけたのだが、その一枚一枚の絵には想像上でしかあり得ない生物が描かれていて。
キメラだとかマンティコアだとかバジリスクだとかヒュドラだとかで……
つまりは、悪い言い方をすれば怪物で――
「なーんか、あのウサギっぽいの。」
「―――目が動いているように見えるんだが………?」
と言うと、その怪物の目はギロリと俺を捉える。
そして、牙を見せて唸る。
ま、また、動いた……!?
「えーと、人間はこういう文化はないのか……、あれはエスタ様の『ペット』だ。」
「………『ペット』ぉっ?」
見ればエスタが先程から絵画を撫でていて、それをする度に絵画の中に描かれた怪物達は目を細め、されるがままになる。
喜んでいるのだろうか……?
確かにペットという風情だが。
慣れてるなぁ……、とぼーっと考えた。
先程までの恐ろしい形相とは全くの真反対だったのでいくらか腰を下ろせる状態になったのである。
「さっきも何枚か見たんだが、あれも全部か?」
「……そうだ。シュガンテイトの動物は絵に住む種もあってな。エスタ様が子供の頃から何処からか拾ってくるのだ、古ぼけた絵画と一緒にな。」
「へぇー、」
エスタ、優しい子なんだな。ちょっと関心してしまう。
「最近は富豪のペット離れが相次いでいてな。そういった動物を捨てる輩が増えているのだ。エスタ様も、嘆かれている。」
「……クソみたいな連中だな。」
「ああ……、なんとかしたいものだ。」
真剣な顔でクライスは愛でるように絵画を撫でるエスタを眺める。
すると、エスタは触っていた絵から離れて俺達のところへと戻ってきた。
「…………、………!」
そのとき悲しい表情で呟いた。
「……なんて言ったんだ?」
パタパタと先に進むエスタを見て首を傾げる。
クライスは少し困った顔をして、
「『あんなに、可愛いのに!』と仰っている。……すまんが、ハルヤ。私はエスタ様がとても素晴らしいことをやっていることは当然のように分かる。……が、それだけは理解できない。」
クライスはあえて『それ』と言ったが、俺にもその心苦しさは分かる。
「……俺もさ。」
ポンポンと少し高めの肩を叩く。
生まれて初めて心が理解できる友達を見つけた気分だった。