三話目 友達になろう!(大嘘)
失神って、するもんなんだな……
と、意識を取り戻しかけている俺はそんなことを呆然と考えていた。
例えば、ミュージシャンのイベントだとかでファンの方が目の前にいる本物の歌手に会って失神するとかニュースで何度かあった。
俺の認識で言えば『何かとんでもないことが起こって、そのショックで失神する』という寸法なのだが、この場合だと畑が荒らされていた事が物凄くショックだったんだな、俺は……
なんか、憂鬱な気持ちになる。
……が、俺は大事な畑を荒らされた被害者だ。
加害者には、対価を支払って貰わなければならない。
……たとえそれがまだ実が熟していないハツカダイコンだったとしてもだ。
う、後ろ暗いことなど何もないし、罪悪感なんて考えてやる余地すら……まあ、うん(震え声)
……とにかく、種を買った分の金が戻ってこないと話にならないのだ。
そう思って体を動かそうとする。
……しかし、体が動かない。
ずいぶん寝ていただろうから体は休まっているはずだし、なにより成人男性に近い俺だからこそ体力は残っているだろうに………何故だ?
そう思ったとき……、
頭を誰かが優しく撫でた。
いや……、これは撫でたっていうより……頭をペタペタ触ってる?
目を開けると垂直に太陽があって、眩しさに目を細める。……他には俺の顔を除き込むように少女が一人。
「あの……、退いてくれないか?」
と言うと、彼女は聞きなれない言葉を発して、迅速に俺の傍にあった体を遠ざけた。
彼女は只でさえここらでは見たこともない高価そうな服を身に付けている。……きっと、異国の貴族かなんかなのだろう。
「―――――!」
「ん、なんて言ったんだ…?」
何やら叫んでいる。聞こえようによっては、『しょうゆ、しょうゆ、トンコツ、鶏ガラ昆布!?』と言っているように聞こえる。空耳アワーでMVP取れるレベル。
もしくは、『ダシ取ってんの?』とか思うとこだが……、そういう考えには至らなかった。
……何故なら目の前の少女はまだ実の小さいハツカダイコンを握りしめ、こっちを威嚇するような目付きで――――って?!
「お前かァァァーーーーッッ!」
考えるより早くぶっちぎれました。
「?………。…………、………ッ!」
依然相手は何を言っているのか分からない様子だったが、俺がこの畑の主だということが分かったようで慌ててハツカダイコンを手放した。
………ぽい。
丁度俺の足元に投げ出されるハツカダイコン。
「………ッッ!」
直後彼女がさらに慌て出した。多分、バレないようにそっけなく捨てたかったのだろう。
……さっと取り直す。額の汗を拭き、ふぅ、とホッとしたような息をつく。
「……いや、無理だよ! もうバレてるよ既に!?」
ツッコミ所が多すぎる。
「――――………ッ!………ッッ!」
どうやら、『落ち着いてくれ!』と言ってるご様子。
だが、目の前に広がる惨状にどうしても落ち着いてなんかいられなかった。
あんなに端正込めて育てたハツカダイコンをまるでバイキングのように実だけはしっかり食べ、菜っ葉はそこに置きっぱなし……、
菜っ葉は明日洗ってサラダに使うとして、だ。
どうしてくれようかァ……ッ!
そう思ったそのとき、
……グサッ!
下腹部もとい、股間部から変な音がした。
「ギャーーーーーーーーーーーーッッッ!?」
槍が、俺の●●●に!
………槍が、俺の●●●に!
―――――突き刺さっているゥッ!?
……あれ、何故か痛くないぞ?
よく見れば、血さえ出ていない。
槍はぶらんぶらんとぶら下がっているのに……。
神経麻痺してんのかな……?
……怖すぎるわ。
彼女の方を見やれば、俺の背後の方へ手を振っている。
……誰か助けが来たらしい。
そしてその『誰か』、十中八九俺の股間を槍で貫いた奴である。
抜いたらダメそうなので槍を手で支えながら後ろを振り向く(凄い違和感が股間部を襲う)と、見慣れない長身の男性が立っていた。
真っ黒い羽を持ち、真っ黒い角を持ち、漆黒の鎧を着込んでいる。その姿は噂に聞く、魔王の配下である魔属そのものだった。
「……貴様、姫様に何をするっ!?」
キッ……と俺を睨む男。その顔は至って大真面目だ。
チクショウ、真面目な顔してるけど、コイツ俺の股間に槍をジャストミートさせやがったからな……!
「何をするっ!?」って此方の台詞だよ。
「―――……。」
何やらを呟きながら彼女はその男の前へ行く。
くそぅ……二対一とか……
というか、さっきコイツあの少女のこと姫様とかぬかしてなかったか?
ということはつまり、―――この少女は魔属の姫様!?
……俺に、勝ち目は無い。
……だって俺功労者だもん。そこら辺のスライムといい勝負するくらいには弱いと思う。
瞬殺されるのが目に見えている。
そう思っていると。少女は手刀を作り、男の腹を打った。ゴン、と鈍い音がして彼の体がぶっ飛ぶ。そのまま柵に後頭部があたって倒れ伏した。
「……っごふ!?………キリマンジャロォッッ!?……」
意識を失ったのか痙攣したように動かない。……気絶したようだ。
いや、キリマンジャロォ……ってなんなんだよ……、
まあ、どうせ勢い余って魔属の言葉が出たのだろう。今考えると魔属の言葉、おかしくないですか……?
八割ラーメンに関係してる。
いや、それよりも――、
彼女がゆっくりと膝をつく。その顔は少しだけうつむいていて、
……しかし、何かを決意したような瞳だった。
「……どうしたんだよ?」
―――彼女は土下座していた。
後ろの男を庇うように、
そして、一言。
「『チャーシュー麺、大盛』」
……ちょっとイラっとした。
けど、まあ、そんだけだった。
「ハルヤ兄……変な友達作ってこないでよ……、」
セテルにウザそうに言われる。友達?……そんなもん、知らん。
「うっさいなぁ………いや、友達じゃねぇよっ!?」
いきなり、人外連れてきて友達だと思える精神力を分けて貰いたいくらいだ。
「あっそ、……でも、魔属とは友達にならないでね?」
主にクライスのばっさばっさとたなびく翼を見て言う。
セテルはうぇーと嫌そうに言って逃げるように去っていった。
「だから……違うのに……、」
彼女、魔王の姫エスタとそのお付きの部下クライスは家の食卓へとやって来ていた。
エスタは物珍しそうに、ジャムのビンを開けたり閉めたりして、最終的にはそれを舐め顔を和ませていたが、クライスは堅苦しく椅子に座って動かない。
そんな二人にお茶を出す。俺特製のハーブティだ。
「はい。」
「すまない、頂こう。……『エスタ、きくらげ、紅しょうが……!』」
ピン、とエスタは反応しハーブティにありつく。
あれで呼んでいるらしい。……マジですか。
では、彼らが飲んでいるうちに両親にどう説明するか、考えないと……。
―――魔王城のある国、シュガンテイト。
この国には、魔王が二人いた。
前魔王の子供、それが双子だったのだ。
全く同じタイミングで生まれた二人は兄弟の差なんてものはなかった。
……その後、前魔王が死に、二人はこれからシュガンテイトをどう発展させるか、二つの意見に別れたらしい。
保守派と侵略派に。
エスタの父、タナトスは保守派。
もう一人のタナトスの兄弟ヒュプノスは侵略派に回った。
保守派はシュガンテイト内での発展を進める。
侵略派は他の国を攻めることで、その国を侵略。その国の技術を奪うというものである。
……長い間、その二人は政治家のように論争を続けることになる。
その末、若干の差でタナトスは票をヒュプノスより集め、タナトス政権によりシュガンテイトでの発展が行われていた。
………が、タナトスの方の寿命が先に来てしまった。
そのせいで保守制度は破綻し始め、残されたエスタ達は一気に劣勢になったそうだ。
よって、今ではその侵略派が大多数なため、現在人間側と魔属側での合戦が行われているという訳である。
そこで、エスタ達は考えた。
もう一度保守派政権を得るためにはどうすればいいのかを……、
そこで、問題となるのが栄養問題である。
シュガンテイトには荒れた土地が多く、気候も悪い。
野菜が育たない。
――つまり、ビタミンが、取れない。
魔族でも栄養失調になるんだな、とか思ったが、これが大きな栄養問題である。
そこで、タナトス政権はサプリによる栄養管理を行う制度を発表したのであるが、ヒュプノス政権になってからはそのサプリ制度がおざなりになってきて、魔属の健康状態が悪くなっていっているのである。
……そして、新しく発足させる魔王タナトスの娘エスタを筆頭にする。エスタ党が『荒れた地の開墾、野菜の栽培』をマニュフェストに掲げて動き出したのである………