二話目 農業をしよう!
「なんじゃこれ?」
村の掲示板のポスターを見て首をかしげる。
『冒険者になろう! イベント』
というタイトル。
内容は、一ヶ月後にこの町に勇者がやって来る。といった感じのもの。
全くと言っていい程興味がないのだが、それはイベント事態であって……
勇者が来るのか、そりゃまた大層なことで……
しかし、冒険者がどれだけのことをすれば勇者だと呼ばれるのかはちょっと気になった。
ポスターを見れば、勇者の戦歴が事細かく記されている。
『勇者 アーサー・レスト』
闇のドラゴン三体を一人で討伐、王都レミュリアに攻めこんだ魔王幹部ザンクスを撃破、西の神殿に住まう創成神サワテルから譲り受けし黄金の聖剣を扱う……等々。
後は、姫様と仲が良く婚約を約束し日夜悪と戦ってるそうです。
吐き気がするね。
どんなイケメン(確定)なんだろう?
あごに手を当てて考えてみる。そして、一つ気になったことがある。
――――――あれ?
「なあ、セテル? この国って勇者いんの?」
本当にRPGみたいな設定が重なってきたな、と思ったのだ。
「いるよ、そりゃあ。……というかハルヤ兄ってば本気で記憶喪失になったんだね………」
「ま、まあな。」
俺がこの世界のことを知るには適当に記憶喪失を装うのが一番良いと思ったのだ。
この流れに乗じて、いろんなことを聞き出す。
「勇者ってどんなやつなの?」
「……えーと、実際に見たことはないんだけど、相当なイケメンらしいよ。人柄も良くて、優しいって噂」
「……チィッ…………!」
「なんで唇噛み締めながらポスター睨み付けてるの!?」
いや、気分で……、だってイケメンがモテるのは普通だけどムカつくだろ?
それと同じ原理。
「……しかし、だ。なんでわざわざこんな村に来るんだ?……こういうイベントは王都ってとこでやった方が良いんじゃないのか?」
どうせ、勇者という冒険者の鏡を見せることで、冒険者の数を増やすためなんだろうが、この村は完全に冒険者を排出する気ゼロだからなぁ……
この村に来たらリンチに会うんじゃないの勇者?
働き手が減るのを防げるし、俺は嬉しいしで一石二鳥!
こりゃあぶっ殺すしかないなッ!
……といった意図(一部略)を含む俺の質問にセテルは思い出しながら、答える。
「やってるらしいよ。お父さんが言ってた。」
親父は新鮮な野菜を売りに王都に出掛けることもあるらしい。
王都に行くときのコツはなるべく値段を下げないため、商品はちょっと高いくらいに設定しておく、だそうだ。
本当、がっちりした商人だと思う。
「抜け目ないな。」
「……週三で、」
「やり過ぎだろォォッ!」
……イベント多いなー、一揆起こせば?
切にそう思った。
週三王都でやって、あと一日地域でイベントやって勇者はいつドラゴンなんぞを一人で三体倒したんだ……。
困惑する俺。
その表情を読み取ったのか、セテルは付け足す。
「……今王都では空前の勇者ブームが来てるんだよ。勇者せんべいとか勇者まんじゅうとか一日完売もあるんだってさ。」
「なんなの?王都の主食ってばせんべいかまんじゅうしかないの?……どんだけ食に寛容なんだよ。」
そうだったら納得できる。
それか、一日一個しか作れないとかだったらな。
可哀想に、王都の人……俺だって、朝は絶対パン一個は食ってるぞ。
「……そういうことではないでしょ……」
その旨を伝えると妹に呆れられる。
「……王都は色んな国から人がやって来るから、人の出入りが多いんだよ。だからお土産として買っていこうってなるんじゃないかな?」
「ほう、成る程な……。」
やっと理解できた。
俺はこの世界に来る前は田舎の方に住んでたから実感なかった。
……だが、勇者は凄いな。
冒険者のくせして一種の社会現象を起こしてやがる。
………じゃあ、俺の出る幕無いってことですね、冒険者やーめた。
ポスターからさっと離れ、家へと歩き出した。
「あれ?帰るの?」
「……おう、やることあるからな。」
ヒラヒラと手を振りそこを去る。
何事も諦めがカンジン。
……あれから、異世界での日々を過ごした。
暇だった日常に新たな娯楽を生んだのは、これまた農作業だった。
俺は親から農地を借り、農業を勤しむのである。
まずは毎日、決めた区画を耕す。肥料を撒いていく。
良い土地を作っていくのだ。
ちなみに肥料は親から買った。……譲ってくれるとかそんなの無かったんや。
甘かった……非常にお安くなかったのは言うまでもない。
後、小遣いがお亡くなりになりました。
……そして、今日も一日が終わり、家に帰る。
いつの間にか、手に豆が出来、腕力がついた気がした。
「………よし、」
握った手には力が籠る。
そんな、実感を認めながら戦いに備える。
両親との戦い(商談)が………ッ!
深夜、机に項垂れながらゴマ粒程の種を見つめる。
商談はバカみたいにうまくいかなかった。
……結局、勝ち取れたのはハツカダイコン数粒だったのである。
チクショウ、なんだってんだ。
『何が20日で育つから簡単よ』だ。
ふざけんなバ●ァッ!(自主規制)
この数粒でモノホンのハツカダイコン同じ数買えるわ!
……種が何処で売ってるのか知らないからその相場も知らないけど、きっと育った野菜より安いには違いない。
……やっと分かった、
農業って……しんどい。
……けど、この数粒は俺にとって大事なものだ。
ちゃんと、育てないと……!
そう決意して十日後、パジャマ姿のセテルは既に作業を始めようとする俺を一瞥する。
「おはようハルヤ兄。……なんか最近おかしくない?……おかしいというか、悪いことじゃないんだけど………」
若干気持ち悪いものを見るような目をされる。
前より早起きをするようになった俺を見て、頭がどうにかなったんじゃないかと思われているらしい。
しかし、家族に対しての設定が増えたのは良きことではないな………記憶喪失にキチガイって重病患者じゃん。
だから、そんなゴミを見るような目で見られても……嬉しくないんです。俺、ノーマルなんで。
このまま妹の好感度を下げてしまうと病院送りにされかねんのでやんわり訂正をしておく。
「おはようセテル。いや、……おかしくはないぞ。俺は生き甲斐とやらを見つけたのかもしれん。」
「あ、そう………、」
めっさ、引かれました。
セテルは椅子を引いて、物理的にも引いちゃう。
……減る好感度、メンタル。
気づけば、セテルは飯を食い始めている。興味なしですか、そうですか。
……まあ、……いい。ホントはよくないけど、
仕事を始めるとしようか。
……外に出る。
家の畑は家の裏に広がっていて、その奥の方に俺の畑がある。秋に入りかけだけあってか景色はふさふさと地を覆う農作物で埋め尽くされている。
大半が麦なので、それはもう広大な金色の海が広がっているのである。
……一方で、俺の畑はハツカダイコン数粒しか育ててないから、規模も少なめだ。
育て始めてから十日経っているのでそろそろ実くらいは出来ててもおかしくない。
期待しながら、畑に向かう。
心ではスキップでもしたいくらいである。したら、気持ちわるがられるからしないけど……、唯一の楽しみだからそう思うくらい許してほしい。
……そうしてる間に畑が見えてくる。手製の案山子が真ん中に刺してある。
ちなみにその案山子、赤いペンキを溢しちゃったので、悪魔が宿ってそうな雰囲気が漂う。
「よーし、着いた。今日も頑張っ―――」
軍手を嵌めて、作業に取り掛かろうとした瞬間、
――――そこには地獄が広がっていた。
畑が、荒らされている。
――――俺は、失神した。