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山と共に在る  作者:
2/2

遠来2

 達也は、一歩先を歩く叔父、龍之介を見上げた。頭一つ分ほど大きい、白スーツの叔父。指にはごつい指輪、左手首には金時計が袖から覗く。けれど、歩いているその背筋は綺麗に伸びていて、生真面目な印象を得る。


 ふと、昔の記憶を辿る。

 三兄弟だった父は、弟である龍之介の話を何度かした。いろんなことがあって、思い出す暇もなかったが。田舎のゆったりとした空気がその遠い思い出を手繰り寄せるように、達也はあっさりとそのことを思い出した。


 小さい頃は、泣き虫だった龍之介。

 次男だった父、(いつき)は、常に傍観を決め込んでいたと言う。騒ぎを起こすのは、いつも長男である篤郎(あつろう)と、三男である龍之介だったらしい。―――と言っても、主に、捻くれた篤郎が様々な嫌がらせを龍之介にし、そのせいで龍之介が度々泣き散らしていたという一方的な兄弟喧嘩だったが。


 歳が離れていたため、龍之介が中学にあがる頃には、篤郎は独立して家を出ていた。


 その頃からだった、龍之介が非行に走るようになったのは。

 嫌がらせをことあるごとに受けていたためか、龍之介は捻くれてしまった。元々放任主義だった、達也の父の両親―――達也の祖父母は、「龍之介が決めたのなら」と結果的に背中を押す形となり、それから数年後、龍之介は失踪した。


 そんな話でさえ、達也の父、樹は笑い話として語った。


―――まあ、龍はそれから、もう何年も姿を消したまま。どこかで野垂れ死にしててもおかしくはない、そんな奴だ。会うことはないと思うが…会ったときは、そうだな、兄貴のせいで捻くれちまったけど、根はいい奴だ。よろしく、してやってくれ。



 場違いな恰好だなあ、と達也は困惑する。


 整備されていない、細い砂利道を歩く白いスーツ姿の叔父。いっそのことジャージなどの恰好ならば、まだこの田舎の風景に馴染んだだろうに。

 ますますチンピラにしか見えない、叔父の背中を見ながら思う。


 ふと龍之介の手元を見ると、指先で挟んでいた煙草を、何気ない動作で落とした。


「―――…」

 達也は黙ったまま、あっけなく落ちていく煙草を目で追う。すると龍之介は、地面に落ちた煙が立ちのぼる煙草を足で捻り潰したのだ。


 おいおい、ここに捨てる気かよ。それでは本当に、チンピラではないか。


「ッ…」

 しかし、達也の口から龍之介を諌める言葉は出てこなかった。龍之介が身を屈めた。踏み潰して土で汚れた煙草を躊躇うことなく拾い、再び歩き出したのだ。


 拾うんだ。


 ここで見損なえたら、"悪い人"として分類したのに。これで、叔父が余計わからなくなった。


「そう言えばさ、達也は何歳だっけ?」

「今年で、17になります」

「高校2年?」

「はい」

 ふーん、そっかあ、と呟いた龍之介は、頭を掻いた。

「ごめん、俺、ちゃんとした格好ってわかんなくてさ」

「え?」

「達也迎えに行くんだから、第一印象は大事だなって思ってちゃんとしようと思ったけど、どんな格好したらいいかわかんなくてさ。とりあえず昔の格好してみたんだけど、これは浮きすぎだね」


 今更気付いたよ、と照れたように笑った龍之介は、サングラスを取って胸ポケットに入れた。目元が父にそっくりで、思わず息を呑んだ。


 龍之介は、相変わらず持った煙草の吸殻とは逆の手を、達也の前に差し出した。

「これから家族になるんだし、敬語はいらないよ。よろしくね、達也」

「…あ、はい、いや…うん。よろしく、龍之介さん」

 しどろもどろになりながらも、達也はゆっくりとその手を握り返した。



 砂利道から道路に出て、再びそれに沿って歩く。歩いている間、車は数台しか通らなかった。人にすれ違う頻度もかなり少ない。時々、畑や田んぼで仕事をしている人がいる。が、驚いたことに、その人たちはいずれも龍之介を見つけるや否や、大きく手を振ってきたのだった。


「おおーい、龍ちゃんやーい」

「おお、カヤさん。この前野菜ありがとうございましたー」

「いいっていいって!それより、その格好どうしたんだい?」

「今日、甥っ子を迎えに行くって言ったろ?ちゃんとした服装しようとしたら、こうなっちまって」

「馬鹿だね、言ってくれれば主人のスーツ貸してやったのに?」


 それから二言三言話すと、カヤと呼ばれた中年の女性は、達也にも手を振った。

「ここに住むんだろう?よろしくねえ」

「あ、はい!よろしくお願いします」

 あまりに親しげに話しかけられ、焦って返事をする。龍之介はそんな達也を見て、けらけらと笑った。


「ここら辺はさ、人口が少なくてな。皆、顔見知りなのさ」

「そ、なんだ」

「達也って、中央都市近辺しか住んだことないんだっけ?」

「うん、まあ」

 頷いた達也は、息をついた。


 久しぶりだった、こんなに他人と話すのは。

 故郷にいた頃は、人と接することを極力避けた。どうせまた捨てられるのだろう、というどうしようもない諦めが達也にそうさせた。寂しさや悲しさは確かにあった。けれども、どこへ行っても達也は一向に馴染めなかった。もしかしたら、馴染もうとしていなかったのかもしれない。



―――



「……!?」


 緩やかな坂道を、ずっとずっと上まで登ったところにあった。

 達也の父や龍之介の実家であり、現在の龍之介の住まい。そして、これから達也が住む家。


「ここ…?」

「そうだよ」


 その家は、一言で表すなら"屋敷"であった。ここに来て、まばらに見えていた民家とは規模が違う。


 綺麗に整えられた庭園。その向こう側には、大きく古めかしい日本家屋が静かに佇んでいた。門と塀は作り直したのか、奥の屋敷とはアンバランスで新しい。小綺麗な門を通り、そっと庭園の石の道を踏む。植えられた庭木はしっかりと整えられ、庭園に美しく馴染んでいた。耳を澄ますと、届くのは涼しげな水の音。音を辿っていくと、庭園の真ん中には大きな池があった。


 広い立派な庭に、池すらあるなんて。


 その庭園の奥には、その庭園に負けないくらい広い屋敷があった。立派な屋敷であるが、どこか浮世離れしたような怪しい空気を纏っている。静かで暗い。けれど、達也の前の家の数倍は大きい立派な屋敷。


 なんとも豪勢で、圧倒的であった。


「俺のじいちゃんって、お金持ちだったの?」

 感想は、この一言に尽きる。

 龍之介は達也の様子を見て、軽快に笑った。


「ははッ!まあね、達也のじいちゃんはお金持ちって言うよりは、ここの村の重要な人間だったのさ」

「重要?」

「まあ、そのうちわかる」


 玄関から家の中へと通される。家の中は思ったより明るく、綺麗だった。

「さ、どうぞ」

 うきうきした表情のまま、達也の腕を軽く引っ張る叔父。家の中を案内したくて仕方がない、と言っているみたいだった。まるで子供のように素直で、見かけとのギャップに調子が狂う。


「ここが、達也の部屋」

 台所、居間、トイレ…と順番に連れていかれ、最後の締めのように、二階の一つの部屋の戸の前に止まる。


 戸を開けると、なんとも殺風景な和室だった。机も棚もない、あるのは丁寧に畳まれた敷布団と戸の正面にある大きな四角いガラス窓。窓からの明かりが、部屋を明るく照らしている。

 十五畳ほどのその部屋は、達也には充分すぎるくらい広い部屋だった。けれど、これ以上狭い部屋はないらしく、さすが見かけ通りの広さである。暫く慣れるまで、落ち着きそうにない。


「家具は倉庫から運んできてね、好きなの使っていいから」

 そう言うと、叔父は達也の頭に手を乗せる。


「とりあえず、ゆっくり休んでいいよ」

 そのまま下へと降りて行った。



達也は部屋の壁に背を預けると、ずるずるっと下へ崩れた。


「―――疲れた」


 長旅のせいか、一気に変わった環境のせいか、大して話したこともない叔父と一緒に住むことになったせいか、思いつく原因は溢れるほどある。どっと押し寄せる疲労に、達也は抗うことなく流された。畳に座り込み、そのまま横に倒れた。


「畳のにおい…」

 昔少しだけ嗅いだことがある、懐かしい匂い。前の家も、前の前の家には畳なんてなかったから。

 とても、懐かしい気がする。


 そのまますうっと息を吸い、目を閉じた。


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