逆ハーマジ勘弁にかかわる物語。~残念ながらリロイは今日もシスコンです。~
ある王族の後悔。
※作中堕胎表現があります。苦手な方は閉じてください。
「おいてかないでっ…いやだよっ…おいてかないでっ!!」
雲ひとつ無い快晴の中、それは行われた。
大勢の人々がひしめき合うように居るのにも関わらず歓声は無く、細波のようなすすり泣きと行進の足音のみがよく響いていた。
事の始まりは先日の式典。
各国の代表者が集まり隣国で開かれた式典は、大規模な襲撃に合い、阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。
かつて隣国は王族が次々と怪死していき、とある男が王となったことで荒れに荒れていた。
男は暴君であった。
せせら笑いながら粛清という名の大虐殺をおこない、無実の者達を次々と殺していき、多くの難民が出る事態となった。
その虐殺は自国民にとどまらず、他国の民にも及び、それを期にいつ他国に攻めこまれてもおかしくない情勢となっていった。
そんな中で我が国に留学していて難を逃れた隣国の王族が一人。
彼は祖国を憂い、他国との戦争を憂い、悩み苦しんだ末に自らが兵を引き暴君を倒すことを選んだ。
近隣諸国の力も借り、暴君を倒し処刑したのは五年年前の事。
悪を倒しても犠牲者は戻らない。民の数は半数ほどになってしまっていた。
わずか14で王になった彼は自国で採れる宝石類と引き換えに、多くの援助と技術提供を受け国を建て直した。
その五年で隣国は荒れる以前以上に発展していった。
そして迎えた平和への誓いと犠牲者への哀悼を捧げる式典で起こった悲劇。
襲撃があった時にとっさに私をかばった兄に怒りがこみ上げた。
兄は優秀な後継者で生きなければならない人で。
自分は優秀とは言われるが、兄との差を誰よりも理解している人間だった。
お前の代わりに生きることなど死んでもごめんだと叫びかばい返し、死を覚悟した。
しかしながら、死は訪れなかった。
近衛騎士よりも早く、どの護衛より早く、振るわれた剣を受け、その命を狩り、他国の人々を救って回った男によって私達は生き残った。
男は、化け物や鬼神のごとくと呼ばれるに相応しい強さと、まるで不死身であるかのような動きで、斬られても、刺されても、留まることはなかった。
全てが終わった時、男は血だるまだった。
まるで悪夢のようだった。
ついさきほどまで朗らかに笑っていた男の姿はない。
死の迫った男は誰が見ても助かる見込みはなかったが、それでも諦めきれない者達が彼を囲み、呼びかけ、治療を施そうと必死だった。
男は年若いながら将軍の一人に登り詰めた実力者で、隣国との小競り合いの鎮圧や国境警備、盗賊討伐などから、式典を開催した隣国の軍に加わる等の功績を積んできた人物だった。
荒れくれ者や問題児すらまとめあげ、多くの者に慕われた男だった。
それは自国だけでなく他国にもおよび、夜会や式典で彼の事を聞かれる事も多かった。
呼びかける者や治療を施そうとする者の中には他国の者もいた。
「ふざけるなよ!
このまま勝ち逃げなんてさせないからな!
あの子はどうすんだよ!あんたの…あんたらの大事なあの子を置いて行く気がよ!!」
「ダンナ!死ぬな!」
「しっかりしてくださいダンナ!」
「ダンナ!」
彼の平民上がりの副官が、自身の傷をものともせずに怒鳴るように呼び掛ける。その目からは涙が溢れていた。
続くように呼び掛ける声は、どれもこれも悲痛さと涙に溢れていた。
『ダンナ』は彼の愛称だった。
老人から子どもまで彼を気軽にそう呼んだ。
公爵家の跡取りであった時も、継いだ後もそれは変わらずに。公では無い場では兄もまたそう呼んでいた。
剣を握れば鬼であったが、優しい、心の広い、朗らかな男だった。
ぼんやりした目で浅い呼吸を繰り返していた男の手が不意に空に伸ばされた。
誰もが息を飲むなか、うっとりと幸せそうに微笑んだ。
美しい、それはそれは美しい微笑みであったが私はそれを見た瞬間冷や水を浴びせられたように震え、恐ろしさを覚えた。
男は、愛した妻の名を呼び、最後にもうひとつ呟き息絶えた。
一瞬の静寂の後、悲鳴と泣き声が会場に響き渡った。
そうして迎えた今日は彼の葬儀の日。
自国のみならず他国も…あまり友好といえない近隣にある国の者も分け隔てなく守り救った彼は英雄であった。
英雄は国葬となった。
会場に彼の棺を運ぶのは、彼の部下の軍人達。
一糸乱れぬ足並みであったが誰もが涙を流していた。それを笑うものなど誰一人いない。
式典会場に到着した先には、我々王族をはじめ高位の貴族と他国の使者や王公貴族が並ぶ。
そして残された彼の愛娘と弟夫妻が控えていた。
弟夫妻は互いに涙し、互いを支え合うようにして立っていた。美しい外見をしているため大変絵になるが、どこか嘘臭いと私は感じた。
少し離れた所に立つ幼い娘は、彼と同じ黒髪と榛色の瞳をしていて、きつく口を閉じ、彼の愛した白薔薇を強く握りしめ地面を睨み続けていた。
彼の棺に王から順に花を手向ける事になっていたが、王は彼に残された娘がはじめにするべきだと言って譲った。
促され、幼子は一歩一歩棺に近づいていった。
誰もがその動きをおう。
棺は娘には高く覗きこむことも叶わないので彼の副官が抱き上げる。
棺の中には傷だらけでも微笑ように眠る己の父。
花を彼の手に置こうとしたのだろう。
その手に触れた瞬間、娘の目から涙が溢れた。
そのまま彼にすがり付き叫んだ。
「おいてかないでっ…いやだよっ…おいてかないでっ!!」
わあわあと堰を切ったように泣き叫ぶ幼子の声は心に突き刺さった。
そのまま副官に抱き上げられ棺から離れていく娘。
「とおさん!とおさん!」
それでもなお手を伸ばす娘に皆が涙した。
泣きじゃくる娘を副官から受け取ったのは彼の所の家令であった。弟夫妻は目もくれない。
そのまま会場から離れていく二人。
ああ、あのような者達の元に残されていってしまったというのか。
幼子の未来に思いをはせる。
国葬が滞りなく終わる頃、彼の娘は泣きはらした顔で戻ってきた。
抱き締めるのはクマのぬいぐるみ。
きつく抱きしめ時折顔を埋めては泣くのをこらえているようだった。
あのぬいぐるみは見覚えがあった。
あの娘が産まれる前…彼が隣国の戦いに出る直前私のお忍びに付き添い街に出た彼が私をそっちのけで…いや、強制的に一緒に選ばせられたぬいぐるみだった。
今思えば必ず生きて帰って、将来は子どもを授かり贈り物としたいという願いがこめられたものだったのだろう。
他国から来たもの達は皆、幼い彼の娘に心からのお悔やみをのべその手を取り、なにかあれば力になると告げて去っていった。
隣にいる弟夫妻には形ばかりの言葉しかおくっていなかったが。
その後、彼の娘に会うことはなかった。
彼女が公の場に出たのはあの時のみ。
貴族の交流の場にも姿を表さず、彼の公爵家の子どもといえば弟夫妻の美しい息子と娘の事しか話を聞くこともない。
国王主催の夜会すら出なかった。
まるで存在しなかったかのような扱い。
それは彼にもいえる。
彼は英雄であった。
彼が命を挺した事で関係が改善した国もあった。
より親密になった国もあった。
ある意味王より影響力を持った彼に危惧を覚える者、死してなお他国への影響力を持つ彼を自身の功績であるかのように振る舞いはじめた弟夫妻を許せない者、たくさんの思惑により英雄の功績は大きく取り上げられる事も無くなった。
軍部で彼の元で働いていた者達の多くはそんな上層部に絶望や怒りを持って他国へと流れていった。
残った者は、彼の残したモノを守るため奮闘し、彼の娘にまで目が届くはずもなく。
他国では戯曲になるほど、また劇や本となるほど愛された英雄は自国では一部の者にしか伝えられない存在となった。
彼の死後、私は内心荒れていた。
そんななかすり寄ってきた一人の女。
庶民ではあったが学園に入れるほどにはそこそこ優秀な三つ下の女。
美しかった。
囁かれる言葉はどれもこれもうわべだけの薄っぺらさに満ちていたが、何故だか心地よく、離れることはできなかった。
学園を卒業し、王位を継いだ兄の補佐をするようになっても女との関係は続いていた。
そして、私が卒業から一年後女はうっとりとして言った。
「子どもができたの。あなたとの子よ。」
兄に子どもが生まれたばかりだった。
王子だった。
もし、女の腹にいる子が男だとすれば、問題になる。
子ができないように注意ははらっていたがしくじったのか。
女は美しかった。
美しいがゆえ、男にも囲まれた。
私にわからぬようにひっそりとしているつもりだったのだろうが、告げる者は大勢いる。
私はそれでも付き合いを辞めなかった。
毒婦に誑かされる愚かな王弟ならば、王位に押そうと考える愚か者の数は減るだろう。
王がまっとうであればあるほど。
それでも近付く者は国の膿。
それらを炙り出すために私はそのままにしていた。
女は愚かであったが、その愚かさを大切なものとして揺らぐことはない信念を持っていたので見ていて面白かったのもある。
私は渋る女を甘い言葉で騙し、王都から離れた街へ行った。
そこは避暑地としても有名な所で、私の所有する湖畔の屋敷に女を置いた。
そこで産まれた娘は、ひとかけらも私には似ていなかった。
女と、かつて女を囲っていた男の一人によく似た娘。
王族の血を引く者は例え庶子であっても産まれたときにとある特徴を持って産まれる。成長と共に消えるがまるで呪いだと私は思っていた…それがその娘にはなかった。
女はそれを知らない。
屋敷の者は知っていた。
私は上部だけ微笑んで、女を労った。
それから私は時折女の元へと訪れ優しい言葉を送ったが、女を抱くことはしなかった。
真綿で首を絞めるように、優しく優しく愛の『言葉』のみを贈る。
女は愚かであった。
私の言葉に頬を染めながら、他の男の元に通った。
女を置いたのは王公貴族がよく訪れる避暑地。
昔、女を囲っていた男達も訪れる地。
ほどなくして女は身籠った。
そこで、真実をのべることはなかった。女は内密に子をおろした。
全て知られているとも知らず。
それは一度や二度ではなかった。片手で足りなくなってからはおぞましくて数えるのをやめた。
女の娘は女以上に美しくなっていった。
本人は自分を庶民と思っているようだか、周りの者は貴族の庶子として失礼の無いよう接しているため、悪意ややっかみを知らない上部だけはキレイな世界しか知らずに育った。
独善的な優しさを振りかざし、それを正しいと思い込む女の娘。
気付いたときには、もはや矯正できるモノを通り越していた。
女は綺麗事をのべながら、男との逢瀬を繰返し、体を崩し、そこから病をえて死んでいった。
はじめ私は残された娘を本当の父親に返そうと思っていた。
しかしながら本当の父親は、女の娘を女の代わりとしか見れなくなっていた。出会った頃に近い、思い出により美化された女と瓜二つの娘。
例え、血が繋がっていても躊躇わないであろう狂気がそこにはあった。
娘が想いに耐えきれなくなったなら、閉じ込めることも命を奪うことすらいとわない狂気。
そのまま渡してしまえば、どんなにか楽だったろう。
しかしながら、愛情はなくても幼い頃から知る者をみすみす不幸にはできなかった。
兄や宰相には事情を話し、女の娘を引き取り、血の繋がった父でもおいそれと近付けない学園へと入れた。
その結果は、酷いものだった。
女の娘はやはり女の娘であった。
母親以上に有能な見た目の良い男を誑かし、あろうことか兄の子である王太子と恋仲となった。
たくさんの想いを人を踏みつけていることを彼らは知らない。
なんということだ。
どこで、なにを間違えてしまったのか。
女の娘が誑かした中には、命の恩人の、英雄の、ダンナによく似た公爵家の息子もいた。
頭に浮かぶのは国葬で会ったきりの彼の娘。
あの叫び。
数年前に絶縁され家から出ていったと聞いた。
追い出されたのだろう。
なにかをしてやるべきだったと気付くのは取り返しがつかなくなってからだった。
手を差し伸べる事だってできたが、会うのが怖かった。
屈託なく笑うダンナと同じ瞳で、その隣で笑っていた彼の妻によく似た顔で、憎しみの目を向けられたり、上部だけの笑みを向けられる事がなにより怖かった。
二人はもはやこの世の人でなく、その二人の繋がりを感じさせる彼の娘に拒絶されるのが恐ろしかった。
ああ、この期に及んで自分の心を守ることが第一にきてしまうとは、なんて浅ましい。なんて愚かしい。
ふらふらと訪れた街の広場で、綺麗な噴水の側のベンチに座り私はひたすら後悔とも懺悔ともつかない事を考え続けていた。
かつてぬいぐるみを選んだ後ダンナと二人、ここに座り菓子を食べながら休んだ思い出の場所。
昼過ぎに来たはずが、いつの間にやら夕暮れ間近だった。
「おじさんどこかいたいの?
おいしゃさんとこいく?」
膝をポンポンと叩く小さな手。
顔をあげ、息を飲んだ。
まるで記憶から抜け出てきたような、あの日の幼子がいた。
黒髪に榛色の瞳。
その手にあるのは、あの思い出に残るクマのぬいぐるにみよく似たもの。
「急に走り出して、どうしたの?また転ぶわよ。」
「あっ!かあさん!このおじさんくるしそうなの!」
遠い記憶にあるよく似た声が聞こえた。
子どもは母の元に駆け出した。
その先に居たのは…
「大丈夫ですか?人を呼びますか?」
彼の娘だった。
確かに母親ににているが、それよりも愛らしくどことなく彼を思い起こさせる顔。
声は母親に瓜二つであった。
「王弟殿下ですよね?」
「君は…彼の、ウォルクラウンの英雄の娘…か?」
そっと囁かれた言葉に答えられず私はうわ言のように呟いた。
「父を知っているんですね。」
くしゃりと笑うその顔は、懐かしいダンナにどことなく似ている。
「すまなかった…」
口から出るのは謝罪の言葉。
私達を守らなければ助かったかもしれない。
護衛に選ばなければ。
『~だったら』『~であれば』が繰返し頭をめぐる。
「…みんなはじめはそう言いますけどね、私は今幸せです。
父は…いえ父と母は幸せだったでしょう?
終わりは悲しいものですけど、全てが悲劇じゃなかったはずですよ。」
「君は…、恨んでいないのか?」
穏やかに笑う彼女に毒気が抜かれた。
彼女は頷く。
そして語る。
「私を残した父や生き残った自分を恨んだことはありますけど、それ以外は恨んでませんよ。
かわいそうにっていう目は腹立ちますけどね。
昔は弟が側にいてくれましたし、今は子ども達と夫が側で支えてくれています。
それ以外にも私を支えてくれる人や思いやってくれた人はたくさんいます。
これで幸せと思えねばバチがあたりますよ。」
「ばちあたりーばちばちー」
子どもが合いの手を入れて跳ね回り、転んだ。
泣きそうな顔に思わず手を差し伸べようとするが止められる。
「おねーさんになるからなかないっ」
半べそでほぼ泣いているに近いが子どもは立ち上がりこちらに来ると母親にぎゅうぎゅう抱きつく。
「ふふ、いい子強い子…」
その頭をなで子どもを抱き上げると、私に向き直って言った。
「謝罪なんで必要ないんです。
だからそう、話すなら父の…父達の話をしてくれませんか?」
私は、あまり一緒にいられなかったので…と少し寂しそうに付け足される。
あの時、彼女は5つだった。
今も残る思い出はさほど多くは無いだろう。
それならば私が話せることもあるだろう。
彼の話しなど、亡くなってから殆どしていなかった。
死に際を間近で見ていながら、亡くなった事を受け入れられていなかったのだ。
受け入れよう。
そして語ろう。彼との時間を。彼らとの思い出を。
そして、今を見つめよう。
なにもせずに後悔など、もう二度としてなるものか。
今からでは遅いかもしれないが、しかしながら死力を尽くせば何かしら変えていけるかもしれない。
「そのぬいぐるみによく似たものを君は贈られたろう?
それを買ったのは、実は…」
自分を嘆いて、その場に留まる後悔はもうしない。
一時間後、思出話に花をさかせていた私達の元へ、彼女の夫と私の従者がやって来て物凄く怒られた。
検討違いの嫉妬で怒る夫君と半泣きで心配する従者が何故だかおかしくて声をあげて笑ったら、どこかすっきりした。
彼らの子どももつられて笑い、怒りはうやむやとなって笑顔で分かれる事ができた。
さぁ、女の娘とも周りともしっかり向き合って解決していかねばならない。
例え甥に恨まれる結果となろうとも。
願わくば、ダンナによく似た公爵家の息子も早く救ってやりたいと思う。
私はこれからも後悔を重ねることだろう。
しかしながら、もうなにもせずに後悔をすることはしない。
助けようと意気込んだリロイ君はシスコンパワーで逆ハーを脱出してました。
王弟殿下は最近朗らかに笑う事も増えて、打たれ強い腹黒眼鏡に進化しました。
逆ハーへのざまぁカウントは始まりました。