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超・初心者(スーパービギナー)の手引き  作者: くらげマシンガン
第五章 初心者と腹黒聖職者と夜の塔の幻影
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F94 『ドッペルゲンガー』

「おおおおおっ!! やったぞ少年よ!! あと一階!! あと一階ではないか!!」


 ……二人になってから、随分とよく喋るようになった。目の前で騒ぎ立てるダンディフクロウを見て、俺は溜め息をついた。


 石の地面を素足で歩くもんだから、もう足の裏がボロボロだ。油断すると、すぐに全身を痛みが襲って来る――――全く、呑気なもんだ。お前は戦わないからって。


「なんだ、その『お前は戦わないからって』みたいな目は。我輩も少年の心の支えになるよう、ちゃんと側で見守っているではないか」


「…………まあ、別に良いけどさ」


 口では冗談を言うが、身体は冗談では済まされない。軋む関節を無理矢理動かして、開いた黄金色の扉に向かった。


 なんとなく。


 今までの魔物とは別格のモノが現れるのではないかということを、俺はその肌で感じていた。どうして五十階までフロアがあるのか。そして、下一桁がゼロを刻んだ時、現れる魔物のレベルが一段階上がる、ということも。


 流れ星と、夜の塔。四十九階。黄金色の扉を開けて、俺は先へと進んだ。


「しかし、随分と成長したものだ。我輩も、少年が育ってくれて嬉しい」


 クールは俺のことを、『少年』と呼び続ける。


 冷たい階段の温度を素足で感じながら、剥げて皮の剥けた足の裏を地面に触れさせる。既に感覚の麻痺している両足は僅かな痛みを俺に伝えるだけで、それ以上に何を訴え掛けてくる事もなかった。


 俺はクールの方を見ない。


 おそらく、表面だけを見ても仕方がないと思ったからだ。


「……お前のお陰で、俺も気付いた事があるよ」


 俺は、フィーナ・コフールのことを忘れていた。同じ『ノース・ロッククライム』の地に住み、おそらく顔を合わせていた。


 嵐の中、連れ出した。手を握り、どこか遠くを目指した。


 いざ思い出せば、色々なこと、色々な感覚は蘇り、俺の五感を刺激した。


 全身を濡らす、雨の匂い。


 水に流れて溶け出した、泥の匂いも。


「俺は、失敗したんだ」


 多分。


 きっと。


 嵐の中、棒を握ってフォックス・シードネスと対峙した。後ろにはフィーナと、崖があった。俺は崖にリュックを投げ、フォックス・シードネスを倒して、きっと後で拾いに行く予定だった。


 それは、二人の旅の資金。俺がコフール一族の屋敷から持ち出した、自由への切符だった。


 だから、落としたんだろう。フィーナと金を取り戻したら、奴には俺を相手にする理由がなかった。


 一対一。絶対に戻れない状況にしたかったのかもしれない。


「――――――――なんじゃ、こりゃあ」


 階段を登ると、そこは真っ白だった。


 今までのように、石で組み立てられた室内らしい空間ではなかった。石の階段を一歩登ると、最早どこが壁なのかも分からない程にそこら中真っ白で――――前方に、黄金色の扉があった。


 だが、そこに額縁は掛かっていない。ただの、黄金色の扉だった。


 俺はその、真っ白な空間に足を踏み入れた。地面の感覚は少しすべすべしていて、しかし踏ん張る事が出来る程度には抵抗があり。先程のように、足の裏を痛めつける事はなかった。


 真っ白な空間に、俺から垂れた血だけが、足跡代わりに歩いた後に残っていく。


 床は冷たい。身体は軋む。大して寒い訳でもないのに、倒れたら凍えて死んでしまいそうな程に。


 俺は、独りだった。


「こういうのは、物語の最終回で良いんだっつーの」


「そうだな。我輩もそう思うぞ」


 いや。


 独りではなかった。


 そう思い直し、俺は真っ直ぐに歩き、黄金色の扉に手を掛ける。重たい金属製の扉は取っ手を握ると、まるで天界へ誘うかのように、僅かに錆び付いた音を立てながら、ゆっくりと開いていく。


 中に入ると、扉が閉まった。


 しかし、俺は扉が閉まる音のような、ごく小さく、些細な音には気が付かないほど、驚愕に息を呑んで、その光景を見守っていた。


 言葉を、失くした。


 驚きは一周し、やがて俺の胸を駆け巡り、ストンとコップに水滴が落ちるように、収まりの良い場所へと落ちて行った。


「――――そういう、ことか」


 笑ってしまった。


 真っ白な広い部屋に、黄金色の扉は二つ。まるで鏡に映されたかのように、左右対称な二つの空間。


 まるで中央に鏡が一枚、仕込まれているかのような。


「殺す気満々じゃねえか、フォックス・シードネスよお…………!!」


 俺はようやく、この場に誘われたその理由について、理解した。


 何の事はない。四十九階までは、俺を痛め付ける為だけの、言わば捨て駒。目の前に居る、こいつが本体。周りはモブキャラみたいなものだ。


 そいつは、俺を見ると悪戯っぽく、にやりと笑った。


「つまり、そういうことだ。俺はお前の考えている通り、この『流れ星と夜の塔』の最後の魔物」


 聞いたことがある。


 曰く、その魔物はある意味ではどんな魔物よりも強く、そして知略に長けていて、凶暴であると。


 曰く、その魔物は対自者と同じ程に有能であり、人語を話し、人の心を揺さぶると。


 曰く…………


「そして、最後の砦だ」




 そこには、俺がいた。




 俺はリュックから長剣を取り出し、全身に魔力を展開した。


「<限定表現レストリクション・スタイル>!!」


『ドッペルゲンガー』。それが、この『流れ星と夜の塔』のダンジョンマスター。何体ものダンジョンマスターを従える、このダンジョンの王ということか。


 焼き切れる程に、両手が熱くなった。もう魔法を一つ使うにも、限界が訪れようとしているのだと。その事実を、改めて理解する事となった。


 俺の目の前に居るもう一人の俺が、唐突に目の前に手を出し、宣言した。


「<限定表現レストリクション・スタイル>!!」


 なるほど。そいつはどうにも弱そうで、他の冒険者のように魔力のオーラなど見えない。にも関わらず魔法が発動された瞬間、何故か魔力に変化を感じるのだ。


 ボサボサの茶髪も、目付きの悪い双眼も、どこか餓鬼大将をそのまま大人にしたかのような、無邪気で頼りのない印象を与えた。


 足下のスニーカーもまた、そんじょそこらの量販店で見かけるものだ。ジャケットだけは他より少し高いが、全体的に貧民らしいオーラが漂っていて、『王者の風格』などとは似ても似つかない。


 他の人間には、どうやらそのように見えるらしい。


 俺は素足だ。ジャケットにもいくつも穴が空いていて、袖も自分で千切り、右手を縛る包帯代わりにしている。


 しかし、目の前のそいつは嘘のように綺麗で、まるで今から塔を登るのだと言っているかのような雰囲気だった。


 何が、「君がお嬢様にもう一度会いたいのなら、どうあってもこの塔を登るしかない」だ。塔を登れば最後、上まで登り切る事は不可能ってことだ。


 当たり前だ。


 四十九回もダンジョンマスターと戦って来て、最後に待っているのは完全体の『自分』。


 勝てるわけがない。


 そこに何か、奇跡でも見出さない限りは。


 パーティーでこの魔物と出会った時に、どうなるかは分からなかったが。


「<ソニックブレイド>!!」


「<ソニックブレイド>!!」


 二つの声が重なる。まるで似たような軌道を描き、全く同じ威力と速度、距離。二つの<ソニックブレイド>は交差し、一度の衝撃を伴って再び離れた。


 いや、全く同じ威力ではない。傷付いている俺の方が、威力が足りない――――…………


限定表現レストリクション・スタイル>により、強化された<ソニックブレイド>。多段攻撃となったそれは現在の俺の魔力では一発分足りず、もろに一撃、腹に喰らった。


 ジャケットとシャツを通り、俺の腹が切り裂かれる。


「ぐおおっ…………!!」


 堪らず、その場に膝をついた。ドッペルゲンガーの俺はリュックに長剣を戻し、振り向きながら右脚を、俺に向けて振るった。


「<飛弾脚ひだんきゃく>!!」


 膝をついたまま背中を蹴りつけられ、俺の身体が宙を舞う。腹の傷に悶えているうちに、俺は頭から空白の世界に突っ込んだ。


 激突しても音はしない。どうにか両腕で顔を守るが、長剣をリュックに戻す暇はなく、その場に捨てるしかなかった。武器を手放した俺は身体を小さく丸め、白い空間を転がった。


 ――――まるで、時間が止まっているようだ。


 自分自身と戦う。…………なんという矛盾だろうか。勝つ方法が一つも無いじゃないか。だってそいつは、今の俺が使える技を、全て使用する事が出来るのに。


 ドッペルゲンガーがリュックに手を突っ込み、中から二本の短剣を取り出した。


 おいおい、それはさっき、『サウザンナイト』との戦いで駄目になった筈で……


「<チョップ>!! <チョップ>!! <チョップ>!! <チョップ>!! <チョップ>!!」


 強化された連続攻撃が、俺を襲う。鈍器を構えるだけの体力はない。両手でどうにか<堅牢の構え>を取り、相手の攻撃を受け続けた。


 俺にも短剣があれば<パリィ>でどうにかなったかもしれないが――――いや。既に、この速度の攻撃を俺は受け流す事が出来ない。


 身体中の筋肉に傷が付く。


 組織が切断される。


 身動きが、取れなくなる。


 つまりこいつは、塔の中に入った瞬間の俺をコピーしているんだ。だから、使える武器も魔法も、塔の中に入った瞬間からあるもの全て。


 目に血が入って、視界が滲んだ。僅かに、ドッペルゲンガーが俺に向かって火球を構え、投げる瞬間が見えた。


「<レッドボール>」


 俺の目の前で、火花が散る。


「<強化爆撃イオン>!!」


 ――――意識が、飛んだ。


 空白の時の中、限界にまで痛め付けられた俺の身体は既に動く事はなく、受け身を取る事すら出来ずに地面に激突し、転がった。まだ一撃も与える事が出来ていない、無傷のドッペルゲンガーは俺に向かって、機械のような笑みを浮かべながら歩いて来る。


 虫の息とは、こういう事を言うのか。フィーナは上階だ。<凶暴表現バーサーク・スタイル>を使う意味もない。長剣も、短剣もない。


 震える右腕で、どうにか弓矢を取り出した。仰向けに転がったまま、それをドッペルゲンガーに向けて構える。


「そんなになってまで、どうして戦う?」


 歩いて来たドッペルゲンガーに、弓を蹴られた。弾かれた弓は隅に転がり、俺の前から。


 武器が、消えていく。


「何でだろうな…………『ノーマインド』の魔物であるお前には、分からない事かもしれないが…………」


 ただ、俺を見ている。ドッペルゲンガーを前にして俺は立ち上がり、鈍器を取り出した。


 負けるものか。


 せめて、心だけは。


「<刺突しとつ>」


 先程の斬撃によって傷付いた腹に、痛恨の一撃が加わった。俺は口から血を吐き、再びその場に倒れる事になった。ドッペルゲンガーは俺の取り落とした鈍器を拾い上げると、俺の手の届かない所へと投げた。


 俺はリュックから杖を――――…………


「分からない。『テイガ・バーンズキッド』も言っていただろう。生き残る為には、自らを第一に考えなければならない。自分の生命を犠牲にした者は、何れどこかで死に絶えるものだ」


 その杖を、踏み付けられる。


 バキ、と軽い音がして、俺の最後の武器はあっさりと、壊れた。髪の毛を捕まれ、リュックを外されると、俺の手の届かない所へと投げられる。


 盾さえ構える事もできず、頭を離され、俺はその場に倒れた。


 うつ伏せになると、液体の感触があった。もうドッペルゲンガーに向かって、顔を上げる事さえ叶わない。指で僅かに、水溜りに触れる。


 …………はは、これ、俺の、血か。


「人生に、『失敗』は許されない。それは即ち、『死』を意味するものだ。目の前にある全てを完璧にこなして、初めて一人前。そうなるためには、他者になど構ってはいられないものだ」


 うるせえよ。


 他の人間がどうかは知らねえよ。ただ、俺は独りってのが一番耐えられないんだよ。だからアカデミーでも目立つ事をしてきたし、アカデミーを出てからも色々な人と出会い、話してきたんだよ。


 俺の意識が、遠い。フィルターを何枚も掛けていくように、目の前の白い空間が黒くなっていく。


「だから、お前は死ぬのだろうな。たった一人で。……皮肉なものだ」


 ――――死ぬ。


 生命が、終わる。途方も無い時間を、ただ漠然と肉体のまま過ごす。やがて腐敗し、地に帰り、それでも魂は何処にも行けず、あるいはそれさえも初めから無かったのかも分からなくなる。


 消滅する。


 この、世界から。


 漠然と、そんな事を考えていた。意味などなかった。もしも人を助けたことで俺が一人になるのであれば、人はどこまで行っても一人、ってことなのか?


 良いじゃないか。


 大切な人と寄り添って生きる、幸せな未来があったって、良いじゃないか。


『もう』、一人にはなりたくない、なんて。


 どうして、そう思ったんだろう。


 どうして――――――――…………。




「少年よ、いつまでそこで寝ておるのだ。目を覚ませ」




 どこかで声が聞こえた気がして、俺は目を覚ました。


 俺はすぐに飛び起きて、辺りを見回した。勝手にベッドから降り、勝手に部屋のカーテンを開け、窓の向こうを見詰めた。


 見慣れた風景。小さな木造の家が立ち並ぶ田舎町。遠くに見える炭鉱地はいつも工事をしていて、晴れた日の昼間は騒がしい音が耐えない。


 ――――ノース・ロッククライム。


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