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超・初心者(スーパービギナー)の手引き  作者: くらげマシンガン
第五章 初心者と腹黒聖職者と夜の塔の幻影
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F89 流れ星のジョーク

 妙に高い身長、明らかに作られた女声。そう、間違いなくこいつはオカマだ。俺の生物的違和感が、全力で目の前の『オネイサン』とやらを否定している。


 プリティジョーカーは、眉をひそめて三日月から降りた。ふと振り返ると、全員驚愕の表情で固まったままでいた。……いや、まあ分からなかったのかもしれないけど、言われれば分かるだろ。分かってくれ。


 文字通り、『ジョーカー』だ。ふざけてやがる。俺は男の娘という存在はロイスしか認めねえ。背が高過ぎる。オネエ言葉も、微妙に女のそれとは違う。


 そんな中途半端な男の娘演技で、俺の前に立つとは。


 寒気がするぜ……!!


「言ってはいけない事を……言ってはいけない事を言ったわね……坊や……!!」


 ぴくぴくと眉を震わせ、プリティジョーカーは一度、目を閉じた。……瞬間、今度は別の意味で寒気を覚えた。辺りの魔力空間が、一瞬にして変化したような気がしたのだ。


 或いは、起動された。そんな空気だった。


 なるほど。見た目はイロモノでも、強さは本物か。どこぞの『イチャッデ・イカッチ』とは、訳が違うらしい。


 その両目が、見開かれる。


 瞳の色が変わった。今度は、凍えるような水色だ……!! 同時に、おびただしい量の魔力が辺りに流れる。プリティジョーカーの周囲にブリザードが巻き起こり、恐怖のオネイサンの身を隠していった。


「良いわ。なら、初めから殺すつもりでヤってアゲル。……後悔しなさい……!!」


 バックステップで、ベティーナの盾になる。相手が魔法を使って来る以上、こっちのベティーナは切り札だ。絶対に守り通さなければ、勝利はない。


 ブリザードが止んだ。その一瞬、俺は驚愕に目を見開いた。


 プリティジョーカーが、消えたのだ。


「<シャドウミラージュ>!!」


 どこからか声がした。……まいったな。マスクドピエロの時のように、こっちに制限を与えてくる魔力空間じゃない。これは恐らく、相手が好き放題やるための魔力空間だ。


 本来ならば魔力空間から出てしまえばそれまでだろうが、ここは部屋の中。おそらく、星空の端まで行けば壁にぶつかる。即ち、この部屋全体が錯覚魔法、ってことだろう。


 幾らなんでも、空間そのものを捻じ曲げたり、場所を移動させるような魔法陣を組んで戦う程、魔力を持ってはいない……筈だ。まして、その上で消えるなどという魔法は使えないだろう。


 と、思っていたのだが。


 次の瞬間、まるで幽霊のようにフェードインして現れたプリティジョーカーが、チークの目の前で片目を瞑った。


「――――えっ?」


「チーク!!」


 俺は咄嗟に、プリティジョーカーに向かって投げナイフを投げた。が――――プリティジョーカーは俺の投げナイフを軽い身のこなしで避けると、チークの下顎を掴み。


 刹那、唇を奪った。


「ぐむんっ!!」


 冗談じゃねえ。キス系の魔法は威力が高いって、俺はフルリュを通してよく知ってんだ。長剣を構えたまま一閃、プリティジョーカーに今度は生身で斬り掛かる。プリティジョーカーはくすりと笑うと――――また、星空の中に消えていった。


 と思ったら、今度は別の場所に現れた。……くそ、今度は本当に、魔法陣の中を自在に移動できるってのか……!?


「な、なんだあ……?」


 チークはまだ平気だ。……何ともなかったのか……?


 プリティジョーカーは唇に指を当て、艶っぽい声で呟いた。


「<アタシノシモベ>」


 キスで魔法公式を捩じ込んで、言葉がトリガーになるのか……!! 瞬間、チークの巨大ハンマーが振り被られ、ターゲットになったのは……俺――――!?


 まるで戦闘職のように膨大な魔力を放出しながら、チークは真っ直ぐに、俺に向かって走って来る。咄嗟にベティーナを離れさせ、俺は攻撃のモーションを見極めた。チークは行動こそ俺を狙っているが、その表情には焦燥の色が浮かんでいる。……つまり、予定外の出来事ってことだ。


 まずいな。チークのハンマーに殴られたんじゃ、俺もその場でジ・エンドだ。<インパクトスイング>を使われるでもなく、一撃で意識が飛んで終いだろう。


 ハンマーが振り被られた。モーションは水平。横薙ぎに振り抜かれるハンマーを、垂直に高く跳躍することで避ける俺。直径二メートルはあろうかという大きさの鉄塊が、俺の足下で僅かに風を起こす。


 ぞわり、と寒気がした。チークの怪力は、間違いなく属性ギルドの加護を受けている。体力も魔力も初心者の俺なら、当たれば即死も有り得る。


<パリィ>では防げない。鈍器も力負けするだろう。……つまり、避ける以外に選択肢がない。


 ――――なら、垂直に跳躍したら駄目だろう…………!!


「よ、避けて!! ラッツ!!」


 無茶言うな。


 今度は大きく、背中に振り被られるハンマー。狙われているのは、勿論上空の俺だ。プリティジョーカーの<シャドウミラージュ>の正体を突き止められないまま、この場で為す術もなく殴られる訳にはいかない。


 時間が止まったかのような、緊張の一瞬。全身の筋肉を使い、自身の意志とは関係なくハンマーに力を入れるチーク。俺は咄嗟にリュックから弓矢を引き抜き、鋭い矢の先端をチークの頭上に合わせて引いた。


 全身に風を受け、表情が強張る。指貫グローブをした右手の指が、高鳴る心臓とは裏腹に正確な照準で、ハンマーの支えになっている親指を狙った。


 発射。


 既にチークは攻撃モーションに入っている。勢いを付けた両腕はもう、目標から離れる事は出来ないだろう。


 ――――なら、その先を分断するまでだ。


 背中から振り上げられた両手が、チークの頭の上に現れる瞬間。左手の親指に当たるように放った俺の矢が、チークの指に当たる。


「いだっ!!」


 すまん、チーク。だが、これくらいは勘弁してくれ。


 チークの左手から力が抜け、巨大なハンマーはコントロールを失う。弧を描く予定だった軌道は強力な腕力の支えを失い、真上に向かって――――手放された。


 俺の目の前を、チークの両手が通り抜ける。そのままバランスを崩したチークは、前につんのめって俺に向かい、倒れた。


 どうにか、それを受け止める俺。真上に放たれた巨大ハンマーの軌道を見極め、落下地点に対象者が居ない事を確認する。落ちたハンマーは星空の中、まるで空中で何かに激突したかのように見え、激しい音を立てた。


 勿論、落下して地面に当たっただけだ。それくらいは分かる。


 チークは俺の両腕を振り解く事はしない。元に戻った……一定時間しか効果のないスキルか。そりゃあ、こんなにも強力なスキルが常時使い放題じゃ、やってられない。


「ご、ごめん。ありがと」


 いつになく、しおらしい態度を見せるチーク。俺は自ら傷付けたその左手に、<ヒール>を掛けてやった。


「キス系の魔法は、威力が高い。……気を付けような、俺もお前も」


「…………うん。ごめん」


 そうして、ベティーナの身を案じて振り返った瞬間だった。


「んぐっ…………」


 …………あー。


 既にベティーナは、プリティジョーカーに唇を奪われていた。星空に下半身を消したまま、上半身だけを実体化してベティーナを捕らえている。肩の上に止まったクールがプリティジョーカーを叩いているが、まあ攻撃と呼ぶには程遠い。


 投げナイフじゃ駄目だ。そう思った俺は、全身に大地の魔力を展開し、魔法公式を組み立てていく。


「<計画表現プランニング・スタイル>」


 この手の幻覚魔法や催眠魔法を得意とする魔物は、体力と防御力に難がある場合が殆どだ。なら、攻撃力はそこまで必要とされない。正しく弱点を突く事さえできれば、初心者スキルでもそれなりに通用するはずだ。


 自身の後ろに魔法陣を描いた。プリティジョーカーはすっかりベティーナの口内に夢中だ。幸いにも星空の中では目立たないし、配置しておいても気付かれる事はない。


 助けてやらないと。チークを助けるために使った弓を、今度はベティーナの隣へと向ける。矢を放つと同時に、俺は駆け出した。


 プリティジョーカーは俺を一瞥すると、色っぽい表情でウインクした。


「焦らないでよ。今から、オモシロイ事をしてあげるわ」


 寒気がした。


 矢がプリティジョーカーに辿り着く前に、プリティジョーカーは星空に消えた。……くそ、何か法則はないのか……!? こんな状況じゃ、戦うに戦えない。


「チーク!! 絶対に油断するなよ!!」


「付いて行くから大丈夫!!」


 まあ、ハンマーは既にチークの手を離れている。戦闘力として役に立たないのは困るが、まあ俺に向かって来るより幾らかマシだ。チークはぴったりと俺の後ろに付いて来た。


 俺は立ち止まり、ベティーナと向き合った。……既に、ベティーナの様子がおかしい。どうにも気まずそうに、もじもじと両足を動かしていた。……心なしか、俺はベティーナのこういう姿をよく見る気がする。


「遊びましょう……<センシティブ・ハート>」


 思わず表情を引き攣らせ、俺は硬直してしまった。チークは苦い顔と言うより、驚愕、いや寧ろ感嘆といったような顔をしていたが。


 ベティーナの顔が火を付けたヤカンのように真っ赤に染まり、その場に膝をついた。自分でもその変化に対応し切れていないようで、全身を震わせながら自身の身体を両手で抱いている。


 そう、それはまるで悶えているかのような。


 ……なんだ、この魔法。


「いやああっ……!! な、何コレ……ちょ、待っ……!!」


 杖を取り落としたベティーナ。足取りも覚束ないまま、俺に向かってフラフラと近寄ってくる。杖が無いから攻撃される事は無いだろうが、俺はその様子に思わず喉を鳴らした。リュックを盾にして、後退る。


 ベティーナは息を弾ませたまま、俺のリュックに手を掛けた。瞬間、俺は脱力してリュックを落としてしまう。なんだ……!? 何が起こってんだよ……!!


 チークがまじまじと、ベティーナの様子を眺めている。そのまま引き寄せられるように、ベティーナは俺の胸に身体を預けた。


「おお…………!!」


 いや、「おお」じゃないよチーク。助けてくれよ。


 ベティーナの動きは止まらない。首に腕を回され、唇を寄せてきた。いや、そんな場合じゃねえのに!!


「おい、ベティーナ!! しっかりしろ!!」


 そうか、震えているのは、ベティーナが必死でプリティジョーカーの魔法に抗おうとしているからであって。ベティーナも頑張っているんだ。


 このまま、時間切れまで粘れば…………


 強張ったその表情が、俺の胸に顔を預けた次の瞬間、恍惚のそれに変わった。


「――――あー、なんかいーや。もう」


 いや、ちょっと。


 信じられない発言がベティーナの口から漏れた。無理矢理体重を掛けられ、バランスを崩した俺はそのまま仰向けに倒れる。星空を仰ぐように倒れた俺、その真上ではまるで寝転ぶような体勢で俺を見ている、プリティジョーカーの姿が――……


 俺を見て、楽しそうに笑っている……この野郎が……!!


 ベティーナは俺の上に馬乗りになると、呆けた表情でドレスシャツのボタンに手を掛けた…………!!


「おい、おおい!! お前はそういうキャラじゃないだろ!! おーい!! 攻撃をしろ!!」


「なんか、ぽわぽわして……抱き締めて、ほしい……」


 ええい、話にならん!! 俺は起き上がってベティーナを組み伏せ……ようとしたが、意外にもベティーナの力が強い。……強いどころじゃない、尋常じゃないぞ何だこれは。流石の俺でも、魔法使い如きに力負けするほど筋力が無い訳ではない。


 なら、俺の手に力が入っていないんだ。起き上がる事さえできない……!?


 チークが頬を染めて、俺達のやり取りを見守る。いや、だから助けろって――――いや、待て。……なんか、おかしくないか? いくら何でも、ダンジョンマスターと戦っているこの状況で周りが見えていない筈は。


 チークもベティーナも、全身から絶えず魔力を放出し続けている。しかし、だからといって俺の身を拘束することは……


 いや、待て。よく見ろ。


 仰向けに押し倒されている俺の周囲は、よく見れば光っている。僅かにではあるが、魔力の反応を感じる。


 星空の中、白く光る線。寝そべっている状態では分かり難いが、これは魔法陣だ。考えている間に、俺はベティーナに、その柔らかい唇で口を塞がれた。


 チークもふらふらと、俺達に引き寄せられるように寄ってくる。


「おもしろそー。あたしも、混ぜてー」


 ――――――――魔法に掛かってるのは、全員じゃないか。


 ベティーナの舌が口内に入って来る…………だが、そこにキス系の魔力反応はない。フルリュから散々受けているから、それが魔法のキスなのかただのキスなのか、それくらいは判別がつく。


 落ち着いて、冷静に。幻覚・錯覚魔法使い相手に焦りを感じたら、まず助かる道は無いと思っていい。今の状況を分析して、対応方法を探すんだ。


 俺の真上に居るプリティジョーカーは、幸いまだ俺自身に何かをしてくる様子ではない。ニヤニヤと笑いながら、僅かに頬を上気させて空中に寝転び、見ているだけだ。


 この変態が……


 一つの魔法陣につき、魔法の効果はひとつ。魔法公式そのものは隠れているが、基本原則に狂いはないはずだ。


 見えているのは、俺の真下に描かれた魔法陣。恐らくこれは、俺の動きを封じるためのもの。ベティーナとチークにはキスの拘束魔法が掛かっているし、この空間自体も変化魔法だ。


 …………そして、あいつが出たり消えたりするのも移動魔法……か? 幾ら魔物と言ったって、そんなに沢山の種類の魔法を同時にコントロールできるものか? どれか一つでも魔力のコントロールを失えば、たちまち魔力が暴走して反動を受けるのは自分だ。


 この、奇妙な星空の下の魔力空間。俺は、自分の仕掛けた<反転リバーシブル>の魔法陣を見た。




 ……あれ? 魔法陣が無い……ってことは……!!


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