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超・初心者(スーパービギナー)の手引き  作者: くらげマシンガン
第五章 初心者と腹黒聖職者と夜の塔の幻影
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F88 『プリティジョーカー』

 マスクドピエロの一件以降、特に目立った出来事もなく、俺達は確実に上の階層を目指していた。


 二十九階、『リザードライダー』。四足の魔物に乗って剣を構えるリザードマンで、まるで人のような素早い動きと剣技で戦う魔物だ。


 流石にレベルが上がってきた。自然とチーク、ベティーナも戦闘に参加するようになった。


 以前『リザードマン』と戦った事があったが、『リザードライダー』というのは単なる剣士ではなく、火の魔法をある程度使いこなす事のできる、ちょっとだけ進化した魔物なのだ。故に、リザードマンの多いダンジョンでダンジョンマスターとして君臨していることが多い。


 まあ、リザードマンの多いダンジョンってどこだよ、と言えば普通は森なのだが。俺は構えた長剣を振り被り、リザードライダーの懐目掛けて一閃を放った。


「<ソニックブレイド>!!」


 素早い攻撃にも、確実に対応してくる。間髪入れず、チークが真上からリザードライダーに襲い掛かる。やはりスピードマーチャントの経験があるため、<インパクトスイング>くらいは覚えていたチーク。ただでさえ強力なハンマー攻撃に、<インパクトスイング>の魔法公式が加算される。


「べらんめえ!! この巨大な玄翁げんのうに何人も抗う事はできぬよ!! <インパクトスイング>ッ!!」


 その威力たるや、最早人間隕石である。大層丈夫に作られているのか、壁や地面に当たっても塔が壊れる事は無いようだったが。


 リザードライダーが、ロングソードでチークの攻撃を受け流す。……武器持ちの魔物というのは結構特殊で、人間の使うスキルと似たようなもの、或いは全く同じものを使ってくる事が多い。通常は刃こぼれしてもおかしくない程の攻撃、流れるように裁いたリザードライダーのロングソードには、僅かに魔力が込められていた。あれは、<パリィ>に似たスキルだ。


 俺が手にしているのは、リザードライダーに対抗するための長剣。火を操る魔法剣士という立ち位置だが、魔物に乗っているという点を除いては、剣も魔法も使うという意味で俺とやっていることは大体同じだ。


 ならば、俺の方が格上であるということを見せなければ。


「<ホワイトニング・イン・ザ・ウエポン>」


 光り輝く長剣。これを使うのは随分と久しぶりだが、<限定表現レストリクション・スタイル>中の武器への付与魔法は、俺の出せる手札の中でも、今のところ最強の攻撃手段だ。


 未だに長剣の使用スキルが<ソニックブレイド>じゃ……と少し思う所はあるが、まあ魔力コントロールの簡単な使いやすいスキルでないと、<限定表現レストリクション・スタイル>を活用し切れないという点もある。


 単発攻撃から、多段攻撃へ。俺の光り輝く長剣が、リザードライダーの胴を目掛けて一閃を放つ。


「<ソニックブレイド>!!」


 そのまま通り抜けるが、リザードライダーにカウンターで刃を合わせられた。慌てて進路を変えるが、速度のある<ソニックブレイド>中にモーションを変えることは中々難しい。


 僅かに攻撃を受けながらも、俺は避けた。元々、致命傷を与えるつもりではない軌道で放たれたのが幸いした。背後から、ベティーナの超火力がリザードライダーへと攻撃を仕掛ける瞬間だったからだ。


「<ダイナマイトメテオ>!!」


 詠唱速度が速いと言っても、確実にベティーナには無傷で居て貰わなければならない。この段階の魔物なら、もうベティーナが攻撃されれば一撃でも危ういラインになる。しかし俺もチークも、魔物の攻撃を『受ける』戦い方が出来ない。これが最も大変なことだ。


 ベティーナの隕石攻撃を受け、リザードライダーが四足歩行の魔物から落ちた。今更ながら、どうして隕石が建物の中に降ってくるのか、一度魔法学者に問い掛けてみたい所である。


 チークが巨大なハンマーを横から叩き付けるように振り、四足歩行の魔物をリザードライダーから引き剥がした。これだけの重い攻撃なら、あと一発もあれば倒すことができるだろう。


 リザードライダーは、チークのハンマーが大上段に振り被られたのを見て――……、やばい!!


「伏せろ、ベティーナ!!」


「――――へっ?」


 駄目だ、全く反応出来ていない。相変わらず、魔法攻撃以外の事についてはまるで駄目だった。リザードライダーが<レッドボール>に似た火球を生み出し、ベティーナに向かって投げ付けたのだ。


 咄嗟にリュックを捨て、俺はベティーナに向かって走った。押し倒すようにベティーナに覆い被さり、リザードライダーの攻撃を背中で受け止めた。


「見よ!! 九十八点の底力!! ワニワニパニック!!」


 チークが意味の分からない単語を叫びながらハンマーを振り下ろし、リザードライダーに止めの一撃を放った。地面を殴る衝撃が、俺の所にまで伝わってくる。


「グオオオオオオオ――――――――!!」


 呻き声を上げて、四足歩行の魔物と共にリザードライダーは消滅した。組み伏せるようにベティーナに被さっている俺、動かないのではなく動けないのだ。


 ジャケットは焼け焦げ、俺の地肌までダメージが伝わっている。……伝わっている、どころじゃない。鉄板の上に寝転んだみたいだ。物理攻撃なら<パリィ>でなんとかなる部分もあるが、魔法攻撃となると防御する手段が全くない。


 俺如きの<ブルーカーテン>では、リザードライダーの炎攻撃に対抗するには魔力が足りない。だから、これは仕方がない事だった。


「ご、ごめ……」


 ベティーナが顔を真っ赤にして、胸の前で両手を握っていた。艶っぽい視線を俺に向けて、何故か息を荒らげている。


「ラッツ! ベティー! 大丈夫!?」


 チークが駆け寄ってきた。俺はどうにか身体を起こし、部屋の床に座り込んだ。さっさと<ヒール>を掛けたい所だが、カモーテルが捨てたリュックの中だ。


 何も言わず、素早くチークは俺の口に異物を押し込んだ。……げっ、これまさか『グリーンホタル』……ごりごりとすり潰して味わう。……確かに甘くて体力回復しそうな味ではあるが、もそもそ動いていたのが気持ち悪い。


 どうにか飲み込むと、じんわりと身体が暖かくなった。魔力が回復してきた証拠だ――――すげえ。さっきまで痛かった背中が、今は何もない。腕を回して、様子を確認した。


「確かに、大した効き目だな」


「でっしょー? ラッツも取ってくるといいよ、北部地方の森ダンジョンに居るから」


 しかし、食感が最悪だ。もうちょっとどうにかならんのか、これは。今度、何かの料理に使えないか検討してみるかな。


 チークはあっけらかんとした顔で、回復した俺を見て言った。


「ねーラッツ、今の攻撃、ラッツの体力的にどのくらいのもんだった?」


「どのくらいのもの……? まあ、あと一発くらいなら耐えられそうだけど」


 三発も喰らえば、多分意識を失うだろう。そうなってしまえば、回復魔法の使えないこのパーティーで攻略続行は不可能だ。自分でもそれは分かっているつもりで、あの攻撃を受けたのだった。


 一発受ければ、後はチークがなんとかしてくれる。そういう思いだった。


「……そっか。防御力がないんだ、このメンバーだと」


 そう呟いて、チークはハンマーをアイテムカートに戻した。問題点を理解してくれるのはありがたい。


 ともあれ、これで二十九階もクリア、だ。もう半分以上登ってきた事になるから、ペースは随分と速い。塔に入ってから何時間経ったのかは分からないが、この様子だと一日も掛からないだろう。


 本当に、このままで良いのか。その疑問は拭えないままだったが。


 だが、こんなものはフォックス・シードネスにとっては小手調べだろう。フィーナの居場所に近付かなければ、どのみち真相は見えない。ならば、さらに上を目指して登って行くしかない。


 破けたジャケットは放置して、俺は捨てたリュックを拾った。リュックに武器が詰めてあるというのも、考え物だな。リュックが燃やされてしまえば武器が落ち、戦闘不能になってしまう。


 燃やされずとも、破かれればそれまでだ。俺の戦闘力はガタ落ち、一気に弱体化の道を辿るだろう。


 良い案も思い付かないので、今はこのままで行くしか無いけれど……


「……ベティーナ?」


 ふと、ベティーナを見た、どうにか部屋の壁まで移動したようで、壁を背もたれにして座っていたが――……随分と、顔が赤い。息も荒いし……


 俺は近付いて、ベティーナの前で屈み込んだ。


「大丈夫か?」


 瞬間、ただでさえ赤かったベティーナの顔が、真っ赤に染まった。


「だっ!! 大丈夫!! 大丈夫だから!! 見ないでよスケベ!!」


 ばたばたと両手を振り回し、すぐに立ち上がるベティーナ。顔を両手で仰ぎながら、チークに向かって走って行った。


 …………なんだよ。助けてやったってのに。




 ○




 三十階に上がると、また壁の色が変わった。今度は青か……僅かに違う程度の変化ではあるが、壁も地面も、十階を越える毎に色が変わっているようだ。


 手持ちのパペミントとカモーテルの数も、半分程に減った。そして、またここからもう一段階、敵が強くなるということなのだろう。


 この戦いが終わったら、服を買い換えようか……なんて考えていると、どこかで力尽きそうな気がしたので言葉には出さない事にした。


 さて、何はともあれ三十階だ。何度目か分からない、黄金色の扉に掛けてある額縁を確認した。中は……見たことがない。見たことがないどころか、これは人か……? 見た目は完全に人間だ。ピンク色の髪の毛はセミロングで長く、燃えるようなルビーの瞳がこちらに笑い掛けている絵だった。


 魔法使いのような、真っ黒の三角帽子。それに合わせたような、黒いフリルの付いた服に白黒のハイソックス。絶対領域が目に眩しい。


 クールがベティーナの肩の上で、顰め面をして言った。


「『プリティジョーカー』だな。こいつも、空間操作系の魔法を使って戦うダンジョンマスターだ」


 やはり、か。今度は『マスクドピエロ』よりも強いと思っておいた方が良いんだろうな。……もしくは、タイプが違うか。どちらかだ。


 流石に、こう昼も夜もないと疲れてくるな。さっさと外に出て、開放感を味わいたいものだ。


 思いながら、黄金色の扉に手を掛けた。扉は軋みながら、ゆっくりと開かれる。


 俺達が中に入ると扉が閉まり、すぐに部屋には異変が訪れた。


「な、なに……?」


 危険に敏感なベティーナが、すぐに不安気な声を出した。


 まるで上空に投げ出されたかのように、俺達の周りに突如として『夜空』が現れた。突然のことで、思わず辺りを見回してしまった。色取り取りの星はまるで遠くにあるかのように見えるが、立っている場所が無くなった訳ではない。ということは、これは幻覚魔法か何か、という事なのだろうか。


「あああ、愛しの魔王様。……どうして、居なくなってしまったの……?」


 声がした。あからさまに可愛らしい、そして作り物めいたソプラノの声。夜空の中に、小さな爆発が起こった。視線を向けると、その場所に大人が一人乗れる程度の三日月が顔を出した。


 三日月をハンモックのようにして、寝ていたらしい。ふああ、と欠伸をすると、その女は俺達を見た。


「待ちくたびれちゃったわ。幾らなんでも、レディーを待たせすぎじゃない?」


 まな板のような胸。尻も小さい。三日月に座り、女は俺を見てにこりと微笑んだ。


 瞬間、ベティーナが前に出て、真正面から女を睨み付けた。


「…………あんたが『プリティジョーカー』?」


 魔法使いのような見た目だから、対抗心を燃やしたのだろうか。ベティーナは見下すような視線でプリティジョーカーを見て、杖を軽く振った。


 プリティジョーカーはくすりと笑って、黒い手袋をした左手で唇をなぞった。


「それ以外に誰か出て来る可能性、あるの? ああやだやだ、これだからガキンチョは困るのよね」


 その言葉に、妙な寒気を覚える。ああ、そうだ。この感じ、間違いない。ベティーナもチークもまだ気付いていないようだが、俺には分かる。


 ベティーナは首だけ振り返って俺を一瞥すると、左目だけで睨み付けた。


 まるで、『こんな女に欲情したら許さないわよ』と言われているかのようだが……待て、ベティーナよ。落ち着け。


「オトナの魅力ってやつを、教えてアゲないと……ね?」


 俺はベティーナの肩を掴んだ。どうやらベティーナはプリティジョーカーの態度が気に食わないようで、俺を獣のように獰猛な瞳で睨んだが――……いや、だから落ち着けって。


 思わず、苦笑が漏れる。前に出ると、チークがハンマーを巨大化させて言った。


「駄目だよラッツ!! 綺麗なお姉さんに近寄ったら、色んな意味で食べられちゃうよ!! ここはあたしで我慢して、ちょっと落ち着くべきだ!!」


 ベティーナが驚愕の瞳をチークに向けた。……いや、こいつの場合口から出たままの言葉を喋ってるだけだろう。


 俺はポケットから手を出して、プリティジョーカーに向かった。


 静かに、リュックから長剣を引き抜いた。プリティジョーカーは、相変わらず笑みを貼り付けたままで俺を見ている――……


「あら? ……遊んであげようか、坊や」


 広がる星空の中、幻想的な一筋の流れ星を切り刻むように長剣を突き出し。


 吐き捨てるように、言った。


「お姉さんなら遊んでみたい所だけど、悪いが男は管轄外なんだ」


 プリティジョーカーの、顔色が変わった。



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