F85 最後に会ったの、いつだ
せっかくフィーナのペットに会ったので、俺はここまでのフィーナの状況について、クールに尋ねてみる事にした。
時系列に沿って整理された話を聞いてみれば、『スカイガーデン』の一件以降、『ウエスト・リンガデム』で発見されたフィーナは一度セントラルの病院に連れて行かれたが、痺れを切らしたフィーナの父親が連れて帰ったのだという。その時には既にフィーナは全く喋る事が出来なくなってしまい、スカイガーデンの一件を問い掛けることも出来なかったそうだ。
その後、この『流れ星と夜の塔』にてあの執事、フォックス・シードネスと世間事情から隔離された生活を送るようになり、その段階から人々はフィーナ・コフールを見ることが無くなった、という。
それから一年――――…………
塔の中には、俺達を除いて生物は居ない。がらんとしていて薄暗い廊下のような場所に、俺達の靴の音が響き渡る。
「……じゃあ、その間フィーナの面倒を見ていたのは、実質あの執事だったって訳か」
「そうだな。……吾輩も、実はあの執事が嫌いでな。何を考えているのか分からない所が嫌いで、過去も少年をダシにお嬢を家から出して」
俺は隣を飛んでいるクールの顔面を殴った。
「てめえが差金か」
「いたい!! ……だって吾輩自ら出て行ったら、フォックスに何されるか分からないじゃまいか!!」
……しかし、そうするとフォックス・シードネス自体は、良い奴だという事になる。……何か、引っ掛かるんだ。フィーナの父親と会ったことがないという事もそうだが、記憶の中で俺が言った一言のことが。
『…………お前が作ってるんだろ、この子のスケジュール。聞いたぜ、親は何も見てないって』
考えても仕方がない事なので、今はフィーナと再会する事だけを考えていれば良い、という事はあるのだが。
なんでも昔、俺とフィーナは仲が良く、クールはその間で会話を弾ませるポジションだったという。
俺が全く覚えていないので何とも嘘くさい話ではあるが、まあ俺自身もロッククライムでの出来事については覚えていない事が多いので、ここは黙らざるを得ない。
現れた広い階段を登るとやがて突き当たり、方向転換して階段は更に上へと続いている。赤い絨毯の向こうに、小さな扉が見えた。……いよいよ、魔物の登場か。
どんなダンジョンマスターが出て来るかは分からないが、こっちは鍛冶屋に魔法使い、そしてダンディフクロウがいる。
俺は振り返り、今回のパーティーを見た。
「…………な、なによ」
ベティーナが急に見詰められて焦ったのか、俺に問い掛けてくる。……まあどうしたかと言われれば、言いたい事は一つだ。
「俺達は…………バランスが悪すぎるっ!!」
俺(前衛?)、チーク(前衛?)、ベティーナ(後衛)、クール(ペット)。
体力はない。ベティーナを除いて魔力もない。サポートできる役回りもいない。
……どうすんだ、これ。
「おい、今吾輩について何か失礼な事を考えなかったか?」
「気のせいだ」
まあ、俺とチークでどうにか前衛のポジションをこなして、ベティーナに大魔法を撃ってもらうのが基本の戦い方となりそうだ。一応ベティーナの魔法使いとしてのスペックはかなり高いので、攻撃力としては申し分ないだろう。
だが、問題はパーティー全体で見た場合の防御力である。
「チーク、お前<タフパワー>、使えるか?」
「もちろん使えないよ!! あたしは剣士ではないからにして」
「……<チェンジビースト>は?」
「もちろん使えないよ!!」
「……<ホワイトニング>」
「もちろん使え」
「ああ、もういい。大丈夫だ」
下手すると、俺よりもヤワい可能性があるチーク。一発の破壊力は先程の『ビッグ・トリトンチュラ』での戦いを見ていればそれなりにある事が分かるが、そもそもこいつは鍛冶屋だ。戦闘スキルよりも武器精製関連のスキルの方が多い筈だし、つまりアイテムカートの中が問題、ということになるのだが。
「チーク、お前普段の戦闘で体力回復ってどうしてる?」
「あ、それはねー。秘策があるのだよ。テケテテン! 『グリーンホタル』!!」
チークは歩きながら、アイテムカートをごそごそと探り……器用な奴だ。程なくして袋を取り出し、何か昆虫のような……昆虫だ。
動いている。
「きゃあああ!? キモい!! 何この人、マジ有り得ないんですけど!!」
ベティーナが俺の腕を掴んで盾にするほど恐怖していた。……いや、俺を盾にするなよ。チークは悪戯っぽく笑い、それを俺に向かって突き出した。
「おひとついかが?」
「おひとつって……どうするんだよ」
「食べるんだよ?」
「食うの!? マジで!?」
受け取ると、親指ほどの緑色の甲虫が、六本の足を動かしていた。……いや、これを食べるのは流石にちょっと気が引けるが……
チークは躊躇なく、袋から取り出したそれを口に含んだ。
ゴリゴリと、虫をすり潰すイヤな音がした。
「いやああああ!! ねえラッツ!! もうこの人パーティーから外してよ!! いや外しなさい!! 命令よ!!」
「失礼だねベティー。これは北部地方でしか取れない貴重な回復薬、『グリーンホタル』だよ?」
俺も顔が歪んでしまう。こいつ、なんて気持ちの悪い事を……いや、待てよ。『グリーンホタル』? 聞いたことがあるぞ。
ロッククライムのような炭鉱地には生息していないが、確か雪国の地面の下かなんかにいる甲虫で、食すと体力と魔力を回復させ、その回復量は『ハイ・パペミント』『ハイ・カモーテル』すらも上回るという……
「携帯にも便利で生きてるから腐らず、餌は水のみ!! 光合成でビタミンを体内に蓄え、栄養満点で口当たりもよく、何より体力と魔力が同時に回復する驚異の植物昆虫!! それが、『グリーンホタル』なのだ!!」
そうだった。こいつ、植物と昆虫の間の子みたいな存在なんだよ。
チークは袋からグリーンホタルを取り出し、ベティーナに見せ付けた。
「ぎゃああ!! 近付けないでやめてヘンタイぶち殺すわよ!?」
「ほれほれ、食べてみなよー。意外と美味しいからさ」
「やめて!! ラッツ、ちょっと見てないで助けなさいよ!!」
……仲がよろしいことで。
言っているうちに、俺達は扉の前に辿り着いた。さて、ここからは気を引き締めて掛からないといけない――……灰色の壁に、入口と同じ黄金色の扉。いよいよダンジョン攻略に掛かる、というわけだ。
扉には額縁に入った絵が飾られている。人魚の絵だが――……これは、まさか。
「これは……」
「『マリンティアラ』だな。我輩の知っている所では、海辺の洞窟や海底などのダンジョンに生息するダンジョンマスターで」
「いや、それは知ってるよ」
久しいな、マリンティアラ。フルリュと共に『ルーンの涙』を取りに行って以来か。俺はリュックから杖を取り出し、扉に手を掛けた。
こいつは弱点が分からないと苦戦するタイプの魔物――――俺も、散々苦労させられたな。
一気に、扉を開いた。
「<限定表現>!!」
魔法を発動すると同時に、中の敵の数を把握する。広場の奥に、『マリンティアラ』が一体。その手前に、多数のマーメイド。チークとベティーナがそれぞれ武器を構えるが、こんな奴は今の俺なら、一人で充分だ。
魔力を展開し、大きく足を開く。杖の先に集中された魔力は、俺のものだけではない。魔法公式は同じでも、以前とは比べ物にならない程の破壊力だ。
「よっし…………そんじゃあ、祭を始めようぜ!!」
大きく振り被り、杖を前に突き出すと同時に魔法を成立させる。
「<イエローボルト>ッ――!!」
辺りのマーメイドが一掃され、俺は前方に向かって走った。『マリンティアラ』は、放っておけば次々にマーメイドを復活させる歌スキルを使う。それならばと、俺は魔法公式を入れ替え、杖を持ち替えて右手の指先から、魔力を放出させた。
「<計画表現>!!」
マリンティアラに向かって、通路のように魔法陣を飛ばしていく。使うのは、<反射>の魔法陣だ。マリンティアラはまだ、俺の動きに対応できていない。
一気に、ケリをつける。一階のダンジョンマスターなんかに時間を掛けていたら、あっという間に時間が無くなっちまう。
「おおー!?」
チークが俺の素早い動きに、目を輝かせていた。<計画表現>では、威力が足りないだろうか。以前は<レッドボール>連射で葬ったマリンティアラ、こいつが炎に弱いということは既に分かっている。
ならば、<レッドボール>よりも威力の高い魔法攻撃があるのなら、それに越したことはない。
「<マジックオーラ>」
魔法使いの連中が使う、魔法攻撃力を上乗せする基礎スキル。やっぱりベティーナはこれよりも優秀な魔法を長い時間を掛けて会得しているだろうけど、俺にはこの使い慣れた基礎スキルの方がやりやすい。
魔力の性質が若干変わる事を、肌で感じる。<マジックオーラ>を使うことで、俺の魔法攻撃は幾らかの倍率を伴って、その威力を増幅させる。
使うのは、火の魔法。<レッドトーテム>だ。こいつは本来、防御的な意味合いで使われる事が多いが――今の俺は、こいつを攻撃として使うことができる。
「<レッドトーテム>……<スネーク>!!」
杖を振るうと、俺の目の前に放たれた<レッドトーテム>は<反射>の魔法陣を通じて、次の魔法陣を目指す。連続した反射は、まるで火柱を蛇のように見立てて、マリンティアラを襲った。
不規則な動きにマリンティアラは戸惑い、逃げる場所を失わせる。
「――――丸焼きだッ!!」
火柱はマリンティアラを包み、獣のような悲鳴が上がった。俺は二度ほどバックステップで下がり、チークとベティーナの下に戻った。
<レッドトーテム>が完全に消える頃、全ての魔物は消滅していた。
「よし、行こうぜ」
「……いつも思ってたけど、あんたのそれ、何なの?」
「それって?」
ベティーナが怪訝な顔をして、近寄ってきた。俺は特に思い当たる事が無かったので、小首を傾げてベティーナの言葉を待った。
「聞いたこと無いわ、そんな魔法もスキルも。剣士でもない、弓士でも魔法使いでもない。……あんた、一体どこから強くなる手段を仕入れてるのよ」
どこから――――か。まあ俺自身、アカデミーを卒業して属性ギルドに入れなかった時、どうやって自分が強くなれば良いのか分からず、路頭に迷っていたという事もあるからな。
「すごいねラッツ!! やっぱ、首席様は違うなー。ダンジョンマスターなんて、基礎スキルで充分ってことだね!!」
チークが嬉しそうに駆け寄ってくるが、俺は首を振った。
「いや。使えるのは基礎スキルだけなんだ。それ以外には、何も」
「ん? そうなのかや?」
「俺にとっちゃ、時間の掛かる上級スキルをきっちり覚えていくお前らの方が、すごいと思うけどねえ」
属性ギルドに所属したり、誰かの弟子になって、それなりの時間を掛けて会得する上級スキル。スキルの数こそ少ないけれど、その威力は初心者スキルとは比べ物にならない。俺の基礎スキルの使い方がおかしいだけで、本来はこれって効率が悪いんだ。上級スキルは確かに覚えるのは大変だが、覚えてしまえば威力と消費魔力の効率が段違いだからだ。
まあ、それを扱えるだけの魔力があれば、だけど。
俺だって、<限定表現>や<計画表現>が上級スキルで使えたら、どれ程楽だっただろうか、と思う。
だがまあ、俺はこれでいい。
取得する時間を無視して際限なく全てのスキルが使えたら、そりゃ最強ってもんだ。無いもの強請りは良くない。
俺には俺の師が居るのだから、これで良いのだ。
小さい癖に博識で、何千年も前から生きていると言われる、とびっきり優秀な師が…………見てくれは、かなり悪いが。
「……ラッツ、暫く見ないうちにお前……似てきたな」
「ん? 誰に?」
クール・オウルが、チークのアイテムカートの上に留まり、俺にそう言った。呟いた瞬間に分からなくなったのか、その自己主張の激しい大きな頭を左右に傾けながら、クールは変な顔で言った。
「んむ? 誰だったか……しまった、ど忘れしてしまったか……」
「痴呆じゃね?」
「違うわ!! 十数年会っていないウォルテニア様の御顔も覚えておるわい!!」
俺達が入って来た扉とは反対側に、もう一つ扉がある。その黄金色の扉が、静かに開いた。
扉の向こう側は、再び薄暗い廊下と階段だ。部屋の中でしか魔物が現れないのだとすれば、ここは言わば休憩所とも言えるのだろうか。ただ最上階まで上がらなければ、『思い出し草』を除いて下に戻る手段はない。
変な気分だ。ダンジョンマスターと戦っているのに、まるで試合をしているかのような気分になってくる。
はたと、俺は立ち止まった。
「十数年?」
クール・オウルは、コフール一族に古くから仕える魔族だ。聞けば、セントラルからも特別に存在を許されているらしい。外部に出る事は勿論なく、基本的にはコフールの本家に隠れているというのだ。
言葉を喋る、有用な魔物、と。そのような位置付けだったと、先程クールは話した。ダンディフクロウは人間よりも遥かに長生きするから、フィーナの父親、ウォルテニア・コフールの前の代から仲良くなったのだという。
なら、クールはずっと、本家に居たのだ。俺やフィーナの知らない所で、ずっと仕えていた。
「なんだ?」
「十数年、フィーナの親父と会ってないのか? ……最後に会ったの、いつだ?」
問い掛けると、クールは暫く悩んで、ばたばたと飛び回っていた。
「いつだったか……おそらく、少年と会うよりも前……だとは思うが……」
俺の中にあった、嫌な予感が加速する。コフール一族は、セントラルではかなりの権力者だ。フィーナもそうだが、彼等には単なる属性ギルドのギルドリーダーに留まらない、タレント性のようなものがある。
前に見た時も、そうだ。フィーナは大事にされているようで、大事にされていないような……確か、俺はそんな事を考えていたような気がする。
崖の上で戦った、フォックス・シードネス。
…………登ろう。一刻も早く。




