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超・初心者(スーパービギナー)の手引き  作者: くらげマシンガン
第五章 初心者と腹黒聖職者と夜の塔の幻影
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F84 出陣、流れ星と夜の塔

 フォックス・シードネスは丁寧に一度、お辞儀をして見せた。


 スカイガーデンで気を失った後、思い出した記憶に出てきた――――執事だ。俺はこいつに、子供ならではの無理難題を言っていた気がするが。一体どういう理由で俺がこの執事に敵意を覚えていたのかは未だ思い出せていないが、それでも俺はまた、こいつに対抗する形となるのだろう。


 また、俺はこの男からフィーナを攫う。


 …………あの時は、どういう理由だっただろう。


「予め説明しておくと、この塔は全五十階からなる、ダンジョンマスターの巣窟だ。各フロアにはダンジョンマスターが現れ、それが君達の力試しとなる」


 やっぱり、ただのダンジョンじゃない。何か、ある程度は人工的に作られたものだ。……できるのか、そんな事が。ゴボウの話によれば、ダンジョンというのは人間……魔族? どちらかの手で作られた筈であり、それを考えると新たなダンジョンが一つ増える事くらいは、大した事ではないように思える。


 しかし、腕試しとは。ゴボウの話を聞いていなければ考えもしなかっただろうけど、余計に作り物のように思えてくる。


「道中、一階までの道はない。各自、『思い出し草』を忘れないように――ああ、但しダンジョンマスターと戦っている最中は戻れないので、タイミングに気を付けて欲しい。もう駄目だと思ったら引き返すべきだ」


 フォックスの敬意の欠片もない話し方に苛立ったのか、珍しくチークが口を噤んでいた。


「最上階まで到達すると、一階へと移動するための魔法陣が用意されている。そこまで行けば、このダンジョンをクリアしたことになる。最上階にはクリア者の名前を書くリストが置いてあり、それが君達の冒険者人生を支える確かな自信となるだろう」


 軽く登山でもして来い、と言っているかのような口振りだが、相手にするのはダンジョンマスターであるという事を忘れてはならない。


 しかし、まるで機械的な喋り方だ。もしかしたら、このフォックス・シードネスという男は『流れ星と夜の塔』の番人のような仕事もしているのか。今コフール一族の長――つまり、フィーナのお父さん――がどこに居るのか知らないが、随分と信頼されたものである。


「それでは、私はこれで。君達の健闘を祈るよ」


「待てよ。……フィーナはどこにいる」


 俺がそう聞くと、フォックス・シードネスは薄ら笑いを浮かべたまま、特に表情に変化を見せずに言った。


「それを君に、敢えて教える必要はないな?」


 知ってるよ。フィーナは最上階にいる。問題なのは、塔を登ればフィーナに会うことができるのか、それともクリア階の更に上――――フィーナの居場所には別ルートを使わないと辿り着くことが出来ないのか、それが問題だ。


 別ルートがあること、それだけは確実だ。コフール一族がこんな魔物だらけ、しかもダンジョンマスターだらけの塔をいちいち倒しながら上へと向かう訳がない。最上階に人が住む事の出来る環境が揃っているのであれば尚更だ。


 ならば、ご丁寧に登らずとも別ルートを探した方が賢明なのだろうか。『深淵の耳』を探しているチークには悪いが……


「ああ、私達コフール一族の移動手段を求めているのなら、それは無理な相談だ。上空からの接近には結界を張ってある。そして、最上階へと辿り着く為にはこの――――特別制のブレスレットが必要でね」


 フォックスはそう言うと、左腕に装着されているそれを俺に見せた。……何も知らない俺に、ご丁寧に説明してくださった。つまり、そいつを奪えばフィーナの居る所まで向かう事が可能らしい。


「安心したまえ、ラッツ・リチャード。無事クリアすれば、そこから上に行くことは可能だ――君に残された道は、この塔を登ることだけだ。まあ、辿り着けない方がいい。お嬢様はようやく、少しずつ言葉を喋って下さるようになってね」


 フィーナ。……スカイガーデンの一件から、喋る事をしなくなってしまったという。俺は魔界から人間界に戻ってきて、まだフィーナを見ることすらできていない。


「今、余計な事を考えさせたくはない……」


 その言葉の奥に、フォックスの本心を見たような気がして。俺は、知らず戦闘態勢に入っていた。


 その時だった。一瞬、何が起きたのか分からなかった。


 フォックスの背後で光が発された。俺もベティーナもチークも、フォックスですら予想外だったのか、夜のダンジョンに突如として現れた光に目を覆った。


 転移系の光だった。俺はすぐに目を慣らすと、フォックスの後ろに現れた人影を確認する――……


「フォックス。お客様? 随分と長い――……」


 桃色のシスター服の代わりに、清楚な白中心のワンピースに身を包んでいた。流れるようにさらりとした銀髪は変わらずきめ細やかで、長い睫毛に隠された大きな碧眼は、俺を発見すると、その目を大きく見開いた。


 ――――――――時間が、止まった。


 ただ、目を合わせる。周りの時間が止まっているようにすら感じられた。フォックスが驚いて舌打ちをし、チークとベティーナは様子が分からずに困惑していた。


 フィーナの肩に留まっていた『ダンディフクロウ』と思わしきフクロウが、武骨な視線を俺に向けていた。


「フィーナ……!!」


「ラッツさん!! ……い、生きていらっしゃったのですか!? 私はもう、死んだと言われて……」


 俺が駆け出すよりも早く、フォックスはフィーナの左腕に装着されたブレスレット――――その魔法陣に、魔力を込めた。フィーナの身体が薄れていく――……現れたフィーナの肩を掴み、フォックスは咎めるように言った。


「お嬢様、奴と話しては駄目です。お父様から命令が出ています」


「ラッツさん!!」


 フィーナは聞いていない。俺は消えるフィーナを追い掛けようと、走り出した――――が、フォックスはフィーナの盾になるように振り返り、胸元に手を伸ばした。


 俺はリュックから長剣を取り出して、構える。消えるフィーナは驚愕に打ち震えながら、涙を流していた。俺に向かって、その白い指が伸ばされ――――…………


 そうして、消えてしまった。


 フォックスが舌打ちをして、俺に向かって剣を抜いた。


「お、おう!? なんだなんだぁ!? バトルか!? バトルなのか!? これは助太刀するところか!?」


 チークが喧しく騒ぎ立てながら、巨大なハンマーを構えた。


「フィーナ……久しぶりに見た……」


 ベティーナはフィーナと面識があるようだった。言いながらも、杖を構えた。


「馬鹿が……!! 魔法陣は私の合図があるまで、使えないようにしておけと言っただろうが!!」


 誰に話しているんだ……? フォックス・シードネスは、何者かに向かって悪態をついていた。腰の長剣を抜き、俺達に向かい合う。


 俺はフォックスの目前で立ち止まり、フォックスを睨み付けた。フォックスはまだ僅かに焦っているようだったが、それでも俺に意地の悪い笑みを浮かべた。


「…………まあ、そういうわけだ。君にお嬢様と接触する権利はない」


 想定外の事態だった。それは確かだ。ここにフィーナが現れるのは。あのブレスレットを奪ってしまえば、最上階に辿り着けるかと思っていたが――……それも、対策は取られていたということだろう。


 一か八か、この場でこいつと戦ってみるか? ……いや。


「君がお嬢様にもう一度会いたいのなら、どうあってもこの塔を登るしかない、ということさ。まあ、途中で死んでも責任は持てんがね。……勇気ある若者なら、この塔を登り切って自分の実力を証明してみせろっ……!!」


 気持ちの悪い台詞を残して、フォックスは消えていった。もう一度フィーナがここに現れる事を防ぐため、塔の上に戻ったか。……そして、ブレスレットも同時にその場から、消える。


 結界を破る方法を探して、上空から向かうか? 『思い出し草』は、レオの隠れ家でマーキングしてある。今からでも、レオに頼んで移動だけを手伝ってもらって……


 いや。正面から行くべきか。


 フォックス・シードネスは、どうにかして俺を、この試練の塔とも呼ぶべき『流れ星と夜の塔』に誘おうとしていた。まるで、俺が今日ここに現れる事を知っていたかのように。


 知って、いたんだ。そうでなければ、あんな風に優しく説明などする筈がない。上空から向かわせて、結界で防いで。そんな無駄な行動をさせている間に、別の場所に移動してしまえばいい。


 ならば、俺をこの塔の中で殺すつもり、なのかもしれない。


 罠か?


 それとも――……


「……んじゃまあ、行くか」


 いや。このまま進もう。


 いつもなら、裏から行く手段を探していたかもしれない。……だが、俺はそう思った。


「ねえ、ラッツ。……なんか予定していなかった子もいるし、私も戦っても……良いわよね?」


 後ろから、ベティーナが俺に許可を求めてくる。俺は振り返らず、目の前の扉を見詰めて言った。


「まあ、塔を登るのに協力する事は、構わないけど」


「やった!」


 何がそんなに嬉しいのだろうか。……まあ、分かってるけどさ。


 フォックス・シードネスは、この塔にどうにも自信があるようだった。それは俺とこの場所で、決着を付けると言っているかのように思えた。


 なら、この塔を余裕で攻略して、あいつとぶつからなければ。それで勝たなければ、またいつフォックスがフィーナを奪いに来るとも分からない。


 勿論、そんなのは俺の単なる予想だ。もしかしたらフォックスは全然違う事を考えているのかもしれないし、この『流れ星と夜の塔』を攻略したところで、フィーナに会えるという保証はない。フォックスの言葉を鵜呑みにすることは、無いのかもしれない。


 だが、フォックス・シードネスという男は、俺如きに――初心者の元問題児如きに――この塔が攻略できる訳がないと、言外に付け加えたように聞こえた。


 ならば、行かなければ。


 この数年間で、ラッツ・リチャードがどのように変わったのか。


 ――――――――見せてやるさ。


 軽く振り返り、俺はチークとベティーナに向かって微笑んだ。


「よし。……突っ込むか!」


 チークが敬礼し、ハンマーをアイテムカートに投げ入れた。


「イエス、サー! ラッツたいちょー!!」


 ベティーナは無言で、杖を握り締めていた。




 ○




 金色の巨大な扉を開けると、長い廊下が俺を待っていた。赤い絨毯、壁には燭台。いかにも物々しい雰囲気で、否応なしに俺の緊張は高まり、足早になっていく。


 壁に飾られているのは、人の顔だ。片方はコフール一族、片方は……なんだ? 冒険者の顔ぶれ……だろうか。時代が違うからか、俺はあまり見たことがないものばかりだ。


「なあ、少年。さっきの吾輩の戦略、大したものだったろう? ……少年、少年ってば」


 どこまでも続いているかのような、長い階段。さすがに、塔の中は広さもかなりあるようだ――……


「聞いているのか!! 少年!! いや、ラッツ・リチャード!!」


「……あー?」


 見ると、さっきフィーナと共に現れた『ダンディフクロウ』が、俺の周りを飛び回っていた。……なんだこいつ、喋るのか……? 何やら顔を真っ赤にして、憤慨している。ダンディな顔が台無しだ。


「久しぶりに顔を見られたと思ったのに、吾輩の事を無視するとは良い度胸だな!!」


 ……あ、こいつ、さっきフォックスに怒鳴られてた奴か。


「…………久しぶり?」


「覚えてすらいないのか!!」


 いや……そう言われましても、さっぱり身に覚えなどございませんよ。ダンディフクロウが喋る所も初めて見る気がするけれど……これはもしかして、俺の失われた『ノース・ロッククライム』での記憶とかいうヤツなのだろうか。


 俺は小首を傾げて、ダンディフクロウに言った。


「いや……すまん、悪いがどうも、昔の記憶を失ってるみたいなんだ。どーもそれで、忘れている事があるらしい」


「なにっ!? ……そうなのか!?」


 本当に、俺が覚えていないという可能性は考えてもいなかった、と言ったような雰囲気だ。ということは、余程親しくしていたのか――……まだ、謎は尽きないな。


 消えた爺ちゃん。同時に消えた俺の記憶。俺の知らない人に託された鍵。


 …………うーむ。


「こ、これは失礼した。まさか吾輩のことを覚えてないなんて思わなくてな」


「ああ、そんなに親しくしていたのか」


「主に少年は吾輩の言う事を聞く係だった」


「ただのパシリじゃねえか!!」


 フクロウを殴り飛ばすと、壁に当たって落下した。頭にたんこぶを作り、フラフラとまた飛び上がった。


「…………冗談だ。むしろ逆で……吾輩は、『クール・オウル』。クールと呼んでくれ」


 なんだ、こいつがパシリだったのか。それは別に構わない。


「おう。お前も魔族なのか?」


「左様。因みに名前のクールは、かっこいいという意味だ」


「聞いてねえよ」


 なんだか、ナルシストなフクロウだった。……しかし『ダンディフクロウ』といったら、通常は夜の森に潜んで動物を狩る魔物だ。奇襲がメインだから魔力もあまり高くないし、攻撃力も高くない。


 何より、物理攻撃に乏しい。攻撃力低い、魔力低い、防御力無いの三重苦だ。弱っている者を狩る、ハンターのような立ち位置。


 ……まさか、一緒に塔を登るつもりではあるまいな。


「少年が来てくれて助かった。今度も一緒に、お嬢を助けようではないか」


「いや、頼むからフィーナと一緒に居てくれ。それか山小屋で待っててくれ」


「それが、お嬢が飛ばされてしまったので帰れなくなってしまったのだ。そして山小屋は暗いから嫌だ」


「お前はフクロウだろうが!!」


 夜が苦手なフクロウとか聞いた事ねえよ。どうするんだ狩りとか。……しないのか。飼いフクロウだからか。


「まあ、久しぶりなのだから積もる話でもしようじゃないか。吾輩は少年の邪魔はしない、雑談専用だ」


「……お前は本当にそれでいいのか?」


 まあ、こいつなら魔物のターゲットになる事も無いかもしれない……か。この場で話し掛けて来るということは、フォックス・シードネスと何らかの意味で敵対関係にあるんだろうし。


「雑談は吾輩に、どんと任せておけ!」


 ダンディな顔をしているくせに、どこか腹立たしい笑みを浮かべるフクロウだった。



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