表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
超・初心者(スーパービギナー)の手引き  作者: くらげマシンガン
第五章 初心者と腹黒聖職者と夜の塔の幻影
87/174

F83 因縁の執事、フォックス・シードネス

『流れ星と夜の塔』に向かうに当たって、俺は気付いた事がある。


 このダンジョン――――長い。


 塔に辿り着くまでに、もう半日は歩いただろうか。俺達はついに、『流れ星と夜の塔』の本拠地、塔の前へと辿り着いていた。一体誰に何の悪意があってこんなにも長い道のりにしたのか、夜になってから時間が掛かり過ぎだ。


 塔の隣には山小屋があり、休めるようになっていた。それを見ても、このダンジョンが所謂探索のためのものではなく、例えるなら冒険者にとっての腕試しのようなポジションとして存在している事が分かる。


 そもそも、人間が管理しているダンジョンなどというのが特殊なのだ。攻略されることを前提としているダンジョンとも言い換えられる――……もしかしたら、ダンジョンそのものが人工的に作られたモノなのかもしれない。冒険者になるまで、そんなモノの情報はあまり持っていなかったが。


 夜空へと続いていく塔を見上げて、俺は指貫グローブを装着し直した。


「おおー……すごいね、高い」


 俺の気持ちをチークが代弁した。


「……ところでお前、どうしてそのアイテムカート、腰輪みたいになってんだ」


 チークのアイテムカートは少し特殊で、アイテムカートから伸びたチェーンが輪っかへと繋がり、そしてその輪っかをチークは腰に装備していた。ベルトのように――……これはそう、あれだ。


 繋がれた犬の図、である。


「イカすでしょ!? これ、『モノトーンスミス』の技法なんだよ!! あたしはやっぱり、アイテムカートは自分で作ったけどね!!」


 そう言って、親指を立てるチーク。……そうなのか。変わっているな……


 その時、唐突に地鳴りがあった。塔の前に居た俺達は思わずよろけてしまい、その場に屈み込んだ。人間が来たからだろうか――……地面が盛り上がっていく。地中から現れる魔物、これは。


「ひいいいいいい――――――――!!」


 ベティーナが絶叫した。俺だって、出来ることなら今すぐにこの場から逃げ出したい。


 現れたのは、巨大な黒光りするボディに八本の足。移動速度が速く、口から糸を吐く魔物。…………嘘だろ。『流れ星と夜の塔』なんていうメルヘンチックなダンジョンに、こんな魔物が現れて良いのかよ。


 せめて『ムーンパペット』の上位種辺りにしとけよ…………!!


「おお――!! すっごいの出て来たね!!」


 チークは余裕だ。……まあ、二人して怯えてなければそんなに苦労する相手でもないだろうか。この細長い足を八本も持っている魔物、名前は『ビッグ・トリトンチュラ』。森に現れる魔物で、小さな身に強靭な酸の糸と毒素を持ち合わせる、『トリトンチュラ』の親玉である。


 所謂巨大な毒蜘蛛、昆虫系の魔物ってことなんだが――――この手の魔物っていうのは、魔物のくせして魔力が極端に少ないのが特徴だ。その代わり、魔法では代用し難いようなイレギュラー、つまり毒素や酸、臭気なんかをベースに戦う魔物が多い。


 ビッグ・トリトンチュラは俺達を発見するや否や、酸の糸を吐き出した。慌てて飛び退き、それを避ける。……げえ、糸が接した部分の植物が溶けてやがる。


 盾も、魔力の壁も貫通してくるのが特徴だ。本来はその種類に合わせた防具を持って行くのが常套手段。……まずは、そういうイレギュラーで塔に入る前から振るい落とそうってことか。


 上等だ。


「ラッツ、私も戦って良いのよね!?」


 ベティーナが俺に確認する。俺は軽く頷いて、支援魔法の準備に取り掛かった。


「チーク、昆虫系の魔物との戦闘経験は?」


「ある……あるけど、トリトンチュラはないよ」


「いや、大丈夫だ」


 致死性の攻撃と、もう一つ。昆虫系の魔物は、行動に関して他にはない特徴がある。それを見極める事さえできれば。


 ふと、強大な魔力の流れを感じた。見れば、ベティーナが桃色のオーラを吹き出し、足下に魔法陣を描いていた。


 ……やっぱりこいつは、昆虫系の魔物と戦ったことがないな。


「受け継がれし火の意志よ、汝の呼び声をもって答えよ」


「待てベティーナ!! 今は攻撃するな!! <キャットウォーク>!!」


 言いながら、俺はベティーナに向かって走った。移動速度を上昇させ、滑り込むようにベティーナを攫う。直後、トリトンチュラの口から吐かれた糸がベティーナの居た場所に展開された。


 植物は溶けない。しかし、枯れていく……つまり、これは先程の糸とは違う種類、ってことだ。


「ご、ごめん」


「いや、いい。魔力の流れを見せる事自体は問題ないからな」


 チークがアイテムカートから……ハンマーだ。ハンマーを取り出した。くるくると手のひらで回転させると、チークは楽しそうに歌った。


「なっんっでっも出来ちゃうハンマー!!」


 歌う必要性はあるのだろうか。


 ――――おお。『ギルド・モノトーンスミス』は中途採用しか受け付けていない変則的な属性ギルドだから、俺も生でそれを見るのは初めてだ。


 チークの足下に、魔法陣が。太陽のように眩い橙色の魔法陣が展開され、チークはモノトーンスミスお得意の、武器への付与魔法を使った。


「<ジャイアントウェポン>!!」


 チークの持っている武器が突如として巨大化し、身の丈の二倍はあろうかというハンマーへと成長した。チークに向けて糸が放たれる……なるほど。こいつは、魔力に反応して吐かれるものか。


 横っ飛び、トリトンチュラの攻撃を避けるチーク。放たれた蜘蛛の巣が草木に触れると、瞬く間に枯れていく。


 毒か、或いは魔力吸収か…………俺はチークが攻撃する様を見守った。


「おおっと、チーク選手行ったァ――――!! トリトンチュラの攻撃を鮮やかなジャンプでかわし、巨大なハンマーを持って巨大蜘蛛に襲い掛かーるっ――――!!」


 …………いや、自分で実況するなよ。


「喰らえ森の魔物よ!! 伝説の樹の下、唇を寄せ合う二人の上からタライが落ちてきた時の気持ちアタ――――ック!!」


 ついでに言うと、多分これは技名でも何でもない。


 大きく跳び上がり、大上段に構えた巨大ハンマーをビッグ・トリトンチュラの背中目掛けて振り下ろすチーク。トリトンチュラはやたらと多い足で素早く移動し、チークのハンマー攻撃を後退する事によって避けた。


 チークの振り下ろしたハンマーが地面を砕き、宙を舞ったアイテムカートが激しい音を立てて、地面に着地した。


 ……なるほど。両手を使うための腰輪か……チークはトリトンチュラをぎろりと睨み付け、今度は横薙ぎにハンマーを回転させる。


「気持ち悪い動きで避けたわね!! でも負けないわ!! コートの上で涙が出ちゃう女の子のホントの気持ちアタ――――ック!!」


 ふと、俺の袖が引かれた。


「ねえ、何言ってるのあの子……」


 何か、可哀想なものを見る目で呟いていた。俺は無表情のままで、腕を組んで戦いを見守った。


「気にするな。昔からああだ、あいつは」


 それにしても、魔力に反射する糸攻撃、打撃には後退。……ということは、打撃耐性はあまり無いということだ。チークが今やっている攻撃も我武者羅なようでいて、実は理に適っている。


 横薙ぎの攻撃に対して、トリトンチュラは足を真下の地面に突き刺さした。次の瞬間、岩の壁が引き出され、チークのハンマーをガードする。


 岩の壁はチークの攻撃によって砕かれるが、そこで勢いは殺された。トリトンチュラは別の足を、チークの脇腹目掛けて突き刺すように伸ばしてきた。


 チークは――――おいおい、攻撃モーションの後隙が消せていない。跳ね返ったハンマーを制御し切れず、よろけていた。


 俺は手のひらに、火球を。


「<レッドボール>」


 そのまま、トリトンチュラの足目掛けて投げ付ける。トリトンチュラは一度伸ばした足を戻し、<レッドボール>から避けるように後退した。


 ――――なるほど。そういうもんか。反撃の糸攻撃を避け、俺は対策の手を組み立てた。


「ベティーナ、<シャイニングハンマー>を頼む」


「えっ? ……普通に、撃てばいいの?」


 ベティーナは戸惑っていた。……どうやら、あまり魔物との戦闘経験が無いらしい。典型的な、お勉強が得意なタイプだな。


 俺は微笑みを浮かべた。


「ああ。今度は大丈夫だ。但し、あいつの横で詠唱な」


「わ、分かったわ」


 ベティーナにそう指示を出し、トリトンチュラの真横まで走らせる。俺はトリトンチュラの真正面まで走り、奴の攻撃を避けながら両手に魔力を展開した。


「チーク、ポジションを交代しよう!! 手順は分かるよな!?」


「もちろんさ相棒よ!! がってんしょうちのすけ!!」


 何やら威勢の良い返事をして、チークは飛び退いた。魔力に反応して吐かれる糸だから、おそらく毒よりも魔力吸収の可能性が高い。ただ、俺の基礎スキルのように発動までが極端に速いものには反応できないようだ。


 昆虫系の魔物というのは、何かの攻撃に対する反応、魔物側の攻撃の手順、そのようなものがパターンになっているのだ。従って、奴の手札は常に一つしかない。


 チークはただ攻撃していたように見えて、真上からの攻撃、真横からの攻撃に対するガードの仕方を観察していたのだ。


「<ブルーカーテン>!!」


 水の攻撃じゃあ、大した威力にはならないだろうか。しかし、奴が前に走る事を防ぐ事さえできればいい。トリトンチュラは既に、塔の真後ろまで後退している。ここから更に後退は出来ないのだ。


 横からチークが走り、巨大なハンマーを振り被った。


「速い!! チーク選手速いです!! その早さ、まるで荒野を駆ける一筋の流れ星のようです!!」


 駆けるのか。荒野を。流れ星が。


「そして両手に構えられたハンマーが巨大蜘蛛の足に向かって振り被られる!! 真っ白に燃え尽きる微笑みは漢の証アタ――ック!!」


 ただハンマーを振ってるだけであの威力が出せるなら、<インパクトスイング>の魔法公式を使う必要すらないな。


 チークが攻撃したことで、トリトンチュラの真横に土の壁が出来上がる。先程よりも分厚い――これは強力なようでいて、実は重大なリスクを抱えている。


 ベティーナがようやく、指定の位置に立った。トリトンチュラとベティーナの間は、巨大な土の壁で阻まれている――――そう、これなら糸を吐く攻撃は出来ないというわけだ。


「天界が定めし雷帝の戦神の指示を受け神の名の許に捌きの鉄槌を下せよ公平なる裁判に身を委ね彼の者に相応しい罰を与え給え<シャイニングハンマー>!!」


 相変わらず、よく噛まないで言えたもんだ。


 トリトンチュラの頭上に現れた巨大なハンマー。チークのものよりも大きい――……頭上からの攻撃を受けた時、トリトンチュラは後退するように動いた。あの速さは巨体ながらに見事なものだったが、今トリトンチュラは下がる事が出来ない。


 昆虫型の魔物の習性だ。横に逃げるなんてことは、考えられないのだ。


 ぶち、と気味の悪い音が響き、『ビッグ・トリトンチュラ』は<シャイニングハンマー>に潰された。


「ひいいい!! やめて!! 気持ち悪い!!」


「……待ってろよ、今消滅するから大丈夫だって」


 程なくして、『ビッグ・トリトンチュラ』は光の粒になって消滅した。チークが指を鳴らし、高らかに右腕を掲げた。


「やりい!! ねえ見てたでしょラッツ、あたしだって頑張ってるんだからね!!」


「おー、おつかれさん。強くなったなあ、チーク」


「そこであたしが強くなった理由を説明しよう!! あれは燃え盛る真夏の出来事だった……鍛冶屋としての人生を漕ぎ始めたあたしは、砂漠のオアシスでハンマーの女神に出会ったのだ。彼女はこう言った。『あなたが落としたのは、金のハンマー? 銀のハンマー?』そこであたしは」


「良いからお前、ちょっと黙れ」


「あふん」


 チークを殴り倒すと、俺は辺りの様子に集中した。


 ――――風向きが、変わった。


 なんだろうか。とてつもなく、懐かしい感じがする。俺は目を閉じ、風を感じた。……いつの事だっただろうか。俺はもしかしたら、この瞬間を待っていたのかもしれないと。


 心の何処かで、そう感じていた。




「いつかの問題児か。――――どうだ、その後は。入れるギルドは見付かったか?」




 木の葉が舞う。


 影も形もない場所から現れたように見えるのは、こいつが転移魔法の類を使ったせいだ。『流れ星と夜の塔』の入口に、旋風が巻き起こった。


 あの頃と、何も変わっていない。切れ長の瞳、長い前髪。襟足まで伸びた黒い髪と、ターコイズブルーの瞳が俺を見据える。


 狐みたいな顔だ。


 俺も、あの頃から何も変わっていない。ジャケットの色は変わっているが、指貫グローブはそのままだ。背中に、大きなリュックを背負っていることも。


「いいや、風の向くまま気の向くままに、生きる事にしたんでね。ギルドには入らなかったよ」


「…………聞こえは良いな」


 なんとなく、心の何処かでは、きっと分かっていた。フィーナが俺の故郷、『ノース・ロッククライム』に居たと知った時から。


 覚えていないけれど、きっと嵐の中で俺の背中に居たのは、フィーナ・コフールだったんじゃないか、って。


 いつかの長剣は、嵐の中で俺と戦った時のままだった。腰に装備してあるが――――コフール一族の執事、フォックス・シードネス。奴は俺を見るや、その切れ長の瞳を更に細くして、俺に微笑み掛けた。


「ようこそ――――『流れ星と夜の塔』へ。冒険者諸君」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ