F82 ハイテンション・カジヤ
「いやあ、まいったまいった。アイテムカートが転んじゃってね、こりゃあまいったよ」
笑いながら埃を払う、俺のアカデミー時代の同期、チーク・ノロップスター。俺を見ると目を輝かせ、チークはずい、と身を乗り出した。
その剣幕に、思わず引いてしまう俺。
「いやそんな事よりもラッツ!! ラッツだよ!! なんでこんな所にいんの!? いやあ、あたしゃびっくりしたよ!! 旅先の特に魅力もへったくれもないような場所で旧友との再会に胸が熱くなるよ!!」
「……お、おう」
「何しに来たの? まさか、ラッツもあたしの狙ってる『深淵の耳』が欲しいとか? でもダメだよ、あらゆる土地の現地の人の声を聞くのはあたしだから!!」
……あれ? 『深淵の耳』? 俺は目を丸くして、チークに問い掛けた。
「『神具』のこと、知ってるのか?」
「おおう!? やはりラッツも神具コレクター!? 神具コレクターラッツ!! やだなあ、アカデミーの首席様が相手とか、流石のあたしも分が悪いよ!!」
「俺の質問に答えろよ」
「勿論知ってるよ!! そのために『フリーショップ・セントラル』を出て来たんだもん。色んな地方の人々の声がその場で聞ける『深淵の耳』と、あらゆる武器の知識が詰まっている『百識の脳』があれば、あたしの商人人生バラ色だからね!!」
いや、待て待て。こいつが『ギルド・スピードマーチャント』を辞めて、鍛冶屋関係の『ギルド・モノトーンスミス』に席を移したのは、神具を集めるためだったのか……? アンゴさんはそんな事、言ってなかったような――――
『なんつったかな……ベッドだかバットだかを集めるって言ってたな』
――――あっ!!
そういう意味かよ!! ベッドって、『寝具』、つまり『神具』……アンゴさーん!! 少なくともバットは脳内変換し過ぎだろ!!
捲し立てるように喋るチーク、フリーショップ・セントラルに居た時よりも確実に悪化している。そういやアカデミー時代はこいつ、こんな性格だったな。店で仕事するようになって、少しは落ち着いたかと思われたのだが……どうやら、すっかり戻ってしまつたらしい。
騒がしさを聞きつけたのかベティーナが部屋を出たようで、階段の上で俺とチークを発見した。
「何、これ……ていうかラッツ、その人……誰?」
俺が答えるよりも早く、チークは目を輝かせて立ち上がり、階段へと走った。……おい、アイテムカート片付けろよ……一階で泊まっている人間だろう、ガラの悪そうな兄さんが俺を睨み付けて去って行った。え、俺も共犯扱い?
……まあ、共犯扱いになるか。チークの奴……俺は、倒れたアイテムカートを起こした。
「初めまして!! あたし、チーク・ノロップスター。ラッツとは冒険者アカデミー時代の同期で親友っていうか何この人激マブ!!」
どうでもいいけどちゃんと喋れよ。
「……え? 何? げきま……どういう意味?」
案の定、伝わっていない……アイテムカートから転がったものを、俺はアイテムカートに戻していく。えっと、レンチハンマー、ドライバー、ハンマープレートに……え、何これ。ブラジャー?
奴の性格が垣間見える…………
「何々!? ラッツとはどういう関係? 名前は? 趣味は? っていうかどこから来たの?」
「……あっ、えっと、ちょっと、待って。まず私はベティーナ・ルーズって言って」
「ベティーナだね!! ベティーって呼んでいい!? ベティー、マジよろしく!! いやあ嬉しいよ、激マブの友達ができて!! で、ラッツとはやっぱり恋人同士なの? はっ、この首輪はまさかそういうっ!?」
テンションが上がるとすぐこれだ。俺は地べたに転がったモノをアイテムカートへぶち込むと、邪魔にならない場所に移動した。何か売れそうなアイテムが入っているなら兎も角、こんな訳の分からないもんが入っているアイテムカートを盗もうって輩は居ないだろう。
階段を上がり、ベティーナに迫るようにして喋っているチークを背後から殴り倒した。
「あふん」
「お前、ちょっと落ち着け」
気を失って倒れるチーク、ぎょっとして慌て出すベティーナ。いや、こいつはこうでもしなければ黙らないのだ。別に命に別条はないので問題はない。
俺はチークの首根っこを捕まえて、ベティーナに言った。
「飯にしよう」
○
どうやらチークは、どこからか『深淵の耳』の情報を聞き付けて、この『イースト・リンガデム』の地まで訪れたらしい。確かにマウス五世も『深淵の耳』が『リンガデム・シティ』の周辺にあると言っていたけれど、驚愕の一言はその先に発された。
「『流れ星と夜の塔』?」
俺は思わず、聞き返してしまった。ベティーナの作った朝食を二人、もそもそと食べながら、チークは口に物を含んだままで頷いた。
ベティーナは不安そうな面持ちで、俺の隣に座っている。
「んほほっほほふぇ」
「飲み込んでから喋れよ」
本当に、こいつが居ると飽きないな。パーティーに一人くらい、騒がしいせっかちが居ても良いだろうか……いや、ずっとは疲れるからナシだ。
チークはベティーナの作った玉子焼きを、ほぼ丸呑みに近い形で食べてから言った。
「そっだよ。コレ、あたし調べね! この世に存在する『五つの神具』と呼ばれるモノのうち、『深淵の耳』だけはちょっと特殊でね。コフール一族の管理する、『流れ星と夜の塔』のてっぺんにあるって噂なのだよ」
「じゃあ、『深淵の耳』はコフール一族が持ってる、ってことなのか?」
俺が問い掛けると、チークは首を振った。
「ううん。コフール一族は、単に塔の上の空き部屋に住んでるだけであって、ダンジョンの内部事情についてはそこまで管理してないらしいんだよね。わざわざ上に行くのに、ダンジョンを上がっていく必要はないから」
そうか。そういえば、『流れ星と夜の塔』の各フロアにいるダンジョンマスターは、そのフロアを越えた先には行かないという話があったな。
ダンジョンマスターの現れる場所・行動範囲はダンジョン毎に決まっているから、そいつの行動範囲がフロア全体、という事なのだろう。なら最上階は魔物が居なけりゃ安全とも言える。
「てっぺんって言ったけど、よーは一番上のダンジョンマスターってことね。そいつのドロップが、『深淵の耳』なんだってさ」
なるほど、そういう事なのか。チークが『ギルド・モノトーンスミス』に移動したのは、つまりそいつを倒すために、冒険者としての力が必要だったのだろう。
スピードマーチャントはあまり戦闘向きではないからな。武器についての知識がより多い方が良い。……と言っても、モノトーンスミスにしたって、色々な武器を扱える訳ではないと聞いた事があるけれど。どうやって戦うのだろうか。
「ところで、ラッツはどこを目指すの?」
「…………実は、俺も『流れ星と夜の塔』なんだ。フィーナが今、そこに居るって聞いて」
「ああ、そうらしいね。なんだっけ、ウエスト・リンガデムかなんかで発見されてから、言葉を失ったとかなんとか……ニュースでやってたよ。じゃあラッツは、フィーナさんに会いに行くんだ」
ふんふん、とチークは腕を組んで何度か頷いていた。しかし、まいったな。『流れ星と夜の塔』は俺一人で攻略したかったのに、なんかイレギュラーなメンバーが増えていく。
「ってフィーナさん!? フィーナ・コフール!?」
チークはテーブルを叩き、立ち上がった。……うるせえ。
「ラッツってフィーナさんと知り合いだったの!? あ、そういえば、ついこの間まで指名手配されてたよーな気がする!!」
「遅えよ。その情報はあまりに遅すぎるだろ」
情報通かと思いきや、どうやら自分が知りたいことにしか興味が無いらしいということが分かった。もう既にセントラル大監獄まで行って、脱獄してきたわい。
「ラッツ、相変わらずすごい……!! すごい有名人と知り合いなんだね……!!」
俺は、未だにフィーナが有名人であることに実感が持てないんだけどな。まあ、コフール一族の跡取りなんだから、そりゃ有名なんだろうけど。
聖職者業界の事は、よく分からない。今度リオ辺りにでも会って、事情を聞いてみるとするか。
「じゃあ、今回はラッツと一緒に『流れ星と夜の塔』攻略だね!!」
ベティーナが、「どうするの?」と問い掛けるような眼差しで俺を見ている。……そりゃ、俺だって一人で攻略したかったさ。しかし、チークは俺の目的とは何の接点もないところで、『流れ星と夜の塔』を攻略しようとしている。
そして、『深淵の耳』も俺の目的の一つだ。まさか『流れ星と夜の塔』にあるとは思っていなかったが――……こいつを仲間に入れなかったとしたら、チークに奪われる訳にもいかない。
ともすれば、ここでチーク・ノロップスターを俺のパーティーに加えるしかないのか。
チークって、一緒に居ると本当に騒がしいから苦手なんだけどなあ……
「……分かったよ。パーティー組もうぜ」
「いやっほーい!!」
……まあ、いいか。
○
「なんか、暗いね」
「二十四時間、いつでも夜だからな。ここに居たら、時間の感覚も分からなくなるんだろう」
俺達はその日のうちに『ノース・リンガデム』まで移動し、更にその外れにあるダンジョン、『流れ星と夜の塔』を訪れていた。クレープを売った金で鈍器も揃え、パペミントやカモーテルなどの回復薬も上等なものを用意した。準備万端、といったところだ。
俺が先頭を歩き、後ろにベティーナ、チークと続く。大した魔物は出ないが、塔の手前もダンジョンだ。この辺りは魔力によって太陽の光が遮られているから、昼間でも暗い。
光が入って来ないから、夜に活動するような魔物が好んで生息する。まあ、候補として考えられるのは――……
「チーク、ちょっとどいてろ。アイテムが燃える」
「えっ!? なんでなんで!?」
「いいから、どけって」
チークを俺の前まで誘導し、すぐ下に魔法陣を描いた。俺の魔力をあまり消費したくないから、地面をなぞる。木の枝を捨てると同時に、俺は宣言した。
「<レッドトーテム>」
火柱が立ち、夜の森に燃え上がった。眩しさに一瞬、目が眩むが――――直後、森の中から犬の鳴き声のようなものが聞こえ、走り去っていく足音がした。
チークがその様子に、目を見張る。ベティーナもあまりこういう知識はないのか、小首を傾げていた。
「『ナイトアリクイ』だ。森の奥に潜む魔物で、夜に集団で行動し、獲物を捕らえる。光が苦手だから、炎の魔法を炊いとけば勝手に逃げる」
「おおー!! なるほどなるほど、やっぱりラッツはすごいなあ。……んんー?」
チークがふと何かに気付いた様子で、俺の周りをぐるぐると回った。何かを確認するように視線を向け、まじまじと俺の背中を眺めている。……なんだよ。気持ち悪いな。
「ところでラッツ、あたしがあげたアイテムカート、どこにいったの?」
――――うっ。
しまった、気付かれたのか。俺のアイテムカートは、『スカイガーデン』の一件で吹っ飛んでしまった――……そういえばあのアイテムカートは、チークご自慢の逸品だったな。
どうしよう。まさか失くしたとは言えないし、肝心のスカイガーデンには化物が居て、アイテムカートが無事なのかどうかも分からない。
俺は苦笑して、チークの目は見ずに言った。
「――――実はな、チーク」
「んっ? おう!」
やたらと元気の良い返事だった。
「旅先の当てもない山奥、ついに食料も尽きて、俺はどうしようもなく山奥を彷徨っていた。そんな時のことだ……餓死寸前の俺は、人気もなく食料もこれといってない場所で、ついに野垂れ死ぬという所だったんだ」
「おおー!? なんか、サバイバルだね!!」
「そこで俺は、お菓子の家を見付けたんだ。そこに住んでいた犬っころが、俺に言った……『旅の若者さん、どうやら貴方はお腹が空いていらっしゃるようだ。この家を食べなさい』と」
「ちょっと、メルヘンだね!!」
「俺は家を食べた……あれは嘗て無いほどに美味く、そして人の家を奪うという罪悪感からくる、涙の味だった……」
「そこはかとなくシリアスだね!!」
俺はチークの両肩を掴み、目を合わせた。チークは上目遣いに俺を見詰め、真剣な様子だ。俺は、涙を堪えるような演技をして言った。
「チーク。くっ……残念だが、お前のアイテムカートはな、その犬の家になったんだ」
「――――そ、それは」
今世紀最高にショックだと言わんばかりに、驚愕の瞳で俺を見詰めるチーク。その表情は、劇画タッチだった――――チークは一筋の涙を零し、目尻を人差し指で拭って言った。
「ロマンチックだね……」
……そうか? 自分で言っていて何だが、こんな話に騙されるのは俺の知っている限り、キュートくらいのものだろう。
そういえば、キュートとチークって少し雰囲気似てるよな。いや、見た目は全然似てないんだが、こう、アホな所が……
「って、そんな話に騙されるか!! つまり失くしたんでしょ!!」
アホなのは俺だった。
「ごめんなさい」
「流石のあたしも、ちょっと怒る所だよ!? アイテムカートで岩山に突っ込んで、崩れた岩の下敷きになって全治一週間だよ!!」
何の例えなのかいまいちよく分からんが、すごいという所だけは伝わった。
「でも、あたしは怒らない。何故なら、アイテムカートは消耗品だから……!! そうだよねラッツ、ならあたしが次のアイテムカートを作ってしんぜよう!!」
「えっ、いや、もう俺、特に必要な……」
「このダンジョンの攻略が終わったら、特別にあたしが作ってあげるよ!! おう、燃えてきた――!! カート作成はガンガン激しくテンポよく、楽しみながらやらないとね!!」
チークはテンションが上がったのか、意気揚々と塔に向かって闊歩していく。その様子を眺める俺。ベティーナがチークの様子を眺め、こめかみを指で押さえた。
「なんか色々と激しいわね、あの子……」
「ああ、本当にな……」