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超・初心者(スーパービギナー)の手引き  作者: くらげマシンガン
第四章 初心者と高飛車魔法使いと消えた街の秘密
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E81 言葉も無いわアホめ!

 ……と、これが物語ならば「いい最終回だった」と言ってくれそうなシーンの後のことだ。


 俺はリンガデム・シティを目指し、道中に訪れた街で一夜を過ごし、何日か後にイースト・リンガデムへと辿り着いた。


 廃墟となったリンガデム・シティと違い、イースト・リンガデムはそこそこ栄えた街だった。あれ程に広くはなかったが――……さて善は急げ、と俺はリヒテンブルクで買っておいた材料と器具をもとに、適当な小屋を立てて出店を始めたのだった。


「さあ! 寄ってらっしゃい見てらっしゃい!! セントラル大陸でしか見られない、ラッツの特製クレープだよ!!」


 ペティネクレープと言えば、リヒテンブルクでしか手に入らない『ペティネ』と呼ばれる果物を使ったクレープだ。この『ペティネ』だが、常温で保存すると腐りやすい事から、外部で販売されることは少ない。


 リヒテンブルクに絶えず吹いている『リヒの風』がなくなることも、保存が厳しくなる重要な問題となる。


 ところが、だ。商人の基礎スキルの一つに、<コールドスリープ>って技術がある。強力な冷却魔法で冷凍保存状態を作って、例えば海の魚なんかをアイテムカートに詰め、山に囲まれた街なんかをターゲットに商売するやつだ。


 さて、この<コールドスリープ>。


 俺、使えるんだよね。


「はー、売れた売れた。……そろそろ、店を畳む時間かねえ」


 この基礎スキルそのものは『ギルド・スピードマーチャント』の人間と言わず、商売人志望は誰でも覚えているだろうが、著しく味が落ちるから『ペティネ』でそれをやる奴は少ない。そもそもお菓子ってマイナーなジャンルで、露天商としての流通は少ないのだ。


 基本的に個人商店ってのは、生活に需要がある物が売られるからな。そして希少な物が。


 俺はそこに勝機を見出した。『ペティネ』は<コールドスリープ>を仕掛けると味が落ちるから、リヒテンブルクでのみ販売される特産品とされた。ところが冷凍した時の甘みと冷たさは、すっきりとした風味の乾燥させた『パペミント』と相性が良いのではないかと考えたのだ。


 パペミントを乾燥させて食す保存方法は古くから使われていたが、現代では煮出したパペミントの方が便利だという結論に達したのですっかり忘れ去られている。


 そして、リンガデム・シティにはこの手の果物はない。きっとウケるだろうと思ったら、これが意外なヒットを飛ばした。


 体力が回復するオマケつき――――という謳い文句で、冷やして美味しいスイーツが誕生したというわけだ。


 冷やしたまま、というのが正解だ。冷やして戻すから不味いと言われるのであって、なら冷やしたままで食べてしまえばいい。


 チークのアイテムカートをまだ持っていたら、もっと沢山売れたのにな、と思う。あれは『スカイガーデン』に置いてきてしまったから、今はもう無いのだけれど。


 などと、一人優越感に浸っていた時だった。


「美味しそうね。おひとつ頂けるかしら」


 俺は思わず口の端を吊り下げて、眉をハの字にして女を見詰めてしまった。


 治安保護隊員の服は、もう着ていない。真っ赤なフレアスカートとフリルのついたドレスシャツに、魔法使い特有の三角帽子を装備していた。ふわりとカールの掛かったセミロングの金髪と、睫毛の長い碧眼が目に入る。


 思わず変顔が止まらないが、俺は言った。


「…………何故、いる」


 俺の店の前で、物欲しそうに特製クレープのラインナップを見ている女――――ベティーナ・ルーズは、その問いかけにふふんと鼻を鳴らし、髪を撫で下ろしながら言った。


「私を馬鹿にして貰っちゃ困るわね。どうせまたここに来るだろうと、セットしておいたのよ。『思い出し草』を、『リンガデム・シティ』にね」


 いや、何を言っているのかさっぱり分からない。


「そこはリヒテンブルクにしとけよ。お前こっからどうやって帰るつもりだ」


「えっ。……あっ」


 …………やれやれ。アホと言うのか、なんと言うのか。


 俺は店を畳みながら、ひとまず今日の宿を取らなければならないと辺りを見回した。


「ねえ、ちょっと無視しないでよおじさん!! クレープひとつ!!」


「おじさんじゃねえ!! お前家に帰れ!! ……ほれ」


 俺からクレープを奪い取ると、ベティーナはいつもの我儘お嬢様の顔で言った。


「イヤよ!! 折角ここまで来たんだもん!!」


 俺が店を畳み切ってゴミと利益と在庫を仕分けるまで、ベティーナはぎゃあぎゃあと何かを言っていた。……その後に、俺はベティーナが今どういう状態なのか、少し分かったような気がした。


「……お前、もしかしてレオの目を盗んでここに来たんだろ。で、下まで行っても戻れない、と」


「ぎくっ」


 …………はあ。


 これはもう、溜め息を付かざるを得ない。


「だ、だって、『思い出し草』を隠れ家でインプットさせちゃったら、リンガデムのインプットが消えちゃうし……」


「そうか。そんじゃ、おつかれさん」


 俺がリュックを背負って歩き出すと、ベティーナは慌てて俺の後を追い掛けてきた。……そのまま、右腕を掴まれる。


 振り返るのも面倒なので、俺はずりずりとベティーナを引きずって歩いた。


「ねっ……ちょっ……待ってよ……待て――!!」


「なんだよ!! 宿がなくなるだろ!!」


「私、お財布忘れちゃって!! お金持ってないのよ!!」


「言葉も無いわアホめ!!」


 何故来た!! レオから俺の事情を聞いてる筈だろ。敢えて来る理由がない。フルリュだって我慢して、隠れ家に残ってくれたというのに。


 俺は突き放すように、ベティーナに言った。


「俺は一人で行くって言っただろうが。正直、迷惑なんだけど」


 そうして暫く、そのまま歩いた。


 ふと、ベティーナの体重を感じなくなった。……腕が離されたらしい。俺は暫く、そのまま歩き続けていたが――――少しだけ気になったので、振り返る事にした。


 ぎょっとして、目を見開く事になった。


「だってあんた、ほっとくと一人で危ないとこ、行くじゃない」


 ベティーナが泣いていたのだ。その姿はまるで叱られた猫のようだったが、それでも女の子の涙は胸に悪い。


「私のこと、『仲間』だって、言ったじゃない。……協力くらい、させてよ。……これでも、悪いことしたと思ってるのよ」


 …………はあ。


 そういえば俺はセントラル・シティでも、セントラル大監獄でもこいつと戦ったからな。まさか、助けられるなんて思いもしなかったのだろう。


 一応、ちゃんとした覚悟でここに来たのか。……素直じゃない奴だ。


 どれだけ仲間に飢えていたのか知らないが。頭を掻いて、俺はベティーナに近寄った。ベティーナは既にボロ泣きで、俺に怒られた事にショックを覚えているようだった。


 睨み付けるように上目遣いに見詰められると、ベティーナの『付いて行く』という意志が欠片も折れていない事が分かった。


 レオめ……管理不届きだ。俺が居ない時は、レオがこいつの監視役にならないと駄目なのに。


 ……まあ、いいや。


「パンツ、洗ったのかよ」


「――――は?」


 俺の問いかけの意味が分からなかったのか、ベティーナは始め、頭に疑問符を浮かべて俺のことを見ていた。


 ……が、徐々にその顔が赤く染まった。ゴールバードとの一件で、自分が漏らした事を思い出したんだろう。……こいつもロイスに負けず劣らずビビリなので、足を引っ張ってくれない事を祈る。


「なっ……な何何何言ってんの!? 洗ったに決まっていや言いたくないわデリカシーとか無いの!? 欠如してるの!? 頭悪いわね馬鹿!! ヘンタイ!!」


 おお、宿を発見した。良くもなく悪くもなく――……この『イースト・リンガデム』、少し回ってみて分かったが、本当に特徴が何もない。驚くほど普通な街だった。流通している食べ物も飲み物も普通だったし、セントラルの監視下と何が違うのか分からない。


 まあ、ダンジョンに行けば事情が違うことが分かってくるだろうけど。場所を変えれば、魔物なんかは露骨に種類が変わるしな。


 俺は追い掛けてくるベティーナを見ずに言った。


「『流れ星と夜の塔』の攻略は、俺がやる。絶対に手を出すな」


 ぎゃあぎゃあと騒いでいたベティーナの顔が、ふと不安そうなそれに変わった。それでも、俺は続けた。


「戦闘。ダンジョン攻略。フィーナと再会。全部俺がやる。端で攻撃を受けないように隠れて、邪魔にならないように避けてろ。……そしたら、付いて来るくらいは構わないよ」


 厳しいだろうか。……だが、これくらいは呑んで貰わなければ困る。俺はベティーナをイースト・リンガデムに置いて、隠れて行くしかない。


 そうなれば、『隠れ家』に居ないベティーナを護る者が居ない。ゴールバードの一件以降、このセントラル大陸に安全な場所など無い気がしているから、できれば残して行きたくはない……だからこれは、最後の譲歩だ。


「…………分かったわ。でも危険になったら、協力くらい」


「駄目だ」


 遮るように、俺は言った。自分にも言い聞かせるつもりだった。自分でも、考える事や実行する事に抜けが多いのは分かってる。でも。


「約束する。……絶対に、失敗はしない。必ず俺が勝つ」


 そうでなければ、何の為に魔界から人間界に帰って来たのか分からない。


 だからこれは、俺に対する試練のようなものだ。


 俺の気持ちを汲み取ったのか、ベティーナは渋々と頷いた。俺は笑って、ベティーナの頭を撫でた。


「よし。じゃあ、今日の宿を取りに行くぜ」


 ベティーナは頬を染めて、恍惚の表情で俯いていた。……もしかして、助けた事で惚れられたりしたんだろうか。……ちょろいな。ちょろすぎる。


 まあ、会話に困らない可愛い金髪が居ると思えば、そんなに邪魔にもならないだろう。


「――――うんっ」


 予定外ではあったが、新たな旅の始まりだった。




 ○




 飾りっ気のない木造の宿屋で、一夜を過ごす。金は稼いだと言えども資金が限りなくある訳ではないので、俺とベティーナは同じ部屋に泊まった。


 寝る前に冒険者バンクへと寄り、情報を集めた。テイガの言う通り、本当に俺を見たからといって何かをしようという奴は居なかった――……本当に俺の一件が保留になっているのか、それともここが治安保護機関の監視外だからなのかは、よく分からない。


 だけど、リンガデムにも冒険者バンクはあった。内装はセントラルのものとかなり大幅に違ったが――――構成は同じだった。やはり、ダンジョンあるところに冒険者バンクあり、といったところか。


 探しもしなかったけれど、もしかしたら魔界にも冒険者バンクと似たようなものはあるのかもしれない。


 そして、『流れ星と夜の塔』だが――……これが他とは違う、少し変わったダンジョンらしいということが、調べていて分かった。


 周りは普通に魔物の住処だが、一度『流れ星と夜の塔』に入ると、状況が一変する。そこは全五十階からなる巨大な塔で、各階にはダンジョンマスターが居るらしい。それを倒さなければ、上には上がれないというカラクリだ。


 まさか、そんな場所のてっぺんに人が居るなんて――……思わないだろう。だからこそ、『流れ星と夜の塔』はコフール一族が管理できる唯一のダンジョンなのではないか。


 ……何れにしてもそこに、フィーナがいるんだ。


「おーい。……おーい」


 金属の擦れ合うような音が、頭の隣で響いた。俺は枕を抱いて、もう少しだけ眠ろうと寝返りを打った。


「こら、起きなさいよ!! 朝ごはんできてるわよ!!」


「お前はお母さんか……」


「せめて幼馴染と言って欲しいわね」


 違うだろ。


 今日は武器屋で壊れてしまった鈍器とベティーナの杖を揃えて、『流れ星と夜の塔』に向かうのだ。……もう少しだけ、体力を回復させたいところだ。


 俺は耳を塞いで、ベッドに潜った。


「ちょっと!! ……起きないと、その……するわよ」


 何を!?


 潜在的な恐怖を感じて、俺は飛び起きた。ベッドの隣では、エプロンを巻いたベティーナがフライパンとお玉を持って、俺を見ていた――……まさか、こんなにもベタなシチュエーションを見る事になるとは。


 ベティーナは頬を赤くして、俯いた。


「…………ちぇっ」


 俺はその言葉を聞かなかった事にした。


 ベッドから起き上がると、朝日が眩しい。枕元に光が当たっていた。……俺はこんな所で寝ていたのか。大した根性だな。


 ベティーナは楽しそうに、キッチンに戻って行った。宿屋の各部屋にキッチンがあって、水道も通っている……珍しい事だが、リンガデムの周辺では当たり前らしい。


 なんでも、ここはセントラルと違って水が売りらしいのだ。


「ねえ、ベーコンエッグとスクランブルエッグ、どっちがいい?」


「玉子焼き」


「この捻くれ者が!! ……ちょっと待ってて」


 作ってくれるのか。……いや、寧ろ料理が出来たことが驚きである。お嬢様なのかと思っていたが、ゴールバードが言っていた通りに、やはりスラムで生きてきた娘という事だろう。


 だったらどうして、こんなにビビリなのだろうか。……天性か。


「おわ――――――――!!」


 ふと、外から声がした。


「えっ?」


「ちょい、見てくるわ」


 ここは二階だからか、階段をドスンドスンと転げ落ちる音と、何か金属が嫌な音を出す音が聞こえた。俺は咄嗟に扉を開け、寝間着のまま木造の廊下へと出て、階段に向かった。


 二階は全部宿部屋だと言っていたから、客がやったのだろう。階段へと向かうと――――なんじゃ、こりゃあ。山のような……部品? と、車輪。誰だよ、アイテムカートなんか部屋の中に入れる奴は。


 階段を降りて、その人物の顔を確認した。ピンク色の跳ねた猫っ毛に、赤銅色の瞳。ぴったりとした布の服にベストを着て、下はズボンを履いた娘が、そこにはいて。


 振り返った。


「え、ラッツ!?」


 俺は思わず、呟いた。


「…………チーク?」



ここまでのご読了、どうもありがとうございます。

第四章はここまでとなります。


ストックなんてとっくにありませんが、このまま突っ走る次第です。

どこまで毎日更新が出来ることやら……


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