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超・初心者(スーパービギナー)の手引き  作者: くらげマシンガン
第四章 初心者と高飛車魔法使いと消えた街の秘密
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E79 リンガデムの大地に奇跡を

 腰を掴まれたレオは、そのまま引き寄せられた。俺はベティーナを降ろし、化物に向かって走った――――が、間に合わない。


 いい加減、左肩の様子もおかしくなってきた。それでも、歯を食い縛って両足に魔力を込める。


 だがベティーナの放った<シャイニングハンマー>は、もう取り消す事は出来なかった。トリガーを引いてしまった魔法は公式の通りに動作を開始し、化物の頭上に炸裂する


 レオは光に呑まれ、化物と共に発光した。


「レオ――――――――!!」


 光に、目が眩んだ。雷属性の大魔法が、化物とレオ・ホーンドルフに向かって炸裂した。駆け寄っていた俺は思わず爆風に立ち止まり、目を閉じてその場に蹲った。


 ――――やばい!!


 それでも全く怯む様子はなく、爆風の中から光線が発射される。避けるように全力で横っ飛び、草原を転がった。狙われたのは、俺……


 だけじゃ、ない。振り返って、俺は叫んだ。


「ベティーナ!!」


 やられたのか!? 唯一の、パーティー内の超火力。背筋が凍るような思いで、光の向こう側を見た。


 ベティーナは――――いた。


 どうやら、左腕を掠っただけらしい。腕を押さえ、その場に膝をついた。……だが、杖が消し飛んだらしい。持ち手の部分だけが残り、ただの棒切れになったそれをベティーナは握ったまま、力無く膝をつき、もう涙も出ない様子だった。


 がくがくと膝を震わせ、俺を見ると、空虚な笑みを浮かべた。


「ごめ…………私、杖…………」


 いい。生きていただけ、いい。俺は涙を堪えて、首を振った。


「そこにいろ!!」


 ベティーナの放った、<ダイナマイトメテオ>と<シャイニングハンマー>。どちらも、どんな魔物だって立ってはいられなくなるほどの大魔法、の筈だ。煙の中、化物はレオを右腕に掴み、構えていた。


 あれだけの攻撃を喰らって、まるでダメージを受けている様子はない。……そもそも、こいつは何だ。生き物なのか。それとも他の、何かなのか。


 化物のあの体勢は――……さっきシルバードを喰った時に見せたものだ。――――レオも、喰われる。


 どうする。


 このままじゃ、全滅しちまう。


 隠れ家に居るフルリュとキュートは、ここに駆け付けては来ないだろう。<凶暴表現バーサーク・スタイル>か? ……もう、それしかないのか?


 一度助かったからといって、次も助かる見込みなんてない。そんな自殺同然の技を、ここで使うしかないのか?


 どうする。


 俺は<限定表現レストリクション・スタイル>をフルに使い、魔力を爆発的に放出した。


「<飛弾脚ひだんきゃく>!!」


 化物の右腕目掛けて、高速の一撃を放つ。


 俺はそのまま、化物の真横を通り過ぎる。蹴り飛ばす一瞬だけ、閉じる瞬間の、化物の口の中が見えた――――


 口を閉じると、眼がこちらを向いた。その瞬間に、俺は気付いた。




 ――――――――まさか。




 右腕が弾かれたことでレオは転がった。ポチが飛び寄ってきて、レオを回収した。


 前衛職だけあって呼吸はあるようだったが、既にレオは意識を失っている――……勝てないと判断したのだろう。ポチはずっと、上空で俺達の様子を見ているようだった。……賢い選択だ。守れる保証はない。


 だが。俺がやられてしまえば、間もなく化物はポチとレオを潰しに掛かるだろう。今すぐ逃げてくれればいいが――――それは、出来ないだろうな。俺達の戦いの様子を、ポチは見守っていた。


 レオの友人だということは、分かっているのだろう。


「ギャアア!!」


 ポチ目掛けて、光線が発射された。上空に居るポチは、どうにかそれを避ける――――すぐに追い掛ける必要はないと判断したのか、化物は目の前に居る俺を標的にしたようだ。ゆっくりと赤い宝石が、俺を見据える。俺は地面を転がると飛び跳ねるように起き上がり、化物の光線を避けようとした。


 溜めのモーションはなく、攻撃は高速で一瞬。そんな反則級の技に、どうにか抗おうと試みる。


 光を避け切れず、右脚を掠った。だが、どうにか俺は、化物の左側へと辿り着く事に成功した。


 当然、左腕は俺を捕まえようと伸びる。


 ――――本当か?


 確証はない。……でも、やるしかない。


「<飛弾脚ひだんきゃく>!!」


 背後に向かって、地面を蹴る。爆発的な速度で、俺は後方へと向かって飛んで行く。


 魔法公式を、組み直す。最速だ。たった一つの遅れも許されない。伸びた左腕が、今にも俺を捕まえようと加速する。


 俺に掛けられている『表現スタイル』の魔法を、切り替える。


「<計画表現プランニング・スタイル>!!」


 後方へと飛ぶ間に、俺はいくつもの魔法陣を宙に描いていった。リュックから弓を取り出し、矢を構える。自分の仮定が本当かどうかも分からず、怯えながらも、俺は様子を伺った。


 伸び切った左腕。もう、伸びる事はない――……


 化物は左腕を引き戻し、爆発的な速度で右腕を俺に向かって伸ばした。


 そうして、俺は決意を固めた。


 賭ける価値が、ある。


「<イエロー・アロー>!!」


 その昔、人間は魔力の無い世界で生きていた。代わりに電力を使い、人はやがて自分と似たような動きをする無機物を追い掛け、『心ある機械』を作るようになったという。


 別に、テイガ・バーンズキッドの与太話を信じた、という訳ではない。


 だが、咄嗟にそんなワードが頭に浮かんだからか、俺が放ったのは<イエロー・アロー>だった。


 目には、目を。


 右腕が俺の胸から腰を捕まえ、後方へ下がる勢いを殺した。


 心臓が止まるような恐怖の中、俺は必死で頭を回転させ、考えていた。この化物が取った、奇妙な行動。それらはまるでパズルのピースのように埋まっていき、奴が『完全』ではないことを示していた。


 まず、一つ目。ササナの使った<トリック・オア・マジック>。同一の方向に反射した攻撃を、この化物は『避けようとした』のだ。


 どう考えても、それは変だ。<ダイナマイトメテオ>や<シャイニングハンマー>でも、傷一つ付かないボディだ。避ける必要はない。実際こいつは煙の中だろうが、爆発の中だろうが、構わず俺達に攻撃してきた。


 確かにこいつの光線は恐ろしい威力だが、ベティーナの大魔法だって、遜色はないように思えたのだ。


 それは俺の中で、ある仮定を生んだ。


『攻撃の威力ではなく、あの角度で攻撃されたことが良くなかったのではないか』ということだ。


 そして、二つ目。シルバードを捕まえた時も、レオを捕まえた時も、この化物は『右腕で捕まえていた』ということだ。そして、俺が左側から後方に逃げた時、この化物は左腕を一度引っ込め、右腕を出してきた。


 それはつまり、『伸ばせる距離が左右で違う』ってことだ。


「いやああああ!! ラッツ――――!!」


 ベティーナの叫びが聞こえた。俺の放った<イエロー・アロー>は、草原の上を<反射リフレクト>の魔法陣を使い、反射して俺と化物へと向かう。


 伸ばせる距離が左右で違うってことは、このボールのような姿でも、中身は臓器か何かが偏って配置されている、ってことだ。伸びてる訳じゃ無いだろうし、自分の腕を収納する場所はあるに決まっている。あると思うしかなかった。


 俺の目の前に、化物の顔が現れた。恐怖に震えるが、俺は決して目を閉じる事なく、化物を睨み付けた。


 その、口が、開く。


<イエロー・アロー>が、<反射リフレクト>ではない魔法陣に接触した瞬間だった。


「答えろロイス――――!! 俺が、ラッツ・リチャードが、帰って来たぞ――――――――!!」


 俺は叫び、そして発動した。


 左手の先に発生させた、魔法陣。<反射リフレクト>とは違う、始端と終端のある魔法公式。


 俺の<計画表現プランニング・スタイル>の、もう一つの隠し技。


 三つ目。レオが捕まり、俺がその右腕を蹴り飛ばした時、はっきりとその口の中が見えたのだ。いくつもの恐ろしい歯の向こう側に居る、小さな存在。


 ――――――――ロイス・クレイユ。


 確信があった。ロイスが死ねば、こいつも死ぬのだと。ロイスの魔力は常時放たれていて、緑色のオーラが吸い込まれ続けていた。


 だから、ササナの放った<トリック・オア・マジック>は、『避けられた』のだ。


 赤い宝石を貫通して、後ろのロイスに当たるかもしれないからだろ?


 答えろよ。


「目覚めろ!!」


 だってお前は、小さなロイスの左端――――俺から見たら右側の下に、小さな『赤い』宝石を持っていて。


 その宝石が、ロイスの魔力を吸収していたんだ。


 つまりこいつ自身は、生物ではない。


 生物の魔力を吸収して動く、何か鎧のようなもので…………そして、俺の、


 敵だ。


「<反転リバーシブル>!!」


 俺の左手の先に描かれた魔法陣が、空中で縦にくるりと百八十度、回転した。始まりの意味を持つ魔法公式と、終わりの意味を持つ魔法公式。表裏に描かれたそれらが反転し。


 始まりは終わりへ。


 終わりは始まりへ、導かれる。


 接触した<イエロー・アロー>は<反転リバーシブル>の魔法陣と共に位置を変え、俺の左手の先に現れた。正確な軌道に沿って走るそれは、ロイスの右下、真っ赤な宝石を目指した。


 俺は化物に、喰われる。視界が一瞬にして、黒く染まった。


 固く、目を閉じた。




 ――――――――刺され!!




 暗闇の中、俺は神に祈るかのような気持ちでいた。自分の仮定が正しいのかどうか、それさえ確信もなく、だが冷静に考え、分析し、最善の判断を下した、筈だった。


 攻撃力は足りているのか。遠距離で放つ基礎攻撃魔法では、飛距離も命中率も足りなかった。かといって、初心者の俺が放つ矢の攻撃力など、たかが知れている。


 だが、<イーグルアイ>を使わずとも標的に当てる事が出来る、俺の唯一の攻撃だった。


 考え抜いた分析に、落ち度はないか。ロイス・クレイユを助ける方法として、無理はないか。


 そんなことは、やってみなければ分からない事だったけれど――――…………


 化物の動きが、止まった。


 初めに聞こえたのは、小さな音。テーブルの上のグラスが落ちて割れた時のように、派手で鮮やかな――――そして、儚げな音だった。パキン、と鳴る頃には、俺は双眸を開いていた。


 まだ息をしている、ロイス・クレイユ。化物の目から一筋の光が漏れているのか、目を閉じたロイスが暗闇の向こう側に見えた。


 静かに、胸を上下させている。


 俺は化物の口内を這いつくばり、絶望の縁に見えた希望に両手を伸ばした。その小さな身体を、手中に収める。


 ――――――――ああ、分かってる。


 今度は二度と、あんな終わり方なんてさせるものか。


「砕けろっ……!!」


 小さく、そう呟いた。


 化物の動力源と思われる、赤い宝石。小さなそれは破裂した。その瞬間に奇怪な音が発生し、化物はがたがたと震え出した。…………複雑な魔法公式が動いているのを、感じる。これも、魔法の一種だったのか。


 俺は辺りを見回した。その殆どは暗闇で、魔法公式の内容を確認することはできない。見えたとしても、読めたかどうかは怪しい。


 だが、俺はその動きに、何故か人工的なものを感じていた。


 そう――――『ノーマインド』の魔物が、消滅する瞬間のような。


「オオオオオオオオオ――――――――…………」


 化物の雄叫びが聞こえる。それは、或いはこの化物にとっての、今際の際のようなものだったのだろうか。振動に恐怖を感じ、俺はロイスを抱えたまま身を硬直させていたが。


 魔力は解放される。あるべきものが、あるべき場所へ。何かに吸い込まれるかのように化物は砕け、


 そして、光の屑となって消滅した。


 急激に光が溢れ、俺は目を眩ませた。元通りの草原と、どこまでも広がる青空が俺を待っていた。


 いや、それだけじゃ、ない。


 見れば、草原の中心に配置されていた『ゴールデンクリスタル』は輝きを失っていた。これも、ロイスの魔力から供給されていたのだろうか。元通りの宝石へと戻ると、『ゴールデンクリスタル』を中心として配置されていた緑色の線が破裂した。


 魔方陣が、かき消される。


「ラッツ!!」


 ベティーナが、俺の下へと駆け寄って来た。その時に、辺りの変化に気付く。…………そうか、緑色の線が破裂したことによって、転移系の魔方陣も同時に消えたんだ。


 まるでそれは、ひとつの音楽のように。俺とロイスを中心として、辺りの町並みが戻っていく。


「俺は大丈夫だ。……ササナを回収してやってくれるか?」


「わ、分かったわ!!」


 完全に街が出現する前に、ササナを拾ってやらなければ。まるで今まで透明になっていた、とでも言うかのように、街はこの場所にフェードインして戻って来た。辺りの様子を眺めながら、俺はその変化に気付いた。


 ――――既に、やられた後だったのか。


 俺達が落ち合う予定だった筈の『リンガデム・シティ』は、既にあちこちが破壊されていた。溜め込まれていた魔力は解放され、元の場所に戻っていく。…………しかし、化物にやられてしまった人間は、もう復活することはないだろう。


 ただ、根本的な動力源となっていたであろうロイス・クレイユを除いては。


 ササナを背負い、ベティーナが駆け寄って来た。上空で様子を見守っていたポチも、レオを背中に乗せて俺達の下に降りてくる。


 人は居ない。まるで廃墟だ。俺はリンガデム・シティに行った事がないので分からないが、きっと元は美しかったのだろう。


 しかし俺は、既に全ての気力を失ってしまい、ただ放心するばかりだった。


「幻想的ね。ダンジョンが生まれる時みたい…………」


 ベティーナはぽつりと、そう呟いた。


「見た事あるのか、ダンジョンが生まれる瞬間?」


「うん。スラムに居た時に。調査の仕事をしたことがあるのよ。私は偉い人の言う事を聞いて、どうにか生き延びようとしていたから」


 もしかしたら、この戦いでベティーナ・ルーズの何かが、変わったのかもしれない。ベティーナはぽつりと、呟いた。


「……媚びる以外に生きる道があるなんて、知らなかったわ」


 もう、動く気力もない。…………だが、終わったんだ。




 ――――この戦いは、俺達の勝ちだ。


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