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超・初心者(スーパービギナー)の手引き  作者: くらげマシンガン
第四章 初心者と高飛車魔法使いと消えた街の秘密
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E78 唸れ両腕、気張れ両足

 どうして?


 問い掛ける前に、身体は動いていた。<魔力融合マテリアル・フュージョン>によって大地から魔力を吸い上げ、俺は高く跳び上がった。今の俺には空の青も、地面の緑も、何も見えなかった。


 鈍器を大上段に構え、俺は叫ぶ。


「<限定表現レストリクション・スタイル>!!」


 全力だ。上空から勢いを付け、両手でしっかりと鈍器を握る。負荷を掛け過ぎた両腕は、魔力の放出に合わせて破裂しそうな程の痛みを覚えた。


 左肩の傷が開き、血が流れる。


「おおおおおおおおおお――――――――!!」


 イースト・リヒテンブルクで、テイガと出会った時に言われた言葉を、微かにも激情の裏に思い返していた。


 奇妙なことはあるものだ、と言った。『スカイゲートパス』の記録にパス所持者の名前が書かれないなんて事は、本来は有り得ない筈だった。それを書き換えられるとしたら、セントラルの番人『治安保護機関』か、本人自ら抹消するか、だと。


 ロイス本人が、自ら記録を消すことは考え難い。


 簡単な話だ。


 ロイス・クレイユは、治安保護機関に利用されたんだ。


「<インパクトスイング>ッ――――!!」


 そんな事があって良いのだろうか? いや、駄目だ。セントラルの法の番人が、セントラルの人間を好き勝手に利用して良いなら、それは俺が見てきた、あの世界と同じだ。


 ササナの故郷。『人魚島』。


 そして、『海底神殿』。


 いつしかセントラル大陸そのものから人間が去り、ここは廃墟と化すだろう――――そう遠くない話なのかもしれない。


 いや、そんな事さえどうでもいいんだ。


 俺は正義の為に戦っている訳ではない。


 ロイス・クレイユを返せ。


 ――――――――ロイスを、返せ。


 唸る両腕を、力任せに銀色の体表へと叩き付けた。身を貫くような衝撃に、顔を顰める。鉄のような身体なら、こちらもそれを破壊出来るだけの威力を持った技で対抗するべきだ。


 ヒビが入った。ミシ、という音がした時には、俺の頭は真っ白になっていた。


「ラッツ!!」


 きっと、それが合図になった。


 俺の鈍器は粉々に砕けた。破片が自らの身体に跳ね返り、俺を傷付ける――――鈍器は、鉄よりも重く硬い『ホッグ』と呼ばれる鉱物によって作られる。その圧倒的な硬度と重みで、相手の武器そのものを破壊していく。それが、鈍器だ。


限定表現レストリクション・スタイル>を使わなければ、俺には火力を出し切れなかっただろう武器。それが、鈍器だ。


 ――――硬いのかよ、それよりも。


 大きく、目を見開いた。


「<スクウィイズ・ボイス・ボイス>……!!」


 化物の右腕が鞭のようにしなり、俺の脇腹を強打した。あまりの出来事に頭が付いて行かず、俺は草原を横っ飛びに移動する。ササナが咄嗟に放った空間に包み込まれ、衝撃は低下した。


 しかし、鞭打ちのように攻撃された脇腹を押さえ、俺は痛みに呻いた。


 化物の右腕はどこまでも伸び、俺を目指した。<スクウィイズ・ボイス・ボイス>の中では、俺も気軽に動く事はできないが――それは、こいつも同じはずだ。


 俺はもがき、化物の右腕から離れようとした。ササナの魔力空間内に入ってしまえば、この右腕が足枷になる。


 はずだった。


「――――うそ」


 ササナが呟いた。


 魔力空間に入った瞬間、その右腕は更に加速した。空間に入る前と、大して変わらない速度で迫る――――当然、俺の動きは鈍い。ササナが咄嗟に<スクウィイズ・ボイス・ボイス>を解除するよりも速く、化物は俺を捕まえた。


 そして、抜き取られる。ササナの魔力空間から。


「<ギガントブレイド>!!」


 レオの放った武器殺しの豪剣は、右腕に向けられた。どんなに伸縮自在だと言っても、剣の柄よりも細い腕。斬り倒すのは容易だと判断したのだろう。


 力強い衝撃が、俺の身体にも伝わってくる。右手は離され、俺は草原に落下した。通り過ぎたレオが、化物の右腕を見て、驚いていた。


 今度は、俺自身はあまり期待していなかった。鈍器の攻撃で破れない体表と、ほぼ同じ色の右腕。不快にも銀色に光るそれは、剣士の攻撃に耐える程度の硬度はあるのではないか、と思っていたからだ。


 予想の通り右腕は弾かれただけで、特に壊れる様子も斬れる様子もなかった。


「なんつー硬さだよオイ……!!」


 物理が駄目なら、魔法攻撃を試すところだが――……俺は呆然と立ち尽くしているベティーナに向かって、走った。ササナがベティーナを守る体勢になっているが、これはまずい。


 化物はササナとベティーナにターゲットを変えたようだった。宝石の眼が、怪しく光っている。


「逃げろ、ササナ!!」


 俺はササナに向かって叫んだ。しかしササナは、毅然とした態度でベティーナの前に立っていた。


 戦う……つもりか? ササナに攻撃系のまともな魔法がないことは、これまでのササナの戦いぶりがよく表しているが……秘策でもあるのだろうか。


 ササナは人差し指と親指を伸ばし、魔法陣を描いた。見たことのない公式だ。化物の下と、ベティーナを含むササナ自身の下に、同じ魔法陣が描かれる。


「隣の柿はよく客喰う柿……お腹と背中を入れ替えろ……目には歯を……!!」


 もしかして、これも詠唱なのか……? 意味が分からん……


 右手と左手を交差させ、ササナは紅の瞳を光らせた。俺を一瞥して、僅かに頷く。


 ――――受け切る、自信があるらしい。


 化物の眼から光の衝撃波のようなものが生まれ、ササナに襲い掛かった。あまりの速度と光量に、目が眩む。しかし手首を回転させ、ササナは親指と人差し指の位置を入れ替え、魔法を発動させた。


「<トリック・オア・マジック>……!!」


 瞬間、化物の眼から発されていた光が急激に収まった。対して、ササナの周囲に恐るべき魔力量のドームが発生し、ササナは両手を前に突き出した。


 ササナから、恐るべき光量の衝撃波が――――えっ?


 化物が、咄嗟に身体を左に逸らした。


「うおっ!!」


 爆発が生じて、化物は煙に包まれた。その隙を見て、俺はササナへと走る。ササナの周囲から急激に魔力が引き、青い顔をしてその場にへたり込んだ。


「ササナ!! 大丈夫か!?」


 一体何をしたのか……見た限りでは、化物の攻撃をササナが盗んだように見えた。ササナはふと笑顔になり、俺に向かって首を振った。


「平気……。あいつの魔力が高すぎて……ちょっと、驚いた……」


「何をしたんだ? <トリック・オア・マジック>?」


「魔法公式の発動を切り取って、自分で使う……でも、魔力ごと吸い取れる訳じゃないから……目測を外すと……危険……」


 なるほど。ササナの魔力を使って、化物のスキルを盗んだのか……しかし、便利なように見えて危険だ。相手のスキル発動をトリガーにするってことは、自分は必ず使える状態にないと駄目ってことだ。


 しかし、どんなに屈強な身体と言っても、自分自身の技を喰らえば只では済まないだろう。俺は慎重に、煙が晴れるのを待った――……


 煙の中が、一瞬だけ光った。


 一瞬の、出来事だった。


 誰もが煙の中に意識を集中させていたにも関わらず、俺の真横で莫大な光が巻き起こった。光線、と言うのが一番正しい表現だったのかもしれない。


 例えるなら、ロイスが放った<シャイニング・アロー>のような。絶大な光量を放つ攻撃が、俺の左を掠めていった。


「――――えっ?」


 駆け寄ってくる途中のレオが、その場に立ち止まった。俺は何が起こったのか分からず、自身の左手へと首を動かして、


 そこに、


 ササナは居なかった。


 理不尽だ。何故か、そんな単語だけが頭の中に浮かんだ。煙が晴れるころ、中に居た化物は両手を頭の上で動かし、カチカチと音を鳴らしていた。


 遥か、背後。光線が焼き切った痕を追い掛ける。街そのものが無くなったために、再現なく飛ばされたササナを確認した。焼けた痕が途切れる辺りに、小さな姿が見える。


 少なくとも、立ってはいない。……そして、動く様子もなかった。


「ササナ――――――――!!」


 俺はリュックから長剣を取り出した。巨体の化物は未だ、ササナから目を逸らしていない――今、生きているのか? それとも――考えている余裕はない。


 細い足下へ、鋭い一閃を放った。勿論、こんな攻撃でこの化物にダメージを与えられるとは思っていない。今は、ササナからターゲットを逸らす事が必要だ。


 真っ直ぐに振り抜くと、化物はゆっくりと俺に首を向ける。パペミントも、カモーテルも、この状況では役に立たない。


「レオ!! ササナを頼む!!」


「分かった!! ポチ、行くぞ!!」


 レオがポチに一声掛けると、怯えていたポチが化物を避けるようにレオの下へと飛んだ。化物は傷一つ付いていない――……物理も、魔法も駄目。……なら、何があるんだよ。


 リュックに長剣を戻し、杖を取り出す。化物の両腕が俺へと伸びる前に、俺は杖を勢い良く振った。


「<レッドトーテム>!!」


 燃え上がる火柱に、すぐに杖を戻して右手を向ける。……ダメージが目的じゃない。姿を眩ますためだ。親指と人差し指を擦り合わせると、パチン、と小気味の良い音が鳴った。


「<強化爆撃イオン>!!」


 爆発が巻き起こる。それでも突き抜けてくる両腕を、その場に這いつくばる事で回避した。勢い良く両腕は、俺の遥か後ろまで手を伸ばす。


 次はこいつだ。


「<ブルーカーテン>」


 火柱の隣に、今度は滝を出現させる。地面に到達した瞬間、俺はごろごろと転がり、腕を避けて立ち上がる。化物の両手はうねうねと動いているが――――その右腕がさらに伸び、ノーモーションで<ブルーカーテン>を目指した。


「なっ……!?」


 ジャンプで避けて、様子を伺う。どれだけ伸びるんだよ、腕……引き戻る訳でもなく、その場で迂回して俺を目指して来やがった。これじゃあ、返しの隙を突くこともできない。


<ヴァニッシュ・ノイズ>で音を消し、ベティーナへと走る。ターゲットが切り替わる前に、俺はベティーナに向かって頷いた。


 リュックからベティーナの杖を出し、ベティーナに向かって投げる。


 現れていた<ブルーカーテン>が、終わる。俺の姿は化物に写った。


「うっ、受け継がれし火の意志よ汝の呼び声をもって答えよ!! 獰猛なる野獣の如く空を駆け我が前に立ちはだかる理知乏しき危害を消し飛ばせ<ダイナマイトメテオ>!!」


 オーケー、ベティーナ。お前の早口魔法は健在か。


 涙目で放たれた巨大な隕石が、化物を襲う。その間に俺は<飛弾脚ひだんきゃく>で地面を蹴り、ベティーナに向かって低空で飛び込んだ。


 呆然と立ち尽くしているベティーナをさらい、その場を離れる。


 化物の光線が、今までベティーナが立っていた場所を貫通した。


「うっ……ひっ……しっ、死んじゃう……」


 よく、この状況でボロ泣きしていられるぜ。さっき、ゴールバードに『スラムの雌狐』とか言われてなかったか。……あれ、どういう意味だったんだろう。


 ……そういえば、セントラル大監獄から落ち掛けた時もこいつは、こんな態度だったな。こいつには機能して貰わないと困るんだが……


 俺はベティーナの頭を撫で、笑顔を浮かべた。


「大丈夫だ。心配すんな」


 ベティーナは俺の腕を掴み、涙を堪えた。


 地面を滑り、徐々に速度を落とす。レオとササナの様子を一瞥すると、既にレオはこちらに向かって走って来ていた。俺を見ると、軽く頷いた。


「息はある。……早く治療しないとまずいが。隠れ家にパペミント系列は置いてある、早く向かわないと」


「サンキュー。それだけ聞ければ充分だ」


 ベティーナの放った隕石が、化物に降り注いだ。爆音と共に、草原は火に包まれる――……


「ベティーナ、<シャイニングハンマー>だ。畳み掛けよう」


「わ、分かったわ!!」


 さっきも煙の中から攻撃があった。<ダイナマイトメテオ>とはいえ、二度目が無いとは言い切れない。ベティーナは杖を振るい、足下にピンク色の光を放つ、魔法陣を描いた。


「天界が定めし雷帝の戦神の指示を受け神の名の許に捌きの鉄槌を下せよ公平なる裁判に身を委ね彼の者に相応しい罰を与え給え<シャイニングハンマー>!!」


 大魔法の詠唱完了と同時に、俺はベティーナをその場から離した。全力疾走で横に逃げ、レオは反対側へ、散り散りになる。


 化物の頭上に、ベティーナが完成させた<シャイニングハンマー>が現れる。雷槌の名の通り、電気を纏った巨大なハンマーが出現した。


 そのまま、爆発途中の化物に向かって振り下ろされる。


「すげえな。大したスピード」


 レオの言葉が、途切れた。


 爆発途中の化物が、右腕を伸ばすのが見えた。


 咄嗟に俺は大地を蹴り、化物の攻撃を避けるように動いた――――が、腕はまるで見当違いな方向に伸びていった。


 連続攻撃を仕掛けようとしていた、レオ。黒刀を構えた瞬間、化物に腰を掴まれた。


 引き寄せられる。


 ベティーナの放った、<シャイニングハンマー>に!!


「逃げろ、レオ――――――――!!」



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