表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
超・初心者(スーパービギナー)の手引き  作者: くらげマシンガン
第四章 初心者と高飛車魔法使いと消えた街の秘密
80/174

E77 『ロイス・クレイユ』

 遠くから、レオ達が駆け寄ってくる。放心した俺は、その場に佇んでいた。


 草原には、穏やかな風が吹いていた。相変わらず、その敷地内は異様な雰囲気だったが。それでも、ようやくこの奇怪な魔法陣の正体について、手を付ける事ができる。


 ササナが俺の左肩を見て、悲痛な表情になった。膝に手をついて屈み、俺の傷口に顔を近付ける。


「ラッツ……大丈夫……?」


「心配すんな。掠っただけだ」


 本当はモロに左肩へ弾丸を喰らって、しかもそれは爆発したんだが。……あれは、確実に心臓を狙っていた。どうにかして軌道を逸らさなければ、やられていたのは俺だった。


 もしも俺が、『シルバード・ラルフレッドは剣士である』という固定概念を捨てられないでいたら。


 ……正直、ぞっとする。危ない、戦いだった。


「銃、なのか」


「ああ。こいつは剣士なんかじゃない。……『ギルド・ソードマスター』を乗っ取りに来た、『チャンピオンギャング』の一員だ」


 レオは何をするでもなく、シルバードを見ていた。きっと今、レオの中では色々な感情が動いているのだろう。……何と言っても、元・上司だからな。


 それにしても、ゴーグルが欲しい。砂埃で見えなくなる戦闘はもうごめんだ。


「ちょ、ちょっと。……あんた、シルバードさんになんてことを……」


 ベティーナが顔を青くして、がたがたと震えていた。……何だ? シルバードの事を、そんなに気に掛けていたのだろうか。と思っていると、ベティーナは俺の手を引いた。……座って休むくらいさせて欲しい。


「い、今すぐここから離れるわよ!! こんな所で死ぬなんて、冗談じゃないわ!!」


「何言ってんだよ。……今、問題の奴は倒しただろ」


 ベティーナは叫ぶように言っていた。すごい剣幕だ……少し、目尻に涙まで滲んでいる。ベティーナが言っている事の意味が分からず、俺もレオも、ササナも途方に暮れていた――……


 ――――その時だった。


 奇妙な音がした。超音波か、それとも金属の擦れ合う音なのか、とにかく不快な、聞いていると頭がおかしくなりそうな音だ。俺達は全員、その場に何が起こっているのかを確認しようと、辺りを見回した。


 変化は、すぐ近くで起こった。


 俺達の居る横の地面、民家一つ分程度の領域が光り始めたのだ。


 円形で、白い光を放っている……これは、なんだ? 魔法公式の種類からすれば、転移系のような気はするけど……


 転移系?


「くっ……くはははは……終わりだ……お前達は……もう……」


 黒焦げになったシルバードが、不快な笑みを浮かべた。レオが眉根を寄せて剣を握り、ササナはターバンを外して人魚の姿になり、ベティーナは全身を隠すためか、ポチの影に隠れた。


 俺は立ち上がり、その光の様子を見た。リュックの重みが左肩に響くが、文句を言っている場合じゃない。


 何か、良くない事が起ころうとしている。それくらい、俺にだって分かる。


「愚かなり…………弱者よ」


 初めに聞こえたのは、声。野太い男の声だ。獰猛な野獣のようで、しかし冷静さを失わない。そう、一番相手にするとまずいタイプの。


 王者の風格、とでも言うべきか。やがて光の中にもう一つ、形を伴う光が現れる。それは球体状のものだった。どこかで見たことがある形だ。


 初めに思った通りだ。こんな規模のものは見たことがないが、『転移』の魔法公式を使って移動してくる。……どこからだ? それは分からない。


 …………ああ、そうだ。これは、スカイガーデン跡地でも見た。


 光が治まると共に、銀色の艶のある体表が現れた。縦に線が入っていて、中央には宝石のように真っ赤な――――しかし、その大きさはとてつもない。民家一つ分程の巨大な球体に、俺のリュックと同じくらいのサイズはある、大きな赤い宝石がはめられていた。


 その巨体を見上げる。物体は動いている。


 何と表現したら良いのか、その銀色のボール…………の上に、立っている人物が居た。年齢はどのくらいだろう、中年だが――……


 オールバックにした、黒い髪。眉は凛々しく、屈強な身体だった。しかし、その風貌はお世辞にも性格が良いとは言えなさそうなものだった。


 両手のほぼ全てに装備された、大小様々な指輪。紫色の、戦闘装束とも言い難い服。アレは何だっけ、富裕層の人間が着るやつで、……あー、思い出せない。


 とにかく、男はそんな格好をしていた。黒焦げのシルバード・ラルフレッドを見ると、苦笑して肩を竦めてみせた。


「おお、シルバード。死んでしまうとは情けない」


 …………どっかで聞いたような台詞だった。


「父上ェ……こいつを……こいつを、殺してください……」


 涙ながらに、懇願するシルバード。父上……? ということは、こいつがシルバード・ラルフレッドの父親……!?


『ギルド・チャンピオンギャング』の親玉、ゴールバード・ラルフレッドか!?


 ベティーナがどうして恐怖しているのか、俺にも分かった。この圧倒的な威圧感を放つ男は、シルバードの親であり、裏ギルドの元・ギルドリーダー。そいつがここに現れたとすれば、結果は一つしかない。


 関わっている、ということだ。


 この目の前にいる元ギルドリーダーが、『消えたリンガデム』の謎に。


「私は悲しいぞ、息子よ。折角お前を『ギルド・ソードマスター』のギルドリーダーにしてやり、望むものは何でも与え、成功するチャンスをやったというのに」


 まるで悲しんでいる雰囲気ではなかった。……それどころか、嘲笑していた。明らかに。


 これが、父親のする顔なのか。虫か何かを見るかのような目。そしてそれを、遊んでやろうという意思。そのようなものが、伝わってくる。


「それは……この、男が……邪魔を……」


 シルバードの言い訳に、ゴールバードは目を閉じて、首を振った。


「お前には全て与えた。期待したのだ。時が満ちるその時までに、お前が大層な活躍をしてくれると」


 銀色のでかいボール、その中心に嵌まっている宝石が、シルバードの方を向いた。なんだ……? 横の体表がスライドして開き、中からロープみたいな、銀色の何かが現れた。その先端には三つの突起が付いていて、何かを掴むような動作をした――……


 ……これ、腕、か? ボールから伸びた腕が、シルバードを掴んだ。シルバードは蒼白になり、驚愕の表情でゴールバードを見詰めている。


「父上? 何を考えて……」


「まあいい」


 瞬間、巨大な物体の宝石がある、更に下辺りが割れるように開いた。その中は暗くてよく分からなかったが、無数の牙のようなものが微かに見えた。


 一瞬だったのだ。その巨大な物体は、開いてすぐに閉じた。


 目の前に居た、シルバードが消えた瞬間だった。


「あっ」


『口』、だ。間違いない。このボール、口と腕を持っている……ということは、先端の大きな宝石。あれは一つだが、『目』なのだろうか。本人の呟きが、一瞬にして口の中に吸い込まれた。


 おい……なんだ、これ。……俺は今、一体何を見ているんだ。


 誰もが、驚愕に目を見開いた。その場に固まり、身動きが取れなくなった。


「ぎゃああああッ――……」


 聞こえたのは、シルバードの叫びだったのかどうか。途中でそれさえも、不自然に途切れた。ゴリゴリ、と何かをすり潰すような音が聞こえる。あの巨大な物体の中で、何かが――――おそらく、『顎』のようなものが、動いている。


 ……異様だ。人間が生身のまま、骨を砕かれている。あまりにも悍ましい音に、ベティーナが腰を抜かしてへたり込んだ。


 ゴールバード・ラルフレッドは、笑顔のままで軽く首を振ると、初めて俺に目を向けた。


 瞬間、全身の毛という毛が奮い立つ。俺は、目を見開いた。


 ――――恐怖しているのか。


 この、男に。


「失礼。見苦しい所を見せてしまったね、ラッツ君。君のことは、トーマスからよく聞いているよ。私は『ゴールバード・ラルフレッド』。今死んだクズの父親であり、治安保護機関の――――現、トップだ」


 俺は今、何を言われているのか。頭は回転せず、ただ垂れ流すように聞いていた。


 冷たい。……テイガ・バーンズキッドとは明らかに違う、冷たい眼。人を殺す事について躊躇していない、とかじゃない。


 人間を利用し、喰う為だけに存在しているかのような、狩りの眼だった。


「おや、この場所に相応しくない者が居るな」


「ひっ!!」


 反応したのは、ベティーナだ。がたがたと震えて、最早立つこともままならないようだった。ゴールバード・ラルフレッドはベティーナを一瞥すると、唇を結んで、無表情に問い掛けた。


 無表情になるのか。笑う事も、怒る事もしない。それが、ゴールバードに迫力を与えていた。


「ベティーナ・ルーズ。お前は今、セントラル大監獄でラッツ・リチャードを捕らえている筈だが――――こんな所で何をしている? 言え」


 ベティーナは涙をぼろぼろと流し、失禁していた。ゴールバードから逃げるように、這いずって下がる……分かっているのだろう。自分が失敗したことに。


 そして、こんな所で俺の手駒になっていることも。


 歯をがちがちと震わせて、ベティーナはどうにか、反論しようとしていた。


「あっ、……あのっ、……わっ、たし、はっ」


 だが、その発されかけた言葉は、ゴールバードによって遮られた。今度はベティーナを威圧するような瞳で、しかしやはり怒らず。


 ゴールバードは、言った。


「――――『スラムの雌狐』に戻るか? 但し、今度は動かない狐だが」


 親玉の上には、更なる親玉が居るもんだ。セントラル・シティは、とっくにおかしくなっていたんだ。


 何故? 一体いつから、『治安保護機関のトップ』と、『裏ギルドの元ギルドリーダー』はイコールになった? 俺がアカデミーから出た時には、既にそうなっていたのか?


 ざけんな…………!!


「どうしよう、ベティーナ・ルーズ。不覚にも、どこかのクズのせいで『リンガデム・シティ』で殺しておかなければならない相手を生かしてしまった。この尻拭いをお前が出来るなら、助けてやらない事もないんだが……」


 ベティーナは一瞬、雷に撃たれたかのように背筋を伸ばした。そして、この場に居る俺達を順々に見詰める。


 ……三体一だ。話にならない。どんなに速く詠唱が出来ようが、前衛の居ない『魔法使い』じゃ――……俺一人だって、ベティーナの相手は出来るだろう。まして、杖は俺が持っているんだ。


 恐れるな。


 全身が猛る。恐怖に飲み込まれた時にどうなってしまうのかは、もう嫌というほど味わったじゃないか。


 先住民族、マウロの遺跡。


 同じ事を繰り返すのか?


 ――――いや。


 歯を食い縛り、顎を引く。俺はベティーナの前に立ち、ゴールバードと向き合った。


「乗せられるな、ベティーナ」


 全身に、魔力を。<魔力融合マテリアル・フュージョン>を展開し、俺は言った。


「お前を仲間に入れてやる。……だから、絶対に乗せられるな」


 こいつはきっと、抗えずに敗れていくベティーナが見たいだけなのだろう。……俺に向かって殺すだの何だの言っていたが、結局のところベティーナは、ビビリだ。人が殺せるような奴じゃない。


 だから、分かってる。


 誰かが守ってやらないと駄目だ。ゴールバードの所に居ても、いつかこいつは死ぬ。


「ラッツ」


 ベティーナは、目の前の俺を見上げた。そのぐちゃぐちゃの表情を、一瞥した。


 自分に言い聞かせる意味も含めて、俺ははっきりと、言ってやる。


「協力するなら、必ず守る。……いいか、必ずだ。忘れるな」


 そう。


 約束だ。


 ゴールバードはやれやれ、といった様子で溜め息をついた。僅かに、その身体が透き通っていく。


 ――――思い出し草だ。


「まあいい……良い実験台だ。『異例の初心者』に『剣士』、『魔法使い』、それから『マーメイド』だな。戦おうという輩が居なかったから、丁度良い。――――行け」


 その時、俺の耳が確かであったなら、俺は信じられない台詞を、ゴールバードから聞いた。耳から頭に落ちてきて、その単語の意味を理解する事を、身体は拒絶していたのかもしれない。


 何に対して、だろうか。人間界に来てから、ずっと姿が見えなかったから、だろうか。セントラル大監獄に来た時も、助けに現れなかったからだろうか。


 もしかしたら、そんな予感がしていたから、だろうか。




「――――――――弐号機。『ロイス・クレイユ』」




 ゴールバード・ラルフレッドは消えた。転移の光に包まれて、その場に残されているのは俺達と、その『ロイス・クレイユ』と呼ばれた化物は巨大な一つ目を、俺達に向けた。


 それはつまり、俺達にターゲットを定めた、という事だったのだろう。一度捕まれば、シルバードのように『口』が現れ、俺達をすり潰すだろう。


 それがどうした。


 俺はリュックから鈍器を取り出した。全身が奮い立ち、瞳孔が開く。


 気が付けば、俺は歯茎を剥き出しにして叫んでいた。


「ゴールバードォォォォ――――――――!!」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ