E76 新たな活路! 計画表現(プランニング・スタイル)!
変則的な魔法公式。俺は自身の足下ではなく、俺の背後、そして両脇に魔法陣を展開した。シルバードに押され、この二つの魔法陣の線上まで下がるという想定だ。
これはフルリュも見せた遠隔魔法の手段で、魔法陣を自身の足下以外に設置することで、そこから魔法を放つことが出来るというものだ。
但し当然自分から離れる訳だから、魔力の消費は増え、魔法の威力は弱くなる。フルリュのように強大な魔力を持つ者でなければ、遠隔魔法など殆ど意味を持たない。
シルバードはせせら笑うかのように、剣を構えて突進してきた。
「ははは!! そんな虫ケラみたいな魔力で何が出来るって言うんだ!?」
だが、俺はシルバードに向かって、不敵な笑みを浮かべた。
気付いていないんだろう。俺如きの魔力の持ち主が、魔法陣を描くタイプの魔法を『瞬時に』発動させたことに。少ない魔力の持ち主なら、魔法陣を描くタイプのスキルを使うには、それなりの時間が掛かる。今の俺は、<マジックオーラ>すら使ってないんだ。魔力ベースの魔法陣なんて所に、本来は魔力を割ける訳がない。
上に立つと、細部は見えないってね……!!
俺はリュックから長剣を取り出し、構えた。
「おらおらおら!! 剣士に剣で勝てるなら勝ってみろ!!」
シルバードの斬撃が、俺を襲う。一撃が重い、少し気を抜けばすぐに腕なり足なり持って行かれそうだ。上段から一発、掬い上げの二発。技などなくても、剣同士の撃ち合いでは勝てる見込みはない。
だが、耐えろ。シルバードが本気で俺を狩りに来る一撃、その瞬間を。
「ムカつくんだよ、正義を気取りやがって!! それでフィーナの心を落としたつもりか、ああ!? ギルドにすら入れなかった弱小が!!」
挑発には乗らない。俺に隙を作らせよう、という魂胆なのだろうが、見え見えの戦略だ。ベティーナなら、もう少しどうしようもなく腹が立つ文句を思い付くのかもしれないな。
押されながら、俺の腕に傷が付いていく。せっかく買ったジャケットが切れていくが、そんな事より自分の身が問題だ。かすり傷を作りながら、俺はひたすらに待った。
ガードできているのが、奴の攻撃が致命傷を狙っていない何よりの証拠だ。あと少し……!!
「世界を支配するに相応しい人間はな、お前のように失敗などしない!! 最初から成功するように、生きる道筋を立てて行くんだよ!! それが俺とお前の差だ!!」
大きく打ち込まれ、俺は受け止め切れず、体勢を崩して後ろに滑った。
「死ね!! <ギガントブレイド>!!」
シルバードが、大きく跳躍してくる――――
「興味ねえっつってんだよ!!」
今だ。
「<ソニックブレイド>!!」
放たれた疾風の攻撃は、シルバードから逃げるために使われた。<ソニックブレイド>のスピードを利用して、シルバードから大きく距離を離す。
そう動けば、シルバードは俺を追い掛けて、遠距離攻撃の<ウェイブ・ブレイド>を放つだろう。
「そんなもので避けられるか!! <ウェイブ・ブレ>――――」
シルバードは今頃、絶句して固まっている事だろう。
<ソニックブレイド>を使用した筈の、俺の身体。気付けば全く同じモーションで、横から斬り掛かっていたのだから。
これこそが、俺の放った<計画表現>。その真価だ。
シルバードは堪らず、一度は振り被った長剣を仕切り直し、盾のように構えた。俺は一筋の光を<ソニックブレイド>の軌道に残し、シルバードを通り抜ける。
シルバードから、笑みが消えた。
俺の両脇に放った魔法陣は、二つ。それがどういう事か、理解したのだろう。
基礎スキルの<ソニックブレイド>と言っても、攻撃中の速度は<キャットステップ>を踏んだローグを上回る。その点においてのみ、上級スキルの<ヘビーブレイド><ギガントブレイド>よりも優れているのだ。まあ、それに伴うだけの威力は無いのだけれど。
抜かったな、シルバード・ラルフレッド。
初心者として生きてきた俺を、他の職業との戦いに当て嵌める事はできない。
「――――<反射>!!」
二度目の剣撃は、確実にシルバードの装甲を通して、打撃を与えた。流石に<ソニックブレイド>如きでは、治安保護機関の鎧を一撃で破る事は出来ないが。それでも、度肝を抜いたというのが大きい。
案の定、シルバードはその場に固まり、身動きが取れないようだった。シルバードの脇を通り抜け、その左指に僅かな傷を付けた。
今がタイミングだ。俺は両手に魔力を展開。お決まりの魔法を使えるタイミングを、待っていた。
「<ホワイトニング>!! <キャットウォーク>!!」
移動速度、物理攻撃・防御力の上昇。これで近接戦闘として、申し分ない威力を発揮することはできるだろう。次はその、治安保護機関の装甲を――――抜ける。
油断はしない。長剣をリュックに戻し、俺は弓を取り出した。<ソニックブレイド>のモーション終了と同時に、通り道に魔法陣を展開する。
シルバードはぎらりと鋭い眼光を向け、歯を食い縛った。
「カスみたいな攻撃で…………この僕に…………何をしたァ――――!!」
さあ、どんどん強くなるぜ。俺は唇を真一文字に結び、弓を放つ。
「<レッド・アロー>!!」
放たれた炎の矢は、<反射>の魔法陣にぶつかることで、ノーモーションで軌道を変える。変則的に動く矢がシルバードに当たる瞬間を特定する事は困難だ。
俺は全身の魔力を高め、大地の魔力をより強く吸い上げる。
「<マジックオーラ>」
囲うように放たれた<レッド・アロー>を無視する訳にもいかないだろう。シルバードは剣を合わせ、俺の放った<レッド・アロー>を斬り落とそうとしていた。
物理攻撃を落とすなら、<パリィ>だろう。<レッド・アロー>はシルバード目掛け、ついにその軌道を特定する。
「<パリィ>――――」
俺は、右手の指を鳴らした。
「<強化爆撃>!!」
瞬間、放たれた<レッド・アロー>は勢い良く爆発する。以前<強化爆撃>をシルバードに向けた時に、<マジックスラッシュ>を使って斬り落とされた事があった。あの時に、ピンと来たのだ。
俺の<パリィ>は物理攻撃を受け流すスキル。なら、上級の剣士には魔法攻撃を受け流すスキルがあってもいい。
わざわざ、防御のスキルが二種類もある、ということはだ。直前に切り替える事は出来ない、って事だろ。
爆風が草原に生まれる。ゴーグルの無い俺は左手で目を覆い、次の一手を予想した。……テイガの情報によれば、こいつはソードマスターなんかじゃない。『ギルド・チャンピオンギャング』の一人なんだ。
なら、こんなもので終わりにはならない。どこかで必ず、『チャンピオンギャング』としての戦闘を始める筈だ。
俺は魔法陣を、シルバードを囲うように配置した。リュックに弓を戻して短剣を取り出し、両手に構えてタイミングを待つ。狙いは一瞬。そして、外せば俺にガードという選択肢はない。
それはつまり、破滅を意味する。
「<ウェイブ・ブレイド>!!」
来た。
シルバードの波動を伴う斬撃攻撃に、俺は短剣を合わせた。<ウェイブ・ブレイド>程度の重みなら、俺でも<パリィ>を使ってガードすることが出来る。
二本の短剣をクロスさせて、衝撃に備えた――――重い!!
「くっ……!! <パリィ>ッ……!!」
それでもどうにか、斬撃を上に逸らせる。物理攻撃とはいえ、所詮こいつも魔力の塊。受け流してしまえば霧散する。問題は、次の攻撃が何か、だ。<ギガントブレイド>か、それとも他の何かか……
煙の中から、シルバードが現れた。余裕な表情など、もう何処にも無い。焼け焦げた肌、裂けた口から血を流し、シルバードは歯を食い縛り、俺へと距離を詰めてきた。
刹那とも言える、短い時間。その一瞬に、シルバードは笑う。
俺は、目を見開いた。
こいつ、剣を持ってない――――――――!!
「死ね、ラッツ!!」
黒光りする、小さな武器。俺は、その武器を知っている。
クロスした短剣に左手のそれを引っ掛け、俺の短剣は上へと弾き飛ばされた。二丁に構えられた、あれは――――銃だ。弓よりも扱い易く、弓よりも近中距離の狙撃に優れ、モーションが少なく、威力は高い武器。
魔力を込めた攻撃が出来ないため、弓よりも低ランクと称されていた。
聞いたことがある。『ギルド・チャンピオンギャング』は、ついに銃の弾に魔力を込める事に、成功したと――……
俺は吹き飛んだ身体を、全力で捻る。同時に、シルバードの上を指差した。
「<フレイム・ラピッド>!!」
シルバードの撃った弾は、俺の左肩に命中した。鉛球がめり込む痛みに、顔を顰めた。――だが、まだ耐えられ――
「――――えっ?」
俺の左肩から、チッ、という、嫌な音がした。
次に見えたのは、閃光。シルバードの厭らしい笑みが、光に押し潰されていく。同時に、左肩が焼け焦げる痛みと共に、発火した。
爆発したのだと気付いた時には、俺の意識は一瞬だけ遠くを彷徨った。数メートル程も吹っ飛び、俺は再びシルバードの顔を目にする。
嬉しそうな顔をしてやがる。俺が死んでいようが死んでいまいが、動けなくなるまで撃てば良いと思っているんだろう。
俺は、シルバードを睨み付け。反動を受けている左肩の代わりに、右手を前に突き出した。
今、こいつは勝ったと思っているだろう。剣士としての誇りである剣を捨て、『チャンピオンギャング』の十八番、二丁拳銃を取り出した事で、勝ちを確信しただろう。
中距離以下の、剣は届かず弓は扱い辛く、魔法は襲い位置で狙撃を狙えば、もう俺に勝機はないと。
「ハッハア――――!!」
俺は、不敵に笑い。
右手の親指を、しっかりと地に向けた。
甘えよ。
「づっ――――!?」
最初は、異音。シルバードが強く息を吹き出した事によるものだ。俺の心臓に向かって構えられた二丁拳銃は狙いを逸らし、地面へと発射された。
爆発に、一瞬だけシルバードの姿が消える。だがシルバードが俺から狙いを逸らしたことで、俺は歯を食い縛り、それでも笑みを浮かべた。
地面を転がる。転がりながらリュックに手を伸ばし、体勢を立て直して立ち上がる瞬間には、もう俺はスキルの準備に入っている。
「ギャアアアア――――!! 肩があァ――――!! 僕の肩がアアァァァ――――!!」
真上に弾き飛ばされた、二本の短剣。あれが落ちてくるまでには、本来まだ時間を必要とした筈だし、まして刺さる程の速度で落ちてくるなんて想像も出来なかっただろう。
シルバードに撃たれる直前、俺は奴の真上に<反射>の魔法陣を設置していた。反射された短剣は軌道を変え、シルバードの装甲を目指す。
ただ、装甲を目指す訳じゃない。可動域で隙間の空いている、肩当てと鎧の間を目指すのだ。
どうにか、狙いは当たってくれたらしい。
リュックから取り出したのは、ティロトゥルェで揃えた杖だ。人間界のものよりは、魔力の保有可能量が多い。俺は、大地の魔力を吸い上げる。<魔力融合>によって俺の魔力と融合し、それは新たな力となり、俺の攻撃を支援する。
「<限定表現>!!」
文句無しの、今の俺が出せる最大火力だ。<計画表現>は俺の制御の範囲を超えて、スキルに複雑な変化を付ける事が出来るが――――その反面、大地の魔力を攻撃に転換させることが出来ないという弱点があった。
魔法陣を描く事。そして、そのコントロールに俺の魔力を使うから、攻撃力の強化までは出来ないということ。本当はもう一つの変化形態があるけれど、それを見せる必要はない。
魔力を開放。瞬間的に放たれた魔力はエネルギーを持ち、魔法公式を通じて俺の得意な基礎スキルへと形を変える。
行け。
「<超>!!」
全力だ!!
「<イエローボルト>――――!!」
魔力を爆発させた<イエローボルト>は上空へと放たれ、間もなく地面を目指して落下した。避雷針となるのは――――先程シルバードに突き刺した、二本の短剣。肩がどうとか言っていたが、今度は傷付くなんてもんじゃ済まさねえぞ。
シルバードの目から、火花が飛んだ。落雷のように強大な電力はシルバードへと落下し、魔力によって持続。ただの<イエローボルト>でないことは、とっくに分かっているだろう。
いや、もう分かっていないかもしれないが。
「ギャアアアアァァァァァ――――――――!!」
断末魔の叫びが、シルバードの口から漏れた。爆発した左肩を抑える――幾らかは弾け飛んだか。治すのには、少し時間が掛かりそうだ。一応、応急処置はしておこう。
「<ヒール>」
俺は自身に治癒魔法を掛けながら、シルバード・ラルフレッドの様子を見ていた。
それは、数分の時だっただろうか。もしかしたら、数秒だったのかもしれない。だが、俺にとってはシルバードの叫びは、まるで拷問に苦しむ囚人のように、長いものに聞こえた。
黒焦げになって、前のめりに倒れる。
その頃には、草原に響いていた戦闘の音など消えていた。
自分の息遣いが、大きく聞こえる。静寂に包まれる中、草原に立つ者は一人。それが互いの勝敗を決したのだという事実。
「…………いらねえんだよ、成功への道筋なんて。失敗もできない人生なんざ、面白くもなんともねえ」
俺は、ただそれを噛み締めていた。
「往生しろよ、シルバード・ラルフレッド。俺はもう、あんたを『プロ』とは認めない」




