E75 黒幕、シルバード・ラルフレッド
実際に近付いて行くと、はっきりとその宝石に見覚えがあることが分かった。嘗て俺がエンドレスウォールと戦い、そして手に入れたもの。『ゴールデンクリスタル』だ。
偶然か……? いや、偶然であんなアイテムがこの場所にあるものだろうか。結構レアなアイテムの筈だけど……。俺は地上に近付くにつれてポチから降り、その現物を確認した。
ゴールデンクリスタルが配置されているのは、四つのリンガデムから考えると、ほぼ中央。ただの宝石かと思われたゴールデンクリスタルは輝きを増し、自分自身で光っているように見えた。
「これは……ラッツが持ってたアレか?」
「分からん。……でも、『エンドレスウォール』ってそう簡単にやられるダンジョンマスターじゃないだろ?」
「そりゃあ。聞いたこと無いぜ、わざわざあんなドロップの悪いダンジョンに潜って、わざわざダンジョンマスターだけ倒しに行く奴」
だろうな。俺だって、特別な理由が無ければ二度と潜らないだろう。
山頂に居る『エンドレスウォール』と周りの魔物のレベル差が激しい事と、ドロップが寂しい事から、『嘆きの山』に登る奴ってのは殆ど居ない。精々手に入れたとしても、このゴールデンクリスタルが良いとこだ。
だが、このゴールデンクリスタルの最大のネックは、魔導宝石以外に利用価値がなく、一部の魔法使い相手にしか売れないというデメリットも兼ね備えている。
だから俺は、杖に加工して売り飛ばそうとしていた訳だし。自分で使う意味もなかった。
「なんか、光ってるな……」
「これは、魔力反応とも違いそうだな。見たことない……なんだ……?」
手をかざすと、じんわりと熱を持っている。魔力の反応は、やっぱり見られない……なんとも奇妙だ。ササナとベティーナも降りてくると、ササナは眉をひそめて、地面を指さした。
「ラッツ…………それ…………」
それ?
言われた通りに、地面を見る。だだっ広い草原に、これは……緑色の……糸? いや、糸にしては太すぎる。縄のような……あっ。
「しまった、そういうことか!」
緑色の線を掴んで持ち上げると、その下には線が描かれていた。緑色の線はどこまでも続いている。俺は立ち上がり、辺りを見回した。
よく見てみれば、緑色の線はこの草原一帯を包み込んでいるように見える。上空からは色が同じだったから、目立たなかった。つまり、そういうことなのだろう。一応念の為、俺は緑色の線を追い掛け、草原を走った。
やはり、間違いない。
「ラッツ?」
「分かったよ。こいつは――――魔法陣だ」
ベースになっているのは、<ハイドボディ>か? それとも、<マークテレポート>か? 姿を隠すだけなら、歩けば建物にぶつかってしまう筈だ。<ハイドボディ>はその姿を透明にするだけのものであって、完全に消してしまう事は出来ない。
ということは、考えられることは。
「このゴールデンクリスタルについては、よく分からないけど……この地面一帯は、別の場所と入れ替わっている」
「入れ替わっている? ……魔法陣によって、か?」
「多分な。確証はないけど……」
何か、引っ掛かる部分があるんだよな。どことなく空気の違う空間、ここだけ光の当たっている場所が違うかのような。
……いや、待てよ。それって、他の場所でも見たことがある。
「本当に、ここに来たね。やっぱり、父上は偉大だ」
声は、背後から聞こえた。聞き覚えのある声には棘があり、なんとも俺を不快な気分にさせる。
低く落ち着いているようで、どことなく不安を覚える声。上辺だけで、本当には信じられない人間であると主張しているかのような雰囲気。思えば、ギルド・ソードマスターでギルドリーダーをやっていた時から、こいつには不審な点が多かった。
「…………よう。久しいな」
「監獄を抜けたと聞いてね。よく、あのダンジョンから抜けられたものだ。僕も一人では厳しい」
それは、レオが協力してくれたからな。俺一人では、テイガが言うように非道な振る舞いでもしなければ、脱出は困難を極めただろう。
俺を追い掛けていた筈のシルバードが、何故かここに居る。そして、嘘のようにここに立ててある『ゴールデンクリスタル』。
俺はある、一つの予測を立てた。
ダンド・フォードギアのことは、こいつの手落ちであることは間違いない。それなのに、この男はダンドを追放しただけで、自分は特に罪を負わなかった。
あの時は俺が成りたての冒険者だったから、特に疑問も無くやり込められてしまった。……つまり、それが『こいつの手口』なのではないか。
俺は振り返り、その、七光りの馬鹿息子を見た。
「ひとつ、聞くが。間違っていたらすまないな。……これは、俺の『ゴールデンクリスタル』だな?」
シルバード・ラルフレッド。
もしかしてこいつは、とんだペテンなのではないか。
「ん? 何の話かな?」
サウス・マウンテンサイドで、シルバードは俺を追い掛けなかった。あれだけ『フィーナの事で恨んでいる』と言っていた筈のシルバードが、『馬乗りに通報された』後に、俺を追い掛けなかった。
つまり初めから、フィーナの事は大した問題ではなかった。あれはシルバードの演技で――――恨んでいるという印象を与えることで、『ゴールデンクリスタル』の事を忘れさせるためか?
或いは、俺に罪悪感を植え付けようとした。何故か? ……俺に、『シルバード・ラルフレッドは悪くない』と思わせるためか?
エンドレスウォールの一件以降、一年間も消えていた俺に、保険を掛けて来やがったのか。
今思えば、あれは大袈裟過ぎる。『雰囲気の良いギルドリーダー』の態度ではない。
怖かったんじゃないか。
『シルバード・ラルフレッドが、俺からゴールデンクリスタルを奪った』と噂されることが。
「さあ、何のことやら」
「何の為に、こんな事をした?」
「君が何を言っているのか、僕にはさっぱり分からないよ」
ということは、もっと前だ――――事態は、もっと前から起こっている。こいつの計画は、俺がゴールデンクリスタルを手に入れる瞬間まで遡る。
おかしな話だ。フィーナのことで俺に嫉妬したから、俺からゴールデンクリスタルを奪った? いやいや、そんな訳ないだろ。もしもシルバードが本当に俺とフィーナの事を気にしていたんだったら、ダンド・フォードギアの件は俺よりも早く気付いていい。
点と点は繋がり、やがて綻び始め、俺にある一つの、決定的な予測をさせた。
こいつの不審点。
俺には見えなかった、俺の管轄外で行われた不正。
何故、気付かなかったのか。……俺がシルバード・ラルフレッドと接触した回数が、あまりに少な過ぎたせいだ。
思い返せば、何かがおかしい。レオは酒場で俺と出会った時に、『ダンド・フォードギアと闘って来た』と言った。ボコボコにやられて、傷を作っていたレオ。その姿で、ギルドを辞めると宣言しに行った筈のレオ。
おかしいだろ。
レオが『ギルド・ソードマスター』を辞めると宣言するためには、必ずこいつにダンドの話が通っていないといけないんだぞ。
「ダンド・フォードギアに『ゴールデンクリスタル』を手に入れる作戦を立てさせたのは――――お前だな?」
俺の背後で、レオが小さく呟いた。あまりに予想外の一言だったのだろう。
即ち、どういう理由でレオが辞めたのかを、こいつは知っていた。知っていて、スルーしたんだ。ということは、ダンド・フォードギアが裏で何をやっていたのかも、こいつは知っていたということになる。
それなら、話に合点がいく。シルバード・ラルフレッドにとって、想定外だったんだ。
たかが初心者に一端のソードマスターが破れ――――俺が、『ゴールデンクリスタル』を手に入れるシナリオは。
だから一度だけ、無茶をした。
ここ、一度だけ。
シルバードは片眉を吊り上げて、胸を張った。
「その件はすまなかったね。君の大切なお友達を、危険な目に遭わせてしまって」
「答えろ。……ダンド・フォードギアは、お前から命じられた様子じゃなかった。自分の意思でゴールデンクリスタルを手に入れようとしていた。……何か、吹き込んだんだろ?」
「さあ。知らないね」
「ばっくれてんじゃねえよ!! お前はダンドが何をしていたか、知ってただろうが!!」
シルバードは初めて、俺を挑発するような笑みを浮かべた。今までのシルバードからすれば考えられない、残虐で狡猾な笑み。それは俺を含む周りの人間を震え上がらせ、その恐怖はシルバードが剣を抜く事と同時に実感へと変わる。
だが、俺は前に出た。シルバードから仲間を隠すように、大きく一歩、前へ。
シルバードは儚げな表情になって、腕を組んで俺を見た。
「――――ああ。君とフィーナがスカイガーデンに行く時に一緒だった、『ロイス・クレイユ』がどうなったのか。それが分からないから、気を病んでいるのかい?」
直後、俺を嘲笑うかのように、シルバードは魔力を展開させた。重苦しい赤色のオーラが、シルバードから立ち昇る。これは、ギルド・ソードマスターのスキル、<チェンジビースト>だ。
「心配しなくても、もうじき君達の記憶から消えるだろうさ」
「てめえっ!!」
背後でレオが剣を抜く音が聞こえた。俺はそれを左手で制し、右手をリュックに伸ばした。
「よせ、レオ。こいつは俺がやる。レオを先頭に、この魔法陣を解く手掛かりを探ってくれ」
「ラッツ。こいつは、元、俺のギルドリーダーで」
遮るように、俺は言った。
「頼む。誰も邪魔するな」
小物と黒幕。例えるなら、そんな関係性。俺は、ダンド・フォードギアを倒した時点でソードマスターに問題はないと、そう思っていた。
何の事はない。誰かを傷付けて小銭を儲けようなんていう奴の上に、親玉が居たっていう話だ。
一年、掛かっちまったな。
「俺に、やらせてくれ」
レオは俺の事を見ているようだった。俺はレオに振り返る事はしない――気を抜けば、すぐにシルバードが隙を見て襲い掛かって来そうだからだ。頬にマーキングが入る……そうか。<チェンジビースト>って、宣言がトリガーになっていないんだったか。
「いやあ、想定外だった。上空から現れなければ、この場所はループして、誰の目にも留まらないようになっているからね。まさか本当に上から来るとは。……でも、残念だよ。この空間から一歩出れば、父上の部下が待っている。その先には死しかない」
俺も、戦闘の準備だ。右手を前に。全身に魔力を展開し、<魔力融合>によって、それをより重みのあるものへと変化させる。
ササナがベティーナを引き、レオの後を追い掛ける。……全員、離れた。何もない草原には、俺とシルバードの姿だけがある。
「そして、何処にも行かずとも、君達はここで死ぬのさ。僕の手によって、ね」
今は、付けるのみだ。
決着を。
「仮にも、僕はギルド・ソードマスターのギルドリーダーだった男だよ。君如きに勝てると思うのかい?」
「さあな。勝てるとか勝てないとか、んな事はどうでもいい」
シルバードの剣が構えられる。俺は、何を出そうか。剣か? 弓か? 鈍器でもいい。選択肢は幾らでもある。手札も――……正真正銘、俺とシルバードの全力のぶつかり合いだ。
一瞬の油断が命取りだ。気を抜けば、やられる。
「フィーナを連れて世界を支配するのは、僕と父上だよ」
その言葉が、トリガーになったのかもしれない。俺は限界まで溜め込んだ魔力を展開、魔法公式を思い描いた。
「興味ねえよ!!」
フルリュが居たら、余裕になっただろうか。……いや、<重複表現>は、フルリュの魔力を使ってしまうというデメリットもある。際限なく強くなる事ができるようで、そうはいかない。三段階までが限度で、先はない。
何より、フルリュ自身が弱点になり得る。フルリュを守り、戦わなければならない。
俺がこれ以上強くなろうと思ったら、頭を使うしかなかった。
シルバードが走り、一瞬にして俺へと詰め寄ってくる――――<ホワイトニング>か? <キャットウォーク>か? いや、そんな時間はない。一対一の戦闘においては、付与魔法の手順さえ命取りに成り兼ねない。
相手はいつだって、俺の隙を探しているんだ。
俺はシルバードの剣を受けることができない。だから、取り出したのは鈍器だ。刃こぼれの心配のない武器で、使うのは防御の一手。
残像が見える程の速度で突っ込んで来たシルバードの一閃。横薙ぎによる攻撃を鈍器で受けると同時に俺は跳び上がり、シルバードの裏へと回る。
……できる、筈だ。付与魔法なんて無い状態でも、今の俺なら。
「蚊が飛んでいるようだよ!!」
振り返り際に放たれた、シルバードの重い一撃。――――思い出せ。パワーなら、俺がキュートと居たダンジョンで戦った『ユニゴリラ』の方が高い。
タイミングさえ合えば、一撃でやられる程に重い攻撃だって、俺は受け止める事ができるんだ。
「<インパクトスイング>!!」
頭から落ちる瞬間の俺。中央に構えた鈍器と、シルバードの長剣が衝突する。
こいつは剣士だ。間違っても鈍器相手に刃こぼれなんかしない――――鈍器を盾のようにして使われれば、こいつは力を抜いて通り抜けるしかない。
或いは、もう一つの手段。
「<ギガントブレイド>!!」
――――そう。そこまで読み切らなければ、俺の防御は破られていただろう。
俺は剣を防御した時点で鈍器を手から離し、地面に手を突いて勢い良く弾いた。落下中の俺の身体に、縦方向の回転が加わる。高速で回転する風車の如く、生み出された速度を火力に変えて、俺は『剣を受け止めた鈍器』に向かって、右脚を振るった。
「<飛弾脚>!!」
<ギガントブレイド>は、本来宣言をしてから斬り掛かるものだ。何故なら発動までに一瞬ではあるが、魔力を充填する溜めが存在するからだ。
だから無い、と決め付けるのは愚の骨頂。鈍器を押し返そうと思ったら、使って来る事も視野に入れていた。
鈍器を蹴り付けるが、<飛弾脚>では<ギガントブレイド>の威力に敵わない。斬り付けられた方向に自ら吹っ飛び、きりもみ状態で回転して草原に着地する。衝撃で地面を滑るが、気にしてはいられない。
「さあ、チェックメイトだ!!」
鈍器を手放したから、次は受けられないと思うだろうか。シルバードと距離が離れた、今だけが魔法発動のチャンスだ。
今こそ、編み出した新技を使うべきだ。俺は両手を広げ、真横に腕を伸ばし、手のひらを外に向けた。
――――さあ、芸人ラッツの本領発揮だ。
「そうでもないぜ? ――――<計画表現>!!」




