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超・初心者(スーパービギナー)の手引き  作者: くらげマシンガン
第四章 初心者と高飛車魔法使いと消えた街の秘密
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E73 テイガ・バーンズキッドとの再会

 少し見下ろせば、すぐにイースト・リヒテンブルクが見える。懐かしいコロシアムを遥か上空から見下ろし、俺はタイミングを窺っていた。


 ドラゴンのポチは俺には操縦させて貰えなかったが、俺にはフルリュが居る。


 フルリュといえば、目覚めた後にベティーナを発見した時の顔が忘れられない。まるで思考が麻痺したかのように、俺とベティーナを交互に見続けていた。想像の範疇に無かったのだろう。


 事情を説明するとフルリュはすんなりと納得してくれたようで、両手を合わせて嬉しそうにしていたが。


 …………何やら「ついに私にもお仲間が出来たのですね!」などと言っていたが、気にしない事にしておく。


 フルリュの背中に捕まって、島を降りる事十五分。リヒテンブルクは人がそれなりに多いから、目立たずに行動することが難しい――……当然俺がベティーナを連れてセントラル大監獄から逃亡したという話は通じているだろうし、警戒しなければな。


 人目を避けて少々遠回りをして、俺はリヒテンブルク近くの森に降り立った。フルリュもササナに教えて貰った魔法を使い、ハーピィから金髪美女へと変貌する。


「……しかし、日時も指定しないでスカイガーデン跡地の前で集合なんてな。あいつ、暫くはここに居るってことなのかな」


「あいつ、ですか?」


「ああいや、今日の待ち合わせのね」


 顔をサングラスで隠して、俺は整髪料を使ってオールバックにした。俺の写真はラフな格好のものしかアップされていないし、ジャケットの色も違う。以前から自分の姿を隠したい時にやっているのだが、これが意外と簡単には見付からないのだ。


 いかに人間が他人を抽象的に見ているか、という事がよく分かる。シルバードのように血眼になって俺を捜していれば、それは鉢合わせればすぐに見付かるだろうが――……まあ、そういう奴でも居なければ大丈夫。のはずだ。


 フルリュもいつかの茶色いローブを着て、フードを被った。まるでセントラル・シティでの出来事のようだが――――ここはリヒテンブルクである。海に向かっていくつも佇む、大きな風車が懐かしい。


 思い切って、街に入った。……やっぱり、俺を気にするような輩はいないな。


 ササナと来た時にあった出店などは、根こそぎ畳まれている。……静かなもんだ。アーチャートーナメントが開催されていなければ、ここはこんなにも静かになるのか。弓矢職人なんかも、今は室内で仕事をしているんだろう。


 ……でも、よく考えてみたらここにはパフィ・ノロップスターの運営する『ギルド・イーグルアーチャー』の本拠地がある。冒険者ギルドもあることだし、油断は禁物だ。


 どうにかして、俺が無罪放免であることが証明できれば。…………そもそも、化物の誕生理由が分からない事には、俺のせいなのかどうかも分からないけれど。


「…………へへ。ラッツ様」


 ふと、フルリュが俺の腕に顔を埋めて、頬擦りをした。


「ん? どした、フルリュ」


「いえ。……こうして二人で歩くのは、随分久しぶりだな、と思いまして」


 そういえば、フルリュと二人きりになるのは随分と久しぶりだ。キュートの一件以来か――ティロトゥルェでフルリュと出会って、キュートを連れ出してからはずっと三人だったからな。


 瞬間、フルリュの告白について思い出し、頬が熱くなる。…………いや、なんだかフルリュの様子を見ていると、どうにも恋人ではなく召使い的なポジションを希望しているらしい、ということは何となく分かって来たけれど――――あんな風にはっきりと、面と向かって「隣に置いてください」などと言われたのは初めてだ。


 ひっそりと、俺はフルリュの顔を盗み見た。


 エメラルドグリーンの瞳、長い睫毛。奇麗なのに存在を主張し過ぎない、金色の長髪。スタイルもいいし、何と言っても俺を立ててくれるし、優しいし、言うことなしだ。…………何故俺は、フルリュにいつまでも返答しないんだろうか。


 …………なんでだろうね。いつまでも待たせているのは悪いって、分かっているんだけど。


 不意に、フルリュと目が合った。途端に心臓が跳ね上がり、俺は目を逸らしてしまうが――……


「ラッツ様。……気を付けてください。一人、建物の陰からこちらを見ている者がいます。三つ先、武器屋の角です」


 すぐに、我に返った。…………シルバードか? 直接見る事はしないように、俺は辺りの様子を探った。俺を見ているのは、地味な格好にバンダナを巻いた、水色の髪の男――――テイガだ。


 本当に、俺がリヒテンブルクに来た事が分かったのか。……どうやって? それは分からないが、俺の方を見ているのはテイガ・バーンズキッドで間違いない。まさか、あいつに変装する奇特な輩は居ないだろう。


 俺が気付いた事に気付いたんだろう、僅かなモーションで奥を指差し、建物の陰から消えた。俺は真っ直ぐに、その場所を目指す。


「ラッツ様?」


「心配するな。……あいつが待ち合わせの奴だ」


 テイガの消えた建物に向かい、角を曲がる。一見、何も無い裏路地だが――……肝心のテイガが居ない。とうことは、何かあるはずだ。


 タスティカァでマジカジを探したときのように、辺りの模様に気を使いながら、裏路地を歩いた。…………ここだな。ドアノブもないが、まるで人が通るためにあるかのように、壁に僅かな線が入っている。……しかし、どうやって開けるんだ?


 少し、手で押してみる。すると、扉が内側に開いた。…………俺が押したからじゃない。テイガが内側から開けたんだ。扉を開いたテイガは、俺が来たことを確認して薄く笑みを浮かべる。


「まァ、入れよ」


 ……こんな所で、隠れていたのか。




 ○




 隠し扉を通過すると延々階段で、何度か曲がり角を曲がるうちに方向の感覚を失った。やがて俺達は、小さなベッドに丸テーブル、椅子が四つ、本棚が一つだけあるという、なんとも小さな部屋に到着した。


 中は薄暗く、テイガ以外に人間は居ない。テイガは他にも、各地に点々とこのような隠れ家を設けているらしい。フルリュはテイガの様子が明らかにおかしいからか、先程からびくびくと震えている。……まあ、こいつが常に発している威圧感は尋常じゃない。こうなっても仕方がないとは思う。


 テイガは俺達を椅子に座らせると、自身は向かい側に座り、両手の指を組んでテーブルに肘をついた。


「さて、それじゃあ始めようか……まず、こいつを返そう」


 テイガは懐から何かを抜き取って、俺に投げて寄越した。思わず俺はそれを受け取る――――これは、いつか失くした俺の財布じゃないか!?


「な、なんでこんなもんをお前が!?」


「俺ァ情報屋だ。情報を集めたい対象の奴がどこに行ったか、後を付いて調査する程度のことはするさ……最も、その卒業証書が今も冒険者バンクで利用可能かどうかは、俺にァ分からんがね」


 これは……ありがたい。俺は財布を開けて、中の紙幣を確認――……あれ? なんか、足りない? 俺が忘れているだけか……?


「あァ、因みに俺が拾った場合、発見者収入として五割頂く事にしている」


 五割って…………まあ、帰って来ただけマシか。こんなに小さいもの、一度人の訪れない場所で失くしたら普通は帰って来ないもんだからな。そのまま盗んだってバレないだろうに、変な所で律儀というのか、感覚が掴めないと言うのか……


 やはり、テイガ・バーンズキッドという男が何を考えているのか、俺にはよく分からない。


「それじゃあ、フィーナ・コフールについてだな。なに、境遇は『セントラル大監獄』に閉じ込められた俺達とさして変わらねえ。フィーナ・コフールの親父、ウォルテニア・コフールはまともに人としての生活が出来なくなったフィーナをセントラルから隔離して、今は『リンガデム・シティ』周辺のどこかに身を置いている、という話だ」


「どこかって……場所は分からないのか?」


 俺が問い掛けると、テイガは嗤った。


「俺を誰だと思ってる。……これまでの話は、セントラルでも噂されている話だ。セントラルを離れて一切の情報が隔離された場所。リンガデム・シティ、『ノース・リンガデム』の更に先だ。コフール家が攻略し、以降冒険者の入退室を管理していると噂の『流れ星と夜の塔』。その最上階で、執事のフォックス・シードネスと共に何者の目にも触れない生活をしている」


 ……流れ星と、夜の塔。フィーナの事があまり好きではないフルリュは、なんとも言えない顔をしていたが。とにかく、そこにフィーナは居るって事なのか。


 知らず、身が引き締まる。ダンジョンの最上階に隔離されているから、他の情報は一切入って来ない。……早く行って、安心させてやらないと。


「ところで、お前さんの言っていた『ロイス・クレイユ』の事を少し探ってみたんだが……」


「何か、掴めたのか!?」


 俺はテーブルから身を乗り出して、テイガを見た。テイガはなんとも誤魔化すような顔で、軽く首を振った。……なんだよ。期待したじゃないか。


「いや、だが奇妙なことはある。俺の手に入れた『スカイゲートパス』の記録に、パス所持者の名前が書かれないなんて事は、本来は有り得ない筈だった――俺もおかしいと思ったのさ。こいつを書き換えられるとしたら、セントラルの番人『治安保護機関』くらいしか無えのさ。それか、本人自ら抹消するか、だな」


 その言葉を聞いた時、俺の中にあるひとつの予測が立った。


「本人が本人の記録を消す事は、出来るのか?」


「まあ、本人については申請すりゃ可能だが……そんな事、わざわざやるかね? 仲間の入退室記録は消せない、不気味になるだけだぜ?」


「俺もないとは思うけど……でも、一応可能性はある。当時スカイガーデンの新規入室を禁じていたのが本当なんだったら、化物を召喚した候補となる人間は、俺、フィーナ、ロイスの三人になるからだ。俺は多分、死んだと思われていた。フィーナにはギルドリーダーとしての信頼がある。……なら、自分の足が付く記録は真っ先に消去するだろう」


 あの状況で、『ガスクイーン』を目の前にして俺に弾き飛ばされたロイスが、咄嗟にそんな所まで気を回して記録を消すことが出来たとしたら、それは相当冷静な選択だ。とてもではないが、ビビリのロイスに出来るとは思えない。


 だが、可能性としては有り得る。だとすれば、今もどこかで身を隠しているのかもしれない――……


 …………違う理由だと、思うけれど。


「なるほど。まァ、そういうこった。俺にァ関係のねえ話だな」


「分かった。……ありがとう」


「礼はいい。それより――――ロイス・クレイユについて教えたんだ、俺の質問にも答えろ」


「え?」


「情報料だよ。当たり前だろ」


 ……先に提供してから、見返りを求めて来やがった。……そういえばテイガはセントラル大監獄でも、先にシルバード・ラルフレッドの情報を俺に話してから、協力させていたな。


 なるほど。自分が聞きたい時はそうやるのか……セコいと言うのか、何と言うのか。


「……良いぜ、なんだよ」


「監獄でのことだ。……俺の見立てでは、あのドラゴンの剣士が登場することは、お前は予測していなかったと思っている。お前が助かる道は、一つだけだった。ベティーナ・ルーズを人質に塔の下まで降り、杖を奪ったまま近くの魔物を寄せ集め、ベティーナを襲わせて、自分は逃げることだ」


 …………な、なるほど。確かにベティーナに戦わせりゃ、俺が手を煩わせる必要はない……塔の敷地外に出てしまったらベティーナは俺を攻撃すると思っていたけれど、杖を奪ってしまえば良かったのか。


 いや、それじゃあベティーナが死ぬだろ。……それでいいのか。血も涙もないと言うのか……まあ、そうかもしれないが……


「だが、塔から落ちると分かったら、ベティーナはもう使えねえ。確かに可能性は絶望的だが、生き残るためなら見捨てるべきだ。まして、自分が一緒に落ちてたんじゃ話にならねえ。……どういうつもりで、お前は落ちた? 死にたかったのか?」


 テイガの言葉に、俺は思わず眉根を寄せた。


「…………さあ、どうかな。……正直、俺にもよく分かんねえや。気が付いたら、身体が動いてた」


「アー。ならお前、いつか死ぬなァ」


 殺しに来る相手に対しては、もう甘い事は言わないと決めた、筈だ。でも――――ベティーナはあの時確かに、俺に助けを求めた。


 テイガは、俺にそれを見捨てろと言う。


 なんだか、どう反応していいのか分からなかった。


 フルリュがテーブルを叩いて、立ち上がった。明らかな怒りの意思を持って、テイガを見ていた。


「ラッツ様は、貴方のように弱者を見殺しにするような真似はしません!! 人を助ける事に必死になって、何がいけないんですか!?」


 まあ、フルリュは俺に助けて貰った事がある訳で。そこに感謝しているのだから、こんな事を言われたら怒りもするだろうか。


 フルリュは俺の手を取って、立ち上がらせた。


「行きましょう、ラッツ様!! こんな男に時間を割いている余裕はありません!!」


「落ち着けよ、フルリュ。……別に、何を言われた訳でもない」


「私は、ラッツ様が助けてくれなければ、死んでいました」


 フルリュは真っ直ぐに俺の目を見て、そう言った。唇は怒りに震えているのか、悲しみに震えているのか。


「…………わかった。帰ろう」


 俺は苦笑して、部屋の階段に足を掛けた。


「ラッツ。これァ、俺の単なる意見だ。お前がどうしようと、俺には関係ねえ。だが――――盗賊のプロってのはな。弱者を見捨てる。そうしなければ、自分が生きて行けないからだ。俺は殺し合いが日常的にある世界で生きてきたが、誰かを助けて死んだ奴ってのは、助けられた奴も結局その後で死ぬ。弱いからな。そういうもんさ」


 俺は振り返らず立ち止まり、テイガの言葉を聞いた。


「『人類宇宙人説』、知ってるか。その昔、人間は魔力の無い世界で生きていた。代わりに電力を使い、人はやがて自分と似たような動きをする無機物を追い掛け、『心ある機械』を作るようになったという」


「……電気で?」


「あァ。これが優秀で、自分の意思とは関係なしに動かせると言われた」


 聞いたことはない。……だが、テイガの言いたい事は、なんとなく分かるような気がした。


「だが機械は人間よりも優れていた。だから心を持った『機械』とやらは、人間を獲物とするように進化していった。人間は人を助けるモンとして、機械を作りたかった――どうしようも無くなった人間のうち賢い者だけが、遥か昔に電力を使った最後の技術『宇宙船』を使って、この星に落ちてきた。当時の星は人間の手によって滅びたらしい」


 テイガは一頻り喋ると、ふと俺の背中で笑った。……こいつの事は、よく分からない。


「ま、ひとつの作り話さ。実証なんか出来ねえしな。だが、慣れ合いの末路なんてのは、そんなもんだと思うぜ、俺は」


 だが、突き抜けている。テイガが間違っているとも、思わない。


 でも、俺は。


「…………『プロフェッショナル』の意見として、覚えておくよ」



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