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超・初心者(スーパービギナー)の手引き  作者: くらげマシンガン
第四章 初心者と高飛車魔法使いと消えた街の秘密
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E71 ドラゴンの背に見える影

 俺はベティーナの首に腕を回し、捕らえるようにして治安保護隊員どもの前に立った。相変わらず屋上は嵐で、吹き荒れる雨と風、それに時折聞こえてくる雷の音が辺りに響いている。


 だが、その嵐の音でさえ、今の俺にとっては追い風のように感じられた。この塔から脱出するまでは、俺に手出しが出来る奴はもう居ない――――<限定表現レストリクション・スタイル>を使える今の俺は少なくともこの中では一番強く、塔に掛けられた魔法禁止の公式が逆に俺をサポートする形になっている。


 下までノーリスクで行けるとするなら、話は別だ。俺はベティーナの杖を――この場所では何の役にも立たない杖を――没収した。


 屋上の扉は狭く、精々人が一人通れるかどうか、といったところだ。だが、その扉から治安保護隊員が際限なく現れてくる。何人居るんだよ、親衛隊め。


 今の状況を確認しに来たのだろう。


「こいつがどれだけ偉いか知らないが――……お前らにゃ、こいつを攻撃することなんて出来ないだろ? 『ベッティーナ様親衛隊』どもがよ」


 治安保護隊員の連中、階段側に残り何人隠れているか分からないが――少なくともここに居る連中は、俺がセントラル・シティで見た奴等だ。うっすらとだが、顔に見覚えがある。それが証拠に、治安保護隊員は捕らわれのベティーナを前にして、慌てているようだった。


「きっ……貴様!! まだ罪を重ねるのか!!」


「俺の容疑についても、ちょいと小耳に挟んだもんでね……少なくとも、俺に怪物を召喚する能力はないぜ。冤罪で捕まって死ぬくらいなら、一人道連れにした方がマシってもんだ」


 俺の言葉に曇りがないことを察してか、ベティーナは顔を真っ青にして俺から離れようともがいた。俺は階段側に居る治安保護隊員の数を確認するため、屋上の端に向かい、少しずつ後ずさっていく。


「はあ!? マジ有り得ないんですけど!! 死ぬなら一人で死になさいよね!!」


 そういえばこいつには、散々罵倒されたな。


 俺は残虐な笑みを浮かべて、ベティーナに向かって目を見開いた。ベティーナは叱られた子犬のように、その場から震えて動けなくなる。


「良いのかなァ……? そんな事言って。今の俺は攻撃魔法が使えないお前より、遥かに強いんだぜ。つまり……分かるな? 心中する前に、何でもできるってことさ……」


 去りしテイガの顔を思い浮かべながら、俺はベティーナを脅迫していた。左手をワキワキとさせてベティーナに見せると、ベティーナは軽く悲鳴を上げて、俺を上目遣いに見た。


「そうそう。捕らわれの子犬は利口でないとな」


「なっ…………なんでも…………?」


「そうだ、なんでもだ。そうだな……よく分かるように、今この場でおっぱいを揉んでやっても良いんだぜ……?」


 ベティーナは顔を真っ赤にして、涙目で首を振った。…………おお、予想以上の効果だ。ウブな奴め。


 …………俺も、人の事は言えないか。口だけ男だからな。


「やめて!! このケダモノ!! よくよよくよくよくも、この私に向かってそんな事が言えるわね!!」


 震えている様子は、ちょっと可哀想でかわいい。だが、心を鬼にして俺は言った。


「尻も触り放題!! キスもし放題!!」


「聞くのもイヤ――――!!」


 いや、キスはお前の許可がないと出来ないからね。


 何にしても、これでベティーナに抵抗しようという意思はなくなっただろう。我ながらナイスアイデア……そして俺は今、ゲス男としての階段をまた一歩、登った気がした。


「貴様ぁ!! 我らがベティーナ様になんてことを!!」


 まだ何もしてねえって。逆上した治安保護隊員は揃って俺に剣を向ける。……まあ、魔力による強化が無いなら俺の一人勝ち。こいつらも先程の攻防を見て、迂闊に手を出そうとは考えないだろうさ。


 治安保護隊員は、全部でこれだけかな。階段側にまだ残っているか――……全員屋上に集めて、扉から一気に階段を降りていく方が安全か。なら、もう少し柵に寄って……


 ――――と、思っていた時のことだった。


「は、離してよ!! この私に手を出す事は、絶対に許されないんだから!!」


「馬鹿!! ここで暴れたら、あぶね――――」


 ベティーナはこんな状況で暴れ、俺から逃げるように離れた。よろけた身体が支えを求めるように、屋上の柵へと向かった。体重を掛けた瞬間、先程俺が治安保護隊員を蹴り飛ばしてぶつけた柵がぐらりと歪み、そして――――…………


「――――――――きゃっ」


 ベティーナの身体が、倒れていく。まるでスローモーションで見ているかのようだったが、俺は咄嗟に反応することが出来なかった。


 両手を前に伸ばし、崩れた柵と共に後ろへと向かう。傾いた身体は位置的にもう自身の力でバランスを取る事は不可能で、ベティーナは大きく目を見開いて吐息を漏らした。


 俺は、気が付けば手を伸ばし、ベティーナの身体を追い掛けていた。


 間に合え!!


「ベティーナ様!!」


 背後から、まるで決められたかのようなフレーズで声がした。


 俺は間一髪、ベティーナの伸ばされた腕を掴み、屋上にうつ伏せになった。ベティーナの重みに引っ張られるが、柵を失った今の俺では支えるものがない。効果時間の切れてしまった<限定表現レストリクション・スタイル>。なのに咄嗟に助けようと動いたためか、俺は両手でベティーナの腕を掴んでしまい、支えるものがなかった。


 柵を失った屋上には、足を引っかける場所なんてない…………!!


 ベティーナが支えにしようと試みた柵が無音のまま、奈落の底に落ちていった。ベティーナは落ちていく柵を見ると同時に、両手で俺の右腕を掴んだ。


「いやあああっ!! 助けっ、わたっ、私っ、落ちっ、あああああ!!」


「落ち着けベティーナ!! 暴れるな!! 壁がデコボコしてるから、掴めば落ちることはない!!」


 くそっ、完全にパニックになってやがる!!


「お待ちくださいベティーナ様、今助けます!!」


「馬鹿野郎走るな!! もう落ちる寸前なんだ!!」


 駆け寄ろうとした治安保護隊員を、慌てて止める俺。振動を起こされたら、それを切っ掛けに落ちかねないレベルの位置だった。治安保護隊員は慌てて止まり、どうしていいのか分からない様子だった。


 歩いて来い。そっと。静かに。俺がそう言う間もなく、ベティーナはどうにか上がろうともがいている。


「揺らすなって!! ベティーナ、俺の目を見ろ。大丈夫だ、この手を離さなければ落ちることはない」


 本当は、今にも落ちそうな状態だった。…………だが、この状況ではそう言うしかない。ベティーナは蒼白になった顔でどうにか、俺と目を合わせる。


「…………ほ、ほんと!? 落ちない!?」


「ああ、落ちない。だから、深呼吸するんだ。……そう、ゆっくりだ」


 ベティーナはようやく俺の言う通り、深呼吸を始めた。…………やれやれだ。ため息をついて、俺は笑みを浮かべた。今この状況では、ベティーナを安心させることが第一だ。治安保護隊員はどうすることも出来なくなったのか、俺とベティーナの様子を見ていた。……役立たずが。


「左手を離して、石を掴むんだ。……そう、手際が良いな。しっかり、体重を支えられるだろ?」


「……う、うん。……掴んだ、わよ」


「よーし。次は足だ。同じように、足を掛けられる場所を探るんだ。俺の手を支えにして、屋上の石に引っ掛けろ」


 ベティーナに力を入れる余裕ができたことで、俺の負担も少しだけ軽くなる。両足をベティーナが引っ掛けた時、俺は少しずつ身体を這わせて、後ろに移動していく。


 ……よし、よし。どうにか、上がる所までは行きそうだ。……しかし、歩いて来てくれりゃ良いのに、治安保護隊員。そろそろ声を掛けても良いだろうか――……


 こいつが居ないと、俺の脱出作戦も水の泡だからな。


 そうして、ベティーナが屋上の一番上、柵が落ちた位置の石を掴んだ瞬間だった。


 ベティーナが掴んだ石が、ごろりと転がったのだ。


「――――――――えっ!? いたっ」


 落ちた石がベティーナの額に当たり、同時にベティーナはバランスを崩した。


 なんで崩れかけていた石を掴むんだとか、そんな事を言っている余裕はなかった。


「あっ――――――――」


 奈落の底に、落ちる瞬間。


 全身は冷え切り、まるで心臓が止まるのではないかと思えるような、長い硬直があった。……気がした。実際は硬直なんてなく、俺はベティーナに引っ張られ、バランスを崩し。


 そのまま、落下した。


 背筋が震えるような感覚。それは、恐怖によるものだった。ベティーナも同じように感じていたのだろう。


「きゃああああああ!!」


 落ちた。……先程まで俺が踏ん張っていた、屋上の地面。それが、遠く離れていく――……鉄格子の窓、その屋根に一度はぶら下がる事ができた。しかし縦に規則正しく並んでいる屋根は遠く、手を伸ばしても掴む事が出来ない。


 それは即ち、激突の瞬間まで、すがるものは何も無いという事を意味していた。


 がたがたと、歯の根が震えた。俺は叫んでいるベティーナを胸に隠し、抱き締めた。そんな行動でこいつが助けられるとは到底思えない高さだったが、何もしない訳にはいかなかったのだ。


 支えが無い。


 落ちる。


 ――――落ちる。




『ラッツさん!!』




 えっ……?


 誰か、呼んだか?


 いや、この嵐の中では。まして、ダンジョン内だ。誰かの声など聞こえる筈がない。その声は透き通るように細く、そして儚げで、何故か俺の上空から聞こえてきた。


 何故だろうか。何の接点もない、経験もないはずのこの光景に、不思議と既視感があった。震えは収まり、俺はただ上空から聞こえてくるその声に、耳を傾けていた。


 ――――いつか、思った。


 もしも俺が死んだら、いつか俺のことは霧に掛かったかのように、誰の記憶からも消えてしまうだろう。


 爺ちゃん?


 俺は、忘れないようにしていた。それはもう、必死で、忘れないようにしていた。


 その、得体の知れない恐怖みたいなものから逃げ出したくて、或いは大切な人を救い出したくて、逃げ込む場所もないのに、嵐の中を逃げ出したんだ。


 そうして――――俺は、『それ』を、忘れてしまった。きっと、覚えていなければいけなかった筈の何かを。


「ラッツ!!」


 それは、例えば迫り来る台風の中心に、一点だけ安全な場所を発見した時のような、そんな感覚だっただろうか。


 嵐の中で俺の身に何が起こったのか、すぐには把握することが出来なかった。ただ落下のスピードを速めていた俺は何者かに引っ掛かり、そして真上に投げられ、気が付けば乗っていた。


 未だ、俺とベティーナは互いに抱き合ったまま、目を閉じている状態だった。


 ――――何だ?


 緑色の、力強い鱗。爬虫類か何かのようであり、とても硬い。俺は微かに、目を開いた。空を――――飛んでいる? 塔の半ば程まで落ちていた俺は、その生き物の背に掬い上げられたようだった。


 何故か、懐かしい気持ちにさせられる。いつだったか、アカデミーで<強化爆撃イオン>の練習中に失敗した時、エト先生に助けてもらったっけか。


 あの時も、緑色のドラゴンに乗って――――…………


「よーし。良いスピードだぞ、ポチ」


 だが、俺を助け、背を向けてドラゴンを操縦していた者は、エト先生ではなかった。


 屈強な肉体に、しっかりとした背丈。首周りの分厚いマントの内側は、黒い戦闘着だった。ドラゴンを操るに相応しい貫禄と、腰に装備された剣。


 いつかの、業物のロングソード。赤い短髪。


 ――――その男は振り返ると、堀の深い顔で笑った。


「どうにか間に合ったな、ラッツ」


「…………レオ」


 随分と、逞しくなったように見えた。もう、エンドレスウォールの時のように口ばかりの男ではないということが、その様子からも見て取る事ができる。


 いつかのレオ・ホーンドルフは、見違える程に迫力を増していた。


「どうして、ここに?」


「行方不明だった重罪人のラッツ・リチャードが捕まったってな。ニュースが配られてたんだよ。処刑がどうだとか書いてあったから、これは一刻も早く助けに行かないと、と思ってな」


 ようやく、俺が抱えているベティーナ・ルーズを意識する事ができるようになった。……しかし、完全に気を失っている。化粧をした顔が白目を剥いているのを見るのは、ちょっと怖かった。


 あわれ、ベティーナよ。俺はそっと、その瞼を閉じさせた。


「ラッツ、しっかり捕まってろ。一度は逃げられたんだけどな。どうも、このダンジョンには監獄の番人が居るみたいでさ」


 レオは手綱を離し、代わりに腰に差しているロングソードを引き抜いた。綺麗な黒い刀身を構える。


「――――番人?」


 瞬間、真っ赤なドラゴン――――俺達の乗っているドラゴンの三倍はあろうかという、巨大なドラゴンが現れた。


 こいつ、『マグマドラゴン』か!! 火山系のダンジョンには、この手の魔物が居ると聞いたことがある。……そうか、地面を逃げようとすれば『マグマゴブリン』に、空から逃げようとすれば『マグマドラゴン』にやられるっていう、そういう策略なのか。


 テイガは……平気か、視えないし。


 レオのドラゴン――ポチとか言ったか。ポチが怯え、大きく後ろに引いた。


「引くな、ポチ!! こんなもん、俺達の敵じゃない!!」


 レオが一喝する。


 構えた黒刀に、魔力が集まってくる。燃え盛るような、赤いオーラだ。レオにぴったりの……これは、シルバードも使っていた<チェンジビースト>か? いや、レオは魔法を発動していない。なら、これは本当に、レオの魔力なんだ。


 剣士でも特別な儀式なしに、これ程に魔力を増幅させる事が出来るものなのか。


「番人さんよ。……それとも主、かな? 俺達が逃げたのは――――別に戦えなかったからじゃあ、無いんだぜ?」


 聞いたことがある。


 ギルド・ソードマスターのギルドリーダーの中でも、最も強いと言われた剣士。彼は魔物の最高位と言われる龍を従える――――それは、最高位の龍と戦って勝つだけの、器量があると龍達に認められたのだと。


 エト先生は、龍と戦って勝ったからこそ、龍を従えていた。


 レオは一気に剣を振り抜き、一閃を放った。


「<ドラゴンブレイク>ッ――――――――!!」




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