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超・初心者(スーパービギナー)の手引き  作者: くらげマシンガン
第四章 初心者と高飛車魔法使いと消えた街の秘密
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E69 想定外の事態が起きた。作戦変更だ

 扉の向こうには、交代予定の治安保護隊員が二名。俺達――もとい、プレートを持って出てくる治安保護隊員の帰りを待っている。俺とテイガは牢屋の鍵を元通りに閉めて、上着と帽子を剥いだ男二人を中に閉じ込めた。


 テイガの素早さは、想像を絶するものだった。男達を気絶させてから俺の牢屋の鍵を開けて一人ずつ突っ込み、着替えて出るまでに二分と掛かっていない。こんなにも短い時間なら、疑われるという事も無いだろう。


 外に出ると、交代先の治安保護隊員に声を掛けられた。


「おお、少し時間掛かったな。囚人に捕まったか?」


「まあ、ちょっとな」


「それじゃあ、お疲れ」


 声を掛けた交代先の治安保護隊員に、軽く手を振った。……消灯時間を待った後の犯行だという点も素晴らしい。廊下の電気は既に消えているから、帽子を被って上着も同じ、身長も似通っていて人数も同じとなれば、そう簡単に相手の顔を確認することは出来ないってことだ。


 いかにテイガが用意周到に、この脱出を企てていたかということが分かる。俺達は牢屋の部屋を出て、治安保護隊員十二名が警備を行っているブロックを出た。扉を開けると、そこは鉄製の足場。巨大な螺旋階段が俺達を待っていた。


 明かりが消えている上、空からの光が殆ど差し込んで来ない事もあって、下は底がないかのように真っ暗になっている。同じ階層には、左右対称に取り付けられた扉が全部で六つ。……なるほど、確かにテイガの言う通りだ。


 テイガは黒い布で食器を包み、縛った。この布――さっきまでテイガが着ていた服か。


「なんで、そんなもん……」


「まあ見てろ。こっちだ」


 しかし、絶妙なタイミングだ。既に交代済みの治安保護隊員は、殆どが俺達の下に居る。服も同じだから、誰も俺達の事を不審者だと言う者は居ない。そもそも、見てすらいない。当たり前だ。


 テイガの指示通り、俺とテイガはすぐ隣のブロックを目指した。扉の前に余りの食器を置いて、帽子を深く被り直す。


 そうして、ゆっくりと俺達は扉を開けた。


「おう。どうした?」


 いつになく高い声で、テイガは饒舌に話し始めた。


「隣のブロックで、雨漏りの音がするって言われてな。修繕を頼まれたんだ」


 食器を工具に見せ掛けて、黒い包みを治安保護隊員に見せた。……そういうことか。確かにこの暗さなら、特に怪しまれる事もない。


「マジか。開かずの間から漏れてるのか?」


「ああ。塔の根幹に影響はないだろうが――……少し大きな音がするかもしれないけど、勘弁な」


「良いけど囚人を起こさない程度にしといてくれよ」


「善処する」


 すげえ……!! こいつ本当に、テイガ・バーンズキッドか……!? 喋り方から声色、仕草まで全く違うじゃないか……!!


 テイガは軽やかな足取りで、一番奥の治安保護隊員が居ない場所に向かって歩いた。……あれ? 扉の鍵は……


「あ、やっべ。すまねえ、鍵、忘れて来ちまったわ。……誰か持ってない?」


「しょうがねえなあ。……ほら」


 なるほど。……盗まずとも、貰えば良いのか。そりゃ、ここから囚人が逃げ出すとは思わないもんなあ。


 扉を開けて貰い、俺達は中へと入った。部屋には一人も囚人は居ない、本当に『開かずの間』なのか。一番奥の牢屋では、天井から僅かに水が滴り落ちていた。


 そのまま、部屋の扉を閉める――……


「――――っぶは!!」


 瞬間、テイガが強く息を吐き出して、直後に浅い呼吸を始めた。……先程までの姿勢の良さも何処へやら、元の酷い猫背で汗を垂らしている。


「……何? どうしたんだよ……」


「苦手なんだ、これだけはな……」


 苦手とは思えない演技だったけどな。


 テイガは素早く牢屋の扉を開き、雨漏りの場所を確認した。右手で壁を叩き、左から右へ、反響音を確認しているようだった。


 予定通りだったのだろうか。壁の一部の反響音を確認すると、声を押し殺して、テイガは笑った。


「さーてと。さっさとやっちまうとするか……但し、俺達がやるのは修繕じゃなくて破壊、だけどな」


 テイガは壁に左手を当て、その上に右手を重ねる。……この構え、見たことあるぞ。ローグクラウンのスキル――――魔力の要らないスキルだったのか。


「<アサシネイション>!!」


 テイガが構えていた場所に、音もなく力が加わる。ぐらりとレンガ状に積まれている岩が落ちるが――――すぐにテイガはその下の石を抜き取り、手を伸ばして落ち掛けた石を掴み取った。


 …………お見事。


「おい、手伝ってくれ」


「お、おう」


 何だか、俺の人生でも最高に悪いことをしている気分である。……まあ、あの場所に留まっていたら殺されているかもしれないので、仕方ない事ではあるのだが。


 冤罪で殺されちゃ堪らんよ。俺一人でも、逃げ出す事は考えていただろう。


 レンガ状に組まれた石をどんどんと抜き取り、ついに人が通れる程の穴が開いた。……穴が開いても、組まれた石は崩れる事もなくそのままだ。頑丈なもんだな。


 もしかしたら、何かの魔法が掛かっているのかもしれない。……剣士の最強技でも破れないってことは、尋常な硬さではないからな。


 外は嵐で、激しい雷雨が続いているようだった。……かなりの強風だ。下を見れば地面は遙か下、俺達がとんでもなく高い場所に居ることが分かる。


 ……こんな状況で、壁を登るってのか? 俺達は随分と高い位置に閉じ込められていたようで、下と比べれば上はまあ、まずまずの距離ではあるが…………


 足下に、テイガの残した食器が転がっている。……何かの役に立つかな。


 俺は小さな皿をジャケットの裏ポケットに仕舞った。


「さあ、さっさと登るか」


 テイガは石の窪みに足を掛け、すいすいと登っていく。……蜘蛛か何かのようだ。流石は盗賊……というか、俺にこんなもの登れるんだろうか。


 石を掴んで、少し踏ん張ってみる。……登れない事はないけど、強風で煽られたら落ちてしまいそうだ。


 テイガはある程度まで登ると、不意に立ち止まって俺を見た。


「高所恐怖症か?」


「お前が速過ぎるんだよ……」


「キヒヒ、そうか……先に上で待ってるぜ……」


 それだけ言って、テイガは更に上を目指した。鉄格子の窓用と思わしき雨受けの屋根に足を掛けて、更に上を目指している。……そうか。ああやって、休み休み登るのか。


 俺に出来るかな……。くそ、<ホワイトニング>だけでも使えれば……


 ……あ、そうか。魔法が使えない敷地って、塔の中だけなんだっけ? ……なら、もしかしたら。


 俺は屋根に足を掛けて全身を塔の外に出し、魔力を込めた。


「<ホワイトニング>」


 ……おお、いけたぞ。俺の全身を白い光が包み、ふと身体が軽くなる。……これなら、難なく登る事が出来そうだ。


「何? ……お前、聖職者だったのかい?」


「使えるんだよ。……理由は、企業秘密」


 ただの基礎スキルマニアだという事は、この際だから黙っておく事にしよう。




 ○




 どれだけ登っただろうか。俺達はついに、頂上まで後少しの所に来ていた。


<ホワイトニング>を使った腕と足も、少しずつ限界に近付いて来る。嵐という天候の悪さも相まって、俺はすっかり息が上がっていた。それは、テイガ・バーンズキッドも同じだった。流石のテイガも、この距離を縦に登るっていうのは負担が大きいらしい。


「お前ってさ、ローグクラウンで情報屋をやってるんだよな」


 ふと聞いてみたくなり、俺はテイガに問い掛けた。テイガは初めの方こそ余裕だったが、今となってはすっかり下を見る気力もないようだ。それでも、苦し紛れにでも話をしよう、という俺の提案に乗ったのだろう。


「……別に。儲かる事がありゃ何だってやるぜ」


「はは、俺と同じだな。……裏ギルドってさ、パーティーは何人で組むんだ?」


「通常は四、五人だ。……通常は、な」


 テイガの言い方が妙だったので、俺は余計に気になってしまった。


「普通は、って?」


「俺はパーティーを組まないからな。組んでる奴の事はよく分からんさ」


 そうなのか。俺と動いている時には、そこまで負担には思わなかったから――てっきり、ある程度の人数でミッションをこなすのは慣れているものかと思っていたけれど。


 吹き荒れる雨風の中、俺はテイガの登った後を追い掛けて、テイガを見上げる。


「ポリシーでも、あるのか?」


「……いや。足手纏いをわざわざ引き連れる理由が分からんさ。それだけだ」


 その言葉に、妙な気持ちの悪さを感じた。……どうにも、テイガ・バーンズキッドという男に初めから感じていた気持ちの悪さと一致するような気がして、俺は眉をひそめた。


「良いじゃねえか、助け合えば。いつかは使えるようになるって」


「いや、ならねえ。俺が一人でやった方が早い……俺は、死に損ないを助けるのはごめんだ。てめぇの事はてめぇでやれ。そういうこった」


 テイガがそう言った、その瞬間だった。




「――――居たぞ!!」




 俺とテイガは、揃って下を見た。俺達の空けた穴から、治安保護隊員が顔を出していた。


 やばい。急がなければ。テイガもそのように思ったようで、先程よりも速く石の壁を登っていく。……まだ、あんな余力があったのか。


 くそ、機能するかどうかは分からないが――……俺も、ペースを上げるために出来る限りの事をしなければ。


「<キャットウォーク>!!」


 移動速度を早める魔法だが、何かの足しにはなるだろうか。テイガよりも速く登れるという事は無かったが――……それでも、俺も結構なスピードで壁をよじ登っていく。


 急げ……急げ……!!


「がっ――――!!」


 強風に煽られ、俺は手を離した。


 ――――おいおいおい待て待て待て!!


 藁にもすがる思いで間一髪、近くの屋根に手を掛け、しがみついた。


 やっぱり、鉄格子の窓用か――……ぶら下がると、中に居る囚人が目を丸くして俺の事を見ていた。俺は囚人を一瞥すると、屋根に足を掛け、再び上を目指す。


 ……位置は変わり、テイガの後を追うことは出来なくなったが。そこまで落下してはいなかった。


 俺は、屋根に足を掛けてテイガを見た。


「先、上行ってるぜ」


 ああ、言われなくても分かってるよ。さっさと行かないと、階段を登るなんてあっという間だ。


 再び、石に手を掛けて登り出す。


 とにかく、この悍ましいセントラル大監獄を抜けて、リンガデム・シティに向かわなければ。セントラルの領域を離れてしまえば、治安保護隊員とて安易に手出しは出来ないだろう――……そしてもう一度、フルリュ達と合流する。


 それだけの思いで、俺は上を目指した。スカイガーデンの事も気になるが、まずはフィーナとロイスの居場所だ。幸い、テイガはフィーナの居場所については知識があるみたいだったし――……


 ――――――――後、少しだ。


「ふっ、んっ!!」


 ついに屋上の石に手を掛け、俺は全身に力を込めて踏ん張った。くたくたになった両手足が言う事を聞かないが、どうにか身体を擦り寄せ、屋上の柵を掴んだ。


 思い切り力を入れて柵を越えると、越えた瞬間に脱力し、俺はそのまま屋上に落下した。


 僅かに水溜りになっていて、落下すると屋上の地から水が跳ねた。登ってみると高く、雲の位置が少し手前に見える程だ。


 ……やっと、ここまで来たのか。


 すっかり息が上がっているが、既に見付かっている。あまり猶予はない――すぐに起き上がり、外を見た。……やっぱりというか、嵐なのはこのダンジョンの上空だけなんだな。遠くを見れば快晴で、セントラル・シティが見える。


「…………登り切った、のか」


 呆然と、そう呟いた。下はおっかない魔物の巣だ。さっさとこんな所からは離れたい――……俺は振り返り、テイガに言った。


「すまんテイガ、待たせた――」


 ……あー。


 その時俺は、やっぱり、という気持ちと、これからどうすれば、という気持ちが交差して、なんとも言えない状態になっていた。


 屋上の扉は既に開いている。俺をこの場所に閉じ込めた張本人、ベティーナ・ルーズが腕を組んで、俺に嘲笑を浮かべていた。その場に他の人物の姿はなく、治安保護隊員は今頃、階段を登っている最中なのだろう。


「お疲れ様、おバカさん」


 楽しそうにしやがって…………こっちは必死だったんだぞ。


 それにしても、テイガはどこに行ったんだ。俺は辺りを見回し、テイガの姿を探すが…………テイガの姿は見当たらない。


 ふと、耳元で声がした。


「ラッツ、想定外の事態が起きた。作戦変更だ」


 ――――嫌な予感の正体は、これか。


 俺は苦い顔をしてしまうことを、避けられなかった。『ギルド・ローグクラウン』のスキル、<ハイドボディ>だ。全身を隠す奇妙なスキルで、テイガ・バーンズキッドはその場から姿を消したということ。


 それに、ベティーナは気付いていないということ。


 そして――――


「囮作戦だ」


「囮は俺か!! ふざけてんのかテメーは!!」


「…………どうしたの? ついに狂った?」


 ベティーナが俺の事を、可哀想な人間を見る目で見詰めた。…………やめてくれ。胸が痛い。


 つまり、そういうことだ。テイガ・バーンズキッドは、何よりもまず自分の命を優先するということ。…………こいつは『ギルド・ローグクラウン』だぞ。そんな事、初めから分かっていた。


 こういう、非常事態に全く何の役にも立ってくれないってことも…………それどころか、事態は悪化する可能性さえあるってことも…………


「悪いがラッツ、俺は先に行くぜ。お前が遅くなったからこうなった。俺は悪くない」


 まあ、そうだけどさ。俺は壁なんか登り慣れていない訳であって、ちょっとくらい手伝ってくれても良かったんじゃないのかね。……そうは思ったが、こいつにしてみればそれは甘えだ。『協力』なんて、互いの利害関係が一致していないと起こり得ないと思っていることだろう。


 全く、本当に賢い奴だ。くそが。


「…………ああ、分かった。良いよ。……俺は一人でもなんとかしてやる」


「キヒヒ……俺ァ、お前のそういう柔軟な所が好きだぜ」


 俺はお前の、そういう柔軟な所が大っ嫌いだ。


 姿は見えなかったが、既に塔から離れたテイガ・バーンズキッドは――――俺に、笑みを浮かべた気がした。


「無事にお前も助かったら、リヒテンブルクの先。スカイガーデンのあった場所辺りで、再会しようぜ。そうしたら、今日の詫びだ。フィーナの情報くらいは、タダでくれてやるさ」


 悪びれる気配など、全くない。……今までこいつは、こうやってピンチを切り抜けてきたってことだ。


 …………良いだろう。俺は俺のやり方で、このピンチを切り抜けてやる。


「またな、ラッツ。……お前の動き、中々盗賊には向いていそうだったぜ」


 ベティーナは、テイガ・バーンズキッドがここに居る事に気付いていない。……それが余計に腹立たしいが、どうせ『ギルド・ローグクラウン』じゃあ、一対一の戦闘以外は役に立たないだろう。


 一対一なら良いんだ。俺だって魔法の使えないこの場所で、ベティーナ・ルーズ一人だったら問題なんか全くない。だが、奴は屋上の扉を開けたままで、いつでも後ろに逃げ込む事が出来るようにしている。


「何してんの!? さっさと上がって来なさい!! 私が攻撃されても良いの!?」


 …………絶望だ。



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