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超・初心者(スーパービギナー)の手引き  作者: くらげマシンガン
第四章 初心者と高飛車魔法使いと消えた街の秘密
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E68 脱出! セントラル大監獄!

 処刑……? 三日後に処刑、だって? 俺の処遇は、三日後に決定するって言っていた筈……


 俺の混乱を理解してか、テイガは歯を擦り合わせるようにして笑った。


「おかしいと思うか? 疑わしきは罰せず……そんなのは、日和った思考が出来る時だけさ。今は、疑わしきは罰する……だ」


 その、訳の分からない化物が登場した責任を誰かに押し付けたいが為に、利用するってのか。……いや、決め付けるのは早計……か? テイガの言っている事が本当かどうかなんて、やっぱり保証はないわけで……


 しかし、こいつの情報量の多さは一体、何なんだ。とても、適当な事を言っているとは思えない……


「俺達は今、同じ境遇を抱えている――――逃げなければ殺される、ってな。運命共同体ってやつだ」


 あまり、信用できそうな雰囲気ではない所が、気になる所ではあるが…………。だが、このタイミングで俺に話し掛けてきたという事。始めから俺が、ラッツ・リチャードであると決め付けていたこと。『疑わしきは罰する』なら、テイガの言っている事が本当である可能性は十二分に考えられる。


 それに――……俺は鉄格子に身を寄せ、囁くようにテイガに話し掛けた。


「……そこまで言うなら、当然俺達が逃げるための算段も、考えてあるんだよな?」


 俺が問い掛けると、テイガはゆらりと立ち上がった。……信用できるかどうかという所はまあ置いておくとしても、大丈夫かな、こいつ。


 なんでこんなにフラフラしてるんだよ…………さっき言ってた、薬がどうのこうのというヤツだろうか。


 テイガは揺らぐ身体をどうにか支え、天井を睨み付け、笑みを浮かべた。止めどなく汗が流れ落ちている。


「少なくとも、外まではな……ここは、ダンジョンの中に設置されたセントラル・シティ最大級の犯罪者隔離施設――――『セントラル大監獄』だ。犯罪者は牢屋が六つある部屋のどこかに閉じ込められ、一つの部屋につき二人の治安保護隊員が半日毎に交代で監視している。施設内には実に千を超える牢屋が設置されていて、堅牢な造りになっている」


 直感的に、テイガの言葉には先があると気付いた。俺は部屋の向こう側を意識しながら、テイガの話を聞いた。


「この牢屋は、ギルドの冒険者が閉じ込められても大丈夫なように、前衛職の最強技――その三倍の衝撃に耐えられるように出来ている。魔法公式を無力化する魔法陣が塔の一階にがっつり書いてあるから、どんな魔法使いでも魔法陣の中、つまりこの塔の中では魔法を使う事が出来ねえ」


 暗かったから、照らそうかとも思ったが。<ライト>なんて、当たり前のように使えなかったというわけか。


「牢屋の鍵が開いたとしても、この部屋の鍵を持ってねえ。その先の廊下は予定外の侵入者が現れないように『カメラストーン』がくまなく設置されていて、何かがあったらすぐに気付く事が出来るようになってる。部屋の向こう側は六部屋毎に仕切りがある――――つまり、六単位での管理ってことだ。この建物が円柱状だから、中央に螺旋階段を用意してそんな造りになってるんだろう」


 こいつ、そんな事まで知っているのか。……俺はここに連れて来られる時に眠らされて来たから、恐らくテイガも同じ状況――――なのに、この情報量の差だ。一体どうやって知るのだろう……もしかしたら、外に居た時からこの建物の情報を知っていた?


 分からないが……


「螺旋階段の下、二階には本部があって、治安保護隊員が集結している。その下は魔物の巣――――流石のお前さんも、『マグマゴブリン』と殺りあいたくはねえだろう」


「そりゃあ、な。……じゃあ、どうすんだよ」


 話を聞く限り、脱出は絶望的だが……。こいつだって、何の作戦もなしに俺に協力しろとは言わない筈だ。一体、どうやって……?


 不意に、テイガは俺の目を見た。まるで何かを語りかけるような目だ。


「何が聞こえる」


「何が……って?」


「今、何が聞こえている?」


 俺は耳を澄まして、辺りの音を聞いた。……聞いたって、どうせ雷雨の音くらいしか――――聞こえない。後は、塔に雨が当たり、僅かに水が滴り落ちる音だけだ。


 目覚める時にも聞こえた、水の音。だが、それ以上に何かが聞こえる様子はない。


「水の……音? あと、雷の音だ」


「水が落ちる音がしねえか?」


 テイガは人差し指を立てて、口元に当てた。そのまま、時計の病身のように規則正しく、左右に瞳を動かして言う。


「ポチャン…………ポチャン…………」


「いや、聞こえる。そりゃ聞こえるが、それが一体」


 どうしたんだ、と聞く前に、テイガは答えた。


「そりゃ、おかしいのさ」


 おかしい? 何もおかしくないだろ。雷雨なんだから、水が落ちる音くらい…………


 ――――いや、待て。


 俺は咄嗟に、鉄格子の窓を見た。鉄格子の窓の向こう側は僅かに屋根になっていて、強い風が吹かなければ雨は中に入ってくる事はない――――屋根から落ちる雫は、遙か下。落ちて行くのは見えるが、だからといって何の音もしない。


 そう、『まるで水溜りに水滴が落ちた時のような音が、本来この円柱状の塔で聞こえる筈がない』のだ。この鮮明な音の正体は、雨だけのものじゃない。


「雨漏りか…………?」


 俺が言うと、テイガは嬉しそうに笑った。


「そうさ、カンが良いな。少し前にな、この『セントラル大監獄』の鉄壁を破ったって話が噂になった。最も、そんな事が世に出回れば一大事だ。事件は内密的に処理されたが、当時の壁を破った男の影響が、未だこの塔には残っているのさ。おかしな方向に歪んだ柱が雨漏りを生み、どうしても水溜りができちまうようになった」


 俺は、思わず喉を鳴らした。


「その壊された壁というのが、このブロックの丁度隣のブロックだ。俺達は運がいい……修繕されたが立ち入り禁止になり、人は居ない。ただの壁だ。ちょっとした衝撃で、簡単に壊せる」


「で、でもさ。壊したとして、そこから先、どーすんだよ。一生懸命外壁を伝って降りたって、下は上級の魔物だらけなんだぜ?」


 薄暗い部屋の中に、雷の音と雨の音が響いている。鉄格子の窓から差し込む雷の光に、テイガの顔が照らされた。


 まるで見るもの全てを敵だと思っているかのような、恐ろしい笑みだ。あまりの迫力にぎょっとしてしまう。


 俺、こんな奴と組むのか…………マジで…………?


「俺ァ盗賊だ。『ローグクラウン』ってのはよ、蝙蝠を召喚して空を飛ぶんだよ。下から行く必要はねえ、上から行きゃあいい。屋上にさえ辿り着きゃ、俺の蝙蝠が見付けてくれる。そうすれば誰にも悟られず、ここから逃げられる」


 その時、俺は理解した。こいつ、閉じ込められた経験は一度や二度じゃない――と。


「…………なんで、俺なんだ」


「言ったろ」


 セントラル大監獄に閉じ込められたのかどうかは、分からない。だが、こいつは一体幾つの修羅場を潜って来たのだろうか。


 だが、何かが引っ掛かる。その不安の正体は、突き止める事は出来なかったが。


「治安保護隊員ってのは、この部屋を『二人』で守ってんだよ」




 ○




 治安保護隊員の交代が行われる、日付が変わる少し前。そのタイミングは、食事によって測ることが出来るとテイガは言った。


 夜の食事が出され、その後に一日の食器がまとめて回収されるタイミング。万が一を防ぐため、囚人が寝静まってから食器の回収をしに現れるということらしい。


 実際、それはその通りのようだった。消灯の時間まで、治安保護隊員は一度も俺達の前に現れなかった。


 消灯と言っても俺達には関係なく、部屋の外側の廊下――――つまり治安保護隊員が待機している場所の明かりが消える時間のようだったが。俺達の居る場所にはそもそも明かりがないので、関係ないと言えば関係ない。


 だが、見えるのだ。


 廊下の奥を覗き込めば、そこが点灯しているのか消灯しているのか、それくらいは分かる。


 俺は鉄格子を背に寄り掛かり、眠った振りをしてタイミングを待っていた。部屋の中には、雨の音だけが響いている。


 ひどく静かだ――――…………


 雷の音が一度、大太鼓のように強く辺りに響いた。一度しかないチャンスに、身体がひどく緊張する。アカデミーの卒業試験だって、こんなに緊張はしなかったというのに。


 今の俺は、この塔の影響で<ヴァニッシュ・ノイズ>を使う事が出来ない。ただの生身の身体なら、俺はもしかしたら素の魔法使いよりも弱いかもしれないのだ――……否が応にも、緊張は走る。


 遠くに意識を集中させると、コツ、コツ、と階段を上がる音が聞こえてくる。幻聴か――――? いや、確かに聞こえる。治安保護隊員も、この時間は私語を慎む。廊下から談笑は聞こえて来ない。


 水溜りに落ちる水の音が、不気味にもその存在をより強く主張していた。


「…………ら…………眠ったか……?」


 ――――来た。


 治安保護隊員が扉を開ける音が聞こえる。直接目で見るわけにいかないが、テイガから聞いた話によれば――今日の治安保護隊員は、一度中を確認してから扉を閉める癖があるらしい。


 そんな事まで念を押されなくても、もうここまで来て信じるなという方が無理だ。


 プレートを回収しに来るのは、先に居た二人。それからプレートを持って二階まで戻る、という手筈になっているらしいのだ。


 扉が閉まれば、テイガの言う通り――……


 ――――閉まった。


 何かを話しているように思えた。声は聞こえないが、妙な間がある。雑談だろうか、それとも今後の予定を確認しているのか。


 それにしても、どうして今日なんだ。たまたま俺が目覚めた今日が、タイミングだったのか。それとも、出し抜く治安保護隊員は誰でも構わないのか。どちらの可能性もあるが……


 おっと、扉が開いた。


 タイミングは一度きり。怪しまれたら、それまでだ。俺はじっと、治安保護隊員が近付いて来るタイミングを待った。


 食器に、治安保護隊員の手が触れる。


 俺は、腹の底から怯えたような声を意識して発した。


「あっ……あんた、助けてくれよォ……」


「なっ――――」


 男が大きな声を出す前に、人差し指を立てて声を殺す。治安保護隊員は眉をひそめて、俺の事を見ている。


 改めて確認してみれば、俺と同じくらいの身長の奴が一人、俺よりも少し高い、テイガと同じくらいの身長の奴が一人。……なるほど、どうやらタイミングというものはあったみたいだ。確かに、身長は似通っている方がいい。


「ごめん、俺、気付かなくて……!! 向かいの奴、鍵を開けて逃げやがったんだ……!!」


 治安保護隊員の二人は頭に疑問符を浮かべて、振り返ってテイガの牢屋を見た。そこはもぬけの殻で、治安保護隊員の二人は驚いて、中を探しているようだった。……まあ、いくら牢屋の地面を探したって、見付かる筈はない。


 それは心配いらない。それより俺の演技がバレないと良いんだけど。


「何だこりゃあ。一体、どうやって……」


「まず、明かりを持って来よう」


 当然、そうなるよな。テイガのシナリオ通りだが、こうも想定されていると怖いとすら感じる。……奴の情報収集能力が、ここまで未来を予想させるのだろうか。


「ちょっ……ちょっと、待ってくれ。今、この部屋は四人以上入ると、爆発するんだ」


「――――何だって?」


 よし、こっちを向け。そうだ。俺はがくがくと膝を震わせて、怯えた眼差しを男に向けた。


「出て行く時に、そう言われたんだ。……俺と、あんた達二人で、もう三人じゃないか。……頼む、俺を殺さないでくれ」


 さて、俺はここで、どうして爆弾の在り処を先に言ってはいけないのかとテイガに聞いた。すると奴の答えは単純明快で、しかし深い内容だった。


「四人――……って、何だそりゃ。そんな爆弾、聞いたこと無いぞ」


「俺だって知らないよ! ……でも、本当だったら死んじまうじゃないか。俺だけじゃない、あんた達もなんだぜ」


 治安保護隊員は、困った様子で顔を見合わせた。目配せをして、互いの考えを確認しているようだ――――テイガの答えは、こうだった。


 こっちから爆弾の位置を教えると、相手が警戒して扉を開けない。……人間ってのは、人に言われた情報を信じず、自分が発見した情報というのは信じるものなんだ、と。


「……お前、爆弾の場所は分かるか?」


「分かんねえ……分かんねえけど、あいつは他の牢屋には行かなかった……」


 治安保護隊員は、牢屋の中を目を凝らして見た。……すると、瓶に入った水――――が置いてある、テーブル。牢屋には、それしかモノが無いことに気付く。


 そして、不自然にもテーブルの下はテーブルクロスのように服を掛ける事によって隠され、中が見えないようになっているのだ。


「……おい」


「…………ああ」


 大したもんだ、テイガ・バーンズキッド。只者じゃないことは薄々分かっていたけれど、こうも予定通りに事が運ぶとは。


 同時に俺は今、テイガが仲間である事の心強さと、テイガを失う時の恐ろしさを、その肌で感じていた。


 鍵を開け、牢屋が開く。二人の治安保護隊員が牢屋の中に入り、テーブルの下を――――確認した。


 同時に、音もなく治安保護隊員の背後に現れた影。――――勿論、テイガ・バーンズキッドだ。生身の上半身が薄っすらと浮かぶ。服は、テーブルに掛けてしまったからな。


 テイガは天井に貼り付いて、様子を窺っていたのだ。


「はいおつかれさん、っと。<スリーピング・ショット>」


『ギルド・ローグクラウン』の得意技、相手を気絶させるスキルだ。


 テイガは両手で治安保護隊員の後頭部を強打した。音もなく、二名の治安保護隊員が倒れる。


 俺とテイガは互いに顔を見合わせ、笑みを浮かべた。



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