E67 不気味な男、テイガ・バーンズキッド
どうにも軽薄そうな声に呼ばれて、俺は鉄格子の向こう側を目を凝らして見た。薄暗くてよく分からなかったが……<ライト>を使うのは、流石にまずいだろうな。
鉄格子を握って俺を呼んでいる男が居る。向かい側……か。
「やーっぱり、ラッツだ。ラッツ・リチャードだろ、お前さん。……ヒヒヒ」
何だ……ラリってんのか?
男はバンダナを頭に巻いていて、目の上がバンダナに若干隠されていた。髪の毛の色は白に近い水色……だろうか。この暗がりでは姿もよく分からない中、髪の色が妙に目立って見える。
鉄格子を握る、真っ黒い手袋が不気味に震えていた。
「お前さん、シルバード・ラルフレッドにやられてここに来たのかい?」
「いや……ベティーナ・ルーズって早口魔法使いにやられて捕まったよ」
「そうかァ……無念は晴らせなかったのかァ、可哀想に……ヒヒヒ……ゼエ、ゼエ……」
何だ、こいつ何かを知ってるのか……? 何やら息が上がっているが……
「シルバード・ラルフレッドは、ソードマスターを辞めたんだな」
「ヒヒヒ! これがァ、傑作なんだなァ。お前さん、シルバード・ラルフレッドに追い掛け回されていたろ。あれ、単なる逆恨みなんだ」
「逆恨み?」
「フィーナ・コフールのことさァ…………アー、薬が切れてきちまったぜ。つまんねえ。これで最後なんだよなあ。くそが、足りねえ。足りねえなぁ……」
……なんか、不気味な奴だな。上着の内ポケットに隠していたのか、男は何度も内ポケットを探りながら、ため息を付いた。
だが直後、俺を見ると陰湿な笑みを浮かべて、鉄格子をガタガタと揺らした。
「おい、ちょっ……止めろよ、保護隊員が来るぜ」
「まさかお前さんに会えると思わなくてね、少々興奮しているんだ。まァ気にするな、楽に行こうぜ」
お前のせいで俺は気が張っているんだが……そんな事を言っていても仕方がないので、俺は溜め息をついて男を見た。
「名前は?」
「テイガ・バーンズキッド。テイガでいいぜ。……それで、シルバードの事なんだが。あいつ実は、ギルドリーダーになる予定だった男じゃねえのよ」
シルバード・ラルフレッドが、ギルド・ソードマスターのギルドリーダーになる予定はなかった? ……どういうことだ、それ。
俺がアカデミーを卒業する頃には、もうシルバード・ラルフレッドがソードマスターのギルドリーダーだったからなあ。そこら辺の情報は、まるで知らない。
こいつ若そうに見えるけど、意外と年食ってるんだろうか。
「『ノース・ロッククライム』って知ってるか? 北の地方にある、炭鉱で食ってる村なんだが――……」
ロッククライム? ……それは、俺の故郷だけど……
俺は首を傾げて、テイガの言葉を聞いた。
「そこに、場違いにも『コフール一族』って聖職者の一族が家を構えていてなあ。ギルド・セイントシスターのギルドリーダーとして、代々バトンを回してきたのがコフール一族。その一人娘が、フィーナ・コフールってわけだ」
「えっ? ……ってことは、フィーナは『ノース・ロッククライム』に居た、ってことなのか?」
「そうだ。で、ここからが面白い所なんだがよ」
フィーナが、ロッククライムに住んでいた事がある? ……俺、当然知ってる筈だよな。どうしてだろうか、あまり記憶にないが……
あまり、外に出ない家風だったのかな。それで俺とは接触が無かったとか、そんな所なのかもしれない。
…………そうか? 思い出せん……
「当時、フィーナ・コフールが次期ギルド・セイントシスターのギルドリーダーとして就任しようって時に、ソードマスターの次期ギルドリーダー候補はシルバードじゃあなかった。当時のギルドリーダー、エトッピォウ・ショノリクスの一番弟子だったんだがな」
エト先生! ……って、やっぱりエト先生のフルネームって『エトッピォウ・ショノリクス』だったのか。ダサいな……
エト先生の一番弟子は、シルバード・ラルフレッドじゃなかったのか。その話を聞いた時、俺は眉をひそめた。
「待て待て。じゃあ、一番弟子はどうなったんだよ」
「そう、それよ。エトッピォウ・ショノリクスの一番弟子、名前はなんつったかな。忘れちまったが、ある日行方不明になりやがったのさ。誰も知る所ではないが――――実際にやったのは、裏ギルド『チャンピオンギャング』の当時のボス、ゴールバード・ラルフレッドだと俺は知ってんだなァ」
ゴールバード・ラルフレッド?
……ラルフレッド、だと?
いつの間にか俺は真剣に、テイガの話を聞いていた。その場の境遇など考える事もなく、鉄格子の前に座り込んだ。
「ゴールバードは強欲な権力者の上、親バカでな。子供の望むもん、何でも与えちまう。当時のシルバード・ラルフレッドが、次期セントラル国王の就任パーティーで出会ったフィーナ・コフールに一目惚れして、表舞台を歩かせようと決心したって所だろう」
「それで、エト先生の一番弟子を殺したのか……?」
「殺したのかは知らねえ。今もどこかで生きてるのかもしれないさ。ギルドリーダーではないがね」
他の牢屋は、静かだ。この部屋には合計六つの牢屋があるようだが、中央の通路を挟んで三つ並んでいる牢屋の中央に俺、向かい側にテイガという位置関係で、他に人は居ない。
俺とテイガ以外に人が居ないからか、テイガは妙に饒舌だった。
「ところが、この後任のシルバード・ラルフレッドは見た目良い奴なんだが、中身はしっかり『チャンピオンギャング』のままなんだなァ。ルールスレスレの恐喝やら強奪やら、バレない犯罪まで、何でもしちまう。ところが、唯一望んでいたフィーナ・コフールの気持ちだけは、寸での所で取り逃がしたってワケだ。お前のことよ、ラッツ・リチャード」
俺は、いつかフィーナがシルバードの事を悪く言っていた事を思い出していた。
『残念ながら、あんな七光りの馬鹿息子に用はありませんわ』
……なるほど。人は見かけによらないってのは、この事なのか。まあ何だかんだ俺も、シルバードにはゴールデンクリスタルのことで、やり込められたような格好になってしまっているけど。
いや、待て待て。出会ったばかりの、しかもちょっとキチガイっぽいこの男の話を信じるのか? ……信じるに足る話ではあるかもしれないが、かといって無闇に信用し、そうと決めつけるのは時期尚早ってもんだろう。
「だが、ゴールバード・ラルフレッドその人は、表舞台でも活躍してた人だろ? 聞いてないぜ、シルバードの親父がチャンピオンギャングのギルドリーダーだなんて」
「そりゃそうだ。ソードマスターのギルドリーダーになるような奴に、悪い噂が立ったらまずいだろ。エトッピォウ・ショノリクスと取引して、そこら辺はきっちり解決してんのさ」
「ふーん……」
……まあ、信じるに足る話では、あるのだが。
エト先生が自分の弟子を行方不明にされて、首を縦に振るとも思えないが……ゴールバード・ラルフレッド、一体どういう人間なんだろうか。
「結局、最終的には恋心を逆手に取られて、フィーナ・コフールのセイントシスター辞任の口実に使われて、挙句他の男にフィーナを取られてるんだから、どうにもならねえ。しかも、そのフィーナ・コフールが話せなくなったってんじゃ――……」
話の流れに任せて、危うく聞き逃す所だった。だが、その名前に身体は勝手に反応した。
「おい、ちょっと待て」
その時、俺は。
信じられない言葉を、テイガ・バーンズキッドから聞いた。
「話せなくなった? ……フィーナが?」
「何だ、お前がやったんじゃねえのかよ? 皆言ってるぜ、お前がスカイガーデンで酷い振り方をして、フィーナに<マークテレポート>を使わせたんだって」
「<マークテレポート>?」
さっぱり、話が見えない。俺が頭に疑問符を浮かべている事を見てか、テイガは途端に面白く無さそうな顔をして、言った。
「何だ……? お前さん、本当にラッツ・リチャードか? スカイガーデン没落の時、何してた」
あの時……俺は、<凶暴表現>を使って。
フィーナとロイス、ゴボウをスカイガーデンから、セントラル大陸まで飛ばして。
それから…………
「スカイガーデン没落、ってのは…………」
「スカイガーデンが海に落下したって話だ。人も無事、建物も無事、落下の衝撃もねえ。何かがおかしいと思ったら、その直後に現れやがったのよ。巨大なバケモンが」
俺は、何も、知らない。
「スカイガーデンから人が逃げ出して、リヒテンブルクに行った。そしたら、バケモンはスカイガーデンから先には来なかった――……。あいつはラッツ・リチャードが召喚して、スカイガーデンを滅ぼそうとしていたんだと。そういう事になってる。当時、スカイガーデンは新規の『スカイゲート』利用者を禁じていてなァ。スカイゲートパスを持った知り合いが居なければ、入れないようになってた。入ったのはラッツ・リチャードと、フィーナ・コフールだけだった」
あの時俺は、たまたまロイスが『スカイゲートパス』を持っていたから。ロイスに入れて貰おうと、思っただけで。
決して、化物を召喚しようなんて、思ってない。
「……俺はそんな話、知らねえぞ」
「何だ何だ、すげェ奴が入ってきたと思ったのに……脱獄に協力させようと思ったんだがな。くだらねえ、寝よ寝よ」
こいつは脱獄作戦を俺に手伝わせる為に、今まで情報を喋っていたのか。……なんだか、納得だ。
しかし、とんでもない話を聞いた。俺は確かに『真実の瞳』を持って、魔界まで逃げて来たようだったが……その直後に、恐ろしい事件が起こったもんだ。
俺の、せいか?
「…………被害者は?」
「あー? お前に話して何の得があんだよ」
「頼む、もう少しだけ教えてくれ。結局被害者は、居たのか? 居なかったのか?」
「……分からねえんだよ。誰も覚えちゃいねえ。全員救出されたって認識だったみたいだが、数は合わねえ。不思議なもんだ。フィーナ・コフールも世にも恐ろしいものを見たって顔で震えるだけで、何も喋りゃしねえ。だから、犯人では無いだろうとされた。セントラルのフィーナ・コフールに対する信頼だろうな、これは」
「ロイス・クレイユは。スカイゲートパスの持ち主だ」
俺がその言葉を発した時、テイガの顔色が変わった。……何だ? 当然、俺は聞くべき事を聞いただけだと思っていたが……
「――――知らねえ」
「え?」
テイガは嬉しそうな顔をして、一度は寝転んで向けた背を、もう一度ひっくり返して俺の方を向いた。
「何だ? それ。誰だ? それ。もしかして、そいつがスカイゲートパスの持ち主か?」
「……はあ? だから、そう言って」
テイガが狂ったような動きで、牢屋の鉄格子に体当たりをした。俺は驚いて、少し身を引いてしまった。テイガは涎を垂らしながら目を見開いて嗤い、じっとこちらを見詰めている。
「うるさいぞ!! 静かにしろ!!」
治安保護隊員に怒られるも、テイガは見向きもしない様子だった。……これだけじっと見られると、流石に気持ち悪い。何もしていないのに、肩で息をしているし……
「そうか。やっぱりお前は、スカイガーデン没落事件の切っ掛けになった、ラッツなのかもしれねえな。面白くなってきたぜ……」
「……面白い事なんか、一つもないだろ」
「いやあ? あるぜ。俺はこれでも、裏ギルドの『ギルド・ローグクラウン』の人間でね。情報を売るのが仕事でさあ。スカイゲートの利用記録までは辿り着けたが、何故かスカイゲートパスの持ち主が消えている事は気になってた」
ってことは、ロイスは今、どこでどうしているのかも分からないってことだ。
…………これは確実に、俺の、せいだ。
「それでも、良い値段だったんだよなあ。ノース・ホワイトドロップの記者に売り付けたら、高かった――――まあ、関係者を疑われてこんな所に居るんじゃ、仕方ねえけどな」
「……たったそれだけで、閉じ込められたのか」
「人間でも魔族でもない、訳の分からないバケモンが現れたってな。もう、どいつもこいつも疑心暗鬼よ。お前だって、事件に関わっているのかどうか、それさえ分からないのに、こんな所に居るんだろ?」
…………まあ、確かに。
それを差し引いても、こいつは態度や言動がちょっとアレな所あるからな。疑わしいと思われても仕方がないかもしれないが。裏ギルドの人間らしいし……
しかし、俺の事はまた話が別だ。『真実の瞳』は『ガスクイーン』が持っていたから、それを奪う事で別の化物が現れるってのも、少し考え難いし――……どういう事なんだ? 俺は化物なんか召喚出来ないしな。
それとも、『真実の瞳』そのものを、あの場所から離す事がトリガーになっているのか――……?
……考えたって、分からないが。
「もし、知ってたら教えてくれ。フィーナは今、どこに居るんだ」
俺が問い掛けると、テイガは厭らしい笑みを浮かべた。
「キヒヒ……それを教えるのは簡単なんだがまあ、俺も情報屋だからな。あんまり、タダで教え続ける訳にもいかねえ。どうよ、同じ境遇で閉じ込められた者同士、ここから出てからやり取りするってのは」
「……ここから、出てから?」
俺が問い掛けると、テイガは人差し指を立てた。俺が小首を傾げると、テイガは気持ちの悪い笑みを貼り付けたまま、眉をひそめた。
「一万セルだ」
「はあ?」
「だから、一万セルだって。フィーナの居場所。特別に、今迄の情報はタダにしといてやる――――最も、お前が俺に協力するなら、だが」
協力するも、何も。こんな鉄格子の部屋で、出口はない。常に治安保護隊員が表を見張っていて、とてもじゃないが出られる雰囲気ではない。
だが、テイガは言った。
「悪い話では、無いと思うぜ? どの道俺もお前も、このままここに居れば三日後には処刑なんだからよ」




