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超・初心者(スーパービギナー)の手引き  作者: くらげマシンガン
第一章 初心者とベタ甘ハーピィと山の上の城壁
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A07 妹を探そう

「知らない?」


 ダンドを懲らしめた後、仲間の奴等に話を聞いた結果がそれだった。何でも、羽をもがれたハーピィはペットとして売ってしまい、そこから先は知らないと言うのだ。


 その話だけで既に怒りがはち切れそうになったが、制裁は済ませたので黙っておく事にした。


 じゃあ、そのハーピィを誰が買い取ったのか、という話だが――……これまた何処のギルドに所属しているのかも分からない、黒ずくめの男の集団だったという話だ。


 黒いフード付きのローブというと、ギルド・マジックカイザー辺りが思い浮かぶが……顔も見えない相手に、厄介な魔物の子供を売るなよ。本当にバレたら、ギルド追放じゃ済まないかもしれないぞ。


「……分かったよ。とにかく、もう二度とこんな事すんな」


 俺はダンドを始めとする一団にそう言って、顔を上げた。


 そこには、ずっと俯いたままで何も言わないレオが居た。俺を一瞥すると、頼りなさ気に目を逸らした。


「レオは、どうする?」


「ああ。俺は――……」


 決め兼ねているのだろう。ギルド・ソードマスターにどうにか入ったかと思いきや、配属されたのがこんなセコいパーティーリーダーが居るパーティーだったのだから。


 俺はレオの肩を叩き、笑った。


「パーティー、変えて貰えよ。肌が合わなかったとか何とか言えば、どうにかなんでしょ」


 レオが『魔物の子供狩り』に参加していたとしても、俺には関係ない。まあ、こいつには名前を貸して貰ったという恩(強制)があるしな。


 ふと、レオは微笑んだ。


「――そうだな」


 あー。


 これ、俺がレオの名前を勝手に使っていなかったら、ちょっと良い話だったのに。


 俺、後で怒られんのかなあ……


「じゃあレオ、またな。俺、戻るから」


「おう。ラッツも、頑張れよ」


 兎にも角にも、俺は『フリーショップ・セントラル』を後にした。




 ○




 ホテル・アイエヌエヌに戻ると、先にシャワーを浴びて、床につく準備をした。フルリュは足が一本無い状態なので、脱衣所からベッドの間を抱きかかえて往復。


 俺はフルリュをベッドに降ろす。そうして、湯上がりの髪をタオルで拭いた。輝くような金色の髪と、昼間助けた時と同じ、ぼろぼろの素肌が目に入る。


 ……美しいが、その姿はひどく痛々しいものだ。


 カートはちゃんとホテルの下のアイテムカート置き場に鍵を掛けて置いたし、今夜はこれで終わり。明日からは、『ルーンの涙』を一先ず探しに行かなければ。


 それからフルリュが探しているという、妹のこと――……までは、付き合っても良いだろうか。


 その表情は頼りなく、ふとした時に風で飛ばされてしまいそうな程だった。……やっぱり、気にしてんのかな。ダンドの一味が売ったのがフルリュの妹だったら、既に今はどこに居るのか分からないということに――妹を助けるために、わざわざ『轟の森』まで行ったのに。


 俺は尻ポケットからゴボウを引き抜くと、ベッドの隣のテーブルに投げる。そうして、椅子に腰掛けた。


「べふんっ」


 座る時、邪魔なのだ。


「大丈夫だよ、フルリュ。まだ、お前の妹かどうかも分からない訳でさ。今は気持ちを切り替えていこう」


「……はい」


 髪を撫でると、フルリュが淡く微笑んだ。……少しは、眠れるようになるだろうか。


 やはり、傷付いていると言っても一人の娘である。いや、この場合一匹と称するべきなのか。その湯上がりのシャンプーの匂いにクラクラとさせられた。


 ――――あれ。


「じゃ、じゃあ、電気、消しますね」


 フルリュが落ち着きのない動きで、電気を消した。その瞬間に、俺は気付いてしまったのだ。


 ベッド、


 一つしか、


 ――――無いじゃん!!


「ラッツ様も……どうぞ」


 いやどうぞって隣空けて貰っても!! い、良いんですか? どうしよう、魔物とは言え見た目は娘……やばい、女の子と一緒に寝るなんて人生でまだ経験した事無いぞ。


 そそくさと、ベッドに入った。瞬間、フルリュの柔らかい素肌の感触にビビる。


 今のフルリュはバスローブに身を包んでいるとはいえ、俺との境界線はそれだけである。たかが布の一枚や二枚でこの柔肌の感触が防げるものか。


 いや、生はやっぱりもっとすごいんだろうけど……


「……あの、ラッツ様」


「ああああああ、ナニ何々!?」


 俺、動揺し過ぎじゃない!? ダメだ、ここはあくまで一人の大人として冷静にだな、


「……ぎゅって、して貰えませんか」


 やめてええええええ――――!!


 一体何だその発言は俺を誘っているのかどうなんだ!? いや、何だかフルリュは助けた後から俺の言いなりっていう事はあるけど……あれ? 俺、フルリュの事エロい目で見てた? いやそんな事はない、至って健全な筈だ!!


 ハーピィに限らず、人型の魔物っていうのは人間を狩るために人の姿をしている事が多い訳であってだな。人間がその姿に欲情してしまうのは仕方ない事というのか、……なんというか。


「嫌な事を、思い出してしまって」


 あ。


 俺は何も言わず、背中からフルリュを抱き締めた。柔らかな翼の感触と共に、フルリュの震えが治まる。


 ……震えていたんじゃないか。


 可哀想に。妹を探していたら訳もわからないうちにリザードマンに襲われ、足を片方失った。まだ怖いのは当たり前な筈であって。


 暗闇の中、フルリュが少しだけ微笑んだように感じられた。俺は規則的にフルリュの髪を撫でながら、フルリュが安心できるように努めた。


「……しかし、魔物も魔物を襲うんだな」


 俺の言葉は、フルリュに届いていただろうか。暗闇の中で後ろから抱き締めているような格好じゃ、フルリュの表情を確認することは出来なかったけれど――……


「すう……すう……」


 ……寝たか。恐怖よりも、疲労が勝ったのだろうか。


 まあ、そうか。今日一日でリザードマンに襲われ、人間の男に助けられ、足を失い、変なホテルで寝泊まりだもんな。気が張っていただけで、そりゃあ疲れもするだろう――……人間なら。


 いい加減、フルリュと一緒に居る事に違和感を覚えなくなってきた。魔物は危険だと諺を覚えるように擦り込まれて来たけれど、とても危険には見えない。今だって、こうして無防備に眠っていると来たものだ。


 結界を張って、人間から隠れていたと言っていた。なら、『そういう魔物』も居るのか?


 ……なんだよ、『そういう魔物』って。


 溜息を付いた。魔物に違いがあるなんて、聞いた事無いぜ。一息付いて冷静になると、自然と眠気が襲って来る。


 が、その眠気は直ぐに吹っ飛んだ。


 ……って俺、このままで朝まで?


 いやいやいや、そりゃあちょっと無理ってもんでしょ。人間では早々見掛けないほどにくびれたウエストも、その少し上に手を伸ばせば絶対に当たる位置にある巨乳も手をこまねいて俺を見ているこの状況で、手を出さずに朝まで居ろってのか。


 俺は聖者か。結界でも張ってみせようか。


 …………くそ。相手は傷付いたハーピィだぞ。人ですらないのだ。


 ああでも、柔らかい……まあ、眠っている間に悪戯くらいなら良いかな。くふふ……


「『ノーマインド』の魔物が、ダンジョン内に蔓延はびこるようになったせいだ」


 唇を引き結んだまま、押し固まった。


 あー……そうか。居たね。そういえば、隣のテーブルにゴボウみたいなの居たね。


 喋ること忘れてたわ。


「あんだって?」


 俺は小声で、ゴボウに話し掛けた。また意味不明な事を語り出したが、どうせこのままフルリュを抱き締めていたら欲情するだけだし、聞いてやらんでもないか。


 なんだか、知識っぽい内容もありそうだし。


「現在では、魔物には理性のある『魔族』と、そうでない『魔物』が居る。それも、全く同じ種族にだ。……何故倒した魔物がアイテムを『ドロップ』するのか、気になった事はないか? 『ノーマインド』の魔物と呼ばれる狂気に満ちた魔物だけが、倒した時に『消滅』し、アイテムを『ドロップ』するという現象が起きる」


 何だか、いつかの日に重力を発見した男が居たように、俺の中で――いや、現人類の中で『当たり前』になっていた事を、疑問として投げ掛けられた気がした。


 ――――何故、倒した魔物が『消滅』して、アイテムを『ドロップ』するのか、だって?


 そりゃ、そうだからであって。他に理由なんか――……


「何だよ。それじゃあ、『ノーマインド』の魔物……じゃない魔物、いや魔族だっけ? ……ってのは、倒しても消滅しないってのか?」


 俺が問い掛けると、ゴボウは沈黙した。いや、頷いたのか? このビジュアルじゃわかんねー!!


「全ての生物が死ぬ事について、デフォルメのようなモノは本来有り得ない。それは極めてリアリスティック――そして、ある意味ではドラマティックだ。それは腐敗し、虫が蔓延り、骨になり、やがて上に積み重なる地層と共に星の一部となる」


 フルリュは、すっかり眠っている。俺とゴボウの間で小さな声で繰り広げられる会話など、耳に届いてはいない。


 俺はそっと起き上がり、ゴボウを見た。


「お前一体、何なんだ?」


 ただのゴボウじゃないとは、思っていたけれど。


「……今はこの物体に『神具』として封印されているせいで、名前を思い出せない。元は魔族だった」


「じゃあ、どうして魔族は二つに分かれたんだよ」


「人間が望む『魔物』の姿を反映させるため――……在りし日の勇者と魔王は、この世界を改築し、それぞれに都合が良いように仕立て上げた。本来の魔族は結界を張り、人間の目の届かない所に避難している」


 何だよ、そりゃあ。


 じゃあ、俺が今まで当たり前のようにアカデミーで学習してきた、魔物と人間のあり方みたいなものは、全く本来の姿とは掛け離れているって事なのか?


 もしかしたら、その理性を持った『魔族』とやらの子供を捕らえてしまったがために小さな戦争が起き、セントラル・シティと冒険者アカデミーに『前例』が生まれた?


 ……あまり、こいつの言う事を信用し過ぎるのも良くないけれど。


「じゃあ、フルリュみたいな奴等が本物の『魔族』って事なのか」


「そうだ」


 俺は、何も言えなくなってしまった。


 ダンジョンの奥底に蔓延る魔物。それらを倒し、生活に必要な物資をドロップさせて回収することが、俺達『冒険者』の仕事。


 何だか、とんでもない世界の裏側を見てしまったような、そんな気がして。


「おいゴボウ」


「ゴボウではない」


「そんなに大事な事、何で今まで黙ってた」


「主が喋らせなかったのだろうが!!」


 俺は理解のキャパシティを越え、そして。


 寝た。




 ○




 微睡んでいた。


 昨日すっかり疲れてしまったということもあるが、それ以上に俺は、この際限なく沈んでいく沼のような快楽に溺れていた。どこまでも堕ちて行く様は、そう、深海のような……。


 何だか夜にとんでもない事をゴボウから言われたような気がしたが、そんな事も気にならない。温泉に浸かっている時間のように暖かく、そして癒される。


 何故だろう、人肌を抱えて眠る事がこんなにも気持ちが良いとは……


「……んぅ」


 落ち着け、俺。それは人間じゃねえ。


 瞬間的に目を覚まし、今の状況を確認した。俺は背中からフルリュに抱き付いている格好――って夜と何も変わってないじゃないか。


 いや、待て。変わっている部分が一つだけある。


 それは、俺が掌に包み込んでいる物体の存在であり。


 柔らかくも滑らかな双丘。指で押せばめり込んでいくのに、離せば元通りになる弾力性。これは、そう。


 ――――おっぱいだ!!


「芸術的過ぎるだろ、これは……」


 朝方からハイになった思考が、俺のマインドを悪戯心のそれに置き換えていく。


 そして俺は、それを――――揉んだ。


「……あっ」


 いや、これはまた。なんとも慎み深い手触り……二の腕に当たるハーピィの翼も、今となっては剥き出しの羽毛布団か何かにしか見えない。


 嗚呼、このまま微睡んでもう一眠りしたいところだが……


「……あの、……ラッツ様、……手が」


「って起きてんじゃ――――ん!!」


 反射的にフルリュのおっぱいを離し、ベッドから飛び退く俺。フルリュは顔を真っ赤にして、涙目で俺の事を見ている。


 しまった。あまりの心地良さと朝方の寝惚けで、我を忘れていたぜ。大丈夫か、俺。しっかりしろ。


 こういう時は、どうしたらいい。ハーピィの得意技は確か、<スクリームボイス>。大声を出して対象をびっくりさせるスキルだ。こんな所で人を呼ばれたら、魔族をホテルに連れ込んでいる俺、何も弁解出来ないぞ。


 こんな時は、そうだ!!


「っすんませんっしたァ!!」


 マッスルエキスパートも顔負けの勢いで、フルリュの前で土下座する俺。音がするほど床にデコを叩き付け、軽く血が出た。


 謝り倒すんだ、俺!! 今はまずい、今だけは人を呼ばれる訳にはいかん!!


 だって――ベッドが一つしかないんだっ!!


「悪気はなかった……出来心だったんだ!! そう、これは事故……計画的事故のようなものなんだ!!」


 何を言っているのか自分でも分かっていない俺。フルリュは涙目のままで俺を見詰め、そして――……


「……あの、ラッツ様。……そういうのは、……夜に、お願いします」


 俺は口から血を吐いて、フルリュを見た。


 ――――怒ってない、だと!? それどころか僅かに頬を染めて、少し嬉しそうな気配さえしやがる……


 そうか、魔族っていうのはもしかして、こういうのって挨拶と同義なんだな!? そうだ、そうに違いない!! そうでなければ、首席だという名誉と魔法使いのスキル練習という名目を盾にしてスカート捲りに励み、女子に殴られ倒したアカデミー時代の俺が浮かばれん!!


 そっかあ、魔族の女の子ってのは、おっぱい揉まれても怒らないんだー。


「……えへへ」


 頭を撫でると、少しだけ照れ臭そうに笑うフルリュ。


 じゃあ、これからは揉み放題だネ!


 あっはっはっはっは……


「寧ろやり辛いわ――――!!」


「きゃうっ!?」


 俺は謎の怒りに、枕を床に叩き付けた。


 朝っぱらからおかしなテンションでノリツッコミをする俺に、夜からずっとテーブルの上に置きっ放しになっていたゴボウが呟いた。


「さっさと出発しろ……」


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