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超・初心者(スーパービギナー)の手引き  作者: くらげマシンガン
第四章 初心者と高飛車魔法使いと消えた街の秘密
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E66 奇麗なベティーナには棘がありすぎた

 ベティーナの背後に巨大な津波が現れた……いや、撃つか普通!? セントラル・シティのど真ん中で<タイダルウェイブ>、民間人を巻き込んだらどうするんだよ!!


 大魔法の詠唱は言葉そのものを魔法公式として組み上げる訳だから、通常よりもずっと魔力のコントロールが難しい。それをまるで早口言葉か何かのようにこいつは……ものの三秒で発動させやがった。


 俺はすぐに戻り、両手を縛られて身動きが取れない三人の下に走った。こんな所で泳ぐ事ももがく事も出来ずに水に晒されたら、ササナ以外は溺れてしまう。


 そのササナだって危険だ。魔族だということがバレるから、当然大変な騒ぎになる。そうなれば、ただでは済まないだろう。


 悲鳴を上げて、人々が逃げ惑う。あろうことか、その中でベティーナは意地の悪い笑みを――――出会って初めて、最悪な笑みを見せた。


「あーあ。あんた死ぬわね。指名手配って死んでても良いんだっけ? ……まあ、どうでもいいわ。問題が解決すれば良いんでしょ」


 駄目に決まってんだろ!! セントラルの掟で、公共の場所で人間を殺害することは固く禁じられている、当たり前だ。それが許されるのは、殺害も止むなしと治安保護機関が定めた重罪人だけで…………あ、もしかして定められてるの? 俺?


 ええ!? そんな道理が通用してたまるか!! 何の罪かもよく分かってねえのに!!


「やめろお前、こんな所で大魔法なんざ――――」


「大いなる大地より授かりしマナを懐に添え天馬の決断の如く其の身を持って決せよ恣意しい童心に還らぬ者を何人たりとも渦中に籠めて我離さんとする<ニードルロック>」


 ひいいいいい!! やめろ何だこりゃ、こんなの規格外過ぎて戦闘もへったくれもねえ!!


 ベティーナの両端の地面が盛り上がり、瞬間的に巨大な岩の針が地面から俺達を襲う!! 俺は素早くナイフで三人の拘束を解き、ベティーナの放った<ニードルロック>から逃げるように背を向けて走り出した。三人も、俺に続く。


 だが、<ニードルロック>は俺達を直接襲う事はない――――しまった、<タイダルウェイブ>の誘導だ!! <ニードルロック>で壁を作ったんだ!!


「あいつにやられたのか!? 全員!?」


「すいません、速度が一定時間低下する大魔法を撃たれまして……」


 フルリュがオタオタと慌てながら、そう言った。


「詠唱が速すぎた……サナの妨害魔法、間に合わなかった……」


 そりゃ、変化系の範囲魔法といったらササナの十八番だからな。大魔法ってのは、効果が大きいけれど消耗する魔力が多く、発動までに時間も掛かるっていうのが弱点の筈だ。


 ……まさかその弱点を、『喋るのが速い』なんていう方法で解決して来るとは思わなかったが。


 まあ詠唱が速いということは、当然魔法公式を組む事も常人より遥かに速いという事ではあるのだが……早口言葉の印象が強烈すぎた。


<ニードルロック>は俺達の走るスピードなんかよりも遥かに速く、俺達を回り込むように出現した。そのまま、目の前の通路を塞がれる――……


「こんなもんで、あたしが止められるかっつーの!! <キャットダンス>!!」


 キュートが憤慨して、壁に向かって走り出した――――やばい。


「やめろ、キュート!!」


 俺の制止も聞かず、キュートは地面から出現した巨大な針の壁に向かって蹴りを放った。しかし、駄目なんだ。<ニードルロック>もそうだが、大魔法の威力やサイズ、速度なんてのは、術者の魔力によって大幅にその姿を変える。つまり、今突き出ているそれは通常存在する岩の硬度なんかとは比較にならない程に硬い可能性がある訳であって――……


「おらああああ!!」


 キュートの足が、ベティーナの放った<ニードルロック>に触れた。瞬間、キュートの顔色が変わる。


「キュート!!」


 ミシ、という、骨にヒビが入る――――嫌な音がした。瞬間、背筋が凍る。


 巨大な津波の音の中で、それでも何故か、その音は大きく聞こえた。


「ぎっ…………にゃああああああ――――!!」


「キュート……!!」


「キュートさん!!」


 くそ。こうやって俺達を<ニードルロック>で閉じ込めてしまえば、先に放った<タイダルウェイブ>は他の人を巻き込まないし、街に流れ出る事もない。……しかし、強引過ぎる。


 フルリュとササナがキュートに駆け寄った。顔を真っ赤にして、キュートは右脚を押さえている。自分のスピードだから、そこまで酷い事にはならないと思うが――少なくとも、今は戦闘不能だ。


 上を目指せば、更に<ニードルロック>を伸ばされ、串刺しにされるのがオチだ。かといって、地面を掘ってもどこまでが<ニードルロック>の範囲か分からない。


 どうする!? <タイダルウェイブ>に今にも飲み込まれそうなこの状況で、フルリュは飛べない。キュートは破れない。俺は武器を持っていない。


 ――――くそ。


「耳を塞いで……<シンクロ・ノイズ・ノイズ>」


 咄嗟に俺達はササナに言われた通り、耳を塞いだ。ササナは超音波のような音を出し、<ニードルロック>の範囲内に灰色の雲を出現させた。


 そうか。その昔にロイスと止むを得ず戦った時、使われた防御魔法――――灰色の雲に<タイダルウェイブ>の波が乗った瞬間、ササナは灰色の雲を上へと引っ張った。


 突然のことで、<タイダルウェイブ>の軌道が上へと逸れる。波に隠れて見えなかったベティーナの顔が見えると、その表情は驚愕に満ちていた。


「おい!! このままだと街が洪水になるぞ!!」


 瞬間的に、現れていた波が消える。……流石に、魔法を解除するところだ。


 しかし、<ニードルロック>はそのままだった。俺達を逃がすつもりはないらしい。……当たり前のように、大魔法の複数操作をやってのける。


 ベティーナは苦い顔をして、眉をひそめた。


「…………なに、それ」


 ササナは後ろめたい顔で、俺の背後に隠れた。……本当は、やりたくなかったのだろう。ロイスと対決した時に一度だけ見せたけれど、ササナの音スキルは明らかに――――人間の魔法ではないことが分かる。


 どうにか、誤魔化さなければ。もう、この状況で逃げられるとは思わない方が良い。


 なら――――、次の選択肢だ。


 俺はベティーナに聞こえないよう、小さく呟いた。


「――――『リンガデム・シティ』を目指せ。そこで落ち合おう」


「えっ?」


 フルリュが俺の名前を呼ぶ前に、俺はベティーナに向かってナイフを捨てた。ベティーナは腕を組んで、俺の様子を見ている。


 はっきりと、俺は言った。


「分かった、分かった。俺の負けだ。……良いぜ、連れてけよ」


「今の、何よ。ちゃんと説明しなさいよ」


 真面目に戦えば、フルリュと協力して<重複表現デプリケート・スタイル>を使うことで、ベティーナと張り合う事は可能かもしれない。だが――……、この早口大魔法に勝てるという保証はないし、何よりキュートの足が心配だ。骨が折れたんだったら、ちゃんと治療させてやらないとまずい。


 キュートの魔力は少ないから、あいつが倒れる分には下手に調べられなければ、病院も魔族だとは思わないだろうし。


 俺は今、ナイフ一本なんだ。俺の勝手な喧嘩っ早さで、危険に巻き込む訳にはいかない。


「さあ。なんだか分からないが、『人質』が自分の身を守っただけだ――――『他人』を巻き込む訳にいかないだろ? 心が折れたよ」


 フルリュとササナにも、その意図が分かったのだろう。叫ぼうとするフルリュに対して、ササナはフルリュの口を塞いだ。


 そうだ、ササナ。お前が正しい。『セントラル大監獄』に連れて行かれるんだとしたら、どう考えても三人は外に居るのが吉だ。何も、揃って閉じ込められる必要なんざないんだからな。


「はあ!? 明らかに仲間でしょ。馬鹿にしてんの!?」


「いやいや、ついさっきそこで会ったんだよ。俺の仲間じゃないって保証はないが、俺の仲間だって保証もないだろ……ってっ!!」


 つかつかとベティーナは俺に近寄り、足をヒールで踏み付けられた。俺が痛みに悶える事も構わず、ぐりぐりと体重を掛ける。


「――――別に、まとめて殺しても構わないんだけど?」


 こいつはブラフだ。犯罪者だったとしても俺一人、後ろの三人が人間だと思われている以上、そう簡単に殺しはできない。


 負けんな、俺。ここで攻撃されたら終わりだぞ。


「まあ、良いじゃねえか。――――どうでもいいだろ? 問題が解決すれば、良いんだから」


 ベティーナ・ルーズは舌打ちをして、俺達を囲んでいる<ニードルロック>を解いた。針の壁だった場所はただの地面に戻り、外で様子を見ていた民間人が、中の様子を確認している。


 この勝負は、俺達の負けだ。だから、何を言われても今は黙ってないといけない。


 そう――――今は、な。


「クズが調子に乗って。……ああやだやだ、はやく帰ってラムコーラが飲みたいわ」


 何故か好きな飲み物が同じだった事に、少しだけ腹が立つ。ベティーナは後ろで突っ立っている治安保護隊員を睨み付けると、鬼のような形相で言った。


「どれだけ無能なの!? さっさとこいつを縛りなさいよ!! マジ有り得ない!! どクズが!!」


「あっ……!! は、はいっ……!!」


 見ればベティーナのヒールに踏まれて、すっかり俺のスニーカーはへこんでいた。……まあ、そのうち戻るだろうけどさ。ちくしょう、買ったばっかなのに……


 両手を縛られる僅かな痛みに、俺は顔を顰めた。同時に、ハンカチで口元を覆われる。


 えっ? どうして、牢屋に入れるのに睡眠薬なんか――――…………




 ○




 滴り落ちる水の音に、僅かに意識を取り戻した。汚れた床に直に寝そべっている今の状況に気付き、俺は目を開いた。


 ここは……? やけに暗い、な。天井を見る。よく見えない――……壁に設置してある鉄格子の窓から、僅かな明かりが漏れていた。


 身体を起こすと、気怠さが全身を襲った。睡眠薬を嗅がされた後に来る、この全身が麻痺したような感覚。……ということはやはり、俺は眠らされたのだ。理由は恐らく、ここまでの道を容易に特定させない為だろう。


 レンガのような組み方になっているが、無機質な石の塊。鉄格子の中には瓶に入った水だけ、ベッドすらなかった。


「くそっ……乱暴に入れやがったな……」


 動くと、全身が軋むように傷んだ。


 俺は身体を触り、今の服装と装備を確認する。……リュックがないのだから、何も無いが。ナイフすらない。俺は完全に丸腰だった。……当たり前だ。


 まあ、ここは上級ダンジョンの中にある『セントラル大監獄』だろうな。本当に、いきなり監獄に連れて来られるとは……一部の優秀な治安保護隊員や契約されたギルドメンバーなどが出入りを許される、禁断の地。……年中曇っているというのは、本当だったんだな。


 しかし、その雲は雨を降らすものばかりではない。中心にある火山から立ち昇る煙によるもの――――気象は変わり易く、雷雨と灰が交互に降ると言われる。


 出てくるモンスターも、生易しいものじゃない。触れているだけで体力魔力を根こそぎ吸われるという『ボーンバット』、火山の近くを歩き、ノーモーションで隕石をぶつけてくる『マグマゴブリン』。あとは何だっけ、見れば思い出すだろうけど……


 幸いなことに、俺の服装は元のままだ。身包み剥がされていたら、せっかく買ったものがまた振り出しに戻ってしまう所だった。頭を掻いて、鉄格子に近付いた。


「何とも無さそうだけど……当然、対魔力加工くらいはされてるんだろうな」


 魔法で壊されるレベルでないことは確かだ。ということは、俺程度の魔力では太刀打ちなんて出来ないだろう。


 状況は絶望的だったが、俺は牢屋の壁に凭れて、ようやく一息付いていた。『赤い甘味』を出た時から思っていたけれど、追われているというのは正直、精神的にあまり良くない。


 それが同族、人間なら尚更だ。


 しかし、あのベティーナ・ルーズとかいう女――……あれは、本当に参った。完全装備の俺でも、勝てたかどうか――……そりゃ、タイマンなら勝てない事も無いだろうが。あの様子だと、いつも親衛隊に囲まれているんだろうな。


 あんなケバい化粧しなくても、可愛いと思うんだけどな……


 いや、何を考えているんだ、俺よ。


 何れにしても、治安保護隊員の中にあんなバケモノが居るんじゃ、俺の逃走も絶望的だったかもしれない。そう考えると、状況を知ることが出来ただけマシだという考え方もある。


 今は冷静に、俺がスカイガーデンで何をしたのかを明確にして、この後の事を考える必要がある。


 そういえば、フィーナやロイスはどうしたんだろう。この様子だと、やっぱり同じように捕まっているんだろうか。


 気になる事が多いな……。


「ラッツ・リチャード。食事だ」


 廊下から二名程の人間が現れた。暗がりでよく見えなかったが、男の片方の手には燭台が握られている。その明かりで、男二名の風貌を確認することができた。


 治安保護隊員、だ。他の連中と同じように白ベースの服に赤いラインが入った服装で、二人共似たような形の長剣を腰に差していた。銀色の安っぽいプレートに乗っているのは、パンと牛乳。……これだけか。


 鉄格子の下に押し込まれる。美味くない事は分かっているけれど、ひとまず食っておくか。背に腹は代えられない。


「お前の正式な処罰は、三日後に決定されるらしい。今は休んでおけ」


 ……結局、俺が何をしたのかという事については分からないままか。追われている途中だったから、情報すら集められていない。


 セントラル・シティで少し、情報を握っておく予定だったのに。馬車で移動したのは、本当に失敗だったな。


 まあ、馬車じゃなければシルバードに追い付かれて、追っ手が来てジ・エンドという事も考えられたわけで、何が良かったのかは分からないままだけど。裁判前か……? いや、処遇がどうなどという話が出ているってことは、それすらないんだろう。


 どんだけ重罪人だよ、俺…………。


 パンなんだか紙なんだか分からないようなパンを口に突っ込み、薄い牛乳を飲んだ。不味いが、まあ食べられないよりマシだ。


 結局、セントラル・シティでは何か口に入れる前に捕まってしまったから、腹は減っているのだ。


 しかし、これからどうしたものか……。


「オイ、あんた。オーイ、ちょっとこっち向いてくれよ」


 ん……俺?



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