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超・初心者(スーパービギナー)の手引き  作者: くらげマシンガン
第四章 初心者と高飛車魔法使いと消えた街の秘密
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E65 高飛車魔法使いは言葉遊びがお上手

 持っている武器――杖、と薄手の衣装からして、魔法使いだとは思う。思うが――……何なんだ、この派手にかけたパーマと金髪は。フルリュのものと違い、輝きもケバケバしい。


 いや、可愛いとは思う。顔は可愛いとは思うんだが……このギャルみたいな化粧は、どうも、なあ。


 碧眼の瞳の上の睫毛を一生懸命クリップみたいなもんで上げて、女は何やら憤慨していた。


「あんたがラッツ・リチャード?」


 とりあえずお前、こっちを見ろ。


 既に、この状況でサングラスなど何の意味も持たない。大人しくサングラスを外すと、女はあからさまに嫌そうな顔をした。


「うわ、ダッサ。髪ボサボサ、マジ有り得ない」


 瞬間的に、俺の嫌悪度は最高値に達した。


 ……人をなんだと思ってるんだ、こいつは。治安保護隊員ってあんまり露出の多い服は着ない筈なんだけど、この女はミニスカートに白マント。マントと同色の真っ白なハイソックス、絶対領域が目に痛い。


 おまけに、胸には高そうなネックレスまで下げていらっしゃる。


「……そうだが、文句言ってる場合じゃねえだろ。ちゃんと適切な人数を連れて来いよ。なんだよ、この数は」


 何故か説教してしまう俺だった。


 俺がそう言うと、近くの治安保護隊員が長剣を俺に向け、激昂した。


「お前!! ベティーナ様に向かってなんてことを!! 口の利き方をわきまえろ!!」


 ベティーナ様? ……なんだこれ、こいつのファンクラブか何かかよ。


 ベティーナと呼ばれた女は鏡を男に仕舞わせると、庇ってくれた男は無視して俺に向かって歩いて来た。……そのまま、下から上まで舐めるように俺を見る。


「……ふーん。スカイガーデンを一人で落とした男だって言うから、どんなイケメンかと思ったけど。芋臭いやんちゃ坊主、ってとこね」


 俺は沸々と湧き上がる怒りを押し殺し、代わりに大地の魔力を吸い上げた。……タイミングだ。この状況で逃げるには、タイミングが重要である。


 三人が魔族だということも、まだバレてはいない。どうにでもなる状況だ。落ち着け、俺。ジャケットの裏に隠したナイフを抜く機会を窺いつつ、俺は<限定表現レストリクション・スタイル>を発動するタイミングを図った。


「まあその件については何を言ってるのか分かんねえ、ってとこだけどな。俺が何をしたのか、調査結果はあるのかい? ベッティーナ様」


「ベティーナ・ルーズよ。そう、田舎の芋臭いガキっていうのはコトバも覚束ないのね。こんにちは。分かるー? こんにちは、よ」


 大袈裟に目の前で手を振られると、眉間に皺が寄り、眉が跳ねる。……何で俺は挑発されてんだ。これ、こいつの罠か? ……辺りを見回したが、俺を挑発して良いことなんか一つもない。抵抗されたらされただけこいつが損だろうに。


 今、ここはセントラル・シティの町中だ。治安保護隊員としては、暴れられたら抑え辛い場所。他の人に迷惑が掛かることは極力避けなければならない。


 まあ、俺としてもそれは避けたい所なんだが。どこで誰に恨みを買うか分からないからな。


「……失礼、ベティーナ。それで、俺が何をしたって? スカイガーデン? 行ったこともないけど」


 一応、カマをかけておくか。……と思ったら、ベティーナは吹き出すような素振りで嘲笑した。


「自分が行った所すら覚えてないの? ほんと、あんた何のために生まれてきてんの? はいこれ、あんたの『スカイゲート』の入退室記録でちゅよー。わかりまちたかー?」


 落ち着け、俺。こんなにもあからさまな挑発に乗って、良いことなんか多分一つもないぞ。ここは冷静に、全員で逃げる方法を探してだな。


「あんたみたいなクズでも分かるように話をしてあげると、とりあえずあんたは有罪だから監獄に連れて行かないといけないのよ。このクソ面倒な時期に、この私があんたを捕らえに来ていること、寧ろ感謝して欲しいものね」


「そいつはすまんかったな。……じゃあ、お手を煩わせるのも何だからこのまま逃がしてくれないか?」


「チッ!! それができたら苦労しないでしょ!? あんた私のことバカにしてんの!?」


 誰がどう見ても、馬鹿にしているのはお前だ……


「もういいわ、さっさと捕まって。やっちゃえ」


 周りに居た治安保護隊員達が、一斉に武器を構える。武器を構える瞬間、僅かに隙が生じる――今だっ!!


「<限定表現レストリクション・スタイル>!!」


 一気に、溜めていたスキルを使った。部位は脚。この立ち位置では<キャットウォーク>発動が見込めないことと、武器がナイフしかないことから、腕よりも脚と決めたというのが主な理由だ。


「<飛弾脚ひだんきゃく>!!」


 以前ユニゴリラを倒した時にも見せた、移動と攻撃、両方の意味を持つスキルだ。その場から大きく横に動き、右手をついて地面を滑る。まだ、連中は俺が動いた事にすら気付いていない――……いや、一人だけ気付いている。先程から決して俺から目を逸らさない、ベティーナ・ルーズだ。まるで気にも留めていない様子で、俺を睨んでいる。


 生身の動体視力じゃない、これは魔法だ。……なんだ、こいつ。その右手に持ってるでかい杖、それは魔法使いのものだって分かってるんだぞ。元ギルド・マジックカイザー所属か、それとも熟練の魔法使いの弟子にでもなったか――……何れにしても魔法使いの最大の弱点は、前衛が機能しなくなった時に、まとめて魔法使いも機能停止する点にある。


 即ち、あからさまな人数で構えているこの『ベティーナ親衛隊』とも呼ぶべき集団が機能しなくなれば、ベティーナ自身も只では済まない、ってことだ。


 それが分かっていてこの態度なのか――……まあいい。このまま、逃げるための手筈を整えさせて貰おうか。


「<キャットウォーク><マジックオーラ>」


 俺は親衛隊の集まっている中心に、位置を定め。


「<レッドトーテム>!!」


 魔力融合強化込みの、巨大な火柱を出現させた。


 一瞬、ベティーナの顔色が変わる。……そうだろう。こんな規模の<レッドトーテム>、そんじょそこらのギルドでは覚える事すら出来ないぜ。……まあ、使う意味もないだろうが。それでも、俺にとっては重要な武器の一つなんだ。


 治安保護隊員が驚き、その場から慌てて逃げる。中には逃げ切れず、燃える人間もいるが――……まあ、同族のよしみだ。相手は治安保護隊員、俺の事は捕まえる予定で殺す気はないんだろうからな。


 まあ、もしも冤罪だとしたら、捕まるのはまっぴら御免だが……


「火傷くらいにしといてやるよ……<ブルーカーテン>!!」


 今度は基礎スキルとは思えない程の巨大な水のカーテンが現れ、俺の出現させた<レッドトーテム>を水に包んでいく。巻き込まれた治安保護隊員は水で冷やされるが、すでに防具はボロボロだ。戦える状態ではないだろう。


 さて、たったこれだけで半数程度が戦闘不能だ。それでも、まだまだ人数は多いが……ベティーナ親衛隊の弓部隊が、揃って俺に弓を構えた。


「放て――……!!」


 俺はジャケットの裏からナイフを取り出し、前に構える。本当は二本欲しい所だが――……リュックはショップの中だしな。仕方ない。


「<パリィ><パリィ><パリィ><パリィ><パリィ><パリィ><パリィ><パリィ>…………返すぜ!! <レッド・アロー>!!」


 弾いた矢の一本を空いている左手に構え、弓部隊の一人に投げ付ける。右手に炎の矢が刺さり、その男は弓を取り落とした。


 そのまま、親衛隊に向かって全力で地面を蹴った。俺の速度は瞬間的に跳ね上がり、常人では捉え切れない程の速さになる――……


「<飛弾脚ひだんきゃく>!!」


 一番手前に居た男へと、重い蹴りを放った。その男が吹っ飛び、後ろの男に当たり、そのまた後ろの男に当たり、そのまた後ろの男に当たり…………五人程まとめて、道の脇にある植木に突っ込んだ。これでも威力、加減したんだぜ。


 三人が捕まったようだったから、一体どうなることかと思ったが――……人間の姿だったから、本気を出せずにいただけか。これは早いとこ片付けて、すぐにこの場所を離れなければな。


 別の治安保護隊員、特にシルバードにでも見付かったら、余計に話がややこしくなる。


「…………なるほど。確かに、初心者にしてはなかなかやるわね」


「だろ? もっと褒めてくれても良いんだぜ」


 ベティーナは吐き捨てるように言ったが、一応褒め言葉として受け取っておく。俺は他の奴等とは強くなる方法が別ルートだから、対処し難いってのもあるだろう。こんな戦闘、剣士でも武闘家でもなければ魔法使いでも有り得ない。


 ついに、ベティーナ本人のお出ましだ。パーマの掛かった金髪と高飛車そうな態度によく合った、鮮やかなピンク色の魔力がベティーナから吹き出した。


 そのオーラは一瞬のうちにベティーナの全身を取り囲み、『フリーショップ・セントラル』の天井を越え――――…………おい、ちょっと待て。なんだ、これは。


 かのシルバードの時のようじゃないか。


「あーあ、クズ共が使えないのよ。どいつもこいつもガキばっか」


 ベティーナは周りの親衛隊と俺とを器用にもほぼ同時に睨み付け、虎も裸足で逃げ出すような、迫力のある顔で言った。


「――――帰ってママのミルクでも飲んでなさいよ」


 瞬間、炎のように桃色のオーラが吹き荒れる。いや、こいつはシルバードの時とですら、比較にならない――……俺の<魔力融合マテリアル・フュージョン>込みの状態と比べたって、まして<マジックリンク・キッス>状態と比べても、敵うかどうか――……


 これが、本物の魔法使い、なのか。


「…………こけおどしは効かねえぜ。生憎と、でかい波に抗う方法ってのは心得てんだ」


 自分に言い聞かせるように、俺は言った。先程までは不安もなく見守っていただろう三人の表情が、突如として安定しないそれに変わる。俺はその様子を一瞥して、額から汗を垂らした。


 やばい。……幾らなんでも、これはやばい。心臓が警報を鳴らしている――……しかし、大魔法を使ってくる魔法使いなんて、詠唱中に攻撃しちまえば終わりってもんだ。その威力の高さに焦るな。冷静に対処すれば未来はある――――


「ラッツ様!! 私達は捕まりません!! ここはお一人でも、逃げて――……」


「フルリュ、黙ってろ!!」


 どうしようもないんだよ。俺が庇っている限り、仲間扱い。このままじゃ、全員まとめてブタ箱行きだ。倒して逃げるか、隙を見て逃げるか、若しくは――……もう一つの方法しかないんだ。


 しかし、リュックさえ手に入ればどうにかなる。武器がナイフ一本だからどうしようもないだけであって、うまく時間を稼いで<マジックリンク・キッス>さえ通れば。俺は考えながら、フルリュに目配せをした。


 フルリュからは、エメラルドグリーンの魔力が立ち昇っている。…………とっくに、準備万端だ。


 なら、なんとかするしかねえだろう!!


「おおっと、ちょっと待った!! 実は忘れ物をそこの店にしていてな、取りに戻るから待っ――……」


 俺の頭のすぐ横を、炎の球が豪速で飛んで行った。完全に不機嫌になっているベティーナは、野獣のように八重歯を出して俺を睨んでいた。


「――――あ?」


 虎どころじゃない。奴の背後に、龍が。龍が見える。


「<ホワイトニング>!! <イーグルアイ>!!」


 強化魔法を使ったのは、恐怖心のためだ。俺は完全に、この気迫に気圧されている。ベティーナは今、『フリーショップ・セントラル』の扉の横に居る。……どうにか、あの中に入る事が出来れば。流石のベティーナも、治安保護隊員としてアイテムショップに傷を付ける訳にはいかないだろう。


 つまり、奴が大魔法を撃つのを待って、その隙を見て一度店内に駆け込む。勢いが弱まった大魔法を一度避けて、次の大魔法までに<重複表現デプリケート・スタイル>さえ成立させてしまえば、もうこっちのものだ。


 タイミングは、そうない。奴に大魔法を使わせなければならないとすれば――……こうだ。


「水帝の賢人の理に従い!! 災いをあるものとせん……!!」


 ベティーナの顔色が変わった。……そう、敢えて俺が大魔法対決を望んでいるかのように見せること。こうすれば、ベティーナだって大魔法で対抗してくることは明らかな筈…………!!


 俺の予想通り、ベティーナは怒りを加速させたようだった。……当然だ、魔法使いだと分かっていて大魔法で対抗しようとしているんだからな。


 俺は一か八か、<限定表現レストリクション・スタイル>を解除して戦いに挑んでいる。大魔法を詠唱しているように見せかけるのだ。これは<タイダルウェイブ>の詠唱だが、勿論初心者の俺に大魔法なんて使えない。こんなもの、詠唱したって魔法公式を組むだけの魔力が確保できないんだから、無意味というものである。


 さあ、来い…………!! 大魔法を使って来い!!


「…………ふーん。そんなに死にたいんだ? マジ有り得ないんですけど」


 よしきた!!


 俺は内心ほくそ笑みながら、ナイフをジャケットの裏に戻し、詠唱を続ける。さあ、何でも良い。大魔法を使って来いよ!! まあ、こんな場所で<タイダルウェイブ>なんて実際には無理だろうから、使って来そうなのはコントロールの効く<ダイナマイトメテオ>か、範囲攻撃の<シャイニングハンマー>か…………


 ベティーナの足下に魔方陣が現れた。大きく息を吸って、詠唱のモーションに入れ――――


「水」


 ――入った!!


 瞬間、俺は詠唱をしている振りを解き、全ての魔力を解放する。咄嗟に、ベティーナの横に向かって走った。悪いなベティーナ、これで俺の武器は――――――――


「帝の賢人の理に従い災いを有るものとせん聡明な双眸は高波賢明な意思は突風我海底都市エルガンザルドの掟に従い汝らを解き放ち給え<タイダルウェイブ>」


 はっ?


 ――――――――えっ!?


「……ああ、なんかしようとした?」


 速っ…………すぎるんじゃあああああああ――――――――!!


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