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超・初心者(スーパービギナー)の手引き  作者: くらげマシンガン
第四章 初心者と高飛車魔法使いと消えた街の秘密
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E64 捕らわれラッツとセントラルの追っ手

 キュートよ。お前は一つ、大きなミスを犯している。


 セントラル・シティへと向かう馬車の中、俺はキュートが馬を操作している様子をそれとなく窓から眺めながら、椅子に座っていた。俺の右にはササナ、左にはフルリュが陣取っている。


 そして、向かい側の席にはキュートが馬車をかっさらった時に乗っていた、老夫婦がいた。


「それでー、どっちがお兄さんのお嫁さんなのー?」


「相談の末…………ラッツが選ぶまでは保留、という話になった…………」


 ササナが目を光らせて、三つ指を立てた。老夫婦はにこやかに笑いながら、ササナの様子を見ていた。マジですか。……俺、結論を出さないといけないんですか。


「それまでは…………三等分…………。誰もラッツを独占しないと決めた…………」


「あらあら、仲が良いわねー」


 ――――――――気まずいわ!!


 いや、それ以前に何、結局俺がリオ・アップルクラインと治安保護隊員やシルバード・ラルフレッドと一悶着やっている間、そんな事を話し合っていたの!? 三等分って何!? 俺はバラバラ死体にされるわけなの!?


 様々な疑問は頭を駆け巡ったが、どうしても俺はササナやフルリュにそれを聞く事が出来なかった。何故なら。


「はい、ラッツさん。さっきの喫茶店で貰ってきたパイですよ、あーん」


 ……フルリュの世にも可憐な笑顔を前にしては、聞くものも聞けないというものだ。


「はい、ラッツ…………これ、長靴…………あーん…………」


「せめて食べ物を喰わせろ!!」


「さっきの路上で…………拾った…………」


 この嫁候補は俺を殺す気か!? どうなんだそこんとこ!!


 ササナは怪しく目を光らせている……これは、ササナ的には多分楽しんでいる、んだよな。どうなんだろうか。……あ、フルリュは少しだけ寂しそうな顔をしている。


 ……分かってるさ。俺がフルリュの告白に返答せず、ササナには求婚したということを、心のどこかでは悲しんでいるのだろう。でも、フルリュは元々召使い希望だからな。文句を言うことも、無理矢理引き剥がすこともしないのは、つまりそういうわけで――……


 でも、俺にとってのフルリュって、なんとも難しいポジションなんだよな。まだササナの方が恋人っぽいというか、なんというか……何と表現したらいいんだろう。


「それで、これはどこに向かっているの…………」


「あ、セントラル・シティに向かっているというお話でしたよ、ササナ姫様」


 フルリュが答えると、ササナはむすっとした表情になった。フルリュはササナに睨まれた意味が分からず、両手を振って慌て出した。


「す、すいません、ササナ姫様。今のはラッツ様に聞いていたのですよねっ。……全然気付かず、出過ぎた真似をっ」


 気まずいわ!!


「ちがう!」


「あふっ」


 と思っていたら、ササナは身を乗り出してフルリュの鼻をつまんだ。そのまま、ぐりぐりと左右に動かした。


「いひゃい、いひゃいれすははなはまっ……!!」


「『姫』も、『様』も、いらない……!! 今、サナは何者でもないの……ただのマ……人間」


 第三者が居ることに気付いて、慌てて言い直すササナ。恐る恐る、老夫婦の様子を見るが――……特に何も気付いている様子はなく、楽しそうにしていた。……呑気なもんだ。


「真人間なのね。正直なのねー」


 くっ……!! 確かにササナはマ人間って言った……!! マ人間って……!! いかん、腹筋が耐えられんっ……!!


「ラッツ……笑いすぎ」


「いや……ぶふっ……決して俺は、そんなつもりでは……くひひ……」


 笑いを堪え切れない俺を無視して、ササナはフルリュの鼻を離した。少し赤くなっている鼻をさすりながら、フルリュはササナを見た。


「あっちの国でのことは……忘れて欲しい……。今は少し、離れたい……」


 その言葉を聞いて、フルリュはササナの気持ちを察した。……まあ、そりゃあそうか。あんな事があった後では、人魚島や海底神殿の事なんて暫く忘れていたい所だろう。


 例え、数居るマーメイド族の中でもササナだけは、関係者から外れることは出来なかったとしてもだ。


「……すいません、ササナひ……ササナさん」


「俺のことも、様付けなくて良いんだけど」


「いえいえいえいえいえそんなそんな事は出来ませんっ!!」


 なんでよ。


 馬車は一度セントラル・シティに入り、そこで老夫婦を降ろした。住宅街が続く中、俺はいつか泊まったフィーナの家を発見し、その様子を馬車の中から眺めた。


 どうにも、明かりは付いていないし窓も閉め切っている。人が居るような気配は無かった――――ということは、フィーナは今、外に出ているのか。それとも、セントラル・シティには居ないのか――……


 分からない。俺を追い掛ける事をしなくなったフィーナが、今どうしているのか。もしかしたら、またギルド・セイントシスターに戻って聖職者をやっているという可能性もあるが。


「ついたよー」


 ついに、セントラル・シティの中心までやって来た。とは言っても、治安保護隊員から追われている俺は迂闊な行動を取れない。まずはアイテムショップに行って、顔を隠すための装備を整えなければならないだろう。


『フリーショップ・セントラル』か。流石に懐かしい……チークは元気かな。姉のパフィ・ノロップスターに出会ったと知ったら、どんな顔をするだろうか。


 似てるよなあ、二人……。主に騒がしいところが……


「キュート、もう少し先だ。あのアイテムの看板が立ってる所まで、走ってくれるか」


「らじゃっ!」


 キュートに『フリーショップ・セントラル』まで走ってもらい、俺は誰にも見えないよう、辺りの様子を意識しながら扉へと駆け込んだ。ここの店主――アンゴ・ドリアンさんとは仲が良いから、まあ最悪バレてもどうにかなるだろう、という意識だった。


 勿論、チークが店番をしていてくれればそれに越したことはないが……少し緊張を感じながらも、俺は『フリーショップ・セントラル』の扉を開いた。


 万一に備えて、フルリュとササナには馬車の中で待機して貰っている。


「へい、らっしゃい! フリーショップ・セントラルに…………うおお、ラッツ!!」


 アンゴさんの方だったか。俺を見ると、露骨に驚いていた。俺はぎこちない笑みで、アンゴさんに軽く会釈した。


「……ちわっす、アンゴさん。元気っすか」


「元気も何もおめぇ、大変な事になってんな!! 楽しそうじゃねえか!!」


 楽しそう、って。


 まあ良かった、この様子なら通報される事は無さそうだ。暫く会っていなかったから変わっていたらどうしようかと思ったけれど、相変わらずの豪快っぷりである。


「チークは?」


「そうだよラッツ。それだよ。……残念な事なんだが、チークはこの店辞めちまったよ」


「えっ!? 辞めたんすか!? なんで!?」


 俺が問い掛けると、アンゴさんは腕を組んで首を振った。酷く残念そうな表情で、その顔を見ただけでチークがいかに辛い決断をしてこの店を辞めたのかという事が窺える。


「ある日、『あたしは冒険の旅に出る!!』と言って出て行ってな……」


 軽いな!!


「なんでまた、冒険の旅に?」


「なんつったかな……ベッドだかバットだかを集めるって言ってたな」


 さっぱり意味が分からん……俺が首を傾げると、アンゴさんも同様に首を傾げた。


「それが、俺にもさっぱり意味が分からんのよ。すまんな、ラッツ」


「いや、それはいいけど……」


「でも、どうやら本気らしいぜ。わざわざスピードマーチャントからモノトーンスミスにギルド替えする徹底ぶりだ」


 え……? でも、モノトーンスミスって武器やら防具やらを作るためのギルドだぞ……? スピードマーチャントとアイテムエンジニアと同系列だけど、あっちは武器専門。アイテムエンジニアはその名の通りアイテム寄りで、攻撃アイテムや回復アイテムを作る職業だ。


「モノトーンスミスに鞍替えして、ベッドを集めるんすか……?」


「そうらしいんだよ。何でも、すげえ高値で売れるんだとか。でもそれを集めるためには、スピードマーチャントじゃスキルが足りねえって言うんだよな」


 ああ、戦闘職に近いからか。モノトーンスミスの良いところは、他二つのギルドと比べて戦闘をし易い、そういうスキルを覚えやすいって所だからな。武器を作れるんだから、そりゃある程度は扱う事も出来るわけで。


 しかし、やっぱり意味が分からん……


 俺とアンゴさんは、暫くの間互いを見つめ合って、その不条理を闇に問い掛けていた。


「…………ま、まあチークの行動が意味不明なのは、今に始まった事じゃねえ。伝説のキノコを取りに行った事もあるし……それでどうした、今日は何が必要だ? やっぱ、治安保護隊員から逃げるためのアイテムが必要だよな」


「おお、よく分かってますねアンゴさん。……ていうか、俺を通報しなくて大丈夫なんですか?」


 ここまであっけらかんとしていると、逆にアンゴさんの身が心配になる。リオの場合もそうだけど、あんまり加担していると協力者扱いで本人も捕まる事があるからな。


 セントラルの闇とも言われる、ダンジョンの中にある監獄。あそこにだけは、放り込まれちゃいけない。罠にかかって死を待つ兎みたいになっちまう。


 でも、アンゴさんは胸を張って言った。


「おうよ! 治安保護隊員にビビってお得意様に奉仕出来ねえんじゃ、三代伝わる『フリーショップ・セントラル』の名が廃るってもんよ」


 …………こりゃ、頼もしい。


 それじゃあ、遠慮なくいくかな。ここはツケが効くから、金は後で稼ぐとして……


 そうして、一時間後。


 どうにか、魔界に落ちる前の装備を全て取り戻した俺だった。ジャケットは以前と違い、少しポケットの数が多かったが。まあ、使用感としては大差ない。指貫グローブもそのままだ。


 武器の類は魔界から持ってきた物があるから、大丈夫。そして、今回は顔を隠すためにサングラスを装備した。ジャケットの色も、カーキから暗めの緑色に。ジーンズも茶色を選択して、森に隠れる色合いだ。スニーカーもせっかくなので新調した。


 フルリュに買って貰ったリュックもベージュなので、悪くない取り合わせ、といったところだろう。


「まいどありがとう、また来てくれよ!」


「おう、アンゴさん。助かっ――――」


 その時だった。


「武器を捨てろ、ラッツ・リチャード。表は既に押さえた」


 カウンターで、アンゴさんに礼を言う瞬間だった。扉が開き、中から数名の男達が現れた。


 ……皆、一様に治安保護隊員の服を着ている。嵌められたか……? 俺はアンゴさんの様子を一瞥して確認した。彼は――――信じられないといった様子で、治安保護隊員を見ていた。


 いや、違う。俺だって最初は気になったけど、アンゴさんは裏でこそこそ何かをやるような人間じゃない。……というか、やりたくてもそういう事が出来ない性分だ。真っ直ぐな人だからな。


 ともすれば――……


「よもや馬車を奪って行くとは、大した根性だな。馬乗りが慌てて通報してきたぞ」


 お前か、キュート。いや、何かおかしいとは思ったけどね。大丈夫かな、とも。


 それにしても、弓を構えた男が四人、その手前に剣を構えた男が四人。男一人、しかもどこのギルドにも所属していない名前もない男を捕らえるだけなのに、えらい武装だな。シルバードが俺の実力を公開したかな……?


 表も押さえたということは、三人は既に治安保護隊員に掴まったということか。……三人だって、それなりに戦える筈だ。何か、名前の知らない凄腕が隠れている可能性がある。


<マジックリンク・キッス>の準備は……あまり、期待しない方が良いな。俺は振り返ると同時にリュックへと手を伸ばし、それを床に降ろすふりをして、見えないようにナイフを一本、ジャケットの裏に隠した。


「……分かったよ。ただ、俺は何もしてないぜ」


「話はセントラル大監獄の内部で聞こう」


 取り付く島もないってか。……いきなり監獄とは、普通じゃないな。俺は両手を上げ、治安保護隊員と店の外に向かって歩いた。剣を持っていた男が二名、長剣を構えたまま、慎重に俺の身柄を拘束する。


 そのまま、扉の外へと連れて行かれた。


「ラッツ様!!」


「ラッツ!!」


「お兄ちゃん!!」


 三者三様に、俺の身を案ずる。馬車は既に端へと寄せられ、中に居たフルリュとササナ、馬を操縦していたキュートも捕まっていた。両腕を背中で縛られている――……なんだ、この治安保護隊員の数は。一人を相手にする数じゃないぞ。


 しかも、どいつもこいつもそれなりに魔力を持っていやがる。少なくとも、街をパトロールしているレベルのヤツじゃない。


 全て、中堅クラスは手堅い連中だ。……それが十、二十……三十人か。流石の三人でも厳しいだろうな。


 キュートの頬には、傷があった。既に抵抗し、掴まった後なのだろう。


 様々な武器を構えている治安保護隊員の中から、隊長と思わしき人物が現れた。白基調の服に赤のラインが入った治安保護隊員と違い、こちらは赤基調の服に白いラインの入った服。そして、胸には治安保護機関の権力者を示す、薔薇の勲章があった。


 治安保護隊長は…………何故か、左手で鏡を構え、右手でせっせこ化粧をしていた。


「ちょっと、準備もしてないのに呼び出すとかマジ有り得ないんですけどぉ!」


 なんだ、このヘンな女は……



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