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超・初心者(スーパービギナー)の手引き  作者: くらげマシンガン
第三章 初心者と小悪魔ネコミミと魔の国の人々
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D59 殿方からの指輪を受け取る事は(後略)

 唐突なことで、俺の行動を咄嗟に把握できなかったのだろう。ベインは呆気に取られて、奴の上空を跳ぶ俺を見ていた。


 先手必勝。正直言うと最初から、この状況は想定されていたのだ。ササナを中心に守るであろう警備員が式場内に集まって来る事も、俺の狙いがササナだと気付いたなら、この場所で迎え撃つのが最も理に適っている事も。


 なら、そこからどう動くかは予め考えておく事が出来る。


 単純な攻撃スキルの火力を上げる事ができる<限定表現レストリクション・スタイル>なら、何も打撃技に絞らなくてもいい。純攻撃魔法だって、強化することは可能だ。


 ただ、<レッドトーテム>の強化版なんていう魔法が必要になる場面なんて、あまり出会す事はない訳で。俺の選択肢の引き出しに入っていたまま、ベンチを暖めていたというわけだ。


 見たことがないだろう、これ程の規模の<レッドトーテム>なんて。そもそもマーメイドにはレッド系の攻撃は効きにくいので、尚更だろうか。


 リトルの<ブルーカーテン>に阻まれ、水温は上昇しないが――――それでもいい。俺は結婚式場の壇上に立ち、リュックからナイフを抜いてササナの首に突き付けた。


 火柱を消すと同時に、俺は宣言する。声高に、しかしはっきりと。


「全員、そこを動くな!!」


 リトルが絶句し、<ブルーカーテン>を解いた。水の壁に阻まれていたフルリュとキュートが、すぐに部屋へと入って来る。すぐそこまで迫っていた警備員が、俺とササナを見ると絶望の表情になり、その場に固まった。


 俺は自分が作ることの出来る精一杯の悪顔で、口の端を吊り上げて言った。


「――――お姫が死ぬぜ?」


 フルリュとキュートに、俺は目線で上を示した。<レッドトーテム>を放った事によって空いた大穴は、海底神殿の天井まで続いている。


 二階、三階、とあるようで、ジャンプして行けば屋上まで辿り着く事が出来るだろう。フルリュは大穴の上へと飛び立ち、キュートも穴に消えた。


 ベインが俺とササナに向き合い、その凛々しい瞳を向けてくる。…………憎々しげな顔で俺を睨み付けているが、それでも奴はかっこいい。顔面戦力値が桁違いだ。くそが。


「…………望みは何だ、人間。次期国王の聖海式も含めた結婚式だ。魔界中が黙っていないぞ」


 そんな事、初めから分かってるんだよ。俺は嘲笑をベインに向けた。


「本当かな? ベイン・ポートナムト。『人魚島』は他の魔族を寄せ付けない。そうやって、都合の悪い事から逃げてるんだろ? 今だってそうだ」


 ちらりと、現国王を一瞥した。長い髭に隠れていても、隙あらばいつでも俺を殺そう、という殺気を感じる事ができた。一瞬の油断も見せるものか。ここでは、絶対に失敗できないんだ。


 俺はテーブルへと跳び、テーブルを足掛かりにフルリュとキュートが消えた穴へと跳んだ。


「追え!!」


 その尻尾で、二階まで跳べるなら跳んでみるといいさ。


 一度二階の地面を踏んでは、三階へと跳ぶ。結婚式の途中だったからか、上階には誰も居なかった。ササナは俺を見て、不安そうな眼差しを向けていた。


「…………ラッツ? ……何か、喋って」


 俺は、何も言わなかった。


 屋上まで辿り着くと、フルリュとキュートが振り返った。二人共、起こった事の大きさを改めて噛み締めているといった雰囲気だ――……俺はササナの首にナイフを当てたままで、フルリュとキュートの居る、屋上の端へと向かって歩いた。


 ……おーおー。すげえ人気だ。民衆は俺が屋上の上から現れた事を確認するや、次々に指差していた。警備員を呼んでいる者も確認できる。既に門の外まで厳重体勢で、武装したマーメイドが唯一の出入口、門の前へと集結していた。アレを抜けるのは最早無理と言っても良いだろうな。


 俺がササナにナイフを向けていることが、余程衝撃的だったらしい。


 だが、狙撃はできない。俺の目の前にはササナが居るんだ。万一手がブレてササナに当たりでもしたら、一大事だからな。


 俺はそっと、ササナに耳打ちする。


「ササナ。……人間界への『ゲート』は、海底神殿の中か? 外か?」


 初めて俺が話し掛けたからか、ササナは肩の力を抜いたようで、ため息を付いて俺を見上げた。


「…………神殿の……裏。今いる所から、ちょうど反対側の端…………庭の下に、小さな小屋がある……」


 よし。海底神殿――特にバリケードの外だったら、どうやって抜けようかと考えてしまう所だったけど。どうにか、最悪のケースは逃れたようだ。


 あまり外に出ない筈のマーメイドが、姫を連れて外に出るとも思えなかったというのが本音だったが。人魚島にはそれらしい小屋はなく、建物は無かった。だから、中ではないかと踏んでいたのだ。


「ラッツ…………どうしたの? もう、サナのことなんて…………忘れてると、思ってた…………」


 そりゃ、一年も経っちまったからな。そう思うのも無理はないだろう。


 俺が一年間、瀕死の状態で眠っていたと知ったら、ササナはどんな顔をするだろうか。その間ずっと、ササナを救出するための旅だったと知ったら。


「遅れてすまんね、ササナ」


 約束は無くなってしまったけれど、ササナの本当の願いを、俺は叶えに来たのだ。


「助けに来た」


 突如として、屋上の扉が開いた。階段を登ってきたのだろう、そもそもこんな古めかしい建物に屋上へと続く扉があったというのも驚きではあるが――……壁の色が違うから、きっと後で取り付けられたんだろうな。


 初めに出て来たのは、ベイン・ポートナムトだ。そして、次々に警備員が顔を出す。


 最後に、リトル・フィーガードと現国王にしてササナの父親、ポセイドン・セスセルトがゆっくりと顔を出した。


「もう、逃げ場はないぞ!! 観念しろ!!」


 なんか、見当違いな事を言われた。それでも、この人数相手に三人というのは恐ろしいことだ。


 内心ではひっきりなしに動き続ける心臓をどうにか抑え、俺は笑みを浮かべたままでいた。リトルが唇を引き締め、深刻な表情で俺を見ている。


「……ラッツ様。……いえ、ラッツ・リチャード。まさか、こんな事をするとは……思っていませんでしたよ」


「あー、そうだよね。俺も正直、あんたがササナを頭ごなしに連れ戻していなければ、素直に人魚島に返して、それで終わりだったかもしんないね」


 ササナの両手を、確認した。真っ白で、艶やかな指――――まっさらな、指だ。


 まだ、間に合う。ササナの結婚式をぶち壊すことができる。


「だったら、何故っ……!? あなたはササナ様に良くしてくれました!! だから、恩人としておきたかったのに!!」


「そう、それ」


 俺はリトルに指をさし、真剣な瞳を向けた。俺が反論するとは思っていなかったようで、リトルが狼狽え、身を引く。


 この際だから、はっきりと言ってやった方がいい。


「嫌いなんだよ、あんたのそういう所。『イースト・リヒテンブルク』でもそうだったけどさ――……俺は別に、あんたや人魚島にとって『恩人』で居たいとか、一度も思った事ねえんだけど?」


 リトルは眉間に皺を寄せて、下唇を噛んだ。ササナが目を大きく開いて、澄んだ瞳で俺の事を見た。


「別に、リトル・フィーガードだけに留まらねえよ。ササナが本当は何を望んでいるのか、この中で誰か一人でも考えた事あんのかよ」


 遠い昔のことを、少しだけ思い出し掛けたような。それとも、思い出せないままのような。


 少しだけ、そんな事が頭を過ぎったけれど――――…………


 さて、スキャンダルを起こすとしようか。


 俺は今の今まで、『イースト・リヒテンブルク』を出てからずっと左手にはめていたそれを。


「――――よく見てろ。居たくもねえササナの水槽なんざ、こうしてやるよ!!」


 その場の誰にも、海底神殿の下にいる民衆や警備員にも見えるように、取り出し。


 ササナの薬指に、はめた。


「えっ…………」


 ベイン・ポートナムトが目を見開いて、俺とササナを見て。


 リトルが目も当てられないと言った様子で、目を背け。


「なっ…………」


 フルリュは口を開いたままで、その場に固まり。キュートが絶句し、白目を剥いて。


 その場に静寂が広がり、十秒程の硬直があった。俺は不敵な笑みを浮かべたままササナの手を取り、その薬指にしっかりと『虹色の指輪』があることを、下の民衆にも分かるように見せ付けた。




「「やりやがったあの野郎――――――――!!」」




 下で何か騒いでいる小市民共が居るが、まあ放っておこう。何にしてもこれで、今日の結婚式とやらは破滅だ。まさか、婚約者よりも先に指輪を与える奴が居るとは思うまい。


 ササナが涙目で、俺の腕に抱き付いた。流石の俺も、この完璧すぎるミッション達成に鼻が高い。


 やっぱり<限定表現レストリクション・スタイル>を覚えた事は、俺にとって大幅なプラスだ。これがなければ、扉の突破や屋上での指輪渡しも出来なかったのだから。


「ラッツ…………ラッツ…………」


「おう、どうにか間に合ったな。後は『ゲート』に飛び込むだけ――――」


「ラッツの気持ち、すごい…………伝わった…………!!」


 ササナは涙を拭いて、俺の前に立った。ベインとポセイドン王を見詰め、胸を張って顎を引く。まるで俺を守るように、手を広げ――……


「お父様、ベイン。……今、はっきり分かった…………サナも、ラッツのことが好き…………!!」


 ――――――――ん?


 サナ『も』?


「ラッツはもう、マーメイド族の掟で正式なサナの夫…………手出しなんて…………させない…………」


 ――――ああ、そっか。


 指輪渡して結婚式を反故にするってことは、つまり俺がササナと結婚するってことなんだ。マーメイド族のしきたりでは。そうだよね。……ずっと、そういう風に言われてきたよね。


 俺、今この瞬間にササナに告白した事になるのか。


 なんで気付かなかった、俺…………はっ!?


「フルリュッ!? しっかりしろ、フルリュ!!」


 がくがくとフルリュの肩を揺さぶるが、フルリュは口を開いた格好のまま、石像のようにその場に立っていた。


 フルリュを揺さぶる腕を今度はキュートに取られ、俺はぎょっとしてキュートを見た。…………何故か、ぼろぼろと涙を零している。


「お兄ちゃんっ!! たとえ嫁ができても、お兄ちゃんはあたしのお兄ちゃんだよねっ!?」


 まず、お前は俺の妹ではない。


「いや、落ち着けよ…………」


 呆気に取られた状況の中、ポセイドン王だけが前に出た。ベインの肩を掴むと、その気を起こさせる。……ベインはあまりのショックに石化していたが、ポセイドン王に起こされると目覚めたかのように姿勢を正した。


 ポセイドン王はベインに力強く頷いて、一歩、前に出た。


「…………そうか。ササナが人間界から帰って来てから、全く言う事を聞かなくなったと思っていたら……男が出来ていたか」


 ササナが国王の出陣に、思わず喉を鳴らした。……怖い。顔も怖いし態度も怖いし、何より巨大な手でバキバキと指を鳴らしているのが尚の事怖い。


 血走った目で俺の事を一瞥すると、ポセイドン王は言った。


「――――死ぬ覚悟は、できているな?」


 ひええええええ――――――――!!


 いや、やばいぞ国王ってもっとこう、温厚な感じかと思っていたのに。そうでなくても、少なくとも戦うようなキャラではないだろうと……これはやばい。何がやばいって明らかに強そうじゃないか。


 ポセイドン王の足下に魔法陣が一瞬にして浮かび上がり、そこから三叉の槍――――トライデントだ!! トライデントが現れた!!


 こんな事をしている場合じゃない!! これは明らかに、<重複表現デプリケート・スタイル>じゃないと戦えない相手だ!! 俺はすぐにフルリュを見て、<マジックリンク・キッス>の準備を――――


「ラッツ様…………ひっく…………ラッツ様…………」


「フルリュ――――!!」


 駄目だフルリュは機能停止だ!! って本当にやばいぞ、この国王を抜けないと『ゲート』が向こう側にあるのに!!


「おい!! フルリュ!! しっかりしろ!! すまん、ちょっと全然その後のこと考えてなくて!!」


 ポセイドン王がぎろりと、ただでさえ怖い瞳を更に歪めた。


「…………つまり、悪ふざけで娘にプロポーズしたと…………?」


「ああいや、そうではないよ!? 勿論ササナの事は大好きだ!! 大好きだが!!」


「…………がくっ」


 そして、フルリュは――――気絶した。


「もうどうすんのこれ!?」


 やばいそんな事を言っている間に、もう国王がすぐそこまで来ている!! 様子を窺いながらと言った雰囲気だったが、今の俺の発言で更に怒りのボルテージが上がったようだ……!!


 これはもう、俺が一人でどうにか切り抜けるしか……!! フルリュは完全に機能停止で動けず、キュートは動けるが戦える雰囲気ではない。やばい。


 俺の前に立ち、ポセイドン王が激昂した。


「死して償ええぇぇぇ――――――――!!」


「ギャ――――!!」


 避けきれずに頭を抱えて屈み、ササナがそれを守るように庇った。ハプニングが多過ぎて、リュックからナイフや長剣を出す余裕すらなかった。


 目を閉じていたが――――その攻撃は、俺に届く事はなかった。


 ――――え? 届いて……ないの?


 恐る恐る、その目を開いた。


「まあまあ、落ち着きなさんな。ポセイドンの旦那」


 俺とポセイドン王の間に立ち塞がり、そのトライデントを防ぐ長剣が見えた。騎士のように紅い装備と、焦げ茶色のマント。取って付けたような服と同色のシルクハットを被り――……


 キセルを咥えた巨大なネズミが、笑みを浮かべた。



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