D58 伸ばした手。繋いだ思い
こんな場所だって、大地の魔力を利用することはできる。手を翳し、俺は瞬間的に大地の魔力を吸い上げ、それを自分のものと融合させた。
使う部位は――勿論、腕。
「<限定表現>」
俺のモノではない魔力が、俺の周りを漂う。その合図で、俺は広い通りに向かって高く跳躍した。
奮い立つような感情と、成し遂げられるのかという不安。その両方を抱えて、俺はリュックから鈍器を取り出す。やっぱり、広範囲への打撃と言ったらコイツだ。前は持っていなかったから、すっかり使う機会がなかったけれど。アイテムエンジニアやスピードマーチャントが稀に持つ武器。その真価は、筋力の強さで決まると言っても過言ではない。
俺の場合、大地の魔力による強化だけども。
「どけどけどけぇ――――っ!! <ホワイトニング>ッ!! そんでっ――――!!」
大上段に振り被り、俺は王宮の目の前に向かって鈍器を叩き付ける。
「<インパクトスイング>ッ――――!!」
鈍器の基礎スキル――基礎スキルにして、唯一の攻撃スキル――<インパクトスイング>。どちらかと言うとアイテム作りや商売に特化する彼等は、多種多様なスキルで戦うことよりも、一つのスキルをとことん強化していく路を辿る。
それが、<インパクトスイング>だ。剣なら斬撃、魔法なら属性による破壊力を捨てて、ただただ『打撃力』だけを重視したスキル。テクニックがないなら丸ごと粉砕すれば良いじゃない、というある意味では直球な戦闘職である彼等の十八番だ。
設置した瞬間、クレーターのように地面が潰れる。階段は砕け、近くを歩いていた民衆と警備員が悲鳴を上げた。
「現れたぞ!! オイ、警備員!! こっちだ!!」
広場の中心に俺が降ってきた事で、その場は大混乱だ。逃げ惑う人々、慌てて俺を指差す男達。戦ったら勝てるとか勝てないとか、そんな事は今、どうでもいい。
もう、本当に後戻りはできない。後はただ、全力で走るだけだ。
「<キャットウォーク>!!」
俺は、自分自身に速度強化のスキルを付与した。
「<キャットダンス>!!」
遅れて大通りに着地したキュートが、俺のスキルよりも二段階も上等なそれを発動させる。フルリュは速度強化のスキルを持っていないが――……まあ、こいつは飛ぶスピードが速いので大丈夫だろうか。
間髪入れず、俺は叫んだ。
「行くぞ――――――――!!」
開いた扉を前に、俺は海底神殿――ササナの城へと突っ込んだ。綺麗な直方体の中は幾つもの円柱状の柱によって支えられており、灰色の外側と相反する、澄み渡る青で塗られている。まるで、海の中に突っ込んだみたいだ。
どうやっているのかは分からないが、海の底を映し出しているのだろう。青色にはムラがあり、僅かに移動している様子も確認することができる――――何より、魚が泳いでいた。
市松模様の床に敷かれた、真っ赤な絨毯。ただそれは真っ直ぐに、前方の広そうな部屋へと続いている。……くそ、ここも腰まで水中かよ。
警備員が数名、俺を確認すると驚いていた。
前方に、見覚えのある姿が見える。
「ササナ――――――――!!」
ポセイドン王に寄り添っていたササナが、こちらを振り返った。俺の顔を確認すると、紅の瞳が驚きに見開かれる。俺の背中には、フルリュとキュート。
戦いの準備は万端だ。
「ラッツ!!」
ササナはポセイドン王に手を引かれるも、俺に向かって叫んだ。俺はリュックから弓を取り出し、矢を添えるが――……この状態で<イエロー・アロー>は使えない。俺まで感電しちまう。
素直に矢を放って、その隙に全力で前ダッシュだろうか。
「ラッツ様!! 構いません、そのまま行ってください!!」
既にフルリュが両手に魔力を展開し、構えていた。何をするつもりか分からないが、俺はとにかくフルリュの言う通り、ササナに向かって駆け出した。
分厚い鉄製の扉が閉まる。ササナはどうやら、中に連れられたらしい。……くそ、鍵が掛かるようだと厳しいか。
踊るように魔法陣を描いたフルリュが、その両手に力を込めた。エメラルドグリーンの瞳が未開かれ、フルリュへと攻撃しようと寄ってきた警備員が、その恐るべき強風に狼狽える。
フルリュの周囲だけ、まるで竜巻が起きているようだ。
「この技は元々、道を開けるための魔法です。風の力、存分に発揮して貰いましょう」
警備員が俺達にも向かって来る。腰から下が方や足、方や尻尾だって言うんじゃ、速度は比較にならない。
だが――――構うな。フルリュがきっと、俺に道を作ってくれる。
フルリュが描いた魔法陣は、縦向きになっていた。つまり――――鉄製の扉に向かうように描かれた、巨大な魔法陣。
「こっち来んなこの野郎!! <飛弾脚>!!」
寄ってきた警備員を蹴り飛ばす俺。フルリュの方を一瞥すると、その魔法陣の大きさはフルリュを縦に二倍ほど、見たことがないサイズだった。
それに――――二つ、だと!? あんなもんが撃てるのかよ。どれだけ強くなったんだ、フルリュ。
「天空都市スカイディアに導かれし吹き荒びて奔る疾風よ!! 飛竜の羽撃きと共に舞い、億万の愚かなる病を滅せよ!!」
その頃には、俺もようやくフルリュが何をするつもりなのか、その概要を理解できる迄になっていた。
「<ホーリーウインド>!!」
魔法陣から突風が吹き、その衝撃に溜まっていた水が二つに分かれ、俺とキュートは絨毯の上に立った。
つまり、風のトンネルか。俺とキュートの居る場所には、風が吹いてこない――――考えたな、フルリュ。
フルリュは巨大な魔法陣を潜るように、俺達に向かって飛んで来た。警備員は俺達に寄って来られない。俺も当然この強風では<イエロー・アロー>を撃つことは出来ないけれど、リュックに弓を戻し、鉄製の扉に向かった。
「キュート、お前――鉄の扉、いけるか?」
「足は全然平気だけど、ちょっち速度が必要かな。アサリュェとウォルェの壁を蹴り砕いた時は、ダンジョンから助走付けたんだよね」
キュートは軽く屈伸運動をして、ジャンプした。なるほど。つまり、スピードがあれば行けるってことか。それ以前に、破ったのかよ。壁。
俺は袖を捲り、右腕を出した。キュートは俺の考えを理解したようで、笑みを浮かべて頷いた。
そんじゃあいっちょ、連携技といきますか。
扉に向かって駆け出す。俺はキュートよりも先に走り、キュートと扉の丁度真ん中辺りに構えた。キュートは軽くジャンプを続け――――そして。
「ぱらりらぱらりらぱらりら!!」
何やら叫びながら、俺の所まで走って来る。勿論、喋る必要は全くもって無いが。構えた右腕に、大地の魔力を。キュートが来るタイミングに合わせて、比重を一気に右腕に。
キュートが俺の右腕を踏み台にして、強く踏ん張る。そう、こういう連携技ってことだ。
そして、放出する。
爆発的に。
「吹っ飛べ!!」
限界まで魔力が溜められた右腕は、キリキリと傷んだが。どうにか、持ち堪えた。思えば、あれだけの訓練をしたのだ。最早大地の魔力は、俺の魔力と一心同体――――ともなれば。
無敵だ。
「<ソニックブレイド>――――――――腕!!」
俺の腕はバット。さっきの鈍器でも良かったけれど、キュートの体重を武器で支えるくらいなら、右腕に一任しようと思った。考えられない程の圧力が掛かり、俺は思わず歯を食い縛った。
両足が絨毯にめり込む。反動に、叫んだ。
「うおおおおおおおァァァァァ――――!!」
瞬間、俺に掛かっている圧力が軽くなった。キュートの両足は俺の下を離れ、俺は強く右腕を振り抜くことになった。
突破する。そう確信を持てるほどの、圧倒的な速度。キュートの周囲に衝撃波のようなものが見え、あっという間に鋼鉄の扉まで辿り着く。
「ひゃくまんトンきぃ――――っく!!」
どこからそう叫んだのか、それとも俺の腕に乗る前にそう言っていたのか、それは分からなかったが。
あまりの光景に、こちらに近付く事が出来ない警備員達、そしてその様子を眺めている民衆が、呆気に取られる。
キュートの足が、鋼鉄の扉にめり込んだ。……いや、鋼鉄の扉が押され、連結部分の壁にヒビが入ったのだ。小さなその全長の三倍近くの高さ、当人が五人は横に並んで入れる程の巨大な扉が、ただの蹴り一発で。
脆くも、亀裂は広がり。
そうして、ぐらり、と倒れた。
「きゃあああ――――!!」
「オイ、誰かあいつらを止めろォ!!」
ありゃあ何だ。化物か。…………改めて、キュートが『こっち側』の魔族で本当に良かった。獣族ってのは、本当にこんなのがゴロゴロいるのかよ……。
キュートは鋼鉄の扉を踏み付けて軽く後ろに跳ぶと、一仕事したという雰囲気で、輝く汗を拭って爽快な笑顔を浮かべた。
いや、あいつの恐ろしさなど噛み締めている場合ではない。そもそも、キュートは味方なんだから。
俺は鋼鉄の扉、その先に向かって走った。赤い絨毯は扉の向こう側まで続いており、奥には段差があった。赤い絨毯の左右には長テーブルと椅子が並んでおり、絨毯の向こうにはまるで宝石のように輝くマーメイドの像と、十字架のステンドグラス。
…………そのステージに、死んだように立っているササナが見えた。フルリュの<ホーリーウインド>の効果で、赤い絨毯は水を避けて、風はササナへと向かう。
ササナと俺を、風が繋いだ。
その空気のトンネルの中を、俺は一歩、踏み出した。
ササナが俺の方を振り返る――――…………
「…………そうかい。最初から、ここで勝負を仕掛けるつもりだったんだな」
俺は苦笑して、リュックから二本のナイフを引き抜いた。
ササナが見えた瞬間、水の中から立ち上がったマーメイド。その数、何体だろうか。十数体――――いや、数十体かもしれない。皆男で、豪腕に弓を構え、俺に狙いを定めていた。
男達の横には、いつか見た茶髪の娘、リトル・フィーガードがいた。腕を組んで、俺の事を冷たい目で見ていた。フルリュの<ホーリーウインド>は<ブルーカーテン>によって遮られ、再び俺は腰まで水に浸かった状態になった。
「……ラッツ様、でしたか」
リトルは驚いているようだった。まあ、潜り込んできたのが俺だというのは、今分かった情報だろうからな。
同時に、フルリュとキュートとも<ブルーカーテン>によって遮られている。……ただの<ブルーカーテン>なら、通り抜ける事も可能だろうか? ……いや、期待はしない方が良さそうだ。
ササナの隣に居る男――おそらく、ササナの結婚相手にして次期人魚島の王。凛々しい茶髪のイケメンが、華々しい服装に身を包んで俺の事を睨んでいる。
「……お前か、侵入者というのは」
イケメンが決して、俺から目を離さずに言った。……やるなあ、隙がない。しかし、この状況を打破するためには――どうしたら良いだろうか。
<限定表現>実行中。最も酷いのは、マーメイド相手に半水中戦という、この状況だ。これまではどうにか誤魔化して来たが、二人が居ないこの状況では……
「ラッツ様!!」
水の向こう側で、フルリュとキュートの声が聞こえた。……キュートなら、壁を破壊することくらい出来そうなものだけど。これは、水の壁の向こう側も一大事だと思っていいな。
良い加減、警備員が集まって来る所だろう。
「そこを動くな、ミスターキャット。……重罪人として、獣族の長に提出しなければならないな」
ああ、そういえば獣族だと思われているのだった。俺は武器を捨てる振りをして、両腕を背中に。俺の背中は水の壁だから、マーメイドが居ないのだ。
ササナの結婚相手が、険しい顔をして俺の方に歩いて来る。ササナは不安そうな眼差しで、俺の事を見ていた。
もう少しだけ、タイミングが必要か。――――頭の中で、秒読みをした。俺に向けられている弓が一斉に放たれないよう、時間を先延ばしにしなければ。
「……やめて、ベイン。そのひとは、サナの……友達」
「ササナ。お前も俺の妻になるのなら、こんな訳の分からない小市民と仲良くしてはいけない。分かったな」
……どうやら、ササナに発言権はないらしいな。黙り込んでしまったササナを一瞥すると、結婚相手の…………そうだ、思い出した。ベイン。ベイン・ポートナムトだ。フルリュの説明にあったな。かっこいい顔をしやがって……
ここらで一つ、度肝を抜いておかなければならないか。
「悪いな、ベイン。獣族の長とやらに話をした所で、何処の誰とも分からないだろうぜ」
そうして――――俺は、その作り物の猫耳を外した。
ベインの目が見開かれる。周りに居た数十体のマーメイドも、何事かと――寧ろ、少し恐怖している様子で俺の事を見ていた。
次の瞬間、俺は背中に隠していた両手の中指を立てて、トリガーを引いた。
「<レッドトーテム>!!」
限界まで溜め込んだ魔力。<限定表現>によって大地の魔力が利用され、その<レッドトーテム>はプール状態の室内など物ともしない勢いで、地面から吹き上がった。
発動させたのは、中央の絨毯を歩いて来るベインの両端。
一瞬にして蒸発した水分。その炎は打撃力を纏い、天井を破壊して上方まで向かっていく。
俺は、その場から大きく跳躍した。




