A06 不届き者を懲らしめよう
ぱっと見た所、茶髪の男はギルド・ソードマスターの中ではそれなりに腕が立ちそうだ。奴の周りに居るお仲間とは、少し雰囲気が違う。
戦闘スタイルはロングソードで、盾を装備するタイプ。筋肉の付き方からして、体力・防御力よりも敏捷性に秀でたタイプだろうか。
「……んだァ? 何の用だよ」
ガラの悪い態度なこって。レオが驚いて、目を丸くして俺の事を見ている。……まあ、そりゃそうか。属性ギルドのパーティーリーダーに喧嘩を売るなんて、初心者の俺達には中々無いことだもんな。
先頭に居る茶髪の男を指差し、俺はもう一歩、前へ。
「魔物の子供を捕らえているのか?」
はっきりと、俺はそう告げる。茶髪の男が面白く無さそうな顔をして、眉を吊り上げた。
辺りには誰も居ない。そろそろ寝静まる時間だし、酒場の方に呑んだくれているオヤジ達が残っているかどうか、という所だろう。
こいつらは、朝方に店へ買いに来たと言った。今この時間にわざわざ訪れたということは、つまり夜に訪れる意味があったということではないか。
つまり、日中に現れる訳にはいかなかった。『モンスターロック』を買うことを、誰にも悟られたくなかった。
バレたら大騒ぎだろうからな。
「……なんだよ、いけ好かねえガキだな。誰がそんな事言ったよ」
「さっき、店の中で言ってなかったか。マーメイドか、ラミアの子供を捕らえる、って」
「言ってねえよ」
「そうか」
ふと笑って、俺はリュックの中からナイフを取り出した。アカデミー時代から使っている、軽くて威力の少ないもの――それを見て、茶髪の男は鼻で笑う。
俺はそれを、茶髪の男に向けた。
「なんだなんだ、チャンバラごっこでもしようってかァ!?」
「じゃあ、さっき冒険者バンクで持ってた大量の『ハーピィの羽』は、どこから持ってきたもんだ」
「どうしてそれをテメエに答える必要があんだよ!!」
茶髪の男はポケットに手を突っ込んだまま、俺に向かって歩いて来る。その手をポケットから引き抜いたかと思うと――自身の腰に据えているものに、手を伸ばした。
「それだけのハーピィを倒して、ドロップしたんだよ。ミッションだぞ? 取ってきちゃ悪いのかよ」
「ミッションには、十枚くらいってあったけどなあ。とても十枚には見えなかったなー」
舌打ちの音が聞こえた。憤怒の形相になって、茶髪の男は俺の胸倉を掴む。
俺はその様子を黙って見ていた。後ろのレオが、何やら慌て始めた。
そうだ、何も言わなくていい。お前は、何も関係無いんだからな。
「テメエそのナイフ、アカデミーのもんだろ。学生か? 初心者の分際で属性ギルドに喧嘩売るとか、ナメるのもいい加減にしやがれ」
「俺は質問をしているだけなんだけど?」
「……口の利き方がなってねえな」
やっぱり、おいそれと他人には話せない事をしている――つまり、実際に子供の魔物に手を出したな。
上等、上等。それがセントラル・シティにとって悪事なら、俺の弁明も強ち間違いとは言えないってことだ。
本音なんて、言わなきゃ知られる事は無いんだからな。
男は俺の胸倉を離し、ロングソードを引き抜いた。ざわ、と背後にいる、茶髪の男の仲間らしき剣士が騒いだ。
「お、おい。ダンド、流石にそりゃまずいんじゃ」
「外野は黙ってろ!!」
俺はダンドと呼ばれた男から二、三歩ほど離れ、両手に魔力を込めた。残虐な笑みを浮かべている茶髪の男と、視線を合わせる。
まあ、あいつはどうだか知らないが、俺には追われるギルドも無いもんでね。気楽なもんだ。
「新米には冒険者の世界を教えてやらねェとなァ?」
「<ホワイトニング><キャットウォーク>」
無視して、自身に付与魔法を使う。
ダンドがロングソードを片手に、再び近寄ってくる。俺は姿勢を低く屈め、間合いを取るために軽く下がりながら、ダンドの攻撃をじっと待つ。
そして、ダンドは飛び込んできた。
「らァッ――――!!」
下段に放たれた斬撃をジャンプで避け、その勢いでダンドを跳び越える。空中で一回転する間に、俺は更に魔法を使った。
「<マジックオーラ><ダブルアクション>」
さて、準備は完了だ。武器攻撃力と打撃防御力、魔法攻撃力と防御力。移動速度にアタックダメージ補正も付けて、俺は地面に着地。
振り返った。
「基礎魔法なんか付与した所で、どうにかなると思ってんじゃねーぞ!! ハッハァ!!」
男が高らかに叫んで、ロングソードを上段に構えた。
――――そうか。ギルド・ソードマスターの技なら、途中までなら俺も知っている。やり方は分からないけどね。
「<ウェイブ・ブレイド>!!」
上段から真っ直ぐに振り下ろされたダンドのロングソードから、衝撃波が飛んでくる。<ウェイブ・ブレイド>。斬撃を魔力に変換して飛ばす、ソードマスターの十八番スキルだ。剣士は基本的に、そうでもしないと魔力を使う機会もないからな。
俺はその斬撃の衝撃波を、短いモーションで避ける。俺の後ろにあったセントラル・シティの銅像に傷が付いた。
斬れないあたり、攻撃力が高いタイプではなさそうだ。
「死ねええ!!」
ダンドは真っ直ぐに、ロングソードを構えて走って来る。俺はその進路上に、左手の指を起こすように動かし、スキルを使った。
「<レッドトーテム>」
目の前に火柱が立ち、ダンドは立ち止まる。俺とダンドの間に火柱が現れた事で、一瞬奴の視界から俺が消えた。同時に、俺の視界からもダンドは消える。
俺は自分で繰り出した<レッドトーテム>目指して走り出した。魔物を足止めする魔法の代表格、<レッドトーテム>。あまり長く火を灯し続けるのはまずい。人が来てしまう可能性がある。
火柱同様、<レッドトーテム>に並ぶ足止めのスキルを思い描いた。初心者魔法使いの聖書のようなスキルだ。
「<ブルーカーテン>」
火柱の上から水のカーテンが現れ、火柱に向かって落ちる。あんまり魔力を無駄に消耗するわけにもいかないから、猫騙しはこんなもので止めておこう。
俺はリュックから初心者用弓矢を取り出した。ただの弓だけど、魔力を込めるまでもない。
「<レッド・アロー>」
素早く三、四本ほど、火柱に向かって矢を放った。<ブルーカーテン>が火柱に辿り着く前に、火柱に突っ込んで炎を纏った矢がダンドに向かった筈だ。
「んだァ!?」
予想通りの反応が帰って来た。俺はそのまま、<ブルーカーテン>が火柱を消す動きに合わせて再度前ダッシュ。カーテンの終わりに合わせて弓矢をリュックに戻し、ロングソードを取り出す。
水のカーテンが落ち切ると、俺はそのカーテンから飛び出し、ダンドに向かってロングソードを叩き付けた。
一応相手は俺よりも遥かに格上の剣士だ。こんなもんで倒れて貰っちゃ困る。
「<ソニックブレイド>!!」
鉄と鉄が打ち合う音がして、俺はそのままダンドの横を通り抜ける。きちんとガードしたようで、ダンドは額に青筋を立てて、俺を憤怒の形相で睨んでいた。
おーおー、怒っていらっしゃる。
俺は冷静に、ロングソードをダンドに向けた。
「……<ソニックブレイド>なんて初心者スキルが通用すると思ってんじゃねえぞ」
ダンドには、数本の矢が刺さっていた。にも関わらず全く怯む様子はなく、刺さった矢を抜き取った。
ギルド・ソードマスターは、『剣士の加護』という特殊な儀式を行う。それによって、初心者の時の何倍にも体力が跳ね上がるのだ。魔物と近接戦闘で渡り合うために必要な体力と防御力を、その儀式によって手にする。
――――体力って、やっぱり差が出ちゃうよなあ。思いながら、俺はロングソードを構えた。
「ソードマスターにロングソードで勝負たあ、良い度胸だなァ!? <ヘビーブレイド>!!」
<ヘビーブレイド>。これもソードマスターのスキル。武器破壊を目的とする強打だ。
「<パリィ>」
ダンドが放った重く厳しい一撃を、俺は基礎剣技スキル<パリィ>を使って受け流す。タイミングが難しいけれど、ある程度までの攻撃力なら近接攻撃のダメージをゼロにできる、貴重なスキルだ。
そのタイミングの難しさから初心者のうちに使いこなす事は難しいと言われているが、俺はアホほど練習してタイミングを心得ている。
振り返ったダンドは、更に怒っているようだった。まあ、そのうち気づくだろう。
「……いちいち初心者スキルが苛々するぜ。しかも色々混ぜやがって、大道芸人が」
俺は不敵に笑った。
「んじゃ、破ってみれば?」
その言葉が、奴の逆鱗に触れたのだろう。
「――――殺す」
再び、低く腰を落とした重い一撃が来る――いや、連撃か? 怒りを煽った事で、少しずつ攻撃のレベルが上がっているのだろうか。
まあ、俺には関係ない。
「<ヘビーブレイド>!!」
「<パリィ>」
振り抜く攻撃を、そのまま受け流す。静まり返っていたギルド・ソードマスターの連中から、少しずつ言葉が漏れ始めた。
「なあ……あいつ、おかしくねえ? 動きが尋常じゃない。速過ぎる」
まあ、そろそろ頃合いだろうな。
俺はリュックにロングソードを戻し、笑みを崩さずにダンドを見た。怒りが頂点に達しているダンドには分からないかもしれないが、初心者如きがソードマスターの十八番とも言える剣技<ヘビーブレイド>を二度も防いでいるのだ。
端から見ていれば、おかしい事になどすぐ気付くだろう。
「そりゃ、<キャットウォーク>使ってんだから速いに決まってるだろ」
「そこだよ、おかしいのは。……何で盗賊スキルの<キャットウォーク>と、聖職者スキルの<ホワイトニング>が同時に使われてんだ」
俺はリュックから、再びナイフを取り出した。<ダブルアクション>の効果で、ナイフに僅かな残像が見える。
まあ、ソードマスターって言ってもこんなもんか。もしかしたら本当に、ソロの方が効率良かったりするのかな。
笑みを浮かべて、俺は自慢の必殺スキルを使用する。
「<ホワイトニング>」
レオも目を丸くして、俺の事を見ている。
「確かに、<マジックオーラ>は魔法職のスキルだし、<ダブルアクション>は狙撃の――――…………」
そりゃ、どこのギルドにも入れて貰えなかったけどさ。俺、アカデミーでは結構頑張ってたんだよね。
とくと見るがいいさ。
「――――<イン・ザ・ウエポン>」
俺の初心者用ナイフが光り、白い残像を放つ。いつか伝説の勇者が使っていたと噂の武器、『シャインブレイド』のように光り輝くナイフを俺は構えた。
流石の『ソードマスター』ダンドも、これには少し驚いたようだ。ロングソードを構えたまま、汗を流して固まっていた。
さて、剣士にロングソードで勝負するとは――って言ってたな。
ロングソードより更に下位の、ナイフで勝ってみせようか。
「……なんだよ、それは」
ダンドがぽつりと、呟いた。
俺は地面に右手を。動き出す合図だ。クラウチングスタートではないが、姿勢を低く構え、光り輝く初心者用ナイフを掲げる。
そのまま、全力で地面を蹴った。
滑り込むように下段に斬り付けたナイフを、どうにかダンドは跳び上がって避ける。無防備になった胸に突きを一発。剣の腹で、ダンドが俺の攻撃を受け止める。
速さに対応できていないのだろう。ダンドはどうにかして、俺を押さえ付けようと考えているように見えた。俺はダンドの周りを回るように素早く移動し、四方八方からダンドに攻撃を仕掛ける。
因みに、ロングソードよりもナイフの方が小さいし軽いから、小回りは効くし素早く動けるのだ。
代わりに攻撃力は無いけれど。
「……くっ!! ……くそが!!」
今俺は、裏ギルドとも呼ばれている盗賊のギルド『ローグクラウン』の連中に匹敵する素早さを持ち、<ホワイトニング・イン・ザ・ウエポン>の効果で攻撃力も跳ね上がっている。
剣士如きに捉え切れる速度じゃない。そもそも、<キャットウォーク>を使った時点でダンドよりも俺の方が素早いのだ。
そろそろ、魔力も切れてしまう。<キャットウォーク>の持続時間中にケリを付けないとな。
俺は軽く後ろに跳んで、一歩引いた。
どうだよ、シメようとして逆にシメられる気分は。
俺は不敵に笑い、リュックから――――もう一本の、初心者用ナイフを取り出す。
「<ダブルスナップ>」
それは、右手と同じように左手の武器攻撃力を上げるスキルだ。二刀流の剣士が覚えるスキルで、まあ剣士しか使わないスキルでもある。
俺は覚えたけど。
<ホワイトニング>を受けた初心者用ナイフが、二つに。<ホワイトニング>の効果で、攻撃力は約二倍。両手に持っているから、四倍。自身に掛けた<ホワイトニング>の効果で、更に二倍。<ダブルアクション>の効果で、更に二倍。
その攻撃力は、十六倍だ。
「初心者ァ――――――――!!」
ダンドが咆哮を上げる。
後、<ヒール>一発分ならいけるだろうか。傷は塞がるだろうから、後は勝手によろしくやってくれって感じだな。
俺は両腕にナイフを構え――『全アカデミー学生が、一番最初に教師から教わる短剣スキル』を使った。小さな突きを素早く行うというもので、通常の短剣攻撃よりも若干ではあるが、威力が向上するのだ。
「<チョップ>!!」
但し、その十六倍にまで跳ね上がった攻撃力で、<キャットウォーク>の速度を利用した連撃だったが。
「<チョップ>!! <チョップ>!! <チョップ>!!」
「がっ――――!!」
この手数は、防ぎきれないだろう。
「<チョップ><チョップ><チョップ><チョップ><チョップ>」
剣士ダンドに向かって、俺は<チョップ>を連射した。嵐のような無数の突きが、ダンドの身体を撃ち抜いていく。
「おああああああああっ――――――――!!」
気が付けば俺は、野獣のように咆哮していた。
マシンガンのように貫く両手が、ダンドのロングソードを破った。
そのまま、通り抜ける。傷だらけになったダンドが白目を剥き、その場にロングソードを取り落とした。
俺は両手に構えたナイフをリュックに戻した。<キャットウォーク><ホワイトニング>の効果が切れ、ふう、と一息。
一発でも<ヘビーブレイド>を受けていたら、ちょっとだけやばかったかもしれないな。体力と魔力に全く余裕が無いというのも。
俺は振り返り、ゴーグルを外してダンドを見据えた。
「新米には、冒険者の世界を教えてやらねえとな?」
そっくりそのまま、返してやる事にしたのだ。