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超・初心者(スーパービギナー)の手引き  作者: くらげマシンガン
第三章 初心者と小悪魔ネコミミと魔の国の人々
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D56 RUN! RUN! RUN!

 一夜にして五千ビーズが五十万ビーズになった。それを見て、フルリュとキュートは口を開けて呆然としている様子だった。……まあ、そう何度もやれる手じゃない。あまり名が通ってしまってもまずいし、今回のような緊急時に限り、ってとこだろう。


 それにしても、魔界のギャンブラーは温い。イカサマを許容しているとは思えない温さだ。ノース・ロッククライムでギャンブルやってたオヤジ達、元気かな。


「しかし、あっさり船が手に入ったね……。すごいね、お兄ちゃん……」


 八人乗りのボートを見て、キュートが呟いた。きちんと魔法陣による自動駆動機能付きの、高価なボートである。これを持って『ゲート』を潜れるのか知らんが、良い買い物をしたぜ。


 海に殆ど風はなく、長閑のどかな様子で鳥が鳴いている。海旅なんてしたことが無かったから、この光景は新鮮だ。


 広がる青空、どこまでも続く海。俺はボートの先端に立って、両手を広げた。


「ユー、トラスト・ミー? アイ・トラスト・ユー」


 俳優、俺。先程まで水面を眺めていたキュートが、俺の方を青い顔で振り返った。


「…………お兄ちゃん、何一人でぶつぶつ言ってんの? ……キモい」


 よもやキュートにヒかれるとは、俺も落ちたものである。所詮猫には俺の高度なギャグが理解できなかったようだな。


「知らねえのかよ、『イタイニック』。有名なんだぜ、人間界では」


「何それ」


「演劇集団として、セントラル大陸を歩き回る輩がいてさ。その作品」


「知るわけないじゃん……」


 まあ、そりゃそうか。


 キュートとフルリュが人間界に来た暁には、どこかで出会ったら見せてやるのも楽しいかもしれないな。そう考えた所で、俺は人間界での最後の出来事を思い出した。


 思わず、口を閉じて顎を引く。


 人間界に到着したら。とにかく一番最初にやらなければいけないことは、フィーナとロイスを探すことだ。二人共、無事だといいが……。俺の無事も伝えたい。


 そして、ゴボウのことも。今頃どこに転がっているのか。見付ける事は可能なのか。それさえも分からない。


 ……あんな形で、終わりにしてたまるかよ。


「お兄ちゃん、どうしたの? 急に黙って」


「……いや、何でもねーよ」


 気分転換に立ち上がり、船の後方へと歩いた。


 屋根のある席では、フルリュが一人顔色を真っ青にして、悶々としている。


「……大丈夫か?」


「船……うぇっぷ……ちょっと、ダメみたいで……すいません」


 辛そうに呻きながらそう言うフルリュに俺とキュートは揃って顔を見合わせた。


「いや、飛べよ……」


「はっ!?」


 なんというか、平和な船旅だった。


 話によれば、人魚島まではそこまで離れていないということだった。まあ人間界で言うところのサウス・レインボータウンがここでは港町タスティカァに当たるので、当然と言えば当然か。マーメイドとはいえ、延々長距離を泳ぎ続ける事もないだろう。


 遠くにぽつんと見える島。あれが人魚島なのだろうか。進行方向はフルリュに任せているから、おそらくアレで間違いないのだろうけど。


 俺は今一度リュックを開いて、持ち物を確認した。山程あるパペミントとカモーテルは、いくらかを煎じて薬品の状態にしてある。去りし日のレオ曰く、そのまま食っても効くみたいだけど――俺にはそんな度胸はない。まずいらしいし。


 パペミントもカモーテルも、そのままでは同じ緑色だから一応ラベルを貼って分けてはいるけれど……瓶の形が同じだから、いざという時に間違えそうだ。


 うーむ。……まあ、戦闘中は要注意だな。


「お兄ちゃん、なんか水面がブクブク言ってる」


 キュートがボートの端から波を見下ろして、そう言った。俺はボートの操縦に専念しているので、水面に集中する余裕はないが――……


「避けた方が良いか?」


「うーん、なんだろ。湧き水的なもの」


 その言葉を、最後まで聞く事はなかった。俺は絶句し、その場に固まってしまった。


 俺達の前方が、まるで山のように大きく盛り上がったかと思うと――――突如として、高波が現れた。フルリュは空を飛んでいるので関係ないが、俺とキュートは一大事だ――――いや、そんな事を悠長に考えている場合じゃない!!


 どうする!? 逃げられる場所なんてない、とにかく右に舵を切るしか――……


「うおおおおおおっ――――!!」


「にゃああああ――――!!」


 キュートが叫ぶ中、俺は転倒ギリギリの角度でボートを右に旋回。急遽、波に沿って逃げる方向にシフトした。三メートル――いや、五メートルはあろうかという高波は、今まで俺達が居た場所を飲み込んでいく。


 やばい!! 波に追い付かれる!!


「お兄ちゃん!! お兄ちゃん、スピードアップ!!」


「できるかそんなこと!! もう最速だっての!!」


 波の終わりは遥か先だ。このままでは、ボートごと飲み込まれて海に投げ出される格好になってしまう。


 フルリュは一体どこにいるんだ? もうとっくに逃げているのか、どうなのか。顔だけ振り返って、フルリュの安否を確認した。


「ラッツ様を危険な目に遭わせようなど――――無粋な真似を」


 何故か、フルリュは波に抗うように宙に浮かんでいた。何をするつもりだ? フルリュの緑と紫の入り混じったオーラは、<マジックリンク・キッス>の時のように立ち昇っている。


 フルリュの足下に浮かぶ魔法陣。加えて、両手には恐ろしい量の魔力が集束していた。エメラルドグリーンの瞳に、魔法陣が浮かび上がった。


 なんだ? ありゃあ……見たことのない姿勢だ。やばい、そんな事を考えている間に波がもうすぐそこまで――……


「天空都市スカイディアに導かれし、吹き荒びてはし疾風はやてよ」


 なっ……なんだと!?


 フルリュが……あのフルリュが、大魔法を詠唱している……!?


 しなやかな指をなぞるように動かし、フルリュは目を閉じ、魔法陣の上で踊り始めた。何度か指で見えない壁に触れると、そこから波紋のように魔力が広がる。


 蝶のように舞い、両手の指から光が線を描く。高波に全く動じていないようだ。


「飛竜の羽撃きと共に舞い、億万の愚かなる病を滅せよ」


 そうして、高波がフルリュに接触する寸前だった。フルリュは大きく目を見開き、両手を高波に合わせる。手を広げて、親指と人差し指で輪を作り、高波に向けた。


 不覚にも、その妖艶さと迫力に、鳥肌が立った。




「――――――――<ホーリーウインド>」




 フルリュから突如として、巨大な突風が吹いた。『風』の大魔法なんて、人間界では使われていない――……これは、紛れも無くハーピィのスキルだ。……いや、魔族のスキルと言うべきか。


 一瞬にして俺とキュートを襲っていた高波は消え、俺達は呆然とその場に止まった。一度停止して、フルリュを見る。


 フルリュの息は少しだけ上がっていたが、その程度だった。魔法陣が消えると、フルリュは再び羽ばたき始める。……魔法陣の上に立っていたのか? それも分からないが……前方を指さすと、フルリュは言った。


「風が吹いていないこの海で高波など、起きる筈がありません。姿を表しなさい」


 やべえ……フルリュ、かっこいい。


 水面下から顔を出したのは、何名かのマーメイド。皆、男だ。大胸筋と上腕二頭筋の発達が凄まじい。凛々しい瞳でフルリュをはっきりと見据えたマーメイドの男は、静かに口を開いた。


「ここから先は、マーメイド族の領地だ。ハーピィ族……それに、ヒューマンビースト族が二名だな。人魚島に用事があるなら、要件を申して欲しい」


 相手が男だと知るや、フルリュは急に怯え出した。


「あれっ……てっきり女の子だと思ってたのに……あわわ」


 慌てて、フルリュのそばに戻る俺。ニコニコと笑いながら、マーメイドの男達を見た。……人数は三人。大方、ここの警備員ってとこか。


 まるで鎖国だ。厳しいねえ……


「いやー、すんません。ちょいとここのマーメイドに用がありまして」


「何者だ。まず、身分を提示しろ」


「俺はリッツ・ラチャード。こっちは妹のキート・ラチャード、それに嫁のイルリュ・フリイィ。……実は、今日の昼に次期国王の継承式があるって聞きましてね。招待されてるんですよ」


 適当に名前をもじったら、とても言い辛い事になってしまった。だがマーメイドの男達は俺達を許可する様子はなく、仏頂面で腕を組んでいる。


「継承式ではない。聖海式だ」


「ああ、そうそう、それ」


 ……やばいな。嘘を付くにも、限界がある。俺はフルリュに目配せをした。何をやろうとしているのか分かったようで、フルリュは小さく頷いて、ボートに降りた。


「話は聞いていない。聖海式は神聖なもので、マーメイド族のみでやるものだ。申し訳ないが、お帰り願いたい」


「いや、それが許可されちまってるもんで。引き下がれないんですよね」


「…………許可したマーメイドの名は?」


 もうちょっとだけ、時間が欲しい。俺は曖昧な笑みを浮かべて、小首を傾げた。眉をひそめたマーメイドの男達が、こちらに寄ってくる――……


 もうちょっと。あと少しだけ。


「三十六計、逃げるに如かずってね…………」


「ああ?」


 俺はキュートの手を引いてボートを掴ませ、自身もしっかりとボートを握った。食い縛った口を瞬間的に開いて、猛る――――大声を出した。


「やれ――――――――!! フルリュ――――――――!!」


 瞬間、フルリュが隠していた魔力を一気に放出させて、魔法を唱える。


「<ホーリーウインド>ッ!!」


 圧力を感じて、俺とキュートは身を屈めた。爆発的な推進力で、半ば吹っ飛ぶようにボートが発射される。いや、これは完全に飛んでいる。フルリュもすぐにボートを掴んだようだ。


 ぐんぐんと、人魚島と思わしき島が近付いて来る。小さな島だ――――島の上で戯れるマーメイドは、まだ俺達に気付いていないようだ。


「ヒャッハ――――!!」


 思わず、快感に叫んでしまう。人魚島の中央は森になっているが、よく見ればドーナツ状に穴が空いている。滝のように流れ落ちる水、あの下にはおそらく海底神殿があるのだろう。


 誰かが俺達を指さし、慌て始めた。全力で船の進行方向から逃げる――……地面まで、もう数秒もない。俺はボートの縁に隠れるようにして、頭を隠した。


「盾を作れ!! 枝にぶつかっただけでもやばい!!」


 キュートとフルリュもすぐに、ボートを盾にするよう動く。


「おおう――――!!」


 何の前触れもなく、ボートは島に激突した。ガリガリと色々なものを削り、小さなボートは島を滑っていく。途中の枝を巻き込み、折っていった。


 高い金を払って、良いボートを買っておいて良かったぜ。もしもの時は頑丈な方が良いだろうと選んだものが、功を奏したな。


 前進力が無くなってくると、矢継ぎ早に目に飛び込んでくる景色はやがて勢いを失った。恐る恐るボートから顔を出すと、目の前には大きな穴があった。滝のように水が流れ落ちる穴には、螺旋状に滑り降りる事のできる道があり。その遥か下には、池の上に浮かぶ巨大な神殿があった。


 半分ほど穴に突っ込んだボートは、螺旋状に続く道の下に今にも落下しそうだ。立ち止まっている暇はない――――


 ぐらり、とボートは傾き、穴へと落下した。


「ら、ラッツ様っ!!」


 フルリュが怯え、俺に抱き付いてきた。


「きゃっほ――――!!」


 キュートは楽しそうにしている。


 瞬間、巨大な魔法陣が上空に現れた。何をするものなのかと考える暇もなく、その魔法陣から大きな音が響いた。


「全警備員に告ぐ!! 侵入者発見!! 侵入者発見!! ハーピィが一名、ヒューマンビーストが二名!! 連中は人魚島に上陸した!! 直ちに捜索し、侵入者を抹殺せよ!!」


 ウォータースライダーも顔負けの速度で螺旋状の道を降りていくボートに、移動途中のマーメイドが悲鳴を上げて逃げていく。


 もっとバレずに潜入する方法があれば良かったけれど、船で接近しなければいけない時点で望み薄だ。どの道上空から接近したって見付かるのだから、ここはいっそ真正面から突破を目指す!


 ササナを捕まえて、目的地は人間界へと続く『ゲート』だ。どこにあるかは分からないが、その『ゲート』を使ったことがあるササナなら、場所を知っている。


 人間界にさえ出てしまえば、後はどうとでもなる。連中は迂闊に人間界に上がってくる事ができない。ササナのように、姿を化かさなければ――……海から大量の人間が突然顔を出したら、大変な騒ぎになるからな。


 さあ、もう後戻りは出来ないぜ……!!


「あの、ラッツ様」


「どした、フルリュ?」


 ……ん? 何かが、おかしい。船が少しずつ、沈んでいるような――――…………


 フルリュは青い顔をして、俺の腕を掴んで震えていた。


「さっき…………人魚島の陸地に擦った時、穴が空いてしまったみたいで…………」


 俺は笑顔のまま、その場に固まった。



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