D55 マジックカジノで一儲け
そんなこんなで、集まった五千二百ビーズ。大漁である。人にすると、百人とちょっと来たことになるのか。俺の思い付きも、捨てたもんじゃない。
こういうのは、普通に手相をやっても駄目なのだ。まるで祭を始めるかのように、盛大に盛り上げなければ人が集まらない。実際占いが当たるかどうかなんていうのはどうでもよく、面白半分で参加している魔族が殆どだっただろう。
何にしても、あっという間に五千ビーズ。セルに換算すると、五万セルほどの金額を手にした俺である。
「す、すごいですね。ラッツ様の言う通りにしたら、あっという間にお金が生まれました……」
目を丸くして驚くフルリュ。一日使ってしまったが、ゼロからの旅立ちとしちゃあ上出来だ。
とは言っても、これで船が買えるとまでは、流石の俺も思っちゃいない。集まった小銭をジャラジャラと袋に詰めて、俺は笑みを浮かべた。
この港町タスティカァ、来た時にすぐピンときたのだ。表通りに歩いている魔族の中には、ガラが悪い奴もそれなりに居たという事実。俺達が入った海の家、夕方になって急に人が居なくなったと思ったら、屈強な男ばかりが現れて飲み屋と化した室内。
そいつらは、どこから現れてどこへ消えるのかという話だ。
「……でも、どうするの? これっぽっちじゃ、船なんて買えないよ」
「妹よ。今日の宿の手配をしたら、先に戻って寝ていろ。フルリュもだ」
「え? 先に戻るの? なんで?」
テントも潰してテーブルと椅子も木材として、再びゴミへ。金を手にした俺は、不敵な笑みを浮かべて二人を見た。
「ここから先は――――女子供が手を出せる領域じゃねえのさ」
○
やっぱり、あった。昨日も訪れた海の家兼居酒屋の近く、堤防のそば。地下へと続く階段には、何の札も掛かっていなかった。一見地下倉庫のようだけど、海の家の隣に地下倉庫ってのは変だ。
「いらっしゃい。お兄さん、お初?」
「あ、すいません初めてで。ちょい、遊びに来たんスけどね」
言いながら、辺りを見回す。地下の部屋にはむさ苦しい男が集まり、燭台に照らされたテーブルを囲んで何やらゲームをやっている。
当然、そこに金は賭けられている。言わば、人間界で言うところのカジノってとこだ。まあ、ここもカジノって名前かもしれないが。文字が読めないしな。
「幾ら持ってるの? ここは他より少し高くて、五千ビーズからスタートなんだけど。大丈夫?」
「えっ、マジで?」
俺が問い掛けると、店員と思わしき悪魔の男は厭らしい笑みを浮かべた。
「そう、ここは他のマジカジの十倍レートなんだよお。ちょっと遊びに来ただけなら、帰った方が良いと思うなあ」
マジカジ……マジックカジノってとこか。
――――面白い。
「五千ビーズなら、ぎりぎり持ってきた。替えてくれ」
「お兄さん、チャレンジャーだねえー。まあ、一瞬で溶かさないように注意してねー」
レートが五千スタート……セルに換算すると一発五万セルってことか。……人間界の船の値段が大体、一番下のやつが二百万セルくらいからスタートだから……
……四十倍くらいか。
マジカジ専用のコインに替えてもらうと、俺は店内を歩いた。やってるのはポーカーにルーレット、ブラックジャック……まあ、妥当な所だな。
「オア――――!!」
「はーい、残念だったなあ。ま、てめえの運命を呪うこった」
……ん? なんだ? なんだか分からないけれど、あの台だけやたら賑わってるな。
戦っているのは……豚の大男と人くらいのサイズの……悪魔、か。デビル族とオーク族ってトコだろう。オークの男は頭を抱えて、何やら呪いのように呻いていた。
ちらりと、テーブルを見詰める。やってんのは……ポーカーか。デビルの方は服装からして店の者ではないようで、大漁のコインを台の隣に置いていた。ポーカーはポーカーでも、ディーラーの居ない変則ポーカーみたいだな。
「今回は二十倍だから……フヒヒ、十万ビーズ頂いていくぜ」
「た、頼む!! そんなに無くなったら、家族の生活費が……」
「賭けたオメーが悪いんだろ。持ってるコインだけで収めときゃ良いものを」
普通に考えて、あんなにも勝ち続けるのはおかしいよな。オークの男が呻いている最中、何やら周囲もニヤニヤと眺めながら様子を見ているだけだし……でも、誰も何も言わないのか。
――――ふーむ。こりゃ、ただのカジノじゃない。何か秘密がありそうだな。
すぐに俺は店の脇に隠れると、ポケットから真実の瞳を取り出して、辺りを見た……やっぱりか。どいつもこいつも、オーラとして放出されない程度の微量な魔力を放出して戦っていやがる。
それが、あのオークの男にはなかった。……いや、オーク族って確か腕っ節の強さを武器に戦う連中だ。微細な魔力のコントロールは得意としていないのだろう。
……なるほど、『マジカジ』ね。先程のデビルの男が居るテーブルへと戻りながら、俺は考えた。
つまり、こいつは魔法によるイカサマ有りのゲームってことだ――……デビルの男はトランプを切りながら、次の対戦相手を募集している。
奴の手口が分かっている男は、テーブルに座らない。……結果、あの横にある大漁のコインに目が眩んだ、何も考えていない男がテーブルに座る。
その対戦内容を、一通り俺は確認した。真実の瞳だけでは、イカサマの内容までは分からないからな。
「それじゃあ、始めようか」
「……お、おう。コインは……五倍、で」
「五倍だあ!? ケチくせえな、止めだ止め」
「うっ……じゃ、じゃあ十倍で」
「そうそう。俺は今勝ち続けている。それは、お前の勝つチャンスが増えてるって事なんだからよ!」
そう言って、デビルの男はトランプを切る。……アホか。これまでの経歴と、これからの確率ってのは因果関係を持たねえよ。仮に一回の勝率が五十パーセントだったとして、何回やったって五十パーセントは五十パーセントだ。
――――しかし、なるほど。今回のターゲットはコイツで決まりだな。人知れず、俺は笑みを浮かべた。
その時だった。
「えっ、じゃあついに姫、結婚すんの?」
思わず、首を向ける。テーブルが並んでいる奥のバーで、店長と思われるデビルの男とカウンターに座っているヒレの付いた男が会話をしている。
……あれが、男版マーメイドか。屈強な身体……確かに、強そうだ。
このタイミングで、『姫』と『結婚』ときた。内容なんて、一つしか考えられないんじゃないか。
「ああ。ササナ姫もついに心折れたらしい」
「マーメイド族の間でも公開されてないこと、ホントにどこから仕入れて来るんだかなあ」
「企業秘密だよ、お客さん」
やっぱりか。テーブルから目を離さないようにしながらも、俺は耳だけで男達の会話を聞いた。
「なんだよー。結局、海底神殿の次期国王はベインかー。……姫がずっと渋ってるから、俺にもワンチャンスあるかもとか思ってたのによ」
「ガハハ。こんな所で酒飲んでる男に用はねえだろ」
「あっはっは! 流石マスター、よく分かってんな! ちなみにいつよ、結婚式?」
「なんか急遽、明日の昼頃にやるって言ってたぜ」
――――明日の、昼?
「おいおい、待てよなんだそりゃ。話が早すぎんぞ」
本当だよ。俺もそう思った。
「さあ? ……現国王も、さっさと姫に居場所を作ってやりたいとか言ってたしな。痺れ切らしたってトコじゃねえの?」
明日の昼か…………やばいな。急がないと。
○
「次、俺。いいかな」
オーク、猫、ゴーレムときて、その次に俺は手を挙げた。デビルの男は俺の頭に着いた猫耳を見て、ニヤリと笑う。先程喰って行った獣族の男のことで、味を占めているのだろう。
「良いぜ。座んなよ」
俺はテーブルに座り、腕と足を組んだ。薄目を空けて、デビルの男をじっと見詰める。……随分と、だらしない笑みだ。まあ生活に支障が出る程の金を賭けてしまう、負けて行った男達にも問題はあるけれど。
そもそも、『マジカジ』なんて称されている時点で、運や何かの勝負で勝てると思ってるのが間違いだ。コイツはいかにルールの範囲内でイカサマをやって、バレずに金儲けするかっていう勝負なのだから。
時計を確認した。……夜明け前には、終わらせたい。
「さあ、いくら賭ける? ちゃちい金額にすんなよ、男ならパアッといこうぜ」
俺は、コイツがどこで何を出してきたか、ちゃんと記憶している。
オークの時がエース二枚とジョーカーのスリーオブアカインド。
猫の時はキングと八のツーペア、ジョーカーを入れてフルハウス。
ゴーレムの時は、三のフォーオブアカインド。勿論、ジョーカー入りだ。
――――つまり、コイツはジョーカーを手のひらに貼り付けて、必ず自分がジョーカーを手にする――……そういうイカサマをしているのだ。でも必ず両者がカットするから、それだけでは自分が確実に引けるとは言えない。
そこで魔法によるイカサマを使う――それが、このマジカジの常套手段なんだろう。どうにも不思議だと思っていたのは、この男から魔力が一切感じられなかったことだ。
「なあ、ここの最大賭け金っていくらよ?」
「あ? ……最大は百倍だが、それがどうした?」
「今持ってなくても、賭ける事は可能か?」
「そりゃ、破産の覚悟があんならな」
俺はコインを一枚前に出して、宣言した。
「んじゃ、百倍」
そこで、俺は気付いた。
こいつは『マジカジ』であることを逆手に取って、『普通のイカサマ』をしているんだ、って。
男の脇には、ざっと見ても八十枚はコインがある。まあ、これくらいなら出せるだろう。
「……は? ひ、百倍? ……オイオイ、そりゃ流石に身の程知らずってもんじゃ」
「良いから、さっさと始めようぜ。俺は眠いんだ」
他の魔族共の目は誤魔化せても、この俺の目は誤魔化せないぜ。アカデミー屈指のキング・オブ・イカサマと呼ばれた、炭鉱裏のカジノでも負けなしの俺に掛かればな。
あそこはついに出禁になったけどな。人間界でも噂が響いて、最早リチャードの名前を出すだけで入れて貰えやしない。
なんでも爺ちゃんの代からこんな感じだったとか、なんとか。
次第にデビルの男が憎たらしい笑みに変わって、トランプを切り始めた。
「…………後悔するなよォ? ……そんじゃ、行くぜェ……」
第一に、常にジョーカーが回ってきたんじゃ、相手もおかしいと思う。だから、多量にコインを賭ける時以外はわざとジョーカーを引かないようにしているのだ。
見極めるポイントは、手。ジョーカーを握っている時は、かぶせ気味になってる。
他の奴等がおかしいと思わないのは、次の瞬間男が見せる一瞬のためだ。まあ、何かトランプに魔法が仕込まれていると思うだろうしな。デビルの男はトランプをテーブルに置くと、ポン、と右手で山を叩いた。
「ほら。お前も切れよ」
この瞬間、手を上に向ける。自分は一枚もカードを持ってないですってな具合だ。
逆に、気持ち悪いぜ。
俺が山をカットした後、男はもう一度山を叩く。この瞬間にジョーカーは山の先頭にあり、次のコイントスで先に引くか後に引くかが決定される――――
問題は、このコインだ。
「じゃあ、いくぜ」
デビルの男はテーブルに置いてあったコインを弾いて、両手で中を隠すようにキャッチする。――このテーブルで親をやっている以上、必ずデビルの男がコイントス、参加者側が指定する。これが、今回のからくりになっているのだ。
魔法が掛かっているのは、トランプじゃなくてコインの方。
つまりこのコイントス、表と裏をデビルの男は意識して選択することができるのだ。
「……んじゃ、表」
瞬間、デビルの男がニヤリと笑って手を開いた。……知ってんよ。魔力の掛け方によって、コインの表と裏が変わる――細工されたコインだ。
さっき真実の瞳を通じてコインを確認したから、間違いない。他のコインは魔力を持っていないのに、こいつのモノだけは微量の魔力が渦巻いていた――……今回の仕掛けの基になってるのは、これだ。
俺は笑みを浮かべて、今にも手を開く男に向かって指をさした。
「あいや、やっぱ裏」
「えっ!? ちょっ……」
慌ててデビルの男が一度隠す事を見て、そのイカサマが予定通りであることを確認する。やたら浅い息を吐いて、男は俺を睨み付けた。
その様子に、思わず笑みが溢れてしまう。
「ちょっ……おまっ……!! びっくりさせんなよ!!」
「ははは。悪い悪い」
テーブルを軽く叩いて、デビルの男を鋭い目で見詰めた。
「――――良いじゃねえか。たかが『コイントス』だろ?」
うっと、デビルの男が呻き声を上げる。しかし、次第に笑みが戻り――開いた手の先、コインの状態。見れば、それは『表』だった。一応、驚いた演技をしておいた。
デビルが先攻でジョーカーを含む五枚を引き、俺も五枚を引いた。
「フヒヒ……今日はツいてるなあ。一枚も替えなくて良いぜ」
「あ、そう。俺も替えなくていいから、じゃあ勝負しようか」
何やら嬉しそうにしているけど、知った事ではない。デビルの男は大袈裟に手札を開いて、左手で目を覆った。
「あっはっは!! すまねえなあ、坊主。俺はエースが四枚だ」
男の周囲に居る驚いている奴等は、全員サクラだ。そんな事は分かってる。テーブルを囲う事で、他の客の目に手口が見えないようにしているのだ。
「百倍なんかにして、可哀想だなあ!! さあ、予定通り払って貰うぜ、五十万ビーズ――……」
俺はあっさりと、自分の手札を返した。
「ロイヤルストレートフラッシュ」
一瞬、周りに居た男達も含めて、目が点になっていた。……しかし、魔界のカジノちょろすぎるだろ。……トリックも引っ掛けも、俺がやってた炭鉱のカジノの方が遥かにレベル高いぞ。
「――――は?」
「ロイヤルストレートフラッシュ」
席を立って、自分のトレイにデビルの男のコインを移動させる――……ぴったり九十九枚、か。十枚ずつ積んでくれていて、助かったな。
自分のイカサマが成功したら、もう勝つことしか考えていない。俺があいつのイカサマを暴くために躍起になってると錯覚したなら、そりゃ大きな間違いだ。
「えっ……ちょっ……お前、そんなワケねーだろ!! イカサマ――……」
「――――あ?」
一応、凄みを利かせて睨んでおいた。……ゲームには勝ったんだ。もう、何を言われる筋合いもあるまい。
まず、これはバレなければ何してもオーケーのゲームなんだからな。奥でこちらを見ている店員が何も言わないのが、その証拠だ。
「お前は今、勝ち続けていた。だから、俺の勝つチャンスが増えたってことだろうよ」
そう言って、俺はその場を離れた。コインを五十万ビーズに換金すると、俺は手を振ってカジノから離れる。
左手で近くのテーブルの山に触れて、五枚のトランプをさり気なく戻しておいた。




