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超・初心者(スーパービギナー)の手引き  作者: くらげマシンガン
第三章 初心者と小悪魔ネコミミと魔の国の人々
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D54 ラッツ・リチャードの占いハウス

 俺が<限定表現レストリクション・スタイル>と宣言したことで、これまで何の顔色の変化も見せなかったネズミ男が僅かに反応した。長剣を構え微動だにせず、そのままで俺に問い掛けた。


「<表現スタイル>だと……?」


 僅かに、ネズミがそう呟いたように聞こえた。だが、俺はもう止まる事は出来なかった。


 両手に、魔力を。真上から落下してくる長剣をキャッチして、そのままネズミ目掛けて剣を構える。刃は水平に。しかし猛烈な前進力を持って、剣は対象にアタックを仕掛ける。


「<ソニックブレイド>!!」


 ただの<ソニックブレイド>ではない。大地の魔力を吸い上げる事によって強化された<ソニックブレイド>は、インパクトの瞬間に残像のように、後から同方向へ衝撃を与える多段攻撃になる。これも、訓練中に発見したことだ。


 通常、<ソニックブレイド>の強化版と言えば<ヘビーブレイド>だ。だが、<ソニックブレイド>の扱いやすさとインパクトの軽さを維持しつつ火力を上げることは、結果的に<ソニックブレイド>を多段攻撃へと導いた。


 たった一度の斬撃で、ネズミの剣には数発分の重みが響く。音も同様、五、六発連続で打ち合ったかのような斬撃音がした。受け切れない、歪みを伴う斬撃の波動がネズミの服を貫通し、その肌に幾らかの傷を付ける。


 散々訓練したんだ。もう、大地の魔力を利用することに隙は作らない。集中させる部位と方式が同じなら、別のスキルだって使えるんだ。俺は振り返ると、ネズミの背中へ渾身の一撃を叩き込んだ。


「<チョップ>!!」


 ただの突きでは収まらない、波動を伴った斬撃攻撃。今度こそ、この攻撃はネズミに直撃する――……


 ――――えっ?


 一瞬、我が目を疑った。ネズミは全く立っている姿勢を変えず、<チョップ>の届かない前方へと移動していたのだ。空振りした攻撃は、虚しく空を裂くばかりだった。


 今度こそ、間違いない。あまり考えたくはなかったが、どうやら認めるしかないようだ。このネズミ男はノーモーションで、瞬間移動のような動きができる、ってことだ。


 原理は分からない。だが、確かに移動している。


 …………どういうことだよ。


 魔法か? それとも、超人的な筋力による移動か?


 ネズミは大きな剣を鞘に収め、戻した。左手を前に出し、手のひらを仰向けに向けると――――その瞬間、ネズミの手に服と同色の燃えるような赤いシルクハットが登場した。


 ……なんだか分からないけれど、やっぱりこれは魔法――――だよな。ということは、瞬間移動もやっぱり魔法なのか。ネズミはシルクハットを深く被ると、服のポケットからキセルを取り出した。人差し指に火が点き、キセルへ。僅かに煙を吐き出すそれを口に咥える。


 深く息を吸い込むと、煙を空に向かって吐き出した。


「…………お前、名を何と言う」


 ネズミは俺の方など一度も向く事無く、そう言った。どうして攻撃を止めたのかも、そもそも思い返せば何故襲って来たのかも分からない。唯一分かるのは、俺の持っていた『真実の瞳』に過剰に反応してきたという事だけ――…………


 …………まいったな。


「ラッツ。ラッツ・リチャードだ」


 俺がそう言うと、ネズミは分かったように頷いた。……どうにも、気まずい沈黙が流れた。森の木の陰からキュートが、ボロボロになってようやく登場した。


 俺とネズミの様子を確認すると、はたと立ち止まった。一体今、これがどういう状態なのか分からないためだろう。フルリュも呆然と、俺達の様子を見守るばかりだ。


 正直、俺にだってわかんねー。


「リチャードか。…………そうか。血は争えんな」


 何を勝手に納得してるんだ。ちゃんと状況を説明してくれよ。ネズミは人差し指から今度は水を出現させ、キセルの火を消した。それを再びポケットに仕舞うと、俺に振り返った。


 つい、身体が反応して筋肉が強張ってしまう。少し身を引きがちにしていると、ネズミはこちらに向かって歩いて来る。


「…………まだ、持っているのは『真実の瞳』だけか? あいつはどうした」


「あ、あいつ? あいつって…………ゴボウ、のことか?」


「ゴボウって」


 思わずと言った様子で、ネズミは吹き出した。……今まで何の違和感もなくゴボウゴボウと言ってきただけに、知っている奴にこんな反応をされるとどうにも恥ずかしい。


 巨大なネズミが笑う所を見るのは、多分俺の冒険者人生の中でも初めてだ。


「ただ無様に死に逝く負け犬の言葉として、聞いて欲しい。…………あいつの封印を解こうとしているなら、よく考えた方がいい」


 その発言で、はっきりとネズミは俺に――ゴボウの元関係者であることを明かした。


 だがネズミは決して、名前を言わない。わざと言わないんだ。…………俺がゴボウの本当の名前を知ったら、何か良くない事でもあるのだろうか。


「……まあ、こんな事を言う立場でもないか」


 ――――きっと、あるんだろう。


「あんたの名前は? ……なんで、襲って来たんだよ。今度はなんで攻撃を止めるんだ」


 ネズミはニヒルな笑みを浮かべて、その朱色の瞳を僅かに歪ませた。


「すまない。どこからか噂を聞き付けて、悪戯に『神具』を集めようとしているのかと思ってな。…………ただ、あいつが口を利いたのなら、これも一つの運命なのかもしれん」


 神具? …………この、真実の瞳がか? ゴボウも自分のことを神具だと言っていたよな。ゴボウの封印…………そもそも、どうやって解けるんだ?


 いかん、謎が謎を呼んで、俺のキャパシティが限界に達しようとしている。どこからともなく訪れるこの眠気は――……そう、つまらない本を一生懸命読んだ後のような……


「名前は――そうだな、『マウス』とでも呼んでくれ」


 まんまじゃん。


「ちなみに、五世だ」


 別に聞いてないよ。


「もう、会う事もないだろうが――――ラッツ。お前の戦闘は、中々面白味があったぞ」


 そう言って、ネズミ男は――いや、マウス五世は――大して変わらないけど。サッポルェの森に、その闇に消えて行った。


 何を、上からモノを言うようなことを……ネズミのくせに。




 ○




 ハイ・カモーテルは、あっさりと見付かった。というより、サッポルェの森自体が薬草栽培所のようになっていた。お陰でリュックに詰められるだけのパペミントとカモーテルを詰め込み、俺は意気揚々とサッポルェの森を後にしたのだった。


 しかしさっきのネズミ男、不気味で得体が知れない。俺の旅に関わって来ることも無いのだろうが――……ゴボウの事を知っているみたいだったから、本当は引き止めて話を聞きたかった。でも、聞いても話してくれそうな雰囲気じゃなかったんだよな。


 どうにも、ゴボウの封印を解かせたくないようだったし――……事情を説明したら、ゴボウの封印が解けるなんてことがあるのだろうか。


 ……まあ、どうやって封印されたのかが分かれば、封印を解く方法だって分かるというものか。


 マウス五世に言われた言葉が引っ掛かる。あいつの封印を解こうとしているのなら、よく考えた方がいい――……その理由は多分、ゴボウが神具に閉じ込められる際に無くしたという、記憶の事なんだろうけど。


 そんなにショックな出来事が、あったということなのだろうか。


 俺は黙々と木の棒と粗大ゴミ置き場で拾った黒い布を使って、海辺にテントを制作していた。フルリュとキュートは作り方が分からないから、横で見ているだけだったが。


「ねえ、お兄ちゃん……これ、何になるの?」


「まあ、見てなよ」


 木の棒を起こして、固定させる。人が二人分は入れる程度の小屋が、見事誕生し――――海風にさらされて、布が波打っていた。俺は近くで切り倒した木をゴリゴリと削って、瞬く間にテーブルと椅子を作る。正方形のテーブルと、向かい合わせるように椅子を設置して……と。


 アカデミーのサバイバルスキルを覚えておいて、本当に良かった。まるで日曜大工でもやっているかのような気分である。


 日曜お父さん、俺。


「さあ、完成だ!」


 そう言うと、俺はリュックからハイ・カモーテルと空瓶を取り出して、テントの中にリュックをぶん投げた。相変わらずフルリュとキュートは、頭に疑問符を浮かべて小首を傾げている。


 ちなみに、空瓶はさっきアイテムショップで頼んで、いくつか譲って貰った。


「フルリュ、こいつ湯で煎じて、飲めるようにしてくれ」


「あ、はい。……お茶みたいな感じですか?」


「ああ、そんな感じ。温度は五十四度、上がっても下がってもダメだから」


「えっ!? ……け、結構難しいですね」


 人手が足りないとあらば、こういった細かい作業はキュートよりもこっちだろう。パペミントは適当でも効力が出るけれど、カモーテルはちょっとだけ温度管理が大変だからな。


「ねえ! あたしは!? あたしは!?」


「キュートはこっち」


 手招きをして、キュートを俺の隣に。俺は魔力を人差し指に集中させて、淡く光を放出させた。


 そうして、大声で叫ぶ。


 さあ、売りまくろうじゃないか。


 ――――『占い』を!!


「さあ!! さあ!! ラッツ・リチャードの不思議な占い小屋だよ!! 寄ってらっしゃい見てらっしゃい、アナタの良い事悪い事、この場で当てて見せましょう!!」


 何名かの魔族が、こちらに振り返った。俺は残像のように残る光を使って、踊るように一筆書きで空中に絵を描いていく。


 これは、魔法使いの基礎スキル。<マーキング・アート>だ。五分ほどで消える光を出現させ、自由に絵を描くスキル。魔法使いは高度な魔力のコントロールを必要とするから、初歩の初歩ではこんな勉強をするのである。


 まあ、これが出来たからといって魔法陣が書ける訳ではないんだが。


「まあ! きれいね!」


 近くにいた……ラミア、かな。ラミアのおばさんがそう言って、近寄って来た。やがてエルフや魚人なんかも寄って来る。


 こいつはアカデミー内部で覚えたことだ。人間界でもそれ程メジャーではないから、魔界ならそこそこ通じるはずだ。そもそも、<マーキング・アート>自体がライジングサン・アカデミーでのみ教えるスキルだからな。


 フルリュがハイ・カモーテルを作成して、戻って来る。その美しい緑色を前にして、俺は笑みを浮かべた。ハイ・カモーテルをテーブルに置くと、テント側の椅子に座る。


「さあ、今回はこいつで占いをしたいと思いますよ。こいつをよーく見てて。あ、そこのアナタ、今回は無料で構わないので、向かいに座ってください」


「あら、あたくし? ……良いのかしら、ちょっとごめんなさいね」


 集まって来た魔族が、ハイ・カモーテルに集中する。ラミアのおばさんは少しだけ嬉しそうに頬を染めて、いそいそと椅子に座った。寄って来たフルリュに耳打ちする。


「人間界の百セルって、大体何ビーズくらいだ」


「え? えっと、お宿が一万セルくらいですよね。こっちは九百ビーズくらいだから……」


 すぐに顔を戻して、客に不審がられないように注意する。


「この街では、初めてやるからね! 今回は大特価、一回五十ビーズで承りますよ!」


 そう言って、ラミアのおばさんに視線を戻した。これから何が起こるのかと、裕福そうなラミアのおばさんは楽しそうに俺の事を見ている。一回五十ビーズとすると、千人回せば……いや、千人は非現実的だ。ひとまず百人くらい目標で、五千ビーズ集める。そしたら、船を手に入れるための突破口が見付かる。


 俺は両手に魔力を展開し、カモーテルに向けた。……だけど、この段階ではまだカモーテルに干渉はしない。俺は目線でおばさんに合図する。


「俺と同じように、この瓶に向かって両手を掲げて。そしたら、僅かに魔力を込めてね」


「ええ。分かったわ」


 おばさんが両手を出したところで、俺は初めて魔力をカモーテルに。そうすると、中の瓶の色がガラリと変わった。色は――――赤紫。少し緑っぽい色も混ざっているな。


 ――――辺りから、歓声が上がった。


「すげえ! なんだコレ!」


「どうやっているの!?」


 パペミントでは起きなかったけれど、カモーテルくらいに魔力の強い薬草であれば、こういう魔法学実験的な事ができるのだ。カモーテルとの魔力の性質差で、色は変わる。混ざり切らずにマーブルになったり、様々だ。


 そして、これをライジングサン・アカデミーでは、『カモーテル占い』と呼んでいる。


「えっと……性格は冷静沈着で、温厚なタイプ。激情に振り回される事が少ないから、周りからはおっとりしていると勘違いされそうだけど、意外と切れ者。そうだね?」


 俺がそう言うと、おばさんは目を輝かせて笑顔になった。


 ライジングサン・アカデミーにあった、ものすごく古い占いの本だけど――……何を隠そう、こいつ。


「まあ!! すごいわ、これは本物ね!!」


 まるで当たらないのだ。


 だけどまあ、どの色になったとしてもそれなりに良い事が書いてある。だから参加者の気分があまり悪くならないという事があって、割とこういう場に適しているのだ。


 むしろ、百八十度真逆にしたらぴったり合うんじゃないかとまで言われる……まあ、せっかちな人ってとこか、このおばさんで言うと。


「あらいけない、そろそろ漁師さんが魚をおろして来る時間だわ!! おろしたてが一番安いのよ、それじゃね!」


「あ、ちょっと……」


 それみろ。


「……まあいいか。つぎのかた、どうぞー」


 興味のある人が、うまく集まってくれるといいんだけど。



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