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超・初心者(スーパービギナー)の手引き  作者: くらげマシンガン
第三章 初心者と小悪魔ネコミミと魔の国の人々
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D52 港町タスティカァで船を手に入れるために

 袋を背負うのも長距離だと辛くなってくるので、フルリュに土下座してリュックを買って貰った俺。ホクホクな気持ちで、ティロトゥルェから次の街を目指した。


 さて、人魚島に行くまでの手筈だが。キュートは全然都会事情を知らなかったので、事実上案内はフルリュに一任する事になった。


 人間界では人魚島とは、サウス・レインボータウンやイースト・リヒテンブルクの近隣の海という認識だったが――……聞けば、現在人魚島に行くための最も確実な方法は、『港町タスティカァ』という場所から向かうというのが一般的なようだった。


 一般的というのは、人魚島に出入りする魔族というのはマーメイド以外には殆ど存在しない、という事からだった。マーメイド族は他の海に住まう魔族からも隔離して、人魚島・その地下にあると言われる『海底神殿』と呼ばれる場所に住居を構えているという話なのだ。


 海底神殿とは言うが、実質海の底にある街という位置付けらしい。


 その事からも、マーメイドって種族が他の種族に対して過敏な反応を示す、ということが分かる。この情報を持って、今思えばササナは完璧に嵌められていたのだ、ということを知ることになった。


 有り得ないのだ。


 外部の種族に神経質になる筈のマーメイド族が、人間界に降りてみようなどと話されるのは。


「はい、お待たせしました。ここが『港町タスティカァ』です」


 フルリュが俺達に、タスティカァを紹介する。人間界の港町とさして変わらず――といっても、北国育ちの俺は港町になど行ったことがないが――そこは、街や村への商売を行う行商人で溢れていた。水産物が叩き売りされている。


 俺はティロトゥルェから続く猫耳バンドで、自分の素性を誤魔化している。見る人間が見れば誰だかなど一目で分かるだろうが、ここには人間の俺を知り得る可能性のある魔族は限られているので問題はない。


 キュートがだらだらと涎を垂らしながら、目を輝かせて言った。


「お兄ちゃん……あたしは今、すっごくお魚が食べたくなってきたよ……」


「後でな」


 無駄な動物的本能を醸し出さないで欲しい。


 そもそも、ここは拠点にすらならない。通過地点なのだ。この港町タスティカァから船に乗って、俺達は人魚島へ行こうという算段なのだから。


 港町の近くにはティロトゥルェで見たような二階建て以上の建物は殆ど無く、代わりに屋根のない露店で溢れ返っている。海で釣った海産物をそのまま売りに出す連中だろう。


 とにかく、船を探さなければ。




 ○




「『人魚島』行きの船ぇ? 無いよ無いよ、そんなもんは」


 チーン。


 俺の中で、何故かそのような虚しげな音が聞こえた。気がした。


 フルリュが慌てて、漁船の船長と思わしき人物に説明した。


「……あの、私達、『人魚島』に向かう必要がありまして。なんとか、船を出して頂く事はできませんか?」


 そう言うと、漁船の船長は腕を組んで、うーん、と大きく唸った。普通の人間のように見えるが、よく見ればこの男も獣の耳が付いている。縦縞が入っているから、虎種の獣族なのかな。


 大柄で腹が出ていて鉢巻を巻いている辺りは、所謂! といった風貌だ。


「いや、他の場所なら漁船に乗せる事も出来ると思うんだが……あの辺りはポセイドンの管理下でよ、俺も迂闊に手出しできねえんだわ。すまんな」


「ポセイドン?」


 思わず俺が口走ると、船長は眉をひそめた。瞬間、フルリュもキュートも慌てた様子で俺の事を見ていた。


 やべえ。聞いてはいけないことを聞いてしまったか。


「……の管理下ってのは、どの辺までなんだ?」


 すぐに語尾を繋げるが、船長は相変わらずの表情で俺の事を見ている。……やばい。疑われている。


「そういやおめえ、この辺りじゃ見ねえ顔だな。どこに住んでんだ」


 俺は不敵な笑みを浮かべ、腕を組んで船長を見た。


「――――あんたは知らないかもしれないが、ここより北西のダンジョンに住んでいる、山籠りの強い獣族が居るって噂になっててな」


 何かあった時に無駄に虚勢を張るようになったのは、良いことなのか悪いことなのか。俺の迫力に気圧されたのか、船長は額に汗をしながら、曖昧に頷いた。


「数年間山籠りをしていたから、知らないかもしれないが――俺はラッツ・リチャード。こっちは妹の、キュート・シテュだ」


「……妹って、姓が違うじゃねえか……」


 しまった――――!!


「実は生き別れになった両親の母方の父の娘のイトコの親戚の父親の孫で、義兄妹なんだ。姓が違うのは仕方ない」


「…………お、おう。なんだか分からないが、大変だったんだな……」


 ラッツ・リチャードは、謎の納得をゲットした。


「まあ、無いなら他を当たってみるよ。ありがとな、船長」


「バーム・フェイストだ。また何かあったら話してくれ」


 バームと名乗った船長に手を振って、俺達はその場を速やかに離れた。その場に用がなくなり、バームは船の中に戻って行く――……


 直後、後頭部を叩かれた。


「お兄ちゃん!! 発言には気を付けてよ!!」


 怒られた。


「……ま、まあ、ラッツ様は魔界に来たのも初めてな訳ですし」


「それで、ポセイドンっていうのは何なんだよ」


 歩きながら近くの茶でも飲めそうな場所を探し、俺はポセイドンについての話を聞いた。


 ポセイドン――――海の王、ポセイドン・セスセルト。現在の人魚島、及びマーメイド族の王。フルリュによれば、人魚島は少し前から問題続きであり、娘のササナ・セスセルトが現在の旦那候補に当たるベイン・ポートナムトとの婚儀を否定し続けている為に、全く話が前に進まず、次期国王も継承出来ずに困っているらしい。


「というか、そんな話を知ってるなら先に教えて欲しかった」


「ご、ごめんなさい。どういった理由で人魚島に行きたかったのか、いまいち把握していなかったもので……」


 海の家でアイスクリームを食べながら、俺はフルリュにそう言った。


 つまり、ベイン・ポートナムトとササナが結婚することで、ベインは次期国王になり、晴れて現国王ポセイドンは国王の座を降りる、ということだ。だからササナは、リトル・フィーガードから『王妃』などと呼ばれていたのだ。


 何にしても、ササナは今の人魚島・海底神殿のやり方に反対しているらしい、ということが分かった。事情を知った後でもなお、ササナは人魚島の王妃になることを拒んでいるからだ。


 俺は声量を抑えて、辺りに聞こえないように言った。


「……この際だからフルリュにも話しておくけど、俺はマーメイド族の王妃候補である、ササナ・セスセルトを誘拐するつもりだ」


「ええーっ!?」


「ええーっ!?」


「しーっ!! しーっ!! 何でキュートも驚いてんだよ!!」


「聞いてないよ!! 少し旅した仲間って、ササナ姫のことだったの!?」


 机を叩きながら大声で話そうとしていたところを、慌てて止める俺。キュートは一息ついて、小さな声でそう言った。


 この場で俺がササナと関係を持っている事を周囲に知られたら、騒ぎが起きた時の対処が早くなるだろうが。……やめてくれよ。


 とはいえ、きちんと説明して来なかった俺も俺である。


「……そういえば、ササナ姫はついこの間まで、旅行で席を外しているとなっていました」


 なるほど、そういう偽装がされているわけか。……まあ、仲間内で嵌められて人間界に置き去りにされたとは、誰も言えまい。


「それは嘘だ。俺はフルリュと別れてからササナと出会って、事の全てを把握している。……フルリュ、人魚島に『ゲート』はあるか?」


「人間界へと続く『ゲート』のことですか……? はい、確認したことはありませんが、以前ニュースになっていたことがあったような……」


 俺は、サウス・レインボータウンからイースト・リヒテンブルク、そして空の島・スカイガーデンまでの一連の出来事を、フルリュとキュートに話した。


 キュートの隠していた内容も公開されたので、俺の事も全て、包み隠さずに話す事にした。


重複表現デプリケート・スタイル>を使えなくなった俺の、その後のこと。エンドレスウォールを倒した事で舞い上がり、自分が強いと錯覚してしまった俺のことも。


 キュートはふんふんと頷いて聞いていたが、フルリュは途中から何も言わなくなった。


「…………と、いうわけだ」


 全てを話し終える頃には、すっかり夕刻になっていた。フルリュが冷めてしまった茶を一口飲んで、ふう、と溜息をついた。


「ラッツ様……大変なことが、あったのですね」


「すまんね。魔界に来る前のことを、何も話してなかった」


 フルリュは俺の手を握ると、微笑んだ。


「いえ。……お疲れ様でした」


 ただ、労をねぎらってくれる。否定も肯定もせず――――そんなことが、俺は少しだけ嬉しかった。


 キュートが唇を尖らせて、机に突っ伏した。


「なるほど……でも、じゃあどうやって人魚島に行くさ?」


「一先ず、人魚島行きの船が無いなら船を買っちまえば良いんだが。……キュート、まだ俺に付いて来たいと思うか? リタイアするなら今のうちだぜ?」


 俺がそう言うと、キュートは信じられないと言った様子で机を叩き、立ち上がった。……いつも思うがこいつ、机、叩きすぎだろ。


「何言ってんの!? やっと面白くなってきた所じゃん!!」


「…………面白く、なってきたのか?」


「そうだよ!! こんなスキャンダル、なかなかある事じゃないよ!!」


 相変わらずというのか、キュートの感性を俺は何一つ理解する事が出来ずにいる。……しかし、随分と懐かれたものだ。


 一息ついて、キュートは席に座り直し、腕を組んだ。


「あたしはお兄ちゃんと兄妹のさかずきを交わしたから良いとして、フルリュお姉ちゃんは良いの? ……お兄ちゃんは本当は……だから良いけど、あたし達はお兄ちゃんに加担した魔族として、多分指名手配されるよ?」


 してない。兄弟の盃なんて交わしてないから。


 キュートが問い掛けると、フルリュは当然と言った様子で頷いた。


「私は、ラッツ様に従うということをハーピィの里にも、お母様にも告げて出て来ましたから。生涯ラッツ様のそばに居ります」


 …………なんだろう、この無類の信頼感。フルリュは相変わらず、助けて貰ったら誰にも付いて行きかねなくて怖い。


 まあ、その対象が俺だったので良しとするが……いや、良いのか? 俺も結構すごい事をしようとしているんだが。


 止めた方が、良いのだろうか。


 それとなく、フルリュの表情を確認した。


「ラッツ様、どうしましたか?」


「あ、いや……」


 …………駄目だ。笑顔が眩しすぎて見えない。


 もうハーピィの里にも告げてきたということで、きっと連中は俺がフルリュを受け入れると信じて、了承済みってことなんだろう。俺はまだ、フルリュにキ……回答を示していないんだが。


 俺がササナを助けようとしている事については、どう考えているんだろうか。


 …………聞くのが怖い。


「と、とにかくだな。船を買おうと思う」


「ねえ、それなんだけどさ。どうやって船を買おうとしてるの? 船大工の知り合いでもいるの?」


「いない」


 キュートが疑問の眼差しで、俺の事を見ていた。別に、何もプランなんてない。だが、荒稼ぎの方法なら色々手段はあるのだ。


 俺が今持っているもの――……前回は聖水を作って売るという手段でボロ儲けしたが、魔族の街で聖水なんて売れないだろうな。……それどころか、場合によっては素性を疑われ兼ねない。


 だとするなら、それ以外の方法、それ以外の何かで金稼ぎをするべきなのだろう。


 さて、どうするべきか――……


 今俺が持っているもの。フルリュに買って貰ったリュックと、フルリュに買って貰った武器。


 そして、フルリュ自身。


 それと、キュート。


 うーむ……今回は、あまり金になりそうなビジョンが見えてこない。


 人通りの多い港町。……ってことは、目新しいモノには食い付きそうだ。そして俺は、この場所に唯一存在している『人間』である。


 条件は揃っていそうなんだよな。あとは、この港町で何が売れるか。それに尽きるが――……


 俺は店内を見回した。


「……そういえば、ここの茶って結構高額なんだな。味はティロトゥルェのやつと同じなのに」


「この辺りは、ずっと草原で雑草ばかりですから。お茶は貴重なんですよ」


 フルリュの言葉を聞いた時、俺の中にあるひらめきが生まれた。


 ――――空を飛ぶ。走り回る。……そして、売る。


 は、はーん。


 俺は立ち上がり、フルリュとキュートに合図をした。


「オーケー、何も問題ない。少し離れれば、森系のダンジョンはあるよな? 来る時に見た気がする」


「北の方に、『サッポルェの森』がありますけど。……それが、何か?」


 俺が見た限りでは、この『港町タスティカァ』にパペミントの類は売っていなかった。多分、その手の薬草について魔族はあまり知識がないんだろう。魔力が高いから、<ヒール>で事足りるということもあるのかもしれない。


 だったら、こっちのものだ。アイテムが一つ手に入れば、それなりに金は稼げる――――そこから先は、俺次第というところだが。まだ、腕が鈍っていないといいな。随分やってないから……


 フルリュとキュートは、未だ俺の考えている事が分かっていないようだった。……当然か。


「夜が明けたら行ってみようぜ、その『サッポルェの森』ってとこに」


 店内に明かりが灯り、俺は何気なく天井を見やった。話し込んでいるうちにすっかり客層が変わり、女子供は殆ど見られず、屈強な男達ばかりになっていた。手にしているのは……レモンビールか。こっちではラムコーラよりも流行っているのかもしれない。


 ずっと話していたから、何も食ってない。俺もたまには、ラムコーラじゃなくてレモンビールを飲むか……席を立ち、俺はフルリュとキュートに合図した。


「何か食べるか? 買ってくるぜ」


 最も、俺が今持ってる金はフルリュの金だが。


「私は野菜と果物があれば……」


「あたし肉と魚!!」


 だろうね。知ってたよ。俺は苦笑して、店のカウンターに向かって歩いた。


 ふと、何者かと肩がぶつかった。俺は慌てて、男に向かって振り返った。


「おっと、すいません」


 激突したのは、巨大なネズミ――……騎士のような赤ベースの服を着て、腰には大きな剣を差した男だった。俺を一瞥すると、何食わぬ顔で歩き、俺達の近くのテーブルに腰掛けた。


 なんだ……? 感じ悪いな。



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