D49 おかえりフルリュ
ロゼッツェルがキュートを引いて、何やら数名の仲間達と――――あれは、ティロトゥルェでも居たロゼッツェルの仲間だ。何やら薄気味悪く笑い合いながら、通りを歩いていた。向かう先は、中央の建物だろう。
キュートは珍しく、牙を剥いてロゼッツェルを睨み付けている。両手は後ろに回され、手錠を掛けられていた。
……おいおい。まるで罪人のようじゃないか。
「楽しみだな。これでようやく、お前とバイバイできるぜ」
「……忌み嫌われるほど、あたしが何をしたって言うのよ」
「してきたぜ? 少なくとも、定期的に監視を続けるのは面倒でなあ。監視を止めれば降りてくれると思ってたよ、ありがとう」
監視? ……やはり、キュートはここでは罪人なのだろうか。……何故? 何をしてそんなことに。
アサウォルエェの中央にある、大きな建物の扉が開いた。
「見ろ!! ロゼッツェルさんが戻って来たぞ!!」
部屋の中から、歓声があった。すぐに中年程の男と、エプロン姿の女――――村人と思わしき魔族が現れる。そこには紫色と茶色、二種の獣族が混ざっていた。
……随分と、慕われているんだな。ロゼッツェルは次々に握手をして、笑顔で中に入った。
俺はすぐに木から降りて、大きな建物の辺りで身を隠す事ができる場所を探した――あれだな。入り口付近の木。
「フィーナの家から逃げた日の事を思い出すな」
辺りを警戒しながら、木まで一直線に走る。村人の人数が少ないのだろう、特に監視などはない。木の下まで行くと、ダッシュの速度を利用して木の幹に足を掛け、通常は届かない木の枝に左手を掛ける。
そのまま、姿が隠れる所まで登った――が、そのままでは声が聞こえて来ない。
防音性が良いんだな。まずい会話を聞かれる事がないように、だろうか。……ならば、こっちだ。
今度は枝をしならせて、屋根の上にジャンプ。<ヴァニッシュ・ノイズ>の効果で、着地の際の音は闇に消える。このままでは、外側の家に人が居たら、見られてしまう恐れがあるな。
煙突まで走り、中を覗いた。
「それでは、『キュート・シテュ』の今後について、『ウォルェ』側から意見を述べたいと思うのですが」
――――よし、今のはロゼッツェルの声だ。間違いなく聞こえる。横幅もいい感じだ。
煙突に入り、身を隠す。両足と両手を突っ張り棒代わりにして、真下に見える明かりの方に意識を集中させた。
「彼女の祖母――『キャッツィ・シテュ』が自宅に異質な魔法陣を展開し、我々に対して幻覚魔法を使っていた事は、周知の事実だと思います」
「違う!! あれは何かがあった時、『アサリュェ』の人を助けるためで――――」
これは、キュートの声だ。
「効力は実証されていません。キュートの祖母、キャッツィ・シテュは愚かにも合併に反対であり、我々『ウォルェ』の獣族を忌み嫌っていた。そのため、村人達は幻覚を受け続け、我々に友好的になることが出来なかった」
キュートのばあちゃん? 先祖から伝わる魔法陣の効果については、他ならぬ俺そのものが証人だ。あの魔法はスローペースだが、確かな効果がある。最も、回復にはえらい時間が掛かるというモノだが……
「その魔法陣については、我々『ウォルェ』が友好の証として駆逐させて頂きました。世紀の悪党も寿命で死去、晴れて『アサリュェ』は開放されたのです」
ロゼッツェルはやたらと説明口調だ。キュートの言っていることが嘘なら、俺は今この場に生きていないという訳だが――これはキュート、『ウォルェ』の獣族に上手いことやられたな。
それがキュートのダンジョン引き篭もりに繋がっているのだとすれば、話はすべて繋がる。
「では、その後の展開として残された娘『キュート・シテュ』がどうなったのか――――まずは、この写真をご覧ください」
カメラストーンか。
ざわ、と民衆に騒ぎが起こった。…………何だ? 何を見ているんだ。煙突の上からじゃ、勿論写真は見えない。
「これは……!! 魔法陣じゃないか……!!」
「中央に寝かされているのは、人間か……? 顔がよく見えん……」
あ、俺、か。顔、見られてなくて良かったな。
「魔法に疎い皆さんの代わりに、ご説明しましょう。『ウォルェ』の者も、よく聞くように。……これは、見ての通り『人間を召喚する魔法』です」
「なんだって…………!?」
待て待て待て、そんな魔法あるわけねーだろ。<マークテレポート>のように転送を『する側』ならまだ考えられるが、呼び出すなんていうのはギルドの夫婦スキルや召喚契約、とにかくガチガチに魔法公式を定めないと危なくて使えたもんじゃない。
冒険者の中には召喚士なんていう、召喚獣契約をして呼び出す専門の職業があるのだ。一般の者にはどれだけ難しい事なのか、考えればすぐに分かる。
「そんな事が出来るのか!?」
「ええ、難しい魔法ですが。このキュートという娘、獣族の中ではやはり魔法に強い――その点については、認めるしか無いでしょう。彼女は優秀だ」
「なんのために……」
間を置いて、ロゼッツェルは話した。
「魔法と言えば<キャットダンス>程度しか使えない獣族を駆逐するため。人間の中には、高度な魔法を操る者も居ますから――その後、目を覚ました人間と訓練している様子もありました」
…………なるほど、要するにロゼッツェルは、キュートを陥れる必要があるんだな。当然俺が人間であることも知っている――――ティロトゥルェで俺に攻撃しなかったのは、他の魔族の目に触れるからか。
まだ、足りない。そうまでして、キュートとばあちゃんを陥れる理由が。
「なんということだ……!! 言う通りにダンジョンへと引き下がった振りをして、裏ではこんな事を進めていたなんて……!!」
「ですが、ご安心ください。こうしてキュート・シテュは捉え、権利は我々にあるのです。そこで、私の提案なのですが――――どうでしょう、今夜――ロゼッツェル・リースカリギュレートの名を持って処刑、ということで」
長ったらしい説明は、この処刑っていう出来事の大きさを紛らわせるためのカモフラージュか。
なんだろう……魔法に疎い獣族。回復の魔法陣。魔法学に強いと吹聴するペテン師、ロゼッツェル……
「その、ロゼッツェルさん。……そんなに、危険な娘ですかい? いや、老いぼれのあたしにゃどうもね、子供の悪戯以上の事をやるとは思えなくて……」
「シンさん、見誤らないでください。アサリュェの万病を治して来た私だから分かる。この娘、その実はとても悪どい魔法使いだ」
万病を治して……回復の魔法陣……あ!
煙突の上部に手を掛け、顔を出した。誰も見ていない事を確認し、ひっそりと屋根に戻る――――そうして、辺りの民家を一通り眺めた。
あの魔法陣は、大地の魔力を生物にじっくりと移動させる魔法だ。ということは、二階ではない。二階はパスしていい――……
少し離れた場所に、平屋があった。かなり広い。……あれか。
登った道を戻り、木の枝に向かって跳ぶ。着地すると枝を滑り降りるように、素早く足を移動させて木を降りた。
――そうして、平屋に向かって走る。
回復の魔法陣とやらは、特別難しい事は何もない。単に大地の魔力を生物にゆっくりと移動させる事によって、生物の魔力と同化させる。後はその状態を保ち続ければ、魔力移動によってじっくりと回復していくってな具合だ。
<限定表現>確立の為に魔法公式の勉強をしていたから、分かる。万病を治すってのは少し言い過ぎのような気もするが、俺のように衰弱死に近いものなら、確かに時間を掛けりゃ治る。
治癒中は状態が悪くならないから、毒素もいずれは駆逐される。そうやって、少し荒削りではあるが『ガスピープル』の毒を消したのだろうからな。
「…………あった」
だが、あの魔法陣には弱点が、一つある。
表向きには、何をやっているのか分からないということだ。
平屋の窓から、中を覗き見た。数名の獣族が、魔法陣の中で眠っている。
あれ? ……キュートの魔法陣と、違う公式だぞ?
……遠くからでも、その魔法公式の違いは見て取る事ができる。魔法公式は緑色に淡く光っていた――術者の魔力が込められている。あれは、<ヒール>の公式だ。
見た目にも分かるように、自己治癒能力強化の公式をぶち込んだ。……あれなら、<ヒール>程度には即効性を持つだろうな。魔法陣の力ではないけど……
でも問題は、そうしたことで肝心の持続的な回復効果が反転し、毒のようになってしまっていることだ。<ヒール>をわざわざ追加したせいで、大地の魔力との不調和が起こっている。
あれじゃあ、回復しているように見えても一時的なもので、どんどん悪くなっていくだろう。
何故、わざわざそんな事を――――いや。
理由は明確だ。眠っている獣族のすぐ近くに、沢山の封筒があった。治療費と――おそらくは名前の組み合わせで、表に刻まれている。確かビーズってのは、魔界の通貨の単位だったはずだ。
文字が読めなくても、『ビーズ』だけは武器屋や色んな所で見てきたから、分かる。
――――なるほどね。
それを確認して、俺は窓に背を向けた。村の一番端に設置されたその平屋の裏は、俺が居たダンジョンの端になっていたが――――
つまり、あれだ。
キュートは、『ウォルェとの合併』というもっともらしい理由で、『外部から来た凄腕の魔法使い』という肩書きを盾に、『回復の魔法陣』の仕組みを奪われたんだ。
事情を知られてはいけないから、本人は犯罪者扱いでダンジョンに押し込められる。『ウォルェ』を忌み嫌っていたキュートのばあちゃんは、『呪いのババア』呼ばわりのまま、死んでしまった。
…………不憫な奴だ。
会議が終わったのか、大きな建物から次々と獣族が出て行く。皆一様に、あまり気乗りしないと言ったような顔をしていたが――――ロゼッツェルの仲間達だけは、すました顔をしていた。
最後に、ロゼッツェルが現れた。その左には、手錠で繋がれたキュートが顔を出した。
ぼろぼろと、涙を流していた。
「おまえら全員、嘘っぱちだ!!」
その悲痛な声に、先に出た獣族の面々が振り返る。キュートは唸り声を上げて、今にも飛びかかりそうな顔で、民衆を睨み付けた。
「おばあちゃんは喋れなかっただけだ!! 悪い奴なんかじゃない!! ずっと一緒に暮らしてきて、そんな事も分からないおまえらは嘘っぱちだ!!」
――――なるほど、なあ。
今にもくたばりそうな無言のババアと、その子供。キュートの親がどうなっているのかは知らないけれど、あの様子だと二人暮らしだったんだろうな。
あのダンジョンには、キュートしか居なかったから。
「あたしはこの村が、大っ嫌いだっ!!」
さてと。
ロゼッツェルは叫ぶキュートを引き摺るようにして、建物を去って行く。何喰わぬ顔でいるのは、誰もキュートの言葉に耳を傾けないからだ。
残念だったな、ロゼッツェル。
キュートの言葉を理解できる奴が一人、ここに居るぜ。
指をパキパキと鳴らして、俺は奴の後を付ける。…………どうやら、ダンジョンに連れて行くらしいな。例の山小屋のような場所か――――よし。
ひとまず、助けに行くかね。
「ラッツ様」
「んほおおおおぉぉぉっ!?」
「し――っ!! し――――っ!!」
いかん、不覚にも出来の悪いアダルトビデオのような声が漏れてしまった。
振り返ると、そこには茶色いローブに身を隠した者が、一人。
俺はそのフードを外して、顔を確認した。
「フルリュ……?」
思わず、驚きに目が丸くなってしまう。フルリュはぷう、と頬を膨らませて、俺の腕を両手で掴んだ。
「どうして、置いて行ったんですかっ!」
「そりゃ、別にお前に関係ないし……」
「関係ありますっ!!」
……いや、どうしてよ。
フルリュは怒った表情のまま、茶色のローブを脱いだ。さらりと夜空に輝く金髪が、衝撃で揺れた。見覚えのある豊満な胸と、広げれば全身を包み隠せる程の翼。
懐かしき、フルリュ・イリイィの全身である。あの深く愛し合った日々が懐かしい……架空だけど。
フルリュはローブを肩に掛けていた鞄に突っ込むと、山となっているダンジョンを見上げた。
「さっきの女の子を助けるんですよね。早く行きましょう」
「いやしかし、フルリュ、お前な……」
フルリュは俺の左手を捕まえた。しっかりと、その右手で握り込んだ。大人しいようで、意外と大胆だったりするのだ。
いや、俺は純情なアプローチには弱くてだな。フルリュは僅かに頬を染めると、それでも不機嫌な顔で呟いた。
「……事情は後で説明します。私、ラッツ様を探していたんです」
「え? なして……?」
「だから!! 後で説明しますってば!!」
…………怒られてしまった。ふう、とフルリュは悩ましいため息をついて、両腕を頭の上で合わせた。
「いつでも戦えるように、しておかないとですよね」
フルリュは全身に魔力を展開した。……あれ? この緑と紫の入り混じった魔力は、見覚えがある。フルリュの足下には緑色の魔法陣が浮かび、そして――……
いや、これはあれだよな。しかし、速い。
「<マジックリンク・キッス>」
首に腕を回し、フルリュは俺に口付けた。ああ、やわっこい……思わず抱き締め返してしまいたくなるが、ぐっと堪える。
数秒の恍惚状態の後、フルリュは唇を話した。熱病に冒されたかのように、上気した頬と潤んだ瞳で俺を見詰める。
…………やばい。エロさが上がっている。飛躍的に。
「ふっ……これで、ラッツ様と私は……ひとつに、なりました……」
「ああフルリュ、お前はどうしてフルリュなんだ…………魔力が、ね!? しっかりしろ!!」
俺も目を覚ませ。<マジックリンク・キッス>だって、持続的にいつまでも使えるような魔法じゃないはずだ。
フルリュは首を振って目を覚ますと、俺から離れた。ぺちぺちと頬を叩いている。……これだから、キス系のスキルは。
「ずっと、練習していたんです。次は大きな隙を作る訳にはいかないと思って」
まあ確かに、前とは段違いのスピードだ。問題は使用した後だけど。
「サンキューな、フルリュ。……とにかく、向かおう」
「はいっ!」
フルリュの話も気になるが、キュートを助けるのが先だろうか。俺はダンジョンに向かって一歩、踏み出した。




