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超・初心者(スーパービギナー)の手引き  作者: くらげマシンガン
第三章 初心者と小悪魔ネコミミと魔の国の人々
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D48 運命的再会とその魔族の今

 聞いたことのある、清純で透明な声色。地面を叩く爪の音と、扉が閉まる音がした。俺は恐る恐る――いや、恐れる必要は全く無いんだけど、少しばかりの期待と、裏切られた時の絶望を一身に受け――振り返った。


「やっぱり、ラッツ様、ですね」


 見覚えのある、艶かしい金髪。宝石のように輝くエメラルドグリーンの瞳が、目を丸くして俺を見ている。驚きと――――僅かな感動を受けているようだった。


 いつか俺が渡した、茶色いローブ。フードは被っていないが、まだ使ってくれていたのか。ティリルは――居ないようだが。


「フルリュ」


 俺の呼び掛けにフルリュは笑みを浮かべて、懐に手を突っ込んだ。……首に掛けるタイプの財布だ。口を開くと、何枚かの紙幣をカウンターに置いた。


 鬼の店主は目を白黒させて、フルリュを見ていた。


「……これくらいあれば、揃えられますか?」


「あ、ああ。しかし、結構な金だが……良いのかい?」


「彼には、命を救って頂いた御恩がありますから。こんなの、安いくらいです」


 信じられない、といった様子で店主は俺を見ていた。……そりゃ、そうだよな。魔族の命を救うような男が、武器屋で物乞いだもんな。俺が店主の立場でも驚くだろう。


 俺は立ち上がり、フルリュに頭を下げた。


「すまん。恩に着る」


「や、やめてください!! それより、話を聞かせてください。なんでこんな所に居るんですか」


 そうだ。フルリュが仲間になってくれるなら、心強い。俺は店主に向かって合図した。店主は飛び上がるように背を向けて、バタバタと奥に消えると、妻を呼んでいるようだった。


 程なくして、シンプルなデザインの武器をいくつか手に持って、店主は現れた。短剣、長剣、弓と矢、杖、鈍器。……まあ、こんなものだろう。


「一応、値段相応で使えそうなモノを持ってきた。しかし……これ全部、あんたが使うのか?」


「おう。ありがとう、助かったよ。パペミントはないか?」


「パペミント?」


 ……おっと? もしかして、魔界ではパペミントって日常的に使われていないのかな。


「薬なのか? あまり詳しくないが……薬系統のアイテムはここには無いから、薬屋で買ってくれ」


 フルリュはテーブルにあった紙幣をそのまま、店主へ――……出したのだが、何しろ魔族の言葉で書いてあるから、それが一体どの程度の価値を持つものなのか、俺には分からない。


 だが、店主はフルリュの出した金を仕舞い、釣り銭と思わしき小銭をフルリュに渡した。


「はい。百二十ビーズね」


「ありがとうございます」


 魔族の金は『ビーズ』って言うんだな。覚えたぞ。


 ……それにしても、どうして文字が違うのに、喋る時は発音も意味合いも同じなんだろうか。奇妙なことだ。


 店主は俺とフルリュを交互に見詰め、いやはや、と下顎を指で撫でた。


「しかし、命をねえ……。そんな細い身体で、大したもんだ」


「だろ?」


 謙遜するのも何なので、思い切り得意気な顔をしておくことにした。


「もしかして、尻尾はその際に無くしたのかい?」


「まあな。ちょっとしくじっちまってさ」


 猫の尻尾なんて手に入らなかったからな。いや、寧ろキュートがどうやってこの猫耳を購入してきたのか、その方が気になるが。


 俺はフルリュの手を引いて、武器屋を後にした。出際に心優しい店主に、俺は手を振った。


「次はハッカ飴を買いに来るぜ!」


「それはやめてよ」




 ○




 再び近くの喫茶店に寄り、俺はフルリュに事情を説明した。本当は一刻も早くキュートを助けに行きたい所だが、フルリュを巻き込むのならキチンとした説明をしなければならない。


 あのロゼッツェルという男、キュートよりも遥かに強いようだった。どうやら、人間界で出会う魔物と魔界で出会う魔物・魔族では、強さが段違いのようだ。


 エンドレスウォールと戦って勝ったと言っても、所詮はダンジョン内の『ノーマインドの魔物』としての相手でしかなかったわけであって。


 もしかしたら、本物のエンドレスウォールはあんなモノではなかったのかもしれない。


 そんなロゼッツェルと対等に戦うならば、俺に出来ることは最早<重複表現デプリケート・スタイル>以外にあるまい。そして、それを使う為には他ならぬフルリュの力が必要なのだ。


 俺が一通りの事情を説明し終えると、意味深な表情でフルリュは頷いた。


「…………なるほど。それでラッツ様は今、猫耳を着けていらっしゃるのですね」


 何故、最もどうでもいいところで頷いているんだ……


「キュートには教えて貰えなかったけど、北西の方に村があるのか?」


「はい、獣族が住まう、『アサウォルエェ』という小さな村が――……この辺りはすぐティロトゥルェまで来る事が出来ますから、辺りは小さな村であることが多いのですが」


「獣族の情報、何か知ってるか?」


 フルリュは首を振った。……まあ、そうだよな。ハーピィの事ならまだ知っている事もあるだろうが、俺達人間だって住み慣れた街以外の情報はかじる程度しか知らないもんだ。


 どうも、『アサウォルエェ』には紫色の毛と茶色の毛、二種類の猫族が住んでいるらしい。それだけが今現在では分かっている状態だ。


 キュートはどうもその『アサウォルエェ』という街で問題児扱いされているらしい。それどころか、俺が助けられた魔法陣――先祖代々伝わるスキルだ――をキュートに教えた筈のおばあちゃんは、『呪いのババア』呼ばわりだった。


『呪いのババア』と、時間を掛けて万病を治す、回復の魔法陣。何の因果もないとは思えないな。


「あ、そうだ。あの村って最近、合併したんですよ」


「合併? 『アサウォルエェ』が?」


 俺が問い掛けると、フルリュは頷いた。


「はい。元々は『アサリュェ』と『ウォルェ』。二つの村の間は背の高い壁で隔たれ、仲も悪く、絶対に交流をすることは無かったそうです」


 …………なんか、どっかで聞いたような話だな。


「でも最近確か何かあって、二つの種族が和解して一緒に住まうようになったんですよ。そうして出来たのが『アサウォルエェ』なんです。何かの関係があるのかどうかは分かりませんが……」


「じゃあもしかして、その二つの種族って『紫色』と『茶色』の?」


「いえ、そこまでは……ごめんなさい」


 まあ、そうか。とにかく行ってみないと、話にならないな。このまま放っておいたら、いつキュートに何が起こるかも分からない事だし。


 俺が席を立つと、フルリュも付いて来た。まだ俺は、フルリュに協力の依頼をしていないのだけど――――どうにも、協力してくれなければどうにもならないという現実と、出来れば関わらせたくないという気持ちが交差し、フルリュにその思いを切り出せずにいた。


 ふと、フルリュと俺の目が合う。フルリュは首を傾げると、くすりと笑った。


「心配しないでください。勿論、これくらいは私が払いますから」


 いや、そうじゃなくてね。


 フルリュが会計に向かって歩くと同時に、俺も後ろを付いて行った。…………まいったな。足を突っ込ませてしまっていいのか、悪いのか。


 今の俺には、少なくとも魔界でフルリュを守る事ができる程の力はない。そもそも、俺は自分の実力を過信しすぎていたんだ。『エンドレスウォール』の時だって、俺が理解していなかっただけで、本当は穴だらけで危険な旅だった。


 …………やっぱり、玉砕を覚悟でも<限定表現レストリクション・スタイル>だけでどうにかやるべきなのか。


 間違っても、キュートに助けられた命で<凶暴表現バーサーク・スタイル>なんて使えない。いや、あれはもう封印だ。ダメ、ゼッタイ。


 喫茶店を抜けると、通りの向こうから歩いて来る影があった。


 あれは――――フルリュの母親と、妹のティリル。


「あ、お母様! ティリル! ……ごめんなさいラッツ様、ちょっとだけ待っていてくださいね」


 フルリュは母親と妹の下に向かい、駆けて行った。ふと母親が、俺を見て目を丸くした。まあ、人間界で出会った男が今度は魔界に居たのだから、当然か。あの時よりも数段成長したティリルは、俺のことを見ると小さく手を振った。


 ……いや、一年で成長し過ぎだろ。たった一年で、既にティリルはフルリュと大して変わらない大きさだ。その顔は面影を残していたが。ハーピィの子供って、そうなのかな。


 何か話している。頭を撫でられて、喜んでいた……その姿を見て、俺は考えを改め直した。


 やっぱり、アサウォルエェには一人で行こう。こんなにも幸せそうに暮らしている娘を、敢えて危険な場所に向かわせる事もない。俺と居ると、どうしてもダンジョンがどうとか、そういう話になってしまうし――……


 おそらく、フルリュは攻撃魔法を使えない。それはリザードマンに襲われた時からそうだったし、一度もフルリュの攻撃魔法を見ていないのだ。それで間違い無いだろう。


 だとしたら、俺は身を守る術を持たない娘を庇いながら戦う事になる。それは――スカイガーデンでの一件を、繰り返す事となるのだ。


 …………もう、同じ過ちを繰り返す訳にはいかない。今の俺は、他者を守れる程強くないのだ。


 俺は軽くティリルに手を振り返すと、背を向けて走り出した。


 ごめん、フルリュ。でも、この買って貰った武器でどうにかやってみせるよ。




 ○




 北西へと進むと、すぐに暗くなり始めていた。だだっ広い荒野に視界を遮るものはないが、同時にそれは月明かり以外に自分の居場所を特定する術を持たない事を意味する。


 アサウォルエェは、ティロトゥルェを抜けて北西に進むとすぐに見付かった。ダンジョンの位置から考えると、ちょうど真ん中の辺り――キュートが故意にこの村を避けて来たことが、よく分かる。すぐ近くまで寄ると、俺は岩陰を背にして座り込んだ。


 背中に背負った袋を前に出して、俺は改めて武器を物色し始めた。どれも魔族の武器は魔力を秘めているという特徴があって、俺に扱い切れるのか不安な所はある。


 だが、大地の魔力を利用する事は出来たのだ。今更、小さな武器ひとつの魔力などに俺が振り回される事も無いだろう。実際に試して見たこともある。


 問題なのは、これらを利用することで俺の戦闘スタイルというのが、何か変わるのかという部分に尽きる。


 使いながら覚えていくしか、術はないか。


 岩陰で少し休んだ後、俺はそっと岩陰から顔を出す。こんな時間に来訪者が来た事を知られたら、猫耳を付けていても疑われる可能性は大だ。


 ……そういえば、盗賊の基礎スキルで足音を消す、というものがあったな。こんな時にこそ使えるだろうか。


 足下に魔力を展開し、俺は静かに唱えた。


「<ヴァニッシュ・ノイズ>」


 アカデミーの修学旅行で女風呂を覗くためだけに獲得したスキルだったから、すっかり忘れていたぜ。


 レンガの屋根が立ち並ぶ。はっきりとした境界線はないけれど、ここがアサウォルエェなのだろう。俺とキュートが居たダンジョンとはちょうど背中合わせになっている。


 何かにぶつかった時の音まで消すという訳にはいかないので、暗がりに息を殺してひっそりと進んだ。


「…………あれ」


 おかしいな。辺りの家は全て明かりが消えていて、村の真ん中にある大きな建物だけ、窓から明かりが漏れている。寝静まっているのか……? それにしては、何か様子が変だ。


 小さな音が、その明かりが点いた建物から漏れている。通りには人っ子一人居ない――……


 家の壁に手を伝い、慎重に歩いた。何しろ中央の建物以外の場所は暗く、よく見えないのだ。かといって勿論自ら明かりを点ける訳にはいかない。


 暗闇でも見える目になる、みたいなスキルがあればいいんだけど。もしかしたら、裏ギルドのローグクラウン辺りでそんなスキルを持っている奴がいるだろうか。


 護身用にナイフを手に取り、家の壁から村の様子を見た。


 ……やはり、中央に大きな建物があり、周りに民家があるという構造のようだ。食料なんかはどうしているんだろう。近いから、ティロトゥルェまで歩くんだろうか。


 ということは、だ。もしかしたら中央は村長の家だったりする可能性もあるけれど、少なくともあの場所は村長だけが暮らしている訳ではないだろう。


 そう――――会議というのか、打ち合わせのような事をしているのではないか。


 村人、総出で?


 有り得なくはない。だって連中、今日はダンジョンからティロトゥルェに逃げてきた『アサウォルエェの問題児』を連れているのだ。ダンジョン内部に何年も放置するような間柄だったら、勝手に居場所を離れたことで騒ぎになってもおかしくはない。


「オラ、さっさと歩けよ!!」


 瞬間、俺は近くに生えていた木の上に登っていた。


「ロゼ、今なんか物音みたいなのしなかったか?」


「する訳ねーだろ。会議中なんだから。それか、鳥じゃねえの?」


 その声は、背後から聞こえたからだ。


 完全に不意打ちだった。にも関わらず、咄嗟に姿がすっぽり隠れるほど葉のある木の上に逃げた事は、自分を褒めてあげたい。


 バクバクと心臓が脈打つのを胸で押さえながら、俺は声のした方を見た。


「さわるな!! 自分で歩ける!!」


「そうはいかねーだろ。ダンジョンから逃げたんだ、次はどこに逃げるか分かったもんじゃない。なあ?」


 ――――キュートと、ロゼッツェルだ。


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