A05 属性ギルドに喧嘩を売ろう
しかし何だったんだ、さっきのは。
俺はとりあえず、商人用の台車が売っていそうな『フリーショップ・セントラル』まで足を運んだ。けれど、先程の冒険者バンクでギルド・ソードマスターの連中が持っていた大量のハーピィの羽が、目に焼き付いて離れなかった。
「……ひどい数でした」
背中のフルリュが呟いた。そりゃあ、俺達ダンジョン攻略者にとって、魔物は狩るもんだ。アイテムドロップだって、生活に必要なものを作るために採集しているもんだし、それが冒険者の仕事だ。
魔物は魔物で人間を狩りに来たりする訳だし、冒険者だって魔物に殺される事もよくあることだ。
……だが、今現在魔物と一緒に居る俺にとっては、妙な気分だった。羽を大量に持ってきた奴等の行動に、ダンジョン攻略以外の何らかの意思のようなものを感じてしまったのかもしれない。
『フリーショップ・セントラル』の看板を前にして、俺は気持ちを切り替える事にした。ここではアカデミー時代からの俺の知り合い、チーク・ノロップスターが働いているのだ。
俺がまだ初心者であることは、悟られてはならない。ごくりと喉を鳴らすと、俺は『フリーショップ・セントラル』の扉を開いた。
「こんばんはーっ!! 『フリーショップ・セントラル』へようこそ!!」
元気の良い声が聞こえてくる。全体的に跳ねた桃色の猫っ毛に、赤銅色の瞳。地味な店のエプロンを巻いて、アカデミー時代の同期は手を叩いた。
……同じクラスだったわけだし、こいつが俺に気付かない筈がない。それは仕方がない事なので、俺は自身のフードを外した。
「おー!! ラッツじゃん!!」
「おうチーク、久しぶり」
俺は手を挙げて一声掛ける瞬間、フルリュを一瞥した。
「フルリュは、黙ってて」
「……はい」
小声でフルリュに一声掛け、俺はカウンターのチークへと向かって歩いて行く。チークはカウンターに身を乗り出して、俺の来店を歓迎していた。
武器防具以外の雑多な買い物をする『フリーショップ・セントラル』には、誰が来てもおかしくない。油断はしないよう、気を付けないと。
「いらっしゃい、どうよ? 憧れの冒険者生活は! 首席様!」
純真無垢なチークの言葉が、ガラスのハートを傷付ける。
……まあ、首席卒業者がギルドに入れて貰えないなんてことは、アカデミー時代は考えもしないよね。俺もそうだった。
スキルを取っておけば、リクルートでは有利だと思ってた。
「まあ、ぼちぼちってとこかな」
チークは目を丸くして、俺の背中に背負われているフルリュへと視線を投げ掛けた。
「んや? そちらの方は?」
「怪我人だ。衰弱してるから、あまり声を掛けないでやってくれ。商人用の台車? 探してるんだけど」
「え? ラッツ、『ギルド・スピードマーチャント』に入ったの? ここ、冒険者って言うよりは商人のギルドだよ?」
……痛いところを。まあ確かに、アカデミー卒業生のうち幾らかの商人志望の冒険者は『ギルド・スピードマーチャント』に所属する。普通の商人との違いは、ダンジョンに潜るかどうかだ。
重たい台車を引き摺って行くとアイテムが山程積めるけど、そのためにはある程度の戦闘訓練をしておかなければならないからな。
そりゃ、俺は商人ではないですけれども。胸が痛くなったが、俺は余裕の笑みで痛む胸を張った。
「おいおいチーク、素人丸出しの発言はよせよ。俺クラスになると、一人で戦って荷物を積むわけよ」
「おおー!!」
目を輝かせながら、俺を尊敬の眼差しで見詰めるチーク。よしてくれよ。痛いぜ。胸と視線が。
「じゃあ、アイテムをしこたま搭載できるアイテムカートが欲しいってことだね! まっかせて!!」
「あ、一万セルくらいを上限に頼むわ」
「らじゃっ!」
商人が使う露店用道具なんかも入れてる台車、アイテムカートって言うのか。チークは意気揚々と部屋の奥に消えた。息苦しくなったのか、背中のフルリュがフードを外して、きょろきょろと辺りを見回している。
ほんのりと、頬が上気していた。
「……なんだか、人が少ないですね」
色々な人が立ち入る店にも関わらず、店内は閑散としていた。客は俺達二人だけ――そういえば、なんか妙に商品が少ないな。確かに時間は遅めだけど、一応『フリーショップ・セントラル』は大手の百貨店なのだから在庫が無いのもおかしいし、もう少し人が居ても良いと思うのだが。
「ふへへっふぉふへほひ」
俺は尻ポケットからゴボウを引き抜いた。
「……失礼。そこの棚だが、本来は商品があったのではないか」
見れば、沢山の商品が展示されている棚の中で、一つだけスッカラカンになっている棚があった。なんだ、あれは……? 買い占められてしまっているからなのか、何が展示されていたのかは分からない。
そんな不思議な光景を眺めていると、不意に足音がした。フルリュが直ぐにフードを被り直し、俺は再びゴボウを尻ポケットに突っ込んだ。
「お待たせ! ちょっとこっち、来て貰っていい?」
チークに手招きをされて、俺は暖簾を潜って店の奥へと向かった。フルリュをどうするべきか迷ったが、こんな閑散とした店の中に放置する訳にもいかず、背負って連れて行く。
店の奥へと向かうが、そのまま勝手口を出る――チークは店の裏手に回った。俺もチークに付いて行く。
気が付けば、外はすっかり暗くなってしまっていた。セントラル・シティのネオンは夜でも明るいが、街の外れは異次元に繋がっているかのように、暗闇が何処までも続いている。
店の裏手には、表にあったいくつかのアイテムカートよりも、随分と装飾のされたものが鎮座していた――低級魔物の代表格『フェアリーラビット』なんかのマークまで入って、やたらと可愛らしい。アイテムカートと言うよりは、子供の玩具のようだ。
「……これは?」
「あたしが使ってるアイテムカート。軽くて丈夫だし、モノも結構入るから。使っていいよ」
「えっ……なんだかそれは、悪くないか」
そう言うと、チークは歯を見せて笑い、袖を捲った。
「いーのいーの。また作ればいいし、ラッツにはアカデミー時代、散々お世話になったし!」
お世話になったと言っても、俺は大した事をしていない。攻撃魔法系のスキルが苦手だったチークに攻撃魔法を教えたくらいだ。
そういえば、チークは本当に魔法技術がダメで、何度も不合格の危機に陥っていたな。懐かしい話だ。
「これはあたしの分身だと思って、いっちょ使ってやってよ」
そう言ってくれているのを、無下に断る事もないか。俺はチークの使っていたアイテムカートとやらを片手に、使用感を確かめた。……うん、悪くない。流石は本職が使っていたというカート。
装飾が可愛らし過ぎるのが、ちょっとだけ難点だが。
「おーい、店番居ないのかー?」
「あ、はいはーい!! んじゃこれ、よろしくね」
チークは大声でそう答えると、俺にウインク一つして、去ろうとした。俺は慌てて、それを引き止める。
「あ、おい。金」
「あはは、別に良いのに」
俺から一万セルを受け取ると、チークは手を振って去って行った。
なんと、ぽっきり一万セルで商人本職のアイテムカートが手に入ってしまった。そもそも商人以外はアイテムカートなんて背負う事も無いだろうという事はさておいて、無職の俺には必要なものである。
背中のフルリュをカートに乗せて、俺はふう、と一息ついた。指貫グローブを嵌めた左腕で、額を拭う。
……フルリュの事も、バレなくて本当に良かった。
何にしてもこれで、必要なものは揃ったぞ。
「あの、これ、もしかして私の……」
「ああ、いつまでも背負って移動する訳にもいかないからさ」
フルリュは目を白黒させて、直後に感極まったかのように、涙を浮かべていた。
「……ありがとうございます、ラッツ様」
手を握って感謝されると、悪い気はしない。……でもこれ、出処はフルリュの金なんだけどな。
魔物って物騒なものかと思っていたけれど、ちゃんと人間と会話が出来る魔物も居るもんだ。本当に、魔物なんだろうか。魔物の姿にされた人、なんていうオチではないよな。
アイテムカートの中にちょこんと収まったフルリュは、見た目はアイテムカートに捕まっているようだった。それは鳥籠に入った小鳥のようで、大変に可愛らしい。
そっと、ローブのフード越しにフルリュの頭を撫でる。
「えへへ」
嬉しそうにはにかむ表情は、ハーピィを通り越して天使のようだった。
「んだァ!? 『モンスターロック』が売れない!?」
……何の声だ? 俺は立ち上がり、振り返った。『フリーショップ・セントラル』の中から声が聞こえてくる。どうにも聞き覚えのある声だけど……
カートに俺のリュックも入れて、俺はカートを引いて店の表側へ。カートを転がして店に入るわけにはいかないので、俺は扉越しにそっと中の様子を覗き込んだ。
「ごめんなさい、朝に皆さんが買っていったものが最後で、もう全て出てしまって……」
あれは――――ギルド・ソードマスターの。少し長めの茶髪を振り乱して、チークに詰め寄っていた。その後ろには、レオの姿もある。
何やら、あまり穏やかな空気ではないな。
「あのさァ、今何時だと思ってんの? 俺達が『モンスターロック』を買っていったの、何時だと思ってんの?」
『モンスターロック』というのは、地面や木の上に設置する魔物専用の罠のことで、特に近接戦闘を得意としない者が万が一のために持っておくものだ。相手のレベルによっては使えないし、拘束時間も短いので、あまり使われるアイテムではないが……
「ごめんなさい。『モンスターロック』自体、本来そこまで沢山買われるものではないので、在庫もなくて……」
「んだよ、シケてんなあ。今度はマーメイドかラミアの子供でも捕まえて、アイテムを大量生産しようと思ってたのによ!」
――――魔物の、子供?
「ほんと、ほんとにごめんなさい。あたしの不注意で……」
その瞬間、先程の光景と合わせて、どういう訳か合点の行く解答が俺の中に生まれた。どうして、あのパーティーリーダーの男がそこそこ入手困難な『ハーピィの羽』を、大量に持っていたのか。
もしも、倒した訳ではないとしたら。
今でも、大量に羽を毟り取られたハーピィの子供が、どこかに――……
フルリュが、俺の服の裾を掴んだ。見れば、フルリュは瞳に涙を一杯に溜めて、俺の事をじっと見詰めていた。
「……『轟の森』で、迷子になってしまった妹を探していたんです。奥にある、結界の張られた村から逃げ出してしまって……」
おかしいなあと思っていたんだ。推定ダンジョンレベル四なんていう、中途半端なダンジョンにハーピィが居て。しかも、そのハーピィはリザードマンにすら敵わないときた。
街に訪れて人を狩るような魔物は、本来じっとその身を隠しているもんだ。機が来るまでは待ち、確実なタイミングで必要最小限に動く種族。だから、そう簡単に人前に現れたりしない。
だから、『ハーピィの羽』に一枚七千セルなんていう金額が設定されている訳であって。倒さなくても、落ちている羽を拾えばちょっとした小遣いになるレベルに。
「仕方ねえな。じゃあ明日また来るから、次までには仕入れておけよ!」
「はいっ、どうぞご贔屓に!」
――――こっちに来る。
げらげらと笑いながら、ギルド・ソードマスターのパーティーは『フリーショップ・セントラル』を出て行く。俺は店の外壁に背を付け、腕を組んでいた。
やがて、扉が開いた。相変わらずの笑い声で、陽気に出て行く一同。
「いやあしかし、良い商売もあったもんですね」
「本当だよ。これならギルドを辞めても、すぐに大金持ちになれるぜ」
まあ、冒険者としての魔物の狩り方については、どうこう言うような事もない。それが消滅させようが、捕らえようが、ある種冒険者のモラルとか、そんな部分に依存する面が大きいしな。
鶏肉を食べるために鳥を殺す事が悪いかとか、なら食物連鎖に支障を来すレベルで多量に確保するのは悪いかとか、じゃあ何羽までなら良いかという、そういう話だ。
俺だって人とコミュニケーションを取る魔物はフルリュが初めてだし、正直な所、話せる魔物に出会ったという事は戸惑っている。
俺達冒険者にとって、魔物はターゲットでしかないからだ。
「ラッツ様、私……どうしたら」
本当に、魔物なのか。そんな質問をしたって、返って来る答えは決まっているだろう。<ヒール>を掛けた時だって、少なくとも人間のようには見えなかった。
加えて、同じ姿の妹が居る事も分かってる。姿かたちを変えられた訳でも無さそうだ――――どうあったって、こいつは魔物。間違いないだろう。
助ける理由なんてない。
「……フルリュよ。お前の村は、人を襲うか? ……若しくは、襲った事があるか?」
少し慌てた様子で、フルリュは答えた。
「ありません!! そんなこと……寧ろ、人間は怖いから近寄るなとまで言われていて……少し、私もラッツ様に驚いていると言いますか……」
だから、助ける理由を探した。フルリュとその妹が他の魔物とは違うとは、世間は認めてはくれないだろう。しかし、俺が魔物を救う為に戦ったと知れたら、少なくとも冒険者としてはやっていけないだろう。
なら、どんな言い訳が考えられるだろうか。
直ぐに、その疑問は答えに行き着いた。
だが――――俺達冒険者にとって、魔物の『子供』は別だと。
俺は、指貫グローブの位置を直した。
「ギルド辞めたら、俺はやるぜ。自分のビジネスってやつを」
「ヒュー! 頼みますよ、その時は俺達を幹部に!」
魔物の中でも魔物の子供だけは例外で、こいつらのように笑って手を出せるような相手ではなかったりする。
例えばハーピィの大群が街に来て、子供を奪い返しに戦ったり、なんていう事になったら? それはもう、俺達のような末端の冒険者では手に負えないだろう。
それは戦争だ。いちパーティーでどうにかなるような事態にはならない。
だから、魔物の子供ってのは結構怖いんだ。
冒険者バンクでは魔物の子供を乱獲する事を禁じている。この『乱獲』の定義が結構曖昧で、中には魔物の子供に手を出す冒険者も居るが――――少なくとも捕らえるってのは、完璧にルール違反だ。
生きていると分かれば、奪い返しに来ることは明確なんじゃなかろうか。
どの点から魔物が戦争を起こしに来るのか、なんてのはよく分からないけれど、前例があって冒険者バンクも警戒している、筈だ。
もしもそれが本当にフルリュの妹だとしたら、当然あいつらに危害を加えるような魔物ではないはずで――……
「ははは。仕事したらな」
少し遅れて、『フリーショップ・セントラル』からレオが顔を出した。
ふと、俺と目が合った。一瞬驚いたような顔をして、俺の今の様子を確認して――……俯いて、去っていく。
レオは素直な奴だ。そして、正義感に溢れる男でもあった。その表情を見れば、奴等が今どのような事をしているのかが一発で分かった。
頬を引っ張り、俺がチャーム系の魔法に掛かっていない事を再確認した。
相手は属性ギルドのパーティーか。アカデミー上がりの俺にどうにかなるとは、思えない。
でも、見目麗しい金髪美女に困った顔をされて立ち上がらないというのは、漢が廃るってもんだろう。
「……ラッツ様?」
フルリュが驚いている。俺は初心者用武器と書物の沢山入ったリュックを背負い、ベルトを確認。リュックからゴーグルを取り出す。
ぐい、とゴーグルの位置を調節すると、一歩、前に出た。
「――――――――待てよ」