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超・初心者(スーパービギナー)の手引き  作者: くらげマシンガン
第三章 初心者と小悪魔ネコミミと魔の国の人々
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D47 アサウォルエェの問題児

 ひとまず、キュートに分かる範囲で質問させてもらった。


 人魚島は、人間界で言うところの『サウス・レインボータウン』の先にあるらしい。なんとなく予想はしていたが、やはり人間界と魔界はまるで表と裏のように――およそ同じ地形を維持し、まさに『ゲート』として一部の空間が繋がっている場所がある、という状態のようだ。


 但し、一部の固定された『ゲート』を除いてダンジョン内部にある期間限定の『ゲート』は繋がっている扉同士の関係が未知数であり、どこからどこに移動するのかということは、まだ解明されていないらしい。出現する瞬間に異動先が決定するが、その場所は完全にランダムなのではないか、という話さえあるという。


 魔界から人間界へと移動することは簡単だが、人間界から魔界への『ゲート』は、基本的に見えない。


 まあ、それは今の俺にとっては大した問題ではない。『真実の瞳』が俺の手元にある以上、俺は『ゲート』の存在を知ることが出来るのだから。


『真実の瞳』をキュートより借り受けた荷物袋から取り出し、俺は地平線を透かして見た。


 ゴボウは台風の目を見通して蜃気楼の正体を暴くだの何だのと言っていたが、つまりこのアイテムは『魔力スコープ』のようなものだ。


 魔族の身体の内側に秘められた魔力が光って見える。普段は内部を血のように流れるこの魔力、幻覚魔法や偽装魔法を使う時には一部に集められる。おそらく『ゲート』や魔力結界<ドリームウォール>にも、この法則が当て嵌まるという事なのだろう。


 意識のない俺が、よくこんなもので『ゲート』を発見できたものである。……いや、実は使っていなくて、ダンジョンを暴れ回っているうちに偶然潜り込んでしまった可能性の方が高いか。


「お兄ちゃん、それはどこで手に入れたの? まさか現物を見るとは思わなかったよ」


 キュートがパイナップルジュースをテーブルに置いて、俺に問い掛けた。……まあ、ゴボウが現役だった時代のアイテムみたいだからな。


「……ま、ちょいと事情でな。人魚島に行くために、こいつが必要だったもんでさ」


「ふーん?」


 ストローを口に含んで中身を上下させながら、キュートはテーブルに頬杖を突いた。……大変行儀が悪いので、良い子は真似しないように。


 しかし、これまでの話を合算して考えると、つまり人魚島には『一部の固定されたゲート』とやらが存在する、という事になるんだよな。


 だったら、人間界へはそのゲートを使えば良いのかもしれない。ササナも逃げ果せる事が出来るだろうし……あ、でも人間界に島が無かったら、ササナ以外は溺れて死ぬだけか。それは避けないとな。


「ねえねえ、もしかして人魚島にいるのってさあ、お兄ちゃんのカノジョ?」


 俺はパイナップルジュースを吹き出した。


「あー!! やっぱりカノジョなんだ!!」


「ちげーよ。少し一緒に旅した程度だって言ったろ」


「そうかなあー。私には、それ以上のナニカがあったように思えるなー」


 にやにやと薄気味悪い笑みを浮かべて、キュートは俺を見た。……まったく、これだから思春期の娘は。……思春期、なんだよな。見た目からして。


「ねえ、もう脱がしたの?」


 瞬間、初めて会った時のあられもないササナの姿を思い出してしまった。俺の頬が染まった事を確認して、キュートがけたけたと笑う。


「きゃー!! お兄ちゃんのえっち!!」


「ちげーよ!! あいつは初めから何も着てな――――」


 異様な気配を感じて、俺は左手でキュートの口を塞いだ。キュートが目を白黒させるモーションと同時に、右手の人差し指を立てて口元を示した。


『喋るな』の意味だ。


 ――――誰か、見ているな。四人……五人、か? 先程までの、異質だ奇妙だと言ったような目線とは違う。……明らかな敵意を感じる。


 いや、これは最早、殺意と言ってもいい。


 俺達を取り囲んでいる。キュートも気付いたようで、訝しげな顔をして、背後の気配を探ろうとしていた。


「お兄ちゃん、ここは離れよう」


 周囲に聞こえないように、キュートは呟いた。俺も頷いて、早急に会計へと向かう。


 ……ざわざわと、周囲が騒ぎ出した。なんだよ。俺達を見て、指をさしてはヒソヒソと何かを話している。こっちはあまり目立ちたくないんだが――……


 とにかく、ここは離れないと。大変な気持ちの悪さを感じながら、キュートに手を引かれて喫茶店を出る。


「おいコラ、待てよ」


 ――――その時に、声を掛けられた。


 びくん、とキュートが反応した。青ざめたような顔をしている――……程なくして、すぐにそれらは姿を現した。


 紫色の毛色をした、ネコの獣族。皆一様に背が高く、しかしほっそりとしている。裏ギルドと言うよりは、そこらにいるチンピラのような体格だが――しかし、数が多いとなれば話は別だ。


 俺達の目の前に現れた前髪の長い男の周りに、四名ほどの獣族が集まってきた。俺とキュートは囲まれ、その周囲に別の魔族も集まってきた。


 あいつがリーダー格なのか。紫色の毛が生えた耳を持ち、同色の長い前髪に切れ長の瞳。丈の長い黒ジャケットを羽織っている。


 ……なんか、いけ好かない雰囲気の男だった。


 実際に騒ぎが起き始めたからだろうか、先程までの人数とは比較にならない程に魔族が集まってきた。


「髪伸ばせば、バレねえとでも思ったか? キュート・シテュ」


 難癖を付けられているのは、勿論キュートだ。男がそう言った瞬間、あちこちの同じ獣族から声が上がった。やがて、その声はあまり良くないものへと変化していく。


 男は前に出て、数名の仲間に指示しているようだった――……すぐに仲間の獣族は、周囲に居る野次馬に説明をしているようだった。一人、また一人と、獣族以外の魔族は離れていく。


 獣族だけの問題なのだと、説明しているように見えた。


「どうしてダンジョンから出てきたんだ? 許可は出してねーぞ」


「……そもそも、ダンジョンから出てはいけないなんて話はしていなかったと思うけど?」


 紫の男はキュートと距離を詰め、キュートの下顎を掴んだ。唐突なことで、キュートが反応して少し身を引く。


 それでも、男は手を離さなかった。誰にも聞こえないように、キュートの耳元で囁いた。


「男が出来たか。良かったな。でも、そういう問題じゃねーから」


 勿論、俺には聞こえた。


 キュートが男の腕を振り払った。……かなり、頭にきているみたいだな。尻尾をピンと立てて、全身の毛を逆立てていた。


「もう、放っといてよ!! 村に行かなければ良いんでしょ!? 心配しなくても、あたしだって二度と行かないよ!!」


 説明も男には届かず、男はクールな笑みを浮かべていた。


「だから、そういう問題じゃねーんだよ。『呪いのババア』の子を、おちおち他の街に放すわけに行かねえだろ」


 ざわ、とキュートの周囲で、魔力の流れを感じる事ができた。


 間違いなく、その一言はキュートを激昂させるには充分だった。勢い良く戦闘態勢になり、紫の男に向かってキュートは跳躍した。


「おばあちゃんを馬鹿にすんな!!」


 ――――後ろ回し蹴り。


 恐ろしいスピードだった。多分、俺が見たユニゴリラとの戦闘よりも、遥かに速い速度――<キャットウォーク>を使っていない俺では、視界に捉える事もできない。


 蹴り飛ばされる男だって、これでは一溜まりもない――――でも、なかった。


 キュートが空中で静止した。それは、キュートの放った脚が紫の男にあっさりと受け止められた為だった。


 …………やばい。こいつ、強いじゃないか。


「ほうら。やっぱり、野放しにしておく訳にはいかねーだろ?」


 投げ捨てるように、男はキュートを放った。地面に突っ込むキュートを、近くにいた男の仲間が取り押さえる。キュートは自分を取り押さえる男達を噛んだり殴ったりしていたが、どうやら力の差は歴然らしい。


 キュートだって、恐ろしい程強いんだが……魔族の世界って、桁違いなもんだ。


「ロゼッツェルさん!! 大丈夫なの!?」


 そう聞いたのは、近くで見ていた獣族のおばさんだった。あの紫の男、ロゼッツェルという名前なのか。周囲の獣族――と言うより、最早これは猫族と言うべきかもしれない。周囲の猫族はキュートも含めて茶色の毛並みなのに、こいつらは紫。


 直感的に見て、種族が違うってトコだろう。


 ロゼッツェルは冷静に笑みを浮かべ、黒ジャケットを翻した。


 うお、全身黒い。ジャケットの中は黒いシャツとズボン。オマケに黒い革靴を履いている。


「ご安心ください。『アサウォルエェの問題児』については、全てこのロゼッツェル・リースカリギュレートにお任せを」


 格好良く決め台詞的に言い放ったかと思えば、ウインクをしてみせた。俺の周囲の温度が二度ほど下がったように感じられる。


 …………やばい。こいつ、キモいじゃないか。


 キュートは未だ、じたばたと騒いでいる。ついに身体を縛られ、少しガタイの良い男に担ぎ上げられた。


「離せよ!! 離せ!!」


 ……俺は、どうするべきなのだろうか。いや、やっぱり引き止めるべきなんだろうけど……何故だろうか、キュートがそれを望んでいないように感じられるのは。


「じゃあな。お前も、付き合う相手はよく考えた方がいい」


 余計なお世話過ぎる。と言うより、まず付き合ってねえよ。


 ……まあ、理由はどうあれ、俺はキュート側に付いたほうが良さそうだ。キュートの過去に何があったのかという件については知らされていないけれど、少なくとも悪い奴ではないと俺は思っているのだから。


 静かに、奇襲を掛けるように拳を握った。ロゼッツェルは俺に背を向ける――……


 キュートが俺と目を合わせた。瞬間、先程までぎゃあぎゃあと騒いでいたのが嘘かのように、じっと黙り込んだ。


 いや、違う。


 その瞬間に、気付いてしまった。キュートが一体何に気付いて、どうして抵抗を止めたのか。


 ロゼッツェルは笑みを浮かべたまま、ちらりと俺を一瞥した――――…………


「…………まさか、俺に戦って勝てると思っている訳じゃねーよな?」


 俺の戦闘意思も、見抜かれていた。……いや、それだけじゃない。


 口には出さずとも、俺はキュートに言われた。


『お前では無理』と。




 ○




 キュートが連れ去られてから、俺は堰を切ったように武器屋に駆け込んだ。


 そもそも、俺の戦闘スタイルの一つである『多種多様な武器』が封じられている時点で、魔界に入った時からハンデを背負っているのだ。俺の本来の力は、その武器にある――――…………


 …………くそっ。そんな問題じゃない事くらい、自分にも分かってるっての。


「へい、いらっしゃい」


 武器屋の店主と思われる鬼面の男が、笑顔で俺を迎えた。巨体の魔族だが――……鬼とは思えない程にエビス顔だった。俺はずかずかと歩み寄ってカウンターの前に立つと、男の前で土下座した。


「えっ!? ……な、何!? どうしたんだい!?」


「頼む!! ちゃちいモノでもいい、というか、ちゃちいモノがいい。俺に武器を恵んでくれないか!!」


 ――――腹が立つ。


 ロゼッツェルが完全に俺を見下していた事も、キュートが明かさなかった自分の素性って奴が、どうやら故郷の村で問題があったという事だったという事実も。そして何より、


 キュートに戦闘を止められた、弱い俺。


 これがダメだ。


 これが一番、腹が立つ。


「ええっ!? ……な、何の武器だい!?」


「短剣二本と長剣と弓とナックル。それから魔法の杖か魔法の書と支援の書、あとできればナックルと鞭にメイス、それを入れるでかい袋」


「頼むと言うわりにものすごい強欲だね!?」


 俺は三つ指を立てて、店主に合図した。


「あと、パペミントとカモーテル。あればゴーグルも付けてくれ」


「ねえよ!! 帰れよ!!」


 …………怒らせてしまった。


 だが、金のない俺にとってここは押しの一択だ。今の俺には、働いて金を稼ぐなんていう余裕はない。アイテムもないし、そもそも冒険者バンクがない。金を仕入れる手段がゼロなのだ。


 それでも、俺はキュートの行方を追わなければならない。少なくとも、ある程度戦える状態で。


「すまん、どんなに拙いモノでもいいんだ!! 今は武器が手に入れば、文句は言わない!!」


「……お金は、いくら持ってるんだい?」


「ないっ!!」


「働け!!」


 まあそう言われるのがオチだろうと思っていたが、俺は引き下がらない。何度も床に額を擦り付けて、拝むように言った。


「時間がねえんだ、貸してくれるだけでもいい!! 今の俺には武器が必要なんだ!!」


「そんな事言われてもねえ……。金が払えないんじゃ客としては……」


「若しくは肩たたき券一ヶ月分でどうだ!!」


「お前もう帰れよ!!」


 くそ、こんなにデカイんじゃ肩もこるだろうと思って言ったのだが、逆効果だったか。


 すっかり変人扱いで、鬼の店主は俺の事を見ていた。鬼なのに全く怖くない所に、彼の人柄の良さが伺える。


 いや、全てを揃えようとするから駄目なのか? ここは、これから譲歩していって短剣二本と長剣、くらいに留めておくのが賢いやり方か?


 …………既に当たって砕けろ戦法ではあるのだけど。


「とにかく、帰りなさい。ほら、お菓子あげるから」


「……なにこれ」


「ハッカ飴」


 口に含むと、ちょっとだけスースーした。


「そうじゃねえんだよ!!」


「逆ギレ!?」


 くそ、こんな漫才で誤魔化すみたいなものではなくて、どうにかしてこの店主から武器を奪わ、ごほん。貰わなければならないのだが――……何も良い方法が思い付かない。


「へい、いらっしゃい!!」


「すいません、果物ナイフを買いに来たんですけど……」


 かくなる上はでっちあげのお涙頂戴ストーリーで、この人柄の良さそうな店主を泣き落としに……


「――――えっ? ラッツ、様……?」


 俺は、目を見開いた。


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