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超・初心者(スーパービギナー)の手引き  作者: くらげマシンガン
第三章 初心者と小悪魔ネコミミと魔の国の人々
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D46 限界突破! 限定表現(レストリクション・スタイル)

 俺は両手に包帯を巻いて、ついでに頭にも、包帯を鉢巻き代わりに巻いていた。常にゴーグルを装備していたから、何かが頭に装備されていないと落ち着かないのだ。


 目の前には、俺がこの所全く歯が立たなかった『ユニゴリラ』。キュートの家から出て少し歩いてしまえば、すぐにこいつらと出会して、襲われる関係になっている。


 戦う相手に困らなくて、気楽なもんだ。


「ラッツ!! ふぁい!! おー!! ふぁい!! おー!!」


 俺の背中には、茶髪ツインテールの猫娘。その名を、キュート・シテュという。今日も尻尾を枝に巻き付けて、宙吊りに俺を応援している。大変頭に血が上りそうな格好だが、慣れているのだろうか。頬が紅潮することも無いようだった。


 右手を前に出し、俺は魔力を展開した。


「<魔力融合マテリアル・フュージョン>!!」


 そう宣言し、訓練の果てに会得した魔法公式を描く。手の甲に小さな魔法陣が誕生し、発光する刺青のように俺の両手に纏わり付いた。まあ、この技に限っては発動タイプじゃないから、技名を叫ぶ必要はないんだけど。


 新しいスキルを生み出すにあたって、<重複表現デプリケート・スタイル>も<凶暴表現バーサーク・スタイル>も、基になっているのは俺の魔力なのだという部分に目を付けた。


 大地から魔力を使えるのに、どうして俺自身の魔力を使う魔法ばかりなのか。その答えは、扱い切れない魔力の暴走にあった。


 自分のものではない魔力をまるで自分のモノのように使うことは非常に難しい。俺の魔力と大地の魔力を融合させて使うことを試みたが、上手くいかない事が分かった。配分・ペース・保有時間、その全てに気を使わなければならない。


 だからゴボウの魔法は大地の魔力を敢えて殆ど使わず、僅かに混ざり合わせることで自身の魔力量を誤魔化す、という使い方がされていたのだ。


「今回はちょっとばかり違うぜ、ユニゴリラ……!! 覚悟しとけ……!!」


 相変わらず臆病な表情で油断を誘っているが、最早腹も立たない。


 それでも俺は、大地の魔力を利用しようと考えた。


 俺が用意した制限は、『身体の特定の部位にのみ、その魔力を融合させる』こと。


 何度も暴走して両手が駄目になるかと思われたが、俺の魔力量と同程度の利用なら、どうにか飲み込まれないという境界線を発見した。もし暴走したとしても、腕が破裂する程度なら復元アイテムでどうにかなるという意識だった。


 飲み込まれない境界線を発見した代わりというのか、自分の肉体を庇うラインは既に麻痺していたが、それでも良いと思った。


 人間、強くなるためには何らかの代償が必要なのだ。


 拳を握り締め、俺は宣言する。




「<限定表現レストリクション・スタイル>!!」




 そうして何度も繰り返しているうちに、いつしかコントロールすることが可能になった。自分のモノではない何かを操っている、という違和感が抜ける事はなかったが――……俺は拳を構え、その異質な魔力に意識を集中させた。


 普通よりも硬い。例えるなら、そんな感覚だ。


 一歩遅れて動く魔力がコントロール出来なくなって手を離れた時、行き場を失った魔力は雷のように地面へと戻る。その摩擦のようなもので、小さな爆発が起こるのだ。魔法学的にどう、などという事はよく分からないが、意識的・感覚的にはそんなイメージだった。


 だから通常よりも一歩早く、魔力を使う必要がある。それだけの代償を支払っても、使うことが出来るのは僅かな能力だ。


 だが、俺にとっては十二分に必要な魔力だ。


「<キャットウォーク>!! <ホワイトニング>!!」


 これは自分の魔力から展開するもの。持続的に魔力を消費するタイプの魔法は、『コントロールが難しい』という大地の魔力の性質上<限定表現レストリクション・スタイル>に向かない。


 上位魔法や大魔法もまた、通常でも高度なコントロールを必要とする位のモノなので無理だ。たちまち行き場を失って、破裂するのがオチだ。


 ――――だからこれが、今の俺にできることだ。


「踏ん張れやあああああ――――――――!!」


 ユニゴリラが俺の魔法詠唱の隙に気付いて、猛然と突っ込んできた。俺は姿勢を低く屈め、八重歯を剥き出しにして歯を食い縛った。


 どちらの雄叫びが、より山奥に響いただろうか。


 俺の両足に集まった魔力が大地から吸い上げた魔力と混ざる。その魔力量は、瞬間的に跳ね上がるように上昇する。


「<飛弾脚ひだんきゃく>!!」


 相手を退けるための武闘家スキル。蹴るのはユニゴリラではなく、俺の足下の地面だ。


 地面を強く蹴り、弾丸のように俺は横に跳んだ。


 以前よりも、圧倒的に速い。


「うおおおおお――――!!」


 キュートが目を輝かせて、俺を見ていた。地面から離れた事によって、磁石のように魔力が吸い寄せられる――ふと気を抜けば、俺自身の魔力も吸い取られてしまいそうだ。


 いや、実際吸い取られてしまうのだろう。俺達は融合しているのだから。


重複表現デプリケート・スタイル>のコントロールが難しかったのは、そういった側面もあったのかもしれない。


 辺りで最も太い樹に両足を揃えて着地する。ユニゴリラは俺の行動に、全く反応出来ていない。


 ならば、攻撃を仕掛けるタイミングは今しかない。


「うぉっ――――!! <飛弾脚ひだんきゃく>――――」


 樹に両足を突いた瞬間に引っ張られるような感覚があり、『大地の魔力』を取り落としそうになる。


 負けるものか。


 歯を食い縛り、樹が折れる事も気にせず、全力で<飛弾脚ひだんきゃく>を樹に向かって放つ。そうして、今度はユニゴリラ側へと跳んだ。


限定表現レストリクション・スタイル>は、強化するスキルを攻撃スキル・単純スキルのみに絞り、そいつの火力を瞬間的に跳ね上げる魔法公式だ。


 勿論、俺の魔力とは関係のないものを使う。だから、俺は自身の魔力量は気にせず、俺のコントロールできる最大火力でスキルを放つ事ができる。魔力を込める場所を切り替えるのは時間が掛かるから、なかなか使い所が難しいが――……


「<超>!!」


 ――――魔力を溜めている最中の強化に、放出する瞬間の強化を重ねる。


 そうすることで、最後の一撃に相応しい火力のスキルを放つ事ができるのだ。


「<飛弾脚ひだんきゃく>!!」


 接触の瞬間にユニゴリラへと、大地の魔力をぶつけた。俺の身体の外側へと、がっつり放出する。


 少しだけ、体重が軽くなったような錯覚があり。


 爆発的に広がる衝撃が、ユニゴリラの骨を軋ませた。


「かっ飛べ――――――――!!」


 ズドン、と大砲でも放ったかのような音がして、強烈な速度でユニゴリラは飛んで行った。ダンジョンに生えた木に激突し、木が折れてもその速度は止まることなく、遥か遠くまで吹っ飛んでいく。


 葉に隠れてすっかり見えなくなった頃、遠くで地鳴りのような音が聞こえた。


 俺は全ての魔法を解除して、その場に着地した。


「やった!! やったじゃん!! すごいぞ!!」


 木から降りて俺に飛び掛ってくるキュートを横目に、俺は自分がそれ程の反動を受けていない事を確認する。コントロールさえしっかりと出来ていれば、問題なく連発できそうだ。


 そこまで確認して、俺は思わず笑みを浮かべた。


 ――――強くなっている。


 確実に。


「いやー、しっかしよく考えたねお兄ちゃん!! 自分じゃないモノを使おうなんてさ!!」


 単純に、俺の能力ではない。ゴボウのくれた『特殊な魔法』という下地があったからこそ、編み出す事の出来た魔法公式だ。


 それでも、俺は苦笑を浮かべた。




 ○




 初めてダンジョンから出て魔界を歩くと、そこは人間界と大差ない事を知った。何しろ、人間界と殆ど同じ形をしているのだ。既視感があっても仕方ない。


 ダンジョンを降りると俺達は丁度、人間界で言うところのセントラル・シティの北西側――人間界では何も無かった場所にいた。キュートによればセントラル・シティのような大型の街は無いそうで、セントラル・シティのあった場所よりも少し南にある『ティロトゥルェ』という街がこの近辺ではそこそこ大きい街だと言っていた。


「ティロトゥルェ…………」


 その街の名前を聞いた時、俺は魔族の名前のやるせない言い辛さについての、ある種の解答を得たような気がした。


 微かな絶望が頭を過った時、俺の中に舌を噛んで自殺することがないように気をつけよう、という謎の覚悟が生まれる。


 俺の隣を跳びはねるようにキュートが歩きながら、指を振って説明する。


「ティロトゥルェにはね、色んな魔族が集まるんだよ。地方の武器や食材が集まるっていう、結構特殊な場所でさ。あたしも行くのは久しぶりだなあ、楽しみだよっ!」


 そう言って、キュートは俺の手を握った。


「今回はお兄ちゃんも一緒だからね!」


 ゴボウ以上ササナ以下の身長を持つキュートに『お兄ちゃん』と擦り寄られるのは、どうにも奇妙な感覚である。これはそう、例えるなら冒険者アカデミーに入りたての妹が出来たかのような……


「わりと気になってたんだけど、どうしてキュートは俺のこと『お兄ちゃん』って呼ぶわけ?」


 キュートは曇りのない満面の笑みで、俺を見た。溢れんばかりの輝きに、一瞬目を覆ってしまう。


「あたしの見てる前で『ゲート』からお兄ちゃんが出てきて、しかも目の前で死にかけてたんだよ!? これはもう、兄妹になれという神のお告げというものですよ!!」


 いや、悪いけど全然意味がわからん。助けてもらった手前、うるさい事は言えないが。


 どうしてダンジョンに住んでいたのかも気になるし……まあ、あの様子だと一人で暮らしていたんだろうからな。寂しいと思っていたら、ある日突然空から兄貴が降ってきたような気分なのだろうか。


 もふシャツにミニスカートの茶髪ツインテール猫耳娘という、一部のマニアに大受けしそうな外見で『お兄ちゃん』と呼ばれるのは、どうにも変な気分にさせられる。


 ……いや、決してそういう趣味はないが。


「ところで、お兄ちゃんお金持ってないでしょ? 実はあたしもあんまり持ってないんだよね……どうしよう。宿とか泊まれない」


「おお、それは実にまずい問題だな。魔族って、どうやって金を稼ぐんだ?」


「どうやってって、そりゃ働いてだけど」


「お前は今まで、どうやって生きてきたんだ」


「自給自足?」


 獣か。いや、獣だが。


 なるほど、それは確かにまいった問題だ。宿ひとつ泊まれないんじゃ、今日一日をどうやって過ごすべきか……いや、それ以前にもっとまずい問題がある。


 そうだ。キュートのように人懐っこい魔族ばかり相手にしてきたが為にすっかり意識から抜けていたけれど、人間が魔界に居るのは結構まずいんじゃないだろうか。話によれば、余程の事がなければ魔界に人間が立ち入る事なんて無い訳だよな。逆はあるのかもしれないが――……


 …………あまり、騒ぎは起こしたくないな。


「キュート――……いや、妹よ。そのなけなしの金で、まず揃えなければならないものがある」


「おぉっ!? なになに、お兄ちゃん!!」


 そして、俺は言った。




「――――――――猫耳バンドだ!!」




 ○




 いやしかし、これが思ったより恥ずかしい。


 周りは誰も気にしていなかったとしても、俺は恥ずかしいのだ。幸いキュートと髪色もそこまで離れていなかったので、特に民衆の目に留まる事もなく、俺とキュートは街を徘徊することができたが。


 魔界の街と言えども、ティロトゥルェの構造は基本的に人間界のそれと大差はなかった。レンガ造りの町並みも、所々の民家から飛び出ている木彫の店印も、どこかで見たようなものばかりだ。


 違う所と言えば、様々な魔族が所狭しと道を歩いている所にあったが、これはこれで面白い。


 俺の隣を、キュートがにこにこと笑いながら歩いた。


「……何がそんなに嬉しいんだよ」


「ううん? お兄ちゃんが魔界に用事があって、意地でも帰らなかった事を喜んでなんかいないよ?」


 嬉しかったらしい。


 ユニゴリラに勝てなかった時に、ゲートまで送ると俺を気遣ってくれた所を見ると、来る者拒まず去る者追わずといった精神なのだろうか。まるで俺のようで、それがどうにも兄妹らしさを演出している。


 辺りに獣族――それも猫耳の獣族も歩いていると言うのに、キュートに挨拶をする素振りもない。どれはどうにも寂しく――――


 いや、それどころか……なんだ? 変な視線を感じる。


「あっ、お兄ちゃん!! あそこでパイナップルジュースを飲んでいこうよ!!」


「お前、今夜の宿とか……」


「別にあたしは野宿でもいーよ!」


 俺は嫌だ。


 キュートは俺の腕を引っ張り、オープンテラスの喫茶店へと俺を連れて行く。その間にも、俺達に向けられる奇妙な視線の存在を、俺は探ろうとしていた。


 見ているのは……間違いなく、獣族だ。他の魔族は俺達を見ていない。なんだ? もしかして、男の猫耳ってのは珍しいのか――……いや、違うな。それなら、他の魔族が俺を気にしない理由が分からない。


 ならば、見ているのは――……


 俺は、目の前を全速力で進行中の猫娘を見た。


「…………なあ、妹よ」


「うんっ!? どうしたの、お兄ちゃん!!」


 ……ダメだ。


 この溢れんばかりの笑顔に水を差す発言なんて、俺にはできない。



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