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超・初心者(スーパービギナー)の手引き  作者: くらげマシンガン
第三章 初心者と小悪魔ネコミミと魔の国の人々
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D44 流されて魔界

 話を聞いてみれば、キュートは面白半分で瀕死の俺を助けたらしい。あの魔法陣は術者の魔力を使わないという珍しいもので、効果が出るまでに時間が必要だが、作ってしまえば後は放置していても問題がないらしいのだ。


 そんな回復領域とも呼ぶべき魔法陣の中で、一年も治療されていた俺。いつかアカデミーで病弱な学生がセントラルの総合病院に入院したことがあったけれど、その時だって一年も籠もっちゃいなかった。


 すっかり未来の世界に来てしまった気分の俺だったが、それでもやらなければいけないことがある。


 とにかく、情報を集めない事には。今世界がどうなっているのかも、俺の身の回りの人間がどうなっているのかも分からないのだ。


 そう思い、再び森系の名前も知らないダンジョンに出ようと奮起した俺だったが。キュート・シテュの家を出る直前、キュートに言われたのだ。


『それは別に構わないけど……ごめん、正直今のお兄ちゃんじゃ、ユニゴリラだけじゃなくて他の魔物にも勝てないと思うよ』


 その言葉が、奮起した俺の活力を根こそぎ奪って行きおった。


 そして、なんともなしに夜を迎えてしまったのである。


「お兄ちゃん、お兄ちゃん構ってー」


 俺は木造の小屋の窓から外を見ていた。よく見てみればこの小屋、魔法陣の中心にあるのだ。そのせいか分からないが、さっきから目の前を通り過ぎて行く魔物達は、こちらを見ることすらしない。


 獣族ってのは魔法に疎いものだと思っていたが、案外自分達の魔力を使わずに対処する方法というものを心得ているということか。


「ねっ、じゃんけんしよっ、じゃんけんっ!!」


 気性が荒く、狩りの仕方がセコい『ユニゴリラ』に、一本のツノに大の大人三人分の魔力を秘めると呼ばれている『ウッディートナカイ』、夜の森に潜んで幻覚を見せ、野宿中の冒険者を襲う『ダンディフクロウ』。


 どいつもこいつも、人間界にあるダンジョンじゃあ早々お目に掛かれないような魔物ばかりだ。中ボスクラスで、寧ろダンジョンマスターよりも悩まされると聞く事も多い。そんな魔物が蔓延っているのなら、当然俺が丸腰で敵うわけもないというわけだ。


 逃げる事すら、できやしない。


「なんのために助けたと思ってるんだよ!! かまえ!!」


 うるせえ。


 …………それを、こんな脳天気娘が横から蹴り一発で葬って行くのだ。


 やるせなくなって、ラムコーラの一杯でも飲んで窓の外を眺めたくもなる。


「……お兄ちゃんじゃねえよ。ラッツ。ラッツ・リチャード」


「ラリッチャうお兄ちゃん」


「何故そんな絶妙な文字を取ってあだ名にするんだ!!」


 思わずツッコミを入れてしまい、俺は振り返った。キュートはベッドにごろごろと転がりながら、不機嫌に頬を膨らませた。


「……はいはい、分かったよ。なんだよ」


 まるで豹変して、今度は表情を明るくさせるキュート。……態度の切り替えが速すぎる。


「ねえ、お兄ちゃんはどうして、あんな所で死んでたの?」


 キュートから貰ったラムコーラを飲む手が止まり、俺は表情を押し固めた。


 純粋に疑問に思ったようで――いや、きっと俺を回復させている最中も、ずっと疑問に思っていた事だろう――ベッドに仰向けに寝転がり、逆さまに俺を見詰めていた。


 俺は、静かにラムコーラをテーブルに置いた。


「…………俺は、どこに倒れていたんだ」


「『ゲート』の入り口。だから、おかしいなと思ったんだよ。あの『ゲート』って前に入った事あるけど、行き止まりで何も無い部屋だったから」


 そりゃ、あの場所は化石級に古いダンジョンだったからな。古代文字が読めなきゃ、先に進む事すら出来やしない。ということは、俺はやはりマウロの遺跡からここに来たって事なのだろう。


「って、『ゲート』って? 『スカイゲート』のことか?」


「『スカイゲート』? って何?」


 ……いかん、話が噛み合っていない。


「何の『ゲート』なんだ?」


「何のって……そりゃ、魔界の『ゲート』――あっ、そうかあ。お兄ちゃん人間だから、魔界なんて来たこと無いもんね」


 魔界? ……それは、どういうことだ。この世界に、人間界と魔界なんていう区別があるのか?


 ゴボウの話じゃ、魔族ってのは結界を張って隠れているとしか――……


「あたしにもよく分かんないけど、『ゲート』っていう、人間界との境界線が薄くなっている場所があるんだよ。ごくたまーに、そこに魔族が吸い込まれちゃうんだな。逆に来るのを見たのは初めてだけどね」


「ちょ、ちょっと待てよ。人間界と、魔界? 『人魚島』はじゃあ、どっちにあるんだ? 人間界から人魚島に行くマーメイドを見たんだ」


「人魚島? 人魚島って……ああ、マーメイド族の住んでるとこか。……よく分かんないけど、単純に境界線の効力が弱いんじゃない? 知らないけど、たまにあるらしいよ。そういうのも」


 だから何だよ、その境界線ってのは。聞いたことのない知識に混乱を覚えつつも、俺は席を立った。キュートの部屋はとても狭いが、そのワンルームの中にベッドやキッチン、そして――――本棚も、まるで詰め込むように並んでいる。


 俺はその本棚へと向かい、本を手に取る。字は読めなかったが、片っ端から本を開けば俺の目的の物があるのかどうかくらいは分かる――なるべく分厚い本を探し、俺は順番に開いていった。キュートが何事かと、ベッドの上で寝返りを打って、俺の方を見ている。


 あった――これだ。


「…………これが、地図か」


 予想通りの、『魔界』の地図。その殆どは、セントラル大陸を始めとする人間世界の姿と酷似している。…………それでも、やはり微妙に違う点はいくつか見受ける事ができた。


 僅かな大陸の形の違いと、地図上に表現されるいくつかの――――赤い印。俺はそこまで見ると一度本を閉じ、キュートの寝転がっているベッドにそれを広げた。


 キュートが俺の手にしている魔界地図を見て、頭に疑問符を浮かべた。


「どうするの、こんなもん?」


「この赤い印は、もしかするとお前の言っていた『ゲート』の……」


「あはは! 違うよー」


 キュートはけたけたと笑って、俺をベッドに引き入れた。視界が反転し、俺はキュートに組み伏せられる格好になった。


「うおっ!?」


 俺を仰向けに寝かせると、キュートは悪戯っぽい笑みを浮かべて、俺の下顎をなぞった。


「その赤い印は、それぞれの領土を持った魔族の王達が、拠点を構えている場所だよ。『ゲート』の場所は、どこにも書かれない――だって、普通の『ゲート』はダンジョンにしか生まれないものだからね」


 まるで、混乱している俺を見て楽しんでいるかのような雰囲気だ。


「…………そう、なのか? でもダンジョンなんてのは、色々な場所に現れたり、消えたりするじゃないか」


「そっ。だから、普通の『ゲート』は期間限定なんだよ。スーパーのバーゲンセールみたいなもんだね」


 魔界にもあるのかよ、スーパーマーケット。


 待て待て、ということは……ダンジョンだって、それなりに長い期間は消滅しないものだ。中にいる魔物は極稀に入れ替わったりすることもあるが、大抵そこまで――――勿論ダンジョンによって差はあるけれど、三年とか五年くらいの周期でゆっくりと魔物が消え、やがて冒険者が訪れなくなる。


 それでも冒険者の数が増え続けるのは、ダンジョンも生まれ続けるからだ。世界中のダンジョンを探せば、一周する頃にはダンジョンなんてがらりと顔を変えている。


 ってことは、なんだ。『人間界』と『魔界』を繋ぐ『ゲート』が『ダンジョン』にあって、ダンジョンには人間も魔族も関係なく、無差別に攻撃をする――ノーマインドの魔物が蔓延っている。しかも、一定の期間を過ぎると『ゲート』はダンジョンと共に消えてしまい、魔界へと行く手段は無くなる。


 お互いの居場所を特定されないための手段としちゃ、あまりに出来過ぎている。冒険者が魔界から帰ってきた、なんていうニュースは見たことがないし、俺も実際に魔界へと来るのはこれが初めてだ。ということは、少なくとも人間から見れば『ゲート』の特定は不可能に近い、ということ。魔界から人間界への干渉は容易だが、人間界から魔界への干渉は難しいという可能性もあるか。


 だって、俺は実際に魔界から紛れ込んできた『魔族の子供』を見ている。俺達冒険者が毎日ダンジョンに潜っても魔界に辿り着けないのに、魔族の子供が同じ条件で人間界に紛れ込んでくる可能性なんて、数パーセントにも満たないだろう。


「……どしたの?」


 知識がないから、はっきりとは言えないけれど。


 つまり、ゴボウは――いや、『ゴボウとその仲間達』は、こういう環境を作り上げたんだ。


 人間が魔族に干渉できず、互いが平和になる道を。


 しかし、魔族の方に襲う気配がないのに、人間側は拒絶されているっていうのは、なんとも……不思議だ。人間だって事情を知ってさえいれば、魔族と仲良くなることも出来たんじゃないか。


 …………いや、それが出来なかったから今、こうなっているのか。


「じゃあ、その『ゲート』ってもんがどこにあるのか、分かるか?」


 俺が問い掛けると、キュートは難しい顔をして、うーんと唸った。


「今のところ、このダンジョンの『ゲート』の場所は分かるけど……ダンジョンの中にあるゲートって分かり難いし、無い事もあるから。探すのが難しいんだよ」


 もしかしたら、無い事の方が多いのかもしれないな。ダンジョンに必ず一個、ゲートが作られる保証なんてものも、今の所は無さそうだし。


 じゃあ、ここは本当に、俺達人間の知らない『裏の世界』とも呼ぶべき場所なんだ。


 手に持っている本に、思わず力を込めた。


「ねえ、そろそろあたしの質問に答えてよ。どうしてお兄ちゃんは、『真実の瞳』を持って、あんな所に倒れていたの?」


「真実の瞳?」


「それだよ」


 キュートは俺のポケットを指差した。……『ガスクイーン』の持っていた、赤い宝石。これが噂の、『真実の瞳』ってやつなのか。


 手に取ると、僅かに俺の魔力と、『真実の瞳』の魔力が共鳴した。複雑な魔力の流れを感じる。中で何が起こっているのか分からないが、これが見えないモノを見るアイテムってやつなのか。


「たぶん、それがあったから『ゲート』の場所が分かったんだろうね。普通は『思い出し草』を持ってないと、帰り道も分からなくなっちゃうから」


 …………なるほど、そういうカラクリか。だから俺だけが今、『魔界』とやらに紛れ込んでしまったんだ。俺は言わば、人間界で最もイレギュラー。化石と化したダンジョンに潜り込んで、過去の秘宝を手にした。


 事情はどうあれ、俺は目的を成し遂げた、ってことなのか。今人間界がどうなってしまっているのか、俺には分からないけれど――……これは、願ってもないチャンスだ。


 フィーナと、ロイス。


 今、どうしているだろうか。


「……キュートはどうして、俺を助けようと思ったんだ? 普通、こんな意味の分からん奴、放っておくだろ」


「そっだね。いつもならそうしたかも」


 キュートは、あっけらかんとした表情でそう言った。……たまたまか? 気が向いたからか? ……一年も掛けて、気まぐれに人を助けるのか?


 ちょっと、それは考え難い。


「でも、お兄ちゃんを助けたら何かが変わるんじゃないかって、思ったんだよ。それだけ」


 …………別に、お前が期待しているような事は何もないと思うんだが。


 俺は本を閉じて、棚に戻した。何も言わず、キュートの寝転がっているベッドに座り込んだ。


 まあ、暫くはこいつに案内して貰うのも良いだろう。何か事情はありそうだが、話したくないみたいだし――俺も、どうして魔界に紛れ込んで来たのかなんて話はしたくない。


 座り込むと、俺の膝にキュートが頭を乗せてきた。ぐりぐりと、腹に顔を押し付けられる。


「ねえねえ、これからどこか行くの? お兄ちゃんが行く場所に、どこでも付いてくよ。暇だし」


 やけに暇を強調するな。


「……あんまり、楽しい事は無いぞ。ちょっとした騒ぎを起こそうとしてるだけだ」


「騒ぎ?」


「ああ、これから人魚島に行く」


「えー!? そんな弱っちいのに?」


 胸に鋭い矢が突き刺さった。…………そんなに、どストレートに言わなくても良いじゃないですか。お兄ちゃん泣いちゃうよ。


「強いよ、マーメイド。やめといた方が良いよ。男のマーメイドって、水の強い攻撃魔法を使うんだよ」


「分かってるよ、そんなこと……ていうか、そんなに強いの?」


 男のマーメイドなんて、出会った事も戦った事も無い。ダンジョンに住まう魔物とは、何かが違うのだろうか。


「たぶん、あたしじゃ勝てないくらいには強い」


 その瞬間に、全ての望みは断たれたのだった。


 ……え、あれ? それじゃあ、ササナの旦那候補――いや、もしかしたら一年も経過した今では旦那で王なのかもしれないが、そいつの強さってどうなってしまうんだろう……。マーメイドは以前、『ルナ・ハープの泉』で戦った事があったから、正直あまり気にしていなかったのだけど。


 まあ、『人魚島』って言うくらいだから、マーメイドの本拠地なんだろうし……そりゃ、強いか。当たり前の事かもしれない。


「キュートは行った事無いのか、『人魚島』」


「ないない。ていうか、あたしはずっとここ住みだよ。このダンジョン以外に居た事無いよ」


「…………そもそも、なんでお前はダンジョンに住んでんだ」


「いーじゃんそんなこと」


 …………まあ、いいけどさ。どうでも。


 今の俺では、『人魚島』に忍び込むなんて無理、ってことか。実際どの程度のものなのかは分からないけど――ユニゴリラを苦なく倒せる程度には、強くなっておく必要があるかもしれない。いや、あるだろう。


 助けるつもりで一年経ってしまった。……なら今更あがいても、ササナは婚儀を済ませてしまっているかもしれない。


 でも――――…………


 幸い、俺の目の前には遥かにレベルに差がある獣娘がいる。……ここいらでひとつ、レベルを上げておかなければならないか。


 そうして、聞きに行こう。


 今現在の、ササナの気持ちを。


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