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超・初心者(スーパービギナー)の手引き  作者: くらげマシンガン
第三章 初心者と小悪魔ネコミミと魔の国の人々
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D43 消失した時と猫娘

 何が起きているのかは、分からない。分からないが――生き延びる事ができた。


 ならば、俺はこんな所で死ぬ訳にはいかない。ササナを人魚島から奪い、離れ離れになったフィーナやロイスと再会する。


 そして、ゴボウと――……


 アカデミーの知識が本当なら、獣族の強さは同じ人型でも、人間とは圧倒的に性質が違う。その反射神経は人間のそれを遥かに凌駕し、並みの魔物では手を伸ばすことが出来ない領域に達する。


 当然、<キャットウォーク>付与の俺なんかでは、捉える事すら容易ではないってことだ。元より普通の冒険者と違って体力も魔力も無い俺には、全てのスペックにおいて獣族になんて敵わない。


<パリィ>なんか決まる筈もない。この手のスピーディーな魔物に対抗する為には、身体能力について少なくとも、どれか一つは獣族に対抗できるってことが条件だ。


 例えば、獣族と同じスピードに到達している者。


 獣族がスピードに特化している生物である以上、これはあまり現実的ではないが。もう一つ、獣族の物理攻撃に耐えられる程に防御力を強化してしまう、という方法がある。


 ガンドラ・サムのような、鉄壁の防御があれば。その時初めて、獣族が持たない魔力というものが活きるのだ。


「<ホワイトニング>!! <イーグルアイ>!!」


 それでも、自分が使うことのできる身体能力強化スキルを全て使った。動きが捉えられないのなら、半端な攻撃は受け止められるくらいの防御力。


 せめて、それが必要だ。


「あれっ……? あれれっ……? ひょっとしてあたし、怖いの蘇生させちゃった?」


 胸上のもふもふとした服と同じ色のミニスカートが、彼女の動きに合わせて揺れた。毛さえ気にしなければ、まるでチアガールのようなコスチューム。


 だが、今そんな事はどうでもいい。


 こんな未開の場所で、よりにもよってこんなにも相性の悪い魔物と当たるなんて。運が良いというのか、悪いというのか。


 何か一つでも弱点のはっきりしている魔物なら、丸腰の俺が勝つことも出来ただろうけど――……


 ゴチャゴチャ考えていても、仕方がない。


 せっかく助かった命なんだ、ここで踏ん張らなくてどうする!


「悪いが、死ぬ訳にいかねえんだ。逃して貰う……!!」


 捨て台詞のようにそう呟いて、俺は右手に魔力を込めた。獣族は森に住まう魔物。なら、弱点は自ずと決まってくる。森の中の広場で、あまり使いたくはないけど――ここは洞窟の側だからか、草が生えていない。足下を狙う分には問題ないだろう。


「<レッドボール>!!」


 この魔法だけは有り余る体力で受け切るなんてことは、出来ない筈だ。<レッドボール>を投げ付け、キュートに向かって駆け出した。


「あらこわい」


 何食わぬ顔でそう言うキュート。しかし、さっきは移動が見えなかったが、今度は<イーグルアイ>も付与している。少なくとも、見切れない程に速いって事はないはずだ。


 狙い通り、キュートは<レッドボール>を横に跳躍することで避けた。獣族の基本は跳びはねる戦い方だ。なら、ジャンプ先の着地点を狙うべきだろう。


 思いながら、俺は拳を構えた。いつもならここでナイフを使うんだろうが、スカイガーデンの一件でナイフはどこかに飛んで行ってしまっている。


「<刺突しとつ>!!」


<レッドボール>を避けたキュートに向かって、まず一発。地面を這うように姿勢を低くして、キュートを狙った。足下への攻撃、二発目だ。ともすれば、キュートは俺の攻撃を再びジャンプでかわすしかない。


 予定通り、キュートは俺を飛び越えるように高く跳躍して避けた。洞窟側へと跳んだキュートの着地点に向かって、俺は左手を突き出して中指を起こし、合図する。


「<レッドトーテム>!!」


 キュートの着地点に、身の丈程の火柱が現れた。これで、キュートはそのまま火柱に突っ込む事になる――――だが、キュートは不敵な笑みを浮かべたまま、人差し指を口元に当てて俺にウインクした。


「ざーんねん!」


 火柱に突っ込む予定のキュートが、突如として空中で止まる――――何だ? 獣族は、空を飛ぶ事なんて出来なかった筈だけど――――…………


 ――――あ、そうか。


 空中で静止したキュートの頭上から、紐のようなモノが伸びている。いや、紐というにはそれは随分と太い。


 尻尾だ。キュートは尻尾を木の枝に巻き付けて、掴まったんだ。


「お兄ちゃん、面白いもの持ってるね。やっぱ、予想通りに人間?」


 だが、位置は入れ替わった。俺は喉を鳴らして、キュートに背を向ける。


 洞窟とは反対側に陣取られちゃ、洞窟内に逃げるくらいの事しか出来なかったが。今の俺は、森を駆け抜けて逃げる事ができる。持ち物もなく、仲間もいない。躊躇うこと無く、その場から駆け出した。


「あっ!! ちょっと!?」


 目を丸くして俺を見ているキュートを横目に、俺は木の影に隠れるようにして、キュートから距離を取った。


 こんなもの目眩ましにもなりゃしないだろうが、森さえ抜けてしまえばそれ以上追ってくる事は無いだろうという算段だ。何しろ、今の俺は丸腰だ。武器を持たないと、こんなダンジョンでは戦いにならない。


 …………武器を持っていても、勝てたかどうかは知らないが。


「待ってよー!!」


 追い掛けてくる足音――いや、かなり高い位置で音がする。木から木へと飛び移っているのか。猫と言うより、猿に近いのではないだろうか。


 何にしても、捕まる訳にはいかない。奴等の主食が人間かもしれないという情報がある以上、それは。懐っこい態度を過信してはいけないのだ。


 ……ササナの時は、逃げなかった。俺はすっかり、戦闘に対する自信を失ってしまったのだろうか。


 失って、しまったのだ。そりゃあ、あんな事があった後では――――…………


「そっちは…………」


 ――――げっ。


 すっかり弱気になっている俺だったが、立ち止まった。それも、前方に脅威を感じて。


 大の大人二人分ほどの大きな魔物が、俺の前に立ちはだかったからだ。


 知っているぞ、この魔物。全身焦げ茶色の毛に覆われ、頭上には一本の角。筋骨隆々な見た目、二足歩行。……『ユニゴリラ』だ。


 何故、こんなにも身体能力に優れた魔物ばかりが――……くそっ。俺を見付けると、ユニゴリラは怯え――見た目の割に臆病、という設定なのだ――そして、向かって来る。


 臆病で気弱なように見せるのは、相手に警戒されないためのフェイク。これが見えたってことは、こいつは確実に――俺を敵とみなしている。


「通れりゃ良いんだろ、通れりゃ…………!!」


 文句を言いながら両手を交差させ、中指を立てる。正直、体術が得意な魔物に丸腰で挑むなんてのは、初心者じゃなくてもご法度だ。一撃で試合終了に成り兼ねない戦闘なんて、誰がやるものか。


<マジックオーラ>を使っていないから、魔力にはまだ少し余裕がある。ともすれば――……


「<レッドトーテム>!! <レッドトーテム>!! <レッドトーテム>っ!!」


 ユニゴリラは、森に生息する魔物の中でもかなり強い部類に入る。例え戦って勝てたとしても、後ろの猫娘を振り切れない。


 だから、俺は木が燃える事を覚悟で、俺の進路に<レッドトーテム>を、まるで通路のように配置した。これならユニゴリラとはいえ、無視して攻撃などできまい。


 火柱の門をいくつも潜りながら、俺は<レッドトーテム>を前に配置しつつ、先へと走った。とにかく森を抜ければ、ここが何処かも分かるかもしれないのだ。


 とにかくこれで、第二関門もクリアー……


「ちょっ!! お兄ちゃん!! 危ない!!」


 瞬間、俺の視界が反転した。急に目の前に青空が広がり、俺は目を瞬かせた。


 真下に広がるのは、先程まで俺が走っていた森だ。同時に、抱かれている事にも気付く。俺を抱えて跳躍したのは――――俺は、その猫娘の顔を見た。


「ダメだよ。ユニゴリラは火を見るとびっくりして、巨大化するんだよ」


「は――? 巨大……」


 ずん、と何かの音がした。同時に数十本の木が折れるような音がして、俺は我が目を疑った。


 先程のユニゴリラが、背の高い木の二倍はあろうかという、超巨大怪物に進化している。俺が作り出した<レッドトーテム>も踏み潰され、消えていた。何で……? ユニゴリラのそんな性質、知らないぞ。所謂森の魔物という感じで、確か弱点にも何ら意外性はなかったはずだ。


 ならば、どうして? ……いや、それ以前に。


「ちゃんとお話してよ。ここダンジョンなんだから、勝手に逃げたりしたら危ないんだから」


 こいつは、どうして俺の事を助けてくれるんだ。


 キュートは近くの木の枝に着地すると、俺を降ろした。巨大になっても臆病を演じた顔で俺達を見ているユニゴリラを前にして、キュートは手の指をパキパキと鳴らした。


「お兄ちゃんはここで待ってて。あたしが始末してくるから」


「はっ……? 始末って、あの化物をか……?」


「さっきの動き、ちゃんと見てたんだから。お兄ちゃんじゃアイツを倒すのは無理だよ。ねっ?」


 悪戯っぽい笑みを俺に向けて、ウインクをするキュート。俺は不安な気持ちを抑えることができないまま、キュートを見送った。キュートは木の枝から跳び上がり、空中で魔力を展開した。ササナやフルリュに比べると――それどころか、フィーナと比べても圧倒的に――微々たるものだが、茶色のオーラが僅かに全身を覆っている。


 それでも、全身からなんて発する事ができない俺の魔力よりは、幾分マシだが。


「<キャットダンス>!!」


 キャット……え、何? <キャットダンス>って言ったのか、今?


 キュートは笑みを浮かべたまま、急に空中でその速度を何倍にも跳ね上げる。<キャットダンス>……初めて聞く名前だ。スキルか? ……もしも、俺の使う<キャットウォーク>の上位互換だとしたら。


 空中で放ったにも関わらず、キュートは飛躍的にその速度を上げていた。最早、俺の目にも捉える事は出来ない――――やっぱり、<キャットウォーク>の上位互換技なんじゃないのか、あれは。


 だとするなら。<キャットウォーク>の上位互換技は、既に存在する。<キャットステップ>だ。


 悪寒が込み上げてきた。キュートは空中で進路を変える――上昇も、下降もしていた。あれは、空を飛んでいる訳ではない。


 ――――空気を蹴って、跳躍しているのだ。


 どういう方法かは分からないが、とにかく。残像のように消えるキュートが速度を減少させて姿を見せる瞬間、俺の目にも飛び込んでくるのだ。


 明らかな、『蹴り』の姿勢が。


 ユニゴリラは既に臆病な演技などする事なく、稲妻のように空を飛び回るキュートに反応出来ないようだった。十二分に撹乱した後――……、キュートが空中で静止した。


「じゅーまんトンきぃ――――――――っく!!」


<キャットステップ>の上位互換技は、存在しない。……俺達、人間の世界では。どんなに強くなったとしても、<キャットステップ>を超える魔法公式は、存在していないのだ。


 だが、明らかにあの運動能力――『速さ』は、<キャットステップ>の比じゃない。


 弾丸のようにユニゴリラの脇腹目掛けて、小さな娘が蹴りを放った。リヒテンブルクのコロシアム程に大きなユニゴリラに、キュートの蹴りが突き刺さる。


 まるで隕石でも激突したかのように、ユニゴリラの脇腹がボール状にひしゃげた。


「グォッ――――――――」


 最初で最後のユニゴリラの呟きは、そこまでだった。


 巨体は宙を舞い、森を跳ぶ。上級の冒険者でも一筋縄ではいかない魔物が――しかも、その巨大版が、たった一発の蹴りで全ての体力を失った。


 森を低く飛んでいたユニゴリラは、瞬間的にその姿を消失させる。


 後に、森の上空にキラキラと輝く光が見えた――消滅時のものだ。


「っしゃ勝ったァ――――!!」


 勝利の雄叫びが、段々と近付いて来る。豆粒のように見えていたキュートの姿が、段々と大きくなっていく――――近付いている。……こちらに。


「っとと……!!」


 慌てて落下を受け止めるため、俺は両手を出した。ゴボウ程ではないが、やや小柄なキュートの身体が、ふわりと俺の胸に飛び込んでくる。


「つかれたぁー!! もうほんと、つかれるから火はダメー!!」


 無邪気にも俺に抱かれたまま間延びした声を出すキュートに、俺はどう反応したら良いのかも分からなくなっていた。




 ○




「…………実家に代々伝わる、『回復の陣』?」


 キュートの家は、そこからかなり近くにあった。森の中に隠れていた小屋で、キュートは木造の椅子に座って茶の入ったカップを握り、立て膝をついた。


 魔物の間では、森の中の小屋に住むのが流行っているのだろうか。……いや、ササナの場合は仕方なくだろうけど。


 俺が間抜けな声を漏らすと、キュートは頷いた。自慢気に人差し指を立て、語った。


「肉体は毒まみれで、魔力は尽きるどころか変に放出されて酷い事になってたからね! あたしのおばあちゃんのおばあちゃんのおばあちゃんのおばあちゃんの秘密魔法で、お兄ちゃんは生かされたというわけなのだよ」


 ってことは、ひいひいひいひい……分かるか、もう。とにかく、先祖レベルってことだ。


 そんな事より。


「…………生きてたのか、俺?」


「生きてたよー!! 生きてたっていうか、生かされてたって感じだったよ。見たことない魔法、何? あれ」


 ――――――――そうか。


凶暴表現バーサーク・スタイル>は、詰まるところ寿命を縮めて、その生命力を現在に還元していく魔法だから……どんなに辛くても寿命が尽きるまでは生きながらえる、という事なのかもしれない。


 俺が意識を失った後も、<凶暴表現バーサーク・スタイル>の効果は続いていた。俺は完全に命尽きる前に、キュートに拾われたんだ。


 どのくらい寿命は縮まったんだろう……


 まあとにかく、魔法公式が解除されて死ぬ前に救済された。その、なんとかっていう代々伝わるスキルによって。


「……その魔法は、そんなにすごいモノなのか」


「すっごいよ!! 万病完治って感じだよ。死んでても、時間が経ってなければ寿命以外なら復活しちゃうくらいだから。大地の生命力を、生き物に移動するとかなんとかで。……まあ、生命エネルギーの融合? の関係? とかで、ひとつの生き物に一回しか使えないらしいんだけどね」


「はあ…………」


 幸運というのか、なんというのか。とにかく、俺は生きていたということだ。こいつに拾われなければ、俺は間違いなく死んでいた。


 事情が分からなかったから仕方ないとはいえ、初めから敵じゃなかったんだな。


「でも、すっごく時間が掛かっちゃうんだけどね。お兄ちゃんは殆ど死んでたから、復活までに一年も掛かっちゃったよ」


 えっ――――――――?


「一年!? 一年経ってるのか、お前に拾われてから!?」


 俺は激昂して、キュートの肩を掴んだ。唐突なことでキュートが驚いて、手にしていたカップから茶をこぼす。


「えっ……う、うん」


 …………一年。


 あのスカイガーデンでの一件から、一年。フィーナとロイス……そしてゴボウが、その後どうなったのか。一年も経ってしまったら、事情はかなり変わっているんじゃないか。


 いや、それ以前に俺の扱い、今どうなっているんだ。……俺はまだ、冒険者なのか。冒険者バンクの登録状態、一体どうなっているんだ。


 そして、ササナは――――…………


 …………どうしよう。



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