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超・初心者(スーパービギナー)の手引き  作者: くらげマシンガン
第三章 初心者と小悪魔ネコミミと魔の国の人々
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D42 初心者の目覚め

 俺は、追い詰められて崖の上にいた。


 鳴り止まない雨は地面を柔らかくし、足下を覚束なくさせる。それでも小さな二本の足は、しっかりと大地を踏み締めている。


 雷の音を背中に、振り返った。髪から滴る雨は目にも口にも入るが、そんな事は気にもならなかった。崖の反対側――は、森になっている。今、この森を逃げてここまで来たのだ。黒雲が太陽を隠して、暗闇となった木々の隙間から、黒いスーツの男が姿を現した。


 黒いスーツの男は、剣を片手にじりじりと俺へ詰め寄ってくる。俺は初めて、両手に魔力を展開させ、頭の中に魔法公式を思い浮かべた。


 道中見付けた木の棒を握り締め、俺は宣言した。


「<キャットウォーク>!!」


 そうだ。初めての、魔法だった。


 ――――これは、いつの記憶だ?


 黒いスーツの男は無骨な表情で、俺の行動に全く脅威を感じていないようだった。それどころか、俺の全身が淡く光り始めると、少しだけ驚いたように口を開いたのだ。


 サングラスは雨に濡れていたが、その向こう側の瞳が見える事はなかった。


「……どこで覚えたんだ、そんなもの」


 俺は、きっと憎んでいた。憎んでいて、悔しかった。


「さあ、お嬢様も我儘を言わずに。こちらへ来るのです」


 ……お嬢様?


 俺の視線が動く。俺の背中に隠されているのは、人形のような服を着た、小さな銀髪の少女だった。海のように透き通った蒼い瞳は、俺の事を不安そうに見詰めていた。


「……やだね。街を出たって、返さねえ」


「お嬢様は、お前のように野に放たれて遊んでいるような餓鬼ではない。将来を約束された、大切な跡取り娘なのだ」


 黒いスーツの男は、首を振った。呆れたと言うべきなのか、諦めたと言うべきなのか。そのような雰囲気だった。


 俺の遥か遠い、過去の記憶だ。まだ冒険者アカデミーにすら通っていない、炭鉱の時の。


 一体どうして、俺はこんなにも怒っているのだろう。


 黒いスーツの男は、剣を持っていない方の手を俺に向かって差し出した。勿論、手を握るとか、そういう友好的な意味ではない。


「金も返せ。もう逃げ場もあるまい」


 俺は背中に背負っていた、リュックに手を伸ばす――――そうして、それを前に。黒いスーツの男を見ると、苦しくも笑った。


「……こいつが、そんなに欲しいのか。そうだよなあ、オッサンもこれがなきゃ、給料出ないんだもんな」


 恐ろしい程の額だ。多分、親父やお袋が炭鉱で稼ごうと思ったら、何十年と働かなければならないほどの。大金に、目眩を起こしそうになる。最も、当時の俺はその金の価値を全く理解していないようだったが。


「仲間なんて、居ねえだろうな。こんなもんに媚び諂ってんだからよ」


「餓鬼には分からないかもしれないが、大人の事情というものがある。私は大人として、それに従っているだけだ。……お嬢様。そこは危ない。こっちに来なさい」


 俺は、背中の女の子に顔を向けた。


「大丈夫だ。俺に任せろ」


 でも、女の子の表情が晴れる事はなかった。


 きっと、当時の俺には打算も、計画もなかった。盲目的に、どうにか、その女の子を今置かれている状況から連れ出したくて。それだけの思いから、下手な事件を起こしたのだと思う。


 そのような、幼い子供の考える拙い戦略が、大人にはまるで通じようもないということは、きっと当時は理解していなかった。


 ただ、盲目的に棒を握った。


「…………お前が作ってるんだろ、この子のスケジュール。聞いたぜ、親は何も見てないって」


「それがどうした」


「自由な時間を作ってやれよ」


「お前に何を言われようとも、今の事態は変わらない」


「だったら、俺も俺の勝手にする。今の事態は変わらないっ……!!」


 俺はリュックに詰めた大量の金を、リュックと共に崖の外へと放り投げた。……ああ、金よ。うまく逃げ果せれば、今頃俺は億万長者だったかもしれないのに。


 しかし、どうやら俺はこの子の事が好きだったんだろうか。一瞬しか顔が見えなかったが、一体誰なんだろう。


 初めて、黒いスーツの男が舌打ちをした。


「……ロッククライムの問題児が……!! 悪戯も大概にしろ……!!」


「こんなもんに縛られてるから、この子がどれだけ大変な思いをしてるか分からねえんだろうが!! 目を覚ますのはお前の方だよ!!」


 ああ、俺よ。もう少し、大人の事情ってやつを理解しろ。黒いスーツの男が大人気なくキレるまで、もう幾許もないように思えるぞ。


 多分、俺が捨てた金はこの人のミスって扱いになるんだろうなあ……黒いスーツの男は、俺を鼻で笑った。


「これだから、問題を起こした冒険者ってのは困るんだ。祖父の世代から、何も進化しちゃいない」


 ……なんだ? 何の話だ?


 俺の爺さん?


「貧乏で、遊び呆けて、何も学習しない低能な冒険者。……そうか、確か『盗賊』だったな。<キャットウォーク>とは、孫もしっかりと受け継いでいるらしい」


「…………じいちゃんを、悪く言うな」


 俺は額に装着したゴーグルに触れた。……あれ? もしかしてこれって、爺さんのゴーグルだったりするのか?


 覚えてないな、そんなに前のことは……


「いつか蒸発するんだったら、今、蒸発しろ。どうせロッククライムを出て冒険者になるんだろう。その時には、お前が入れるギルドなど存在しないぞ」


「お前には関係ないっ……!!」


「いいか、お前の爺さんはな、ありとあらゆる有名な武器防具の数々を盗んで、世界のどこかに消えやがったんだ。問題を起こさないうちに、精々今のうちから――――」


「違う!! 黙れ!!」


 俺は固く棒を握って、支援魔法を使った。今度は全身が白く光ったようになり、幾らかの力が湧いてくる。この魔法は――……


「<ホワイトニング>!!」


 黒いスーツの男が、俺の背中を睨み付けた。背中に居た女の子が、びくんと反応して怯える。


「……教えたのですか」


 その問いかけには何の反応もなかったが。雨はどこまでも身体を濡らしていくのに、俺は冷える事もなく、ぐつぐつと煮え滾るように熱くなった腹の底から、全てを吐き出した。


 叫んだ。


 力の限り。




「爺ちゃんは『赤い星』と戦いに行ったんだっ……!! 世界を救うって言ってたんだっ!!」




 ――――――――えっ?


「お前なんかに、馬鹿にされてたまるか――――!!」




 ○




 目を覚ました。


 何処からか、鳥の音が聞こえてくる。俺を取り囲んでいるのは――岩、だ。どうやら、洞窟の入り口に俺は寝かされているらしい。


 向こう側には森が見える。ここは森の中か何かなのだろうか。


 …………なんだ? これは……。大きな魔法陣が、俺を取り囲んでいる。その魔法陣からじんわりと身体に染み込んでくる魔力が、俺に活力を与えているようだった。


 魔法陣の中央に俺は寝かされている――身を起こすと、地面に描かれている魔法陣に触れた。特に光はない……まるで発動されていない魔法陣のように見えるが、確かに効力を持っている。


 魔法陣の外に手を伸ばすと、するりと通り抜けた。これは、防御結界みたいなものではないらしい。だとすると、回復系の魔法陣だろうか。


「…………あっ」


 魔法陣の隣に、赤い水晶のような球体があった。これは確か、『ガスピープル』が落としていったものだ――しかし、赤い。紅色に染まったその水晶は、ただのドロップアイテムとは違うものである事を俺に示すかのように、強大な魔力に満ちているように見えた。


 思わず、それを手に取る。やはり、これはただのアイテムではない――何らかの効力を持っている、そういう代物なのではないか。


 俺の薬指には、ササナに渡せず仕舞いだった『虹色の指輪』がある。……装備品は、これだけか。


「ここは…………」


 その時、今更ながらに気付いた。どうやら俺は助かったらしいが――『ガスクイーン』を倒してから、その後どうなったかの記憶がない。ここが何処なのかも分からないし、何故助かったのかも。


 俺は、死を覚悟で乗り込んだ。なのに、全身無傷なんて有り得ない。当時着ていた筈の装備一式も、どこかに行ってしまったようで――まるで見たことがないような、民族衣装のような服を着ている。ベージュ地の布を貼り合わせただけのような服に、奇抜な模様が入っていた。


 リュックも、カーキ色のジャケットもない。お気に入りのゴーグルすら、ない。そうか、あれはフィーナに……


 どうしようもなく、呆然とする。その場に立ち止まっている訳にも行かなかったので、俺は洞窟内を少し歩いて、外に出た。


 瞬間、太陽の光に目が眩んだ。それは随分と長いこと、俺が太陽の光に当たっていなかった事を示していた。


「……変な、場所だな」


 森のようだが、あまり見たことがない形状の木だった。複雑に曲がりくねって、あまり木材としては使い物にはならなさそうな。その場所は昼だ。最も、セントラル大陸なのかどうかも分からないこの場所で、俺の常識がどこまで通用するのかは分からないが。


 リュックから羅針盤を取り出そうと思ったが、肝心のリュックがない。どうにも随分静かだと思ったら、背中に刺さっているゴボウがいないのだ。


 空はどこまでも高く、鳥の声だけが辺りに響いていた。……平和だ。何故か、そんな事に腹を立てている自分に気が付いた。


 ――どうなったんだ、あれから。


 そもそも、今はセントラル歴何年の何月何日なんだ。


「まいったな……」


 だが、それを調べる手段はない。虚無感に空を見上げた。セントラル大陸とは空気から違うような雰囲気のあるこの場所は、一体何処なのか。何しろ見たこともない場所なのだ、俺に判別が付くはずもない。


 遥か彼方に広がる世界の全貌を、俺は殆ど知る事がない。自分が知っている情報は世界から見れば本当にちっぽけなもので、改めて自分が無力であることを感じさせられた。


 ……無力だ。


 どうしようもないほどに。


「腹、減ったな」


 洞窟の岩にもたれかかり、俺はその場に座り込んだ。静かな森の中、行商人の一人でも通れば幸いといったところか。動物を狩るという選択肢もあるが、何しろ今の俺には武器がない。


 武闘家スキルだけじゃ、戦えない事もあるしなあ……。




「おお、お兄ちゃん。気が付いた?」




 瞬間、固まった。何故なら、その声は俺の頭上からしたからだ。


 何故……? 気配をまるで感じなかった。背後から近寄る生物の存在に気が付けない程、俺の勘は鈍ってしまったのだろうか。……いや、それもない。ならば、それはどういうことか。


 それ即ち、『単純に、俺よりも気配を消す能力に優れているのか』――……


 瞬間的に俺はその場から立ち上がり、前方向に跳んだ。地面に手を突いて素早く二転すると、高く跳躍。錐揉み状態で位置を入れ替え、着地する。


「<キャットウォーク>!!」


 落下中に、移動速度を上げる魔法を使う事も忘れない。


 洞窟の上――相手から見れば、背の低い崖とも取れるだろうか。……その上に、明るい茶色の髪をツインテールにした少女がいる。頬杖を突いて、地面にうつ伏せに寝転がっていた。


「おーおーおー。お兄ちゃん、随分動きが良いねえ」


 それでも、俺の目線は通常より上を向かなければ、彼女と視線を合わせることは叶わなかったが。


 娘は立ち上がると、今度は崖に座った。随分と薄着だ。モコモコとした毛のある服で、ビキニのようなへその出たルックス――ふと、彼女の頭に目が留まる。犬だか猫のような獣の耳が、ぴくぴくと上下に動いていた。


 それも、かなり激しく。


「…………何もんだ?」


 俺が声を掛けると、くすくすと少女は笑った。手首にも何か、服と同じ素材の毛がリング状になって見える。


 普通に考えて、人間ではない……よな。左右が色の違う金と赤の双眼なんて、人間では大層珍しいことだ。


 となれば――……そういえば、アカデミーのどこかで読んだような気もする。動物のように機敏な五感と運動能力を持ち、それでいて人のように言葉を話す、人型の魔物のことを。


 ふらふらと手を振って、はにかんだ。


「はろー、こにゃにゃちは。あたしキュート、よろしくね」


 …………ノリが、ゆるい。


「キュート? 魅了系の魔族……ってとこか?」


「違う、違う。キュートは名前。キュート・シテュ」


「……シチュー?」


「してゅ」


 やっぱり、魔族の名前というのはいつも狙ったかのように、とんでもなく言い難い。いい加減に誰か俺の苦労を分かってくれよ。


 人間と動物を合体させたかのような魔族。こいつは――確か、ヒューマンビースト族とか言ったかな。長いので、いつも獣族と略されていたが。


 同じ人型でも、こいつはハーピィやマーメイドのように、男を魅了してどうのこうの、なんていう狩りをしない――まるで共食いのように見えてしまう程の、荒々しい『狩り』。魔力が少ない変わりに、その有り余る筋力と運動神経を持って人を狩る魔物だ。


 ……最も、その知識は俺が知る『魔物』の姿だが。


 武器がないので、拳を構える。獣族相手に俺の体術なんてものが通用するかと言えば通用しないだろうが、せめてもの自己防衛だ。


「あはは! おっかしいの」


 キュートは崖際に座り、俺を指差して笑った。……なんだよ。別に変な行動は取っていないつもりだぞ。


 瞬間、キュートの姿が消えた。その速さに、俺は目を瞬かせた。何だ? 瞬間移動系の技か――――?


 全身の神経が研ぎ澄まされる。魔法を使えば、どんなものでも魔法公式を組む――――宣言までの時間が必要だ。魔法の持続時間中にここへ訪れた訳でも無さそうだった。


「獣族に向かって<キャットウォーク>なんてさっ!」


 ならば、跳躍したのだ。俺にも見きれない程の、瞬間的な大跳躍で。


 まるで、見えなかった。


 俺は背中でそう声を掛ける、キュートに向かって振り返った。


 キュート――――俺の背後を捉えた猫娘は、俺の様子を確認すると怪しく笑った。



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