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C41 ある情報屋の会話

 セントラル大陸でも最も北に位置すると言われている、雪国『ノース・ホワイトドロップ』。何もないと噂されていた田舎町だったけれど、半年前に新聞会社が出来てから急に街は賑わい出した。今ではセントラルきっての情報集合体となって、大陸全域に渡って最新記事を届けるのがこの街の役目だ。


 雪をしのぐための加熱体魔法陣を近くに置いて、私はウォールナットのデスクを前に、キャスターをごろごろ前後に動かしていた。悩んでいるのは、上から言われている仕事がちっとも前に進まないためだ。


 冒険者バンクからも情報は集めていたし、定期的なチェックも忘れなかった。それでも、未だに事件は収束に向かっていない。


 羽根ペンの背で額をマッサージしながら、何度も足を組み替えては肩を回す。ふう、と溜息を付くと、今日の疲れが全身を回るよう。


 そりゃあ、意味不明な難題に挑戦するのは情報屋の仕事かもしれないですけど。何もこんなに難しい事件を、私の部署に当てなくたって良いじゃない。


 どうしても顔は仏頂面になってしまう。程なくして、私がうんと伸びをすると、背中でドアノブが回る音がした。


 背もたれに身体を預けて、逆さまに来訪者を確認する。


「調子はどうだ、ノフィ・ルーシェ」


 入ってきたのは、冒険者上がりで『ノース・ホワイトドロップ』に入ってきて、私と同じ課に所属しているアンディ・ドーンだ。縁無しの眼鏡と高い身長は私好みではあるけれど、少しサドッ気が強くて受け入れられない。


 私はいつもしている丸眼鏡を外して、眉間を指で揉んだ。


「どうもこうもないわよ。情報もないし、これ以上デスクでの捜査は無理」


「出張すれば良いじゃないか」


「費用のこと考えてよ。誰が出すの、そのお金。知ってるでしょうけど、出張費出るなんていうのは形だけで、ボーナス減らされるんだからね」


「この、壁に掛かっている大量の時計を売れば良いと思うよ」


「時計の美学が分からない奴は消え失せろ」


 アンディはやれやれ、と首を振った。何よ。別にイライラなんてしてないんだからね。


 調査しているのは、一年前に起きた事件。私はあまり詳しくないし行ったことも無いけれど。南の方にある、『イースト・リヒテンブルク』の近隣の海に、魔力によって空に浮かんでいた島――――『スカイガーデン』が落下した。


 どうにも空の島の住民は落下に備えていたのか、建物も無事、人々も無事――――分かっている限りで死人は全く報告されていない。その奇妙な大事故に、私は足を踏み入れていた。


 あれだけの大事故があって死人ゼロなんて、全くの奇跡。何かがおかしいとしか思えない。奇妙なのは落下の原因が住民にも分かっていなかったということと、落下時に衝撃が殆ど無かったということ。当時のスカイガーデンは少なくとも――――地上から千メートル以上は離れていたのだから、何かが落下の衝撃を吸収したとしか思えないのだ。


 リヒテンブルクと僅かに被る位置にあったはずのスカイガーデンが、リヒテンブルクに激突しないで海に落ちたのもなんかおかしい。


「良いじゃないか。得意の召喚術で、家でも召喚したらいい」


「……あんたね。召喚士のこと何だと思ってんのよ」


「いや、真面目に。持ってきたぜ、良い情報。感謝しろよ、ノフィ」


「まじで!!」


 アンディが私のデスクに、写真を放った。……ツンツンとして刺さりそうな茶髪、無骨なゴーグル、カーキ色のジャケット。黒い指貫手袋をした、少し目つきの悪い男の全身だった。


 私は思わず、眉をひそめた。アンディは煙草に火を点けると、私のオフィスの窓を開けて、片肘をついて寄りかかった。……人の部屋で煙草を吸わないでよね。


「…………なにこれ。誰?」


 私の顔が面白かったのか、アンディは厭らしい笑みを浮かべて笑った。


「そいつは、『ラッツ・リチャード』。『ライジングサン・アカデミー』の第二十七期、首席卒業者だ。冒険者としての活動記録はほぼ皆無、属性ギルドに所属していた経緯もない」


「…………それで?」


「いくつか記録として残っているのが、『嘆きの山』のダンジョンマスター、『エンドレスウォール』を倒したってことだ。パーティー編成の記録はなく、一人で倒したものと思われる」


 全然、スカイガーデンの事件とどう繋がりがあるのか分からない。私は机に置いた眼鏡を掛け直して、アンディを睨んだ。


「できるわけないでしょ。冒険者バンクにパーティー届が出てないってだけよ」


「まあ、そうカリカリするなよ。それは俺には分からないが、『エンドレスウォール』のアイテムドロップに、『ゴールデンクリスタル』ってのがあるんだ。それを手にしていたのが彼だと、『ギルド・ソードマスター』のギルドリーダー、シルバード・ラルフレッドが証言している」


 私は腕を組んで、ため息をついた。


「シルバード・ラルフレッドとセントラル・シティで揉めた後、『サウス・レインボータウン』の冒険者バンクでアイテムの売買を行う。その後、『イースト・リヒテンブルク』の『アーチャートーナメント』で優勝する。弓士相手に優勝だ。属性ギルドにも所属していないのにさ」


「それで?」


「その後、数日もしないうちにラッツ・リチャードは行方不明になっているんだ。そして、その数日後に『スカイガーデン』の大事件が起きる」


 関連性が見えない。アンディを睨み付けると、アンディは苦笑していた。


「だから?」


「まあ、ここからが面白い所なんだって。聞けよ。元『ギルド・セイントシスター』のフィーナ・コフールもまた、この時間軸に『イースト・リヒテンブルク』の冒険者バンクで売買記録が残ってるんだ。『スカイガーデン』の事件後、彼女はどこに居たっけ?」


 私は、ゆらゆらと動かしていた椅子を止めた。アンディが今度は、楽しそうに笑う。


「――――『リンガデム・シティ』、『ウエスト・リンガデム』。セントラル・シティよりも更に西、ってことが言いたいの?」


「そう。何があったかは分からないが、本来普通に移動すりゃ軽く一週間は掛かる、セントラル大陸の西側、しかも一番西部の街に居た、っていう事実だ」


 確か、『ウエスト・リンガデム』で発見されたフィーナ・コフールは口を開く事が出来なくて、冒険者バンク繋がりでセントラル・シティまで送られた後、療養中だって聞いたような。


「……分かったわ。そのフィーナ・コフールと、この写真の彼が関係あるって言いたいのね?」


「ご名答。これも噂話でしかないんだが、フィーナ・コフールは写真の彼、ラッツにギルド脱退後、求婚したらしいって話だ。生まれも同じ、すぐそこの炭鉱街『ノース・ロッククライム』の出身で、片方は名家のお嬢様、片方は名無しのボンクラ。さぞ、このラッツって彼はフィーナを落とすのに苦労しただろうね」


「そんな話はマジどうでもいいわ。続き!」


「相手の居ないイイ歳のお姉さんに恋愛話はキツかったか……」


「続きを言えタコが!!」


 アンディは胸ポケットから携帯煙草を出し、火を消した。


「さて、フィーナ側から求婚したということで、ラブラブカップルになっていたと思われる二人の話なんだが。フィーナ・コフールが『ウエスト・リンガデム』で発見されて、口もきけない程の重症になってしまったのは、これじゃないかと思うんだ」


 ……いちいち話し方が癪に障るわね。


「さて、じゃあリヒテンブルクで、二人の身に何があったのかな? ……記録にはなけれど、すぐそこには当時、空に浮かんでいた『スカイガーデン』があった」


 だから何だって言うのよ。このゴーグル少年の経歴を調べた所で、スカイガーデン落下とは何の関係もない。


「ふーん。……はい、どうやってこの事件と、私をイラつかせる為だけに用意されたようなイチャコラ話を紐付ければ良いのかしらね?」


「怒るなよ、ノフィ。こいつが決定的な情報だ」


 そう言って、アンディは私に、ある場所の入退室記録を見せた。見たことがないフォーマット……冒険者バンクや街の宿屋なんかの情報は、私がいつも情報を入手しているから分かる。


 これは、それらの記録じゃない。私は席を立ち上がって、目の前で不適な笑みを浮かべているアンディ・ドーンを見詰めた。


「アンディ、これは――――本当? 『スカイゲート』の利用記録なんて、どうやって見付けてきたの?」


「気になったなら、調べてくるといい。『スカイガーデン没落事件』、何か良い情報があるといいな」



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