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超・初心者(スーパービギナー)の手引き  作者: くらげマシンガン
第二章 初心者と電波系マーメイドと空の島の秘宝
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B39 連続トラブルは週に一回どころじゃない

「<ホワイト・アンチドーテ>」


 フィーナが額に汗をしながらも、へたり込んだ俺に解毒の魔法を掛ける。<ホワイト・アンチドーテ>。解毒の他に、一部の魔物が使う呪い・呪縛系の魔法からも逃れる事ができる、聖職者の状態異常治癒魔法としてはかなりレベルの高い魔法だ。


 だが、俺の身体を襲う針のような痺れは治まることがなかった。ただ麻痺しているだけではなく、じわじわと俺の身体を気怠くさせていく。


 俺の顔を見て、歯を食い縛っていた。フィーナは続けて、俺に白い魔力を浴びせる。


「……<ハイ・ヒール>」


 フィーナお得意の、体力回復スキル。少しだけ気分は良くなるが、それで俺の毒が消える訳じゃない。一部の弱い菌などは自己治癒能力を高める事で治る場合もあるが、多くの毒は自己治癒能力で治らないから、死に至るまで苦しめられるのだ。


 身体を復元・再生させる『ルーンの涙』や、フィーナ程の実力がある聖職者なら、それに相当する……何だったかな、なんとかっていう魔法を使って、腕や足を切り落として復元させるという荒業もあるけれど――……


 俺は自分の身体を蝕んでいる、ガスピープルの毒を見た。


 手や足は緑色になっていて、所々血管が浮き出ている。既に足先・指先から侵食し、じわじわと首に迫っていた。


 全身が緑色になってから、どれだけの時間生きていられるのかは分からないが――――ガスピープルを倒してから、どのくらいだ。


 半日は間違いなく経っていない。ということは、少なくとも全身に毒が回って、身動きが取れなくなるまで半日以内、ということ。


 …………今日一日は、保たない。確実に。


 フィーナが俺の手を握り締め、涙を零した。


「――――治せません」


 ロイスも辛酸を嘗めるような表情で、俺とフィーナの様子を見ていた。フィーナは下唇を噛み、俺の隣に座り込んだ。……両手で、俺の緑色になった手を握り締めながら。


 麻痺してしまっているから、どれだけ力が入っているのか分からないが。その両手は、震えていた。


「あまり、触れ過ぎない方が良いよ。伝染しない保証がない」


 俺の言う事なんて、聞きゃしない。フィーナはかたかたと震えながら、深刻極まる表情で俺を見た。


「ごめんなさいっ…………私…………」


「いいよ、フィーナ。サンキューな。お前が居なけりゃそもそも今、俺は生きていないわけで」


 フィーナは俯いて、その顔を光の影に隠した。広場自体が元々暗いので、俯いてしまえばその顔を確認することは叶わない。


「…………支援職の仕事は、冒険者を生かすこと」


 でも、俺にはその時のフィーナがどんな顔をしているのか、手に取るように分かった。


「どうして肝心な時に、大切な人ひとり、助けられないの…………私は」


 現代に生きる俺達にとって、化石級に古めかしい魔物が使う毒の対処など、出来なくて当然だ。そもそも、毒系の技は時代が変わる毎に内容が変わり、進化していくもの。変化に合わせて叩くものだ。


 だから<ホワイト・アンチドーテ>にしたって、毒に対応する魔法公式・肉体への変化は、時を経るごとにどんどんと変わっている。要らなくなった魔法公式を消し、新たに追加していくのだ。


「待っていろ。今、私の記憶の中から、『ガスピープル』の毒に対応する魔法公式を思い出す」


 ゴボウが俺の背中で、そんな事を言った。


 そもそも、そんな事が出来るならお前は、俺に何も言わずに魔法公式を流し込んでくる所じゃないのか。事態は、一刻を争うんだぜ。


「……知らないんだろ? 本当は」


 小さく、舌打ちの音が聞こえた。


「……そうだ、知らないっ!! 知らないが、この状況で主を助けられるとしたら、私しか居ないではないかっ……!! 今、この神具の中で、魔法公式をいくつも書いているところだ!! 少しだけ待っていろ!!」


 声が、幼い少女のそれに戻っていた。この緊迫した状況では、誰も突っ込む者など居なかったが。


 ゴボウの中では今、魔族のゴボウが必死に何かをしているんだろうか。……その外観から、こいつが何をしているのかは分からないが。


「ラッツ、さん……」


 ロイスの言葉に、俺は力無い笑みを浮かべた。


 そのまま、広大な天井を見上げる。


 ――もう、満足に身体を動かす事が出来ない。意識を保っているのがやっとの状況で、冒険も何もあったものではない。かといって、トラップに嵌って潜り込んだダンジョンのような遺跡で、脱出する方法はまだ見付かっていない。


 俺はリュックから、思い出し草を取り出した。


 …………当然のように、思い出し草は効力を持っていない。なんとなく気付いてはいたけれど、この場所全体が魔力に満ちていて、半端な魔力による外部からの干渉や、内部から外部への干渉が出来ないようになっているのだ。


 …………第一、セントラルに帰った所で、元は鎖国していた空の島の、しかも化石級に珍しい魔物の毒なんて、治癒の仕方も分からないだろう。


「……はは」


 思わず、笑いが零れた。


 トラップ系のダンジョンではよくある事だけど、改めて身動き取れない状態でこうなると、背筋が寒くなる。


 手にしていた思い出し草を取り落とし、俺は震える指で、リュックから顔を出していたゴボウを引き抜いて、ロイスに渡した。


「ほれ。こいつ、連れて行ってやってくれよ。何かの助けにはなるだろ」


「……ラッツさん?」


 ロイスがゴボウを受け取り、目を白黒させていた。フィーナも、訳が分からないといった顔をしている。


 ……おいおい、大丈夫かよ。ロイスはともかく、フィーナは新米でもなんでもない。元セイントシスターのギルドリーダーが、そんな判断力じゃ困るぜ。


「分かるだろ、俺はここまでだ。このまま俺をどうにか運んだ所で、あと六時間もしないうちに死ぬのがオチだ。ここに置いて、出口を探せ」


 或いは、入るダンジョンの選択をミスした。或いは、自分が手に入れられるアイテムのレベルを見誤った。


 或いは、俺が自分の実力を過信していた。


 これが一番、大きかったかな。


「そんな……!! ラッツさん無しじゃ、この先のダンジョン攻略なんて無理ですよ!!」


 ロイスが俺を窘めるように、怒りの姿勢を見せた。……どちらかと言うと、ダンジョン攻略が無理だからと言うより、俺を捨てたくないという意思だろうな。


 少し、念を押さなければならないか。


「出来なきゃお前も死ぬだけだ。目え覚ませよ、ロイス。今この場で、俺が何の役に立つ」


「で、でも――……」


 俺は装着されていたゴーグルを外した。戦闘時にはいつも装着していた、俺のゴーグル。


 それを俺は、フィーナに握らせる。


「ここは『ダンジョン』で、俺達は『冒険者』。全員生還を目指して一人も生還出来なかったんじゃ、話にならないんだぜ」


 ロイスが俺から目を逸らして、苦い顔をした。そりゃ、そうだ。助からない人間をいつまで引っ張ったって、どうせ助からないのだから。それは見殺しにするのとは違う。


 別に、ここで置いて行くのは悪い事じゃない。セントラルの『冒険者の掟』にだって、そのように書いてある。


「嫌です」


 ふと、フィーナが俺の首に腕を回した。


「……フィーナ」


 なんで、こいつも俺を助ける派なんだよ。冒険者として何度もダンジョンに潜っているんだから、それくらい――……




「私は世界中が貴方の敵になっても、絶対に見捨てたりしません」




 ……きっぱりと、そう言われた。


 何でこんなに、俺の事を気に掛けるんだろうか。いや、これは最早執着と言っても過言では――……俺、何かしたかな。


 アカデミーでフィーナと関わった事なんて、殆ど無い。それより前の事なんて、殆ど覚えちゃいないのに。


「と、とにかく、ラッツさんを抱えて行きましょう。もしかしたら、解毒できる何かが見付かるかもしれませんし」


 ロイスがその場を誤魔化すように、そう言った。……そりゃ、何の解決にもなってないが。


 その、まあこれくらいやれば良いだろう、的な明らかに甘い考えが、思わぬ事故を招くことだって――――…………


 …………俺も、同じか。


 どうして、先頭を行った。この状況で、戦闘能力が一番高いのは俺だと過信したのか。何の根拠があって。


 フィーナなら、自分を守りながら様子を見てくる事が出来たかもしれない。ロイスなら、火力の高い一撃で戦闘を引っ繰り返せたかもしれない。


重複表現デプリケート・スタイル>の使えないこの状況で、一番実力不足なのは明らかに俺だったじゃないか。


 どうせ行くなら、フィーナを連れて行くべきだった。ロイスと違って近接戦闘が出来て小回りが利くから、少しはマシな戦闘が出来たかもしれない。


 この状況だって、想定できる事だっただろう。


 俺は、舐め過ぎなんだ。


 ダンジョンも。


 ――――人間関係も。


「……フィーナさん。……何か、変な音がしませんか」


 ロイスが何かに気付いたかのように、立ち上がって背後に振り返った。ゴボウを再び俺のリュックに差し込み、代わりに自身の背負っている弓を手に取る。


 フィーナも顔を上げて、不安気な様子で辺りを見回した。……特に、何も聞こえないが。


 俺の耳は既に馬鹿になっているかもしれない。フィーナやロイスの声も、少しくぐもったように聞こえる。


「……確かに、聞こえますわね」


 何だ……? 少しずつだが、俺にもその音が聞こえ始めた。超音波のように高く、そして耳障りな音だった。


 ――――いや、これは、声、だ。


「まずい……これは、まずいぞ……」


 ゴボウがそう言うんだから、それは大層まずいんだろう。


 フィーナが<シャイン>を使って照らしている空間の端に、灰色の煙が現れた。俺が戦ったものと同じ、ガスピープルだ。その顔は怒りに満ちている――……


 数が多い。一、二、三…………軽く見積もっても、二十体は居そうだ。その中心には、他と違って赤い煙を漂わせる――――巨大な、中年女の姿をしたガスピープル。


 ゴボウが小さく、呟いた。


「『ガスクイーン』だと……『ノーマインド』の魔物を生み出す魔法公式は、人知れずそんなものまで創り出していたのか……」


 その時、思い出した。


 初めに俺の前に現れたガスピープルは、三体。


 俺が倒して獲得した、煙玉のような妙なアイテムは、二つ。


「……そうか」


 そうか。


 逃げられていたか。


 渾身の一撃、だったんだけどなあ…………


「フィーナさん!! すいません、援護をお願いします!!」


 ロイスが弓を前に、構えた。フィーナは青い顔をして、震えている。……どうしたんだよ、こいつ。お化けがそんなに怖いのかよ。そんな事言ってる場合じゃないだろ。


 こいつは、魔物なのに。


「……は、はい……」


「<トリプルアクション>!! <ホークアイ>!!」


 ロイスが幾つも下げている矢筒のうち、一つを選択した。蓋を開いて、矢を弓に添える――『魔法式の矢』だ。殺傷能力を殆ど持たない代わりに、魔力を上げる効果を持つもの――――なるほど。物理攻撃の効かない相手だと、初めから決めて掛かったか。


「<ライトニング・アロー>!!」


 何体も飛び交っているガスピープルに向けて、ロイスが構えた矢は一本じゃない。指の間に何本も構え、更に流れるように矢筒へ――……


「――の、<ガトリング・アロー>!!」


 恐るべき速度の、<ライトニング・アロー>の乱射。その速度はかなりのもので、ガスピープルは為す術もなくロイスに撃ち抜かれていく。


 ガスピープルは消滅寸前に、奇声を上げて去っていく。……別に何も起きないが、精神衛生上あまりよろしくない。


「KYAAAAAAAAAAAA――――!!」


 すげえな。俺が<強化爆撃イオン>の最大火力まで持ち出して、どうにか倒したガスピープル。ロイスはそいつを、上級スキルの乱射で葬っていく。それも、確実に。


 ロイスは小手先の威力でスキルを放ったりしない。火力が一段階上の<シャイニング・アロー>を敢えて使わないのは、溜めの時間が無いからだろう――普通は、<ライトニング・アロー>を撃つのにもそれなりの溜めを必要とするものだが。


 ロイスはそれを、さも当然のように連射している。


 ガスピープルは後から次々と登場し、登場してはロイスの<ライトニング・アロー>に貫かれて消えていく。だが、光の影から無数にガスピープルは襲い掛かってくる――……まるでゲームか何かのようだ。初めは余裕だったロイスも、全速力の<ガトリング・アロー>をいつまでも続けているのは苦痛らしく、少しずつその回転速度が鈍っていく。


「…………くっ……フィーナさん、すいません!! <サンクチュアリ>をください!!」


「あっ……!? <サンクチュアリ>!!」


 遅れて、フィーナが防御結界<サンクチュアリ>を繰り出し、俺とロイスを含む三名を魔力で取り囲んだ。


 流石のガスピープルも、聖職者の防御結界を突破することは難しいらしい。そりゃ、そうだ。かのエンドレスウォールでさえ、一撃では壊せなかったのだから。


 ロイスがほっと一息ついて、くたびれたと思われる両手を何度も振っていた。


 しかし……フィーナの様子がおかしい。ぼろぼろと泣き止む事なく涙を零し続け、戦闘への対処も遅れている。


 きょろきょろと辺りを見回し、何かを探しているようだった。……馬鹿な。何をしているんだ……!!


「……大丈夫です。この程度の魔物なら、僕でも――……」


 瞬間、ロイスの身体が硬直した。向こう側に居る――『ガスクイーン』とゴボウが呼んでいた――親玉と思われる赤い魔物が、ロイスを睨んでいた。……おそらく、仲間を何体も葬られたからだろう。


 強烈な殺気を放っている。ガスピープルは何処まで行ってもお遊びという雰囲気だったが、こいつは別だ。その実力は『ダンジョンマスター』くらいのものだと思っておいた方が良いのだろうか。


 ロイスはすぐに弓を構え直し、喉を鳴らした。


「……気圧されたらそれまでだ。……恐れるな」


 自分に、言い聞かせているようだった。


 ガンドラ・サムと俺との一戦は、ロイスに何らかの変化を与えただろうか。


 ロイスは別の矢筒に手を伸ばし、矢を取り出した。取り出したのは――――なんだ? 見たことがない――……先端が丸く、取り出すと手毬のように弾んだ。


 それを構え、ロイスは歯を食い縛った。


「ラッツさん……!! 生きて、帰りましょう……全員!!」


 そう言って、ロイスは弓を構えた。



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