A04 魔物使いをはじめよう
とりあえず、瀕死のリザードマンからゴボウを引き抜くのが嫌だった俺は、消滅を待ってからアイテムドロップをゲット。ゴボウの言う通りに『思い出し草』を使い、冒険者バンクの入り口まで戻った。
『リザードマンの肉』って、何かに使えるんだろうか。
両腕が翼になっているハーピィをセントラル・シティでおおっぴらに徘徊させる訳にはいかないので、俺はいつも着ているカーキ色のジャケットをハーピィの娘に巻き付けた。
自分がやっている事が正しいのかどうかも分からないまま、娘を抱き上げて一直線に宿へと帰ったのだった。
一本の、ゴボウと共に。
「くそっ。パペミントなら兎も角、魔力回復系の『カモーテル』は高いんだよなあ」
俺は言いながら、十本ほど購入したカモーテルの瓶を左から開封していった。ベッドに寝かせたハーピィの娘は、血が足りないためか唇を紫にして、既に瀕死寸前。喋る事すらままならないようだ。
「<ヒール>!!」
最大出力の<ヒール>を浴びせて、すぐにカモーテルを飲む。初心者の俺じゃあすぐに魔力を枯らしてしまう。
「<ヒール>!! <ヒール>!! <ヒール>!! <ヒール>!! <ヒール>!!」
……おお、ちょっと傷が塞がってきたぞ。こんな低級魔法でも、乱発すれば案外どうにかなるもんじゃないか。
「<ヒール>!! <ヒール>!! <ヒール>!! <ヒール>!! <ヒール>!!」
一瞬にして無くなったカモーテルをもう一本。もう一本と、消費していく。
俺、<ヒール>乱舞。
栄養ドリンクばりにカモーテルを飲み漁り、魔法を放つその姿は、さながらアカデミーの入学試験を受ける寸前で必死にガリ勉している受験生のようだ。
「<ヒール>!! <ヒール>!! <ヒール>!!」
……もう、買い漁ったカモーテルが無くなってしまった。カモーテルは一本二百セル。魔力回復薬の中では一番安い代物だけど、パペミント八十セルに比べると値段に二倍強の違いがある。
宿代が一万だから、なけなしの金を突っ込んだんだけど……。
やっぱり足が生えてくる事は無かったけれど、とりあえず傷は塞がった。まあ、自己治癒能力を高めるパペミントとか<ヒール>の類じゃあ、そもそも駄目なんだよな。
『ルーンの涙』は自己治癒能力じゃなくて『身体の復元』だから、使えば失われた足も生えてくるのだ。劇薬だけど。
俺はハーピィの娘を起こして、マグカップを近付けた。
「ほら、スープ。飲みなよ」
宿の下にあるスープバーから取ってきたのだ。疲弊はしているが体調は幾らか回復した様子のハーピィが、薄っすらと微笑む。
「はい。ありがとうございます……」
元気はないけど、喋れるようにはなったか。ゆっくり休めば、足は戻らなくとも体力は回復するかな。
しかし、このハーピィ。よく見れば翼は折れているみたいだし、そこら中傷だらけだ。こんな状態になったら、普通は光の粒になって消えていてもおかしくない。
ダンジョンに居た他の魔物――例えば、リザードマンとか――と比べたって、存在感が有り過ぎる。生きている、と表現するべきなのか……奇妙と言ってもいい。
俺が見て来た魔物とは、何かが違う。
あまりにも不自然な、この状況。俺は何とも複雑な気分になったが、ハーピィの娘に問い掛けてみる事にした。
「なんで、あんな所で倒れていたんだ?」
ハーピィは翼の先にある手でマグカップを持ち、俯いた。
「……実は私、とある事情であの場所に居まして。そしたら、リザードマンの狩場に入ってしまっていたみたいで」
「とある事情?」
「……人を、探して」
まあ、誰を探していたのかを敢えて聞くような事でもないか。俺はそう思い、俯くハーピィにその先を聞かない事にした。
リザードマンの狩場に、ついうっかり入ったハーピィ。足を千切られる程に、油断していたのだろうか。
そんなにも、大切な人を探していたのか。
「もしかしたら、もうあの場所には居ないかもしれないんですけど……」
「でも、そこしか当てがなかったってとこか?」
カーテンを閉めた暗がりの中では、ランプの光くらいしか彼女を確認する事ができない。だが、彼女は頷いた。
なんとまあ、可哀想に。そりゃ、リザードマンからすれば滅多に出会えない獲物かもしれないな。胸もでかいし……
「まー、俺は別に食ったりしないからさ。ゆっくり傷を治してから出て行くと良いよ。……その間に、ちょっと何枚か羽を貰えれば」
ハーピィの羽、一枚七千セルだっけ。二枚あれば、宿代と飯代が出るんだよな。そう、これは交換条件だ。俺は彼女の傷を治す。その代わりに、彼女は俺がここに住むだけの必要資金を出す。
「は、はいっ。勿論です、いくらでも!!」
爪を利用し、彼女は羽を毟る。
「……痛っ」
引き抜く瞬間、翼の地肌が見える。……なんか、ものすごく痛そうな顔をしている。人間の髪を引っこ抜く行為とは少しレベルが違いそうな雰囲気だ。
にも関わらず、彼女は何枚も羽を毟りだした。……うわあ、ちょっと待って。俺がまるで虐めてるみたいじゃないか。
「ちょっと、ちょっとストップ!! もういい、もういいから!!」
俺がそう言って彼女の腕――と言えば良いのか翼の先端と言えばいいのか、もう腕でいいや。腕を掴むと、彼女は涙目で微笑んだ。
「命を助けて頂いたのに、羽の一枚や二枚、どうということはありません」
いや、良いよそういう我が身を捨てるみたいなの良いから。俺、自己犠牲と歯医者はこの世で一番嫌いだから。
「……元々、飛べませんし」
ああ、やばい。ちょっと泣きそうになってる。これは駄目だ。魔物とはいえ、こんな幼気な女の子の涙は胸に痛い。
……あれ? 既に俺、魅了されてる? ……いや、魔法を使われた気配はないけど。
俺はハーピィの娘の両腕を握り締めると、頷いた。
「とりあえず羽と足は治してやるから、そんなに泣きそうな顔すんな。……な?」
ぶわ、とハーピィの娘から涙が溢れた――――ってええ!? なんで!?
「あ、ありがとうございますっ……。私には恩人様が神様のように見えますっ……」
なんだ、嬉し泣きかよ。びっくりした。
まいったな。どうにも、懐かれてしまったようだ。街に魔物を連れ込んでいる事がバレたら、あまり……かなり、宜しくないんだけども。
頭を掻いて、しかし如何にも解決できない状況に困惑した。
「恩人様じゃないよ、俺はラッツ。ラッツ・リチャード。あんたは?」
「……フルリュ。フルリュ・イリイィと申します」
魔物に名前があるというのも、聞いた事がない。もっと動物的で、野性的なものかと思っていた。
「フルリュ・イリーね。覚えたぞ」
「いえ、イリイィです」
「…………イリー?」
「イリイィです」
違いがさっぱり分からん。フルリュってのもまた、舌噛みそうだし……ハーピィの特徴なのだろうか。
しかし、ついに俺にも金髪巨乳の側近が出来たか。やっぱりハーピィといったら色白の金髪だよね。俺の個人的見解として。……まあ、傷が治るまでの話なんだけどね。
「じゃあ、これからよろしくな、フリュリュ」
「はいっ!! よろしくお願いします、ラッツ様!! ……あと、フルリュです」
噛んだだけだよ!!
俺は微笑むことで、一先ず噛んだ件を曖昧にした。
「主、私の事を無視しないで欲しいのだが」
あと、ゴボウのことを。
「るっせーよ!! 何でゴボウが喋ってんだっていうか当然のように部屋に入って来てんじゃねえ!!」
「主が入れたのだが」
なんとまあ、ああ言えばこう言うなゴボウだ。いや、これは完全に俺が言い掛かりを付けているだけだが。
この喋るゴボウ、何故か俺の事を『主』と呼び、どうにも妙ちくりんな話し方で接してくる。一体何者なのかも分からないが、ただのゴボウでないことだけは確かだ。
「そろそろ、私の話を聞いて貰いたいと思ってな。私も色々考えたが、主ならばこの使命を任せられると思うのだ」
まあ、喋る以上は話を聞いてやらんでもないか。くそ、このゴボウさえ居なければ俺は巨乳ハーピィとキャッキャウフフな遊び人的生活を送っていた筈だったのに……
前言撤回。金が無いから遊び人は無理。
「まず、お前は何なんだよ」
「私は『神具』だ。ゴボウではない」
……俺は首を傾げた。
「寝具?」
「ニュアンスが違う……寝床の事ではない。『神具』とは、各ダンジョンに保管された、特殊な能力を持つアイテムの事だ」
特殊な能力? ……ということは、このゴボウにも何か特殊な能力があるということか。
「嘗て、魔王が封印されし頃――……」
なんかゴボウが語り出した。
あ、そうだ。とりあえずフルリュに貰った羽を換金して、明日の予定を立てないと、だよな。フルリュを治すためには、『ルーンの涙』が必要な事も分かった事だし。
俺は立ち上がり、冒険者アカデミーに通っていた頃の茶色いフード付きローブを二着、リュックから取り出した。一着はフルリュの翼と右足を隠すためのものだ。
そして、もう一着は初心者装備を隠すための俺のもの。
フルリュは俺を見て、目をぱちくりとさせた。大きな瞳と長い睫毛。やっぱり、ハーピィの種族は顔の形が整っている。エメラルドグリーンの瞳も俺好みだ。
思わず、髪を撫でてしまった。
「……えへへ」
あ、照れてる。いやあ、可愛いなー。
「こっ、こらっ。嘗て、魔王が封印されし頃にだな」
「フルリュ、とりあえず明日の朝食を確保しに街へ出掛けようと思うんだけど、フルリュも来るか? 疲れてるなら、ここで休んでもいいし」
フルリュは俺の手を掴むと、頬を赤らめて俯いた。
「……あの、……ラッツ様がご迷惑でなければ……独りは怖いので、連れて行って頂けると……」
なんだろう、この可愛い生き物は。神か。何処ぞのゴボウよりはずっと神具っぽい。しかし、フルリュは歩く事ができない。こんな事なら、商人用の台車を奨学金が残っているうちに買っておくべきだっただろうか。
待てよ。そういえば、商人用の台車って安いものなら一万セルかそこらで買えるんじゃなかったっけ。俺の手には、フルリュの羽が何枚かある。
「主よ!! 鳥娘も、私の言うことを聞け!!」
「それじゃあ、まずはお前を乗せる車を買いに行こう。ほら」
俺の背中に、フルリュがしなだれかかってくる。いや、背負うだけなんだけども。
――――うおお、フルボリューム。これが美少女おんぶの醍醐味ですよね……しかもハーピィだからなのか、異様に軽い。これならフルリュを背負って街を歩いても、全然問題にはならなさそうだ。
でもまあ、両手が使えないと困るから台車は買いに行こう。しっかり堪能してから。
「嘗て、まうぉっ――――」
俺は喋るゴボウを尻ポケットに突っ込んだ。
○
街に繰り出すと、ゴボウは大人しくなった。どうやら、自分が話せる事は他の人間に知られる訳にはいかないらしい。俺はフルリュを背負いながら、ドーナツ状の通りをゆっくりと歩いていく。
さて、まずは冒険者バンクだ。ホテル・アイエヌエヌは冒険者バンクにとても近い。というか、目と鼻の先なのである。
冒険者バンクに入ると、初期講習の帰りと思わしき輩が中にはごった返していた。やばいやばい……。フルリュの姿がバレないように、あんまり目立たないようにしないとな……。
背負ったフルリュの背中を盾に、俺はコソコソと隠れて動いた。
「あのー、すんません、『ハーピィの羽』採集イベント受けた奴ですけど……」
そう言って、俺は受付の……今度は男か。男性にミッションバッヂを渡した。バッヂと一緒に、フルリュの羽を手渡す。
「……随分と難しいミッションをソロで受けたものだな」
え? そうなのか? まあ、俺はハーピィと戦った訳じゃないしな。背中のフルリュが、フードの隙間から辺りの様子を伺っている。
男はフルリュを一瞥すると、面白くなさそうに鼻を鳴らした。黙って俺に二万八千セルを手渡すと、すぐに背を向ける。
「……怪我人はあまり動かさない方がいい。特に、女ならな。レオ・ホーンドルフ」
そういや俺って、レオの名前を使ってミッションを受けてたんだっけ。すまんな、レオ。ギルド・ソードマスターの親方に怒られても見逃してくれ。
しかし、ローブの上からでも怪我人って分かるもんなのか。すごいな……。このおっさん、何者なんだろう。
とりあえずこれで、明日の宿代を差し引いても商人用の台車が買いに行けるぞ。フルリュを移動させるのには苦労しないかな。
俺は受付のおっさんに背を向け、冒険者バンクを出ようとした――……
「はい、ハーピィの羽採集イベントね!」
――――声がして、思わず振り返ってしまった。
あの衣装――ギルド・ソードマスターの一員だろう。属性ギルドは人員が多いから、幾つかのパーティーに別れてダンジョン攻略をするって聞いたことがある。後ろで黙って立っている赤髪の男は――レオじゃないか。
パーティーリーダーと思わしき茶髪のいけ好かない男は、両手に有り余る程のハーピィの羽を持っていた。……なんだ、あの量は。消滅した時のアイテムドロップでは、精々一枚か二枚くらいだと思うけど……
背中のフルリュが、息を潜めて震えている。レオも唇を真一文字に結んで、あまり面白く無さそうな顔をしているし……
「……随分と大量に狩ったもんだな。ミッションの規定は十枚程度と書いてあった筈だが」
「沢山あるに越したことは無いでしょう? 大は小を兼ねるって言うし」
「……換金しよう」
事務作業を黙々とこなしていく受付のおっさんを横目に、俺はそそくさと冒険者バンクから出た。