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超・初心者(スーパービギナー)の手引き  作者: くらげマシンガン
第二章 初心者と電波系マーメイドと空の島の秘宝
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B38 巨大な天空の地下都市、跡地にて

 緑色の光に包まれ、俺の視界が反転する。宙に舞ったような奇妙な感覚と、身体が別のどこかに運ばれる感覚があった。


 どうにも、慣れない感覚だ。フィーナの<マークテレポート>や、思い出し草を使う時もそうだけれど――高速移動する乗り物に乗っているようで、気分が悪くなる。


 運ばれた肉体は、移動先の魔法陣の上に転移する。先が無ければ移動は失敗するから、少なくとも魔法陣は生きていたということだ。


 基本的に移動系の魔法はどのような形であれ、移動先にマーキングしなければ移動することができない。一度も行ったことの無い場所には移動出来ない、ということだ。


 ということは、移動先のマーキングが無くなっていたり、或いは既に機能しなくなっていたりという事があると、移動そのものに失敗するのだ。


 俺の身体があの場所から消えた時点で、先は既にあった――――


 さて。


 俺はすぐにリュックから初心者用ナイフを二本取り出し、身を屈めた。


「<ホワイトニング>!! <キャットウォーク>!!」


 必要最低限、自分に付与しなければならない魔法を使う。出現先の魔法陣に自分の身体が乗った瞬間、俺はナイフをロングソードのように振り抜いた。


「<ソニックブレイド>!!」


 魔法陣から離れ、対象物目掛けて一直線に移動する。手応えは――――ない。


 軽く舌打ちをして、ナイフをリュックに戻した。取り出したのは、初心者用ステッキ。姿形を持たない、ミスト系の魔物だ。この手の魔物に対抗するには、物理攻撃では駄目だ。


「<マジックオーラ>!!」


 幾重にも重なった、灰色の煙のような魔物。とてつもなく広い空間に揺らめくように動いたそれは、俺目掛けて朧気に見える腕を振るった。


 出会った事も戦った事も無いけれど、こいつは確か廃墟系のダンジョンに登場する魔物、『ガスピープル』だ。はっきりとした実体を持たず、冒険者を襲う魔物――――直近のダンジョンでは存在せず、もう現れる事もないと魔物学者が雄弁に語っていた。


 魔物図鑑に載るくらいの、化石級に古い魔物だ。


 何故か、こんな所にいた――……


「<レッドトーテム>!!」


 地面から掘り起こすように中指を動かし、俺の目の前に火柱を出現させる。すり抜けるように火柱を回避し、ガスピープルは宙を舞った。嘲笑うかのように、何もせずに空中を遊泳する。


 ……くそ。実体を持たない魔物なんて、アカデミーの基本戦闘にあるわけがない。そもそもが希少種――戦った冒険者の方が少ないくらいだ。


 ステッキを咥え、両手に魔力を展開した。空を舞っているガスピープルの数は――三体か。


 両手に作り出したのは、限られた俺の魔力で連発できる程度の火球だ。


「<レッドボール>!! <レッドボール>!! <レッドボール>!!」


 ガスピープル目掛けて、それぞれ火球を投げ付ける。まるで何事も無かったかのように、それを避けようとするが――俺は口に咥えていたステッキを再び握り直し、振り翳した。


「<強化爆撃イオン>!!」


 投げ付けた火球は爆発し、近くを遊泳しているガスピープルを巻き込んでいく。冒険者と戦い慣れている気配があった。それでも、俺オリジナルの技であれば見たことはないから、避けるのは難しい筈――その読みは、当たったようだった。


 ……ふう。ひとまず、危機は脱しただろうか。俺は溜め息をついて、リュックにステッキを戻した。




「まだだ、主よ!! まだ生きている!!」




 ゴボウが叫んだ瞬間、俺はその場から飛び退くように離れた。リュックからゴーグルを取り出し、自身に装着する。


 こんな暗い場所じゃあ、ガスピープルを捉えるのは無理か? 煙状で僅かに発光しているが、よく考えてみればその身体から完全に光を消す事も可能なのではないか。


 そう思った俺は、左手に魔力を展開。すぐに、基礎魔法を発動した。


「<ライト>!!」


 他人の明かりに頼っている状況ではない。魔法陣から出現してすぐに襲われたから、まだ頭が付いて行っていないのだ。


 俺は光を出現させ、すぐに辺りを確認――――


「――――えっ」


 目の前に、灰色の煙に包まれたような、男の姿があった。


 その顔は、怒りに満ちていた。


 背筋が凍った。こんな至近距離じゃあ、ガスピープルの攻撃を避ける事ができない――いや、実体が無いのだ。<パリィ>は使えない。<ブルーカーテン>は距離が近すぎる。


 だが、


 ――だが、


 囲まれているのだ。


 容赦なく、ガスピープルは両手を突き出し、俺に触れた。見れば、ガスピープルの光は弱まっている。僅かに身体が小さくなっている様子もあった。<強化爆撃イオン>の攻撃が効いたせいで、ガスピープルの体力が削られたのだ。


 煙の発光は、体力とイコールなのかもしれない――……くそ、知らなければそんな事は分からない。


 間もなくして、俺の身体はガスピープルの煙に包まれた。


「ひぇっひぇっひぇ」


「ひひひ?」


「HIHIAAA」


 ……何を言ってるのか、全然分からない。三体のガスピープルは俺を取り囲み、何かを相談しているように見えた。……楽しそうで、厭らしい笑みだ。


「息を止めろ、主よ!! ガスピープルの身体は猛毒だ!!」


 俺は呼吸を止め、両手で口を押さえる。あえて身体を重ねてくるのは、その身体が攻撃手段になっている証拠だ。だが、当然逃げても追い掛けてくるだろう。フラフラ空中を泳いでいるように見えて、結構なスピードだ。今の俺では――……


 くそ。少し、吸っちまった。


 やばい。


 やばい。


 心臓が早鐘を打ち、全身から嫌な汗が出てくる。酸欠になった脳がパニックを起こし、俺の精神力を更に削っていく。


 どうする? どうすりゃいい。物理攻撃は効かない、効くのは魔法攻撃――だが反応が速すぎて、<レッドボール>なんか掠りもしなかった。


 効いたのは、相手の意表を突いた爆撃。……だけど、こんな至近距離ではそれも――……


 ――――このままじゃ、どうせ死ぬ。


 全身が総毛立つのと同時に、俺は目を見開いた。震える両手の中指を起こし、俺はそれを発動させる。


「<レッドトーテム>ッ……!!」


 出現させたのは、まるで俺を取り囲むように出現させた火柱。ガスピープルが俺の行動に何事かと周囲を見回した。……どうだ、これなら逃げ場はあるまい。


 どれくらいの爆発なら、耐えられるだろうか。思いながら、頭を抱えて身を小さくする。リュックを前に抱え、爆風を受けないようにした。


 ガスピープルが上空の逃げ道を発見する前に、俺は魔法を発動させる。


「<強化爆撃イオン>」


 自身が出現させたその爆撃に、意識が飛ぶ。


 どれだけスキルを持っていても、俺にはガンドラ・サムのような体力も、フィーナ・コフールのような魔力も持ち併せてはいない。こういう戦い方は、そもそもやってはいけないのだ。


 身を焼かれる痛みに歯を食い縛り、固く目を閉じた。程なくして、耳をつんざくような叫び声が聞こえてくる。


「KYAAAAAAAAAAAA!!」


 それは、ガスピープルがやられる時の叫び声なのだと、俺は声が消えてから理解した。


 俺の周囲に、ガスピープルのドロップアイテムが浮かんだ。既にその場から動くことが出来ない俺は、僅かに目を開いてそれを見る。


 ……なんだ、こりゃあ。煙玉……? 煙玉が、二つ……駄目だ、もう意識が……


「大丈夫か!? 主よ、ガスピープルはもういない!! 目を覚ませ!!」


 すう、と吸い込まれるように目が閉じられていく。<ヒール>を掛ける余力もなく、俺は横向きに崩れ落ちた。


 ダンジョンのトラップで冒険者が死ぬことはよくあることだが、まさか化石レベルの魔物が出てくるとは。


 くそ。しくじった――――…………


「<ハイ・ヒール>!!」


 暖かい光に包まれ、俺の体力は急激に回復した。すぐに目を開き、起き上がる。全身を襲っていた火傷も、傷が塞がったようだ。


 顔を上げると、見慣れたピンクのシスター服を着た聖職者が、微笑を浮かべて俺を見下ろした。


「フィーナ……? なんで……」


 俺の問いかけに、フィーナはにっこりと笑って答えた。


「約束通りに五分が経過したので、死んだ想定で助けに参りました」


 ……何を言っているんだ、こいつは。俺は死んだ想定で、別の出口を探せって言ったんだぞ。苦い顔をしたが、それ以上にフィーナに助けられた。


 なんだか、いつも最終的に、この娘には助けられてばかりだ。


「……助かった、ありがとう」


 身体の傷は回復したけど、服はボロボロになってしまった。カーキ色のジャケットは買い換えなければならないだろうか。……くそ。お気に入りだったのに。


 フィーナは俺の隣に周り、俺の腕を掴んだ。その状態のまま、俺に行き止まりの部屋に繋がる魔法陣を指差した。


「さあ、元の部屋にロイスさんが待機しています。戻りましょう」


「……ん? ああ……」


 頷いたが、フィーナは動く気配がない。俺が第一歩を踏み出すと、フィーナも俺に合わせて歩き出した。




 ○




 今の現在地が、一体セントラル大陸上の何処に位置するのか――若しくは、セントラルの監視下ですらないのか。それは分からなかった。


 ロイスと合流し、再びガスピープルと戦った場所まで戻って来た俺達は、その場をフィーナの魔法<シャイン>で照らし、様子を伺った。


 どうやら、この場所は途方も無い地下の大空洞になっているようだった。それもその筈、この辺りのエリゼーサを始めとする空の島『スカイガーデン』では、街の上空に天井を用意するのだ。外側からは天井に見えるが、内側からは透けて見えるようになっている。


 ここが地下であると断定できるのは、その天井の遥か上に見えるものが、空ではなく地面――即ち、土になっていたという事からだった。


「ということは、先住民族マウロの時代から、既に人々は今の生活だった、ということですか」


 ロイスが民家の壁にもたれて水を飲みながら、そう問い掛けた。その問いには、ゴボウが答える。


「少なくとも、私の知っているマウロの情報では――私の知っている時代の空の島では、そのようになっていた」


「じゃあ、ここは本当にマウロの遺跡――……」


「ダンジョンだ」


 ロイスとゴボウの会話に、口を挟んだ。俺は手にしていた煙玉のようなアイテムを軽く投げ、ロイスとフィーナに見せた。


「……まあ、少なくともダンジョン気質のある魔物が混じっているのは間違いない。ササナのように、心を持った『魔族』じゃなかった」


 俺の言葉に、フィーナが怪訝な顔をした。


「『ムグリ』の時も仰っていましたけれど――その、『魔物』と『魔族』の違いというのは、何なんですか?」


「どうやら、俺達の知ってるダンジョンに住まう『魔物』と、本来の『魔族』ってのは違うらしい。『魔物』ってのは、見境なく人を襲うように作られた仮の存在、なんだとさ」


 フィーナは混乱しているようで、俺の腕に抱き付いたまま頭に疑問符を浮かべていた。……まあ、そうだろうな。飲み込むのには時間も掛かるだろう。


「まあ、今はいいよ。普段戦ってる魔物と、フルリュやササナみたいな奴らは違う存在なんだ、ってことで」


「…………まあ、後でじっくり聞かせてください」


「で、だ。俺がさっき戦った魔物は、消滅してアイテムをドロップした。ということはつまり、ここは『ダンジョン』である可能性が高く、ダンジョンと同じタイプの魔物が出現したということも確証がある、ってことだ」


 俺の言葉に、ロイスが慌て出した。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。『先住民族マウロ』の遺跡がダンジョンってことは無いと思います。彼等は人間なんでしょう?」


「……どういうことなんだ?」


 俺はリュックからゴボウを引き抜いて、前に出した。ゴボウは悩んでいたようで、暫くの間は無言でいたが――――…………程なくして、口を開いた。


「この場所そのものがダンジョンなのではなく、近くのダンジョンから流出した魔物がこの場所に住み着いた、というのが妥当な所だろう。先程見た言語からしても、ここが先住民族マウロの遺跡であることは間違いようもない――おそらく、トラップのように巻き込まれた人間達はここからついに脱出できず、ダンジョンも遺跡も、誰にも発見されなかったのだろう」


 ……それだけ、強い魔物も潜んでいるってことだ。――――いや、それ以前に。


 俺は緊張に、思わず喉を鳴らした。


「ゴボウよ、まさかとは思うけどさ――――その、どこからか流出した魔物とやらが強過ぎたせいで、『先住民族マウロ』が絶滅したってことは……」


「文献はない。情報がない。従って、否定も肯定もできないな」


 …………冗談じゃないぜ。


 まあ何にしても、ここから脱出しなければならないのは間違いが無さそうだ。俺は辺りを見回した。フィーナの<シャイン>である程度照らされているが、それでも広い街だ。


 今までに脱出に成功した人間は居ない。危険な場所だとは言われているが、どこが危険かも分からないからバリケードが手薄だったんだ。


 だって、危険に遭遇した奴は今までに漏れなく骨になってんだからな。


「……とにかく、散策してみようぜ。何か解決のいとぐちがあるかもしれない」


 そうだ。希望を捨てるな。


 俺は歩き出そうと、第一歩を踏み出して――――


 そして、その場に前のめりに倒れた。慌てて、俺の腕を掴んでいたフィーナが俺の身体を支える。


「ラッツさん!?」


 ……あれ。なんだろう、身体がうまく動かない。


 フィーナが青い顔をして、俺を見詰めた。


「ラッツさん……!! 身体が……緑色に……!!」


 ――――えっ。



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