B34 強化爆撃(イオン)の底力
俺が決勝トーナメントの時に使うと決めていた矢が二種類。ひとつは、リトル・フィーガード戦でも見せた、『鉛の矢』。殺傷能力よりも打撃系の威力を重視した矢で、一本の重量がかなりあるもの。
そしてもうひとつは、ターゲットに矢が接触すると起爆する、『爆撃の矢』。それを取り出しながら、俺はロイスの言っていた言葉について、心当たりがあることを思い出した。
ロイスのフルネームは、ロイス・クレイユ。アカデミー時代に俺の先輩に、レイ・クレイユという弓の名士が居たことを、思い出したのだ。
一体ロイスがどのアカデミーに通っていたのか、それは分からない。だが、俺の知る限りでは『ライジングサン・アカデミー』ではない。そして、『ライジングサン・アカデミー』は冒険者アカデミーきっての名門校だ。
その記憶から、ある二つの推測を俺は立てることができた。
まず、ロイス・クレイユは少なくとも『ライジングサン・アカデミー』に入れなかった逸材だ、ということ。そして、おそらくロイスの兄と思われる、レイ・クレイユは『ライジングサン・アカデミー』に入れたという事実だ。
『クレイユ家の落ちこぼれ』には、なりたくない。
つまり、ロイスはクレイユ家の落ちこぼれ扱いを、されているのではないか。
ガンドラの反撃を俺は小さく横に逸れる事で避け、返しに一発。貴重な『爆撃の矢』を、ガンドラに向けて放った。
「<レッド・アロー>!!」
炎を纏った矢は一直線にガンドラを目指し、そしてガンドラに被弾する。やはり――受けるのは得意だが、避けるのは苦手といった様子だ。防御の薄い他のパーティーメンバーの代わりとして、一手に相手の攻撃を喰らう。典型的な前衛タイプ――弓士としちゃ、異色すぎる。
ロイスは自分の<シャイニング・アロー>を受け切られた事に怯えを感じていた。でも、こいつはそもそも避けるタイプの冒険者じゃない。
ということは、それ以上の手数、攻撃力で押さなければ駄目なんだ。怯んでいたら話にならない。
ガンドラに被弾した『爆撃の矢』はその名の通りに爆発し、周囲を巻き込む――――こんなものは、ほんの小手調べだ。ロイスの<シャイニング・アロー>には全く敵わない火力。これでも、矢の中では最大級の火力を誇る。
いかに弓士が弓を使うのに慣れているか、という話だ。それ単体では攻撃力として役に立たない――俺が密かに買っておいた『爆撃の矢』は、残り一本。
さて、どうやってガンドラの超鉄壁を崩すか、という話だが。
俺は控えの席に座っている、ロイスを一瞥した。
「<イーグルアイ>」
ガンドラはどこかのタイミングで、俺に向かって突っ込んでくる。自分が煙の中に居ることを利用して、近距離戦を仕掛けてくるとみた。
あいつだって、やられっ放しで黙っているようなタイプではないからだ。
ロイスに、『スキルが足りていない奴の戦い方』ってやつを見せないといけない。
俺は顎を引く。
――――――――来る。
「<ブリザード・アロー>!!」
煙の中から飛び出したガンドラは、全身に冷気を纏っていた。瞬間的に身体が反応し、思わず<レッドトーテム>を放ちそうになったが、それはぐっと堪える。
ガンドラが<ブリザード・アロー>を放つよりも速く、俺はガンドラを跳び越える程に高く跳躍した。ガンドラを真下に見据え、放物線を描くようにしてステージ上空を移動する。
今度は、『鉛の矢』を取り出した。
「<レッド・アロー><レッド・アロー><レッド・アロー>」
加えて、放つのは氷を溶かす<レッド・アロー>。ガンドラの<ブリザード・アロー>は威力が弱まり、それでも俺に向かってくる。通常の弓士が放つそれよりは速度が段違いに速いから、俺はタイミングを少し早目に取らなければならない。
弓を構え、ガンドラの<ブリザード・アロー>から逃げるように身体を捻らせた。
「<パリィ>!!」
そうして、どうにか着地する。その間五秒程の、短い攻防――――だが、明らかにガンドラは顔色を変えていた。
「……随分と、俺の行動を先読みするんだな。それに、対応も早い」
俺はガンドラに目を向けたままで、叫んだ。
「よく見とけ、ロイス!!」
弓をガンドラに向けて構え、矢筒から矢を取り出す。
「強い技、強い肉体を持ってる奴が『強者』じゃない!!」
本当に強い奴は、自分に何が出来るかを人一倍知っている奴。そういう意味でなら、俺だってガンドラには負けていない。
戦える――――はずだ。
もしも控えの席で俺の事を見ているロイスが、少しでも考え方を改めてくれれば良い、なんて。
そんな事を考えた。
「面白くなってきたぜ!!」
ガンドラの周囲に刺さっている俺の<レッド・アロー>の数は……一、二、三、四本か。後何発くらいあれば行けるだろうか。ガンドラはまだ、俺の策略に気付いていない――――…………まあ、気付く余地もない。
とにかく、ガンドラを今の場所から動かさない事だ。体力に自信のある奴は、決まってその場に立ち往生してパワーバトルに持ち込んだ方が強いと相場が決まってる。ガンドラだって、俺の思惑通りに『動きたくない』筈なのだから。
「<レッド・アロー>!!」
ガンドラ目掛けて、また一発。ガンドラは俺の攻撃を防御もせずに、受け止めた。<ダブルアクション>の『鉛の矢』なら、こんなものだろう。
かって、体力重視の冒険者とアカデミーで戦闘訓練をしたことがある――その時と、事情は同じ。
「<スマッシュ・アロー>!!」
おそらく、今までに見た中で最も火力の高い<スマッシュ・アロー>が飛んできた。俺は避け切る事ができず、もろに左肩を撃ち抜かれる――――
吹っ飛びそうになるのをどうにか踏み止まり、俺は再び矢を構える。どうにか、不敵に笑ってみせた。
「――――効かねえなあ?」
ガンドラが、笑った。
「<レッド・アロー>!! <レッド・アロー>……もいっちょ、<レッド・アロー>!!」
それでも、俺が返しに撃てるのは精々火力の高い<レッド・アロー>くらいだ。火力が高いと言ったって、ガンドラにとっては屁のようなもの――――だが。
「どうしたァ!! こんなものでは、俺は墜とせねェぜ!!」
――――こいつで、最後。
俺は矢筒から取り出した、『爆撃の矢』を構え。
放った。
「今、目にもの見せてやるよ!!」
放った矢を追い掛けるように、俺は走り出した。ガンドラはスピードを鍛えていない。俺の速度は捉えられない筈だ――――ジグザグに走り、ガンドラの注意をぼかす。
――――行けるか?
俺は自分が放った『爆撃の矢』を追い抜き、ジャンプした。ガンドラの肩を踏み付け、観客席側に向かって高く跳躍した。
「なッ――――…………!?」
ガンドラが驚いて、俺を空中に捉える。確かに、このまま着地してしまえば、俺は場外だ。
そう、『着地してしまえば』。
俺は左手をガンドラに向け、突き出した。誰にも聞こえないように、呟く。
「――――<強化爆撃>」
瞬間。
俺が鳴らした左の指は、見えない<ブルーボール>となってガンドラの周囲に溜まる。
積み重なった<レッド・アロー>が八本、そして起爆のきっかけにした『爆撃の矢』。これは、魔力による爆発でないことを偽装するためのフェイク。
それらを見据えた上での<強化爆撃>は、ガンドラを含めてステージ全体を巻き込む、大爆発となる。
「ごォッ――――――」
ガンドラは俺の爆撃を受け、身体を宙に浮かせる。そして――――…………
ステージ脇に、落下した。
「そこまで!! 勝者、ラッツ・リチャード!!」
観客席は全て二階に位置し、最前面が最も高度の低い、壇上の作りになっている。その最前面に設置してある柵の上に、俺は着地した。同時に、思わず胸を撫で下ろした。
これで、俺の場外は無効――――最後の最後で唯一使える方法だったけど、無事、上手く行ったみたいだな。
背後の観客席から、ワア、と歓声が上がった。……何だ? 流石に決勝ともなると、すごい声援だ。
「すげえな!! 『ライジングサン・アカデミー』の首席の初心者が、『イーグルアーチャー』の名手を破ったぜ!!」
…………そんなに凄いことをした覚えはないが。第一、俺は場外に移動させる方法を考えていただけだ。
ふと、俺の腰に何者かの両腕が伸びてきた。そのまま、俺の腹を引く。
「うわっと! 危ね――――」
体重を掛けた先に、見覚えのある女性の顔があった。
「フィ、フィーナ!?」
「お疲れ様です、ラッツさん。ちゃんと、優勝したみたいですわね」
何でこんな所に居るんだ――いや、ずっと後を付けていたのだろうか。理由は分からないけど、こいつはどういう訳か俺の居場所が分かるみたいだからな……
末恐ろしいが、絡まれてしまった以上は仕方がない。
「それでこそ、私の旦那様ですわ」
「いや許可してねえよ許可してないから。……見てたのかよ」
「どうしてまた、弓士のトーナメントなどに参加していらっしゃるのですか?」
「……まあ、色々と変な事が重なってな。大した事じゃねえよ」
なんとなく、参加せざるを得ない状況に追い込まれただけだ。本当に、ものすごく大した事無い理由で。
あ、そうか。優勝したから、本当に『虹色の指輪』が手に入るんだ。ステージでは、運営員と思わしき人々がせっせこ仕事をしていた。ガンドラは――もう、控えの席に移動しているのか。
あれだけの爆発を受けても全然平気といった様子で、もう控えのパフィやハドゥバと笑っている。……なんて奴だ。場外のないゲームだったら、やばかったのは間違いなく俺の方だっただろう。
もっと、一撃の火力を上げないと。<重複表現>にしか頼れないんじゃ、フルリュが居ない以上、俺の未来も危ういな。
……って、パフィ・ノロップスター。結局、何の用事も無かったんじゃないか。知っていたけれど。
○
ステージが一通り片付いて、表彰が終わる。
俺は壇上に上がり、見事金メダルと――『虹色の指輪』を受け取った。暖かな拍手に迎えられ、その中にはロイスやガンドラ、パフィの姿もあった。
勝ったと言うよりは、勝たされた試合だ。ロイスの成長を促すため――この勝ちは、勝ちではない。
なまじそこいらの属性ギルドのメンバーよりは強いがために、自分の実力を過信してしまいそうになるけれど。それは大きな間違いであることを、今回の大会は教えてくれた。
「ラッツさん!!」
ステージから降りると、真っ先にロイスが駆け寄ってきた。俺はロイスの頭を撫で、その声に応えた。
後から歩いて来るガンドラも、笑みを浮かべていた。
「すっかり、良いようにやられちまったな」
「いやあ、場外がなかったら俺の負けは確定していたわけで。勝った内に入らねえよ、こんなの」
「まァ、流石はフィーナ嬢の認めた男だ。俺も認識を改めるしかないぜ」
……ここは、大人しく煽てられておくか。
俺がフィーナに求婚されたという認識を改めて欲しいというのは、もう叶わない願いなのだろうか。
「ところで、なんか中途半端になっちまったけど――ロイス、どうする?」
結局のところ、ロイスは自分の弱点を克服できなかった。ガンドラを前にして、何も出来ずにいた――ロイスは俯いて、暗い顔をした。だがロイスの様子に反してガンドラは、笑みを浮かべたままロイスの肩を叩いた。
「――――お前は、どうしたい」
ロイスは顔を上げた。ガンドラの言葉が、予想外だったに違いない。
「……どう、したいか?」
「どっちでもいいぜ。ドリトルがさっきイーグルアーチャーを抜けたらしくて、パーティーはまた集めないといけない。お前は俺に付いて来たほうが伸びるのか、ラッツと行った方が良いのか。選ぶといい」
ロイスはガンドラと俺を交互に見詰めて、悩んでいるようだった――……まあ、すぐに決めるような事でもないだろう。
「少し、考えなよ。俺は今日もリヒテンブルクに泊まるから、結論は明日の朝でいい」
「…………はい。ありがとう、ございます」
まあ、俺にとっちゃ初めてのまともなパーティーメンバーだ。ギルドもないのにおかしな話ではあるけれど。
そうだ。ササナは――――辺りを見回したが。ササナの姿がない。リトル・フィーガードと共に『人魚島』に帰るならそれはそれといった所だけれど、この『虹色の指輪』は渡してから行って貰いたい。
それに――――どうにも、引っ掛かるのだ。リヒテンブルクに来た時からずっと、ササナは敢えて俺の足を引っ張っているような――寄り道をしたがっているような、そんな気がした。
「ガンドラ。俺の隣にいた、青い髪の女の子はどこいった?」
俺がガンドラに問い掛けると、ガンドラは辺りを見回して、言った。
「さあ――――そういえば、表彰の時から見てないな。それまでは居た気がするが」
まだ、近くに居るだろうか。